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第37話 イヴァンの父と癒しの食卓

スプーンがそっと置かれる小さな音を最後に、ルナの食事は終わった。

食器を見下ろし、短く息をついた彼女の前でオーウェンが椅子を引く。

器を手に取ったオーウェンは、物音ひとつ立てずにキッチンへ向かった。

まるで全てが何事も無かったかのように、その背は日常の中へと溶けていく。


けれど、それを見送るルナの胸には言い表せないほどの抑えきれない想いが、波のように胸の内を満たしていくのを感じた。

こんなふうに食卓を囲み、誰かが自分のために食事を用意してくれること。

差し出された温かい手。

無理に笑わない言葉。

押しつけではない優しさ。

それらが信じられないほど静かに、自分の中に沁み込んでいた。


オーウェンが数歩進んだその時、ルナは思わず声をかけていた。


「……あの」


その呼びかけにオーウェンは振り返る。

手に器を持ったまま少しだけ目を細めた。


「ん?」


ルナはほんの一瞬ためらってから俯きながら小さく呟いた。


「その……ありがとうございます」


言葉は小さかったがはっきりしていた。

掠れた声に乗ったそのひと言にオーウェンは黙って皿をテーブルに戻すと、ゆっくりと歩み寄り、何も言わずに彼女の頭に手を置いた。


大きな掌だった。


ごつごつしているのに不思議とあたたかく――もし、あの兄上様が優しい人だったなら、きっとこんなふうに頭を撫でてくれたのかもしれない。

そんな幼い憧れにも似た感情が胸を過ぎったが、オーウェンの次の言葉がそれを優しく吹き飛ばした。


「ルナ、明日は病院に行くぞ」


まっすぐに、けれど優しさを滲ませるように。

だがその一言はルナの胸にくさびのように届いていた。


「え……?」


ルナは一瞬だけ理解が追いつかずに問い返す。


「イヴァンが目を覚まさねえんだ。救急車で運ばれた。……長期入院になるかもしれないってさ」


空気が急に冷たくなったように感じられた。

ルナの身体がわずかに硬直し、息を呑む。


「……イヴァンが……入院……?」


言葉にした途端、現実味が一気に押し寄せてくる。

手が膝の上で震え出した。


「……そんな……」


どこかで自分がその引き金だったと思っている。

その罪悪感が胸の奥を強く締めつける。

その様子を見たオーウェンは再び椅子を引いて腰を下ろすと深く息をついた。


「医者の話だと全身に骨折があって、今も検査中らしい。あんな化け物にやられたんだ。無理もねえよ」


声は淡々としていた――けれど、その一言一言には慎重に選ばれた重みがあった。


「……ごめんなさい……私のせいで……」


絞り出すような声だった。

ルナの目は潤んでいた。

彼女が信じていたものはすべて崩れ、守られたことさえ罪のように感じていた。


だが、オーウェンはすぐに否定する。


「違えよ」


囁くような声だった。

でも不思議と心に真っ直ぐ刺さった。


「あいつは自分で決めたんだ。お前を守るってな。だからお前が謝ることじゃねぇ」


「でも……」


ルナの言葉を制するようにオーウェンはふっと笑った。


「イヴァンなら大丈夫だ。あいつは俺が直接鍛えたからな。ちょっと休めばまたいつものカッコつけ野郎に戻るさ」


少し冗談めかして言ったその言葉に、ルナはわずかに目を伏せたままこくりと頷いた。


「……会いに行けますか?」


「おう。明日一緒に行くぞ。ルナの怪我も診てもらわなきゃな」


「……ありがとうございます」


再び口にした「ありがとうございます」。

けれど今回は違っていた。

声は小さいけれど、そこには迷いではなく自分の意思があった。

たったひとつの言葉にルナは初めて自分の気持ちを乗せたのだ。


ふと、ルナの目が部屋の隅を捉える。

まだ不安を抱えながらも自然とその視線は窓際のチェロに引き寄せられていた。

磨き抜かれた木肌が、やさしい光を受けて鈍く光っている。

張られた弦は微動だにせず、その響きをじっと待ち構えているかのようだった。


「……あのチェロ……弾いてもいいですか?」


その問いにオーウェンは一瞬だけ驚いたように目を見開く。


「あれか?あれはイヴァンのだぞ?」


「はい……。でも……少しだけ……」


その声には何かを確かめたいという切実な思いが滲んでいた。


「……ああ、別にいいさ。ルナが弾けるなら好きにしろよ。じゃあ、落ち着いたら隣の部屋で飯食おうぜ」


そう言ってオーウェンは再びキッチンへと向かった。

その背を見送りながら、ルナはゆっくりと立ち上がる。


チェロの前に歩み寄り、そっと手を伸ばした。

指先が触れた瞬間、長い間忘れていた木の感触が蘇る。

その重みとぬくもりがそこにあった。


――懐かしさに胸が熱くなる。

その一方で胸の奥がざわつく。

まるで忘れていた過去の記憶が音と共に蘇るかのようだった。


ルナは深く息を吸い、ゆっくりと目を閉じた。

弓をそっと弦に添えた瞬間、第一音がゆるやかに息づいた。


扉越しにオーウェンは手を止め、耳を澄ませた。

その音は低く、深く、静寂のなかに溶け込むように響き、澄んだ波動が空気を震わせ、まるで淡い光が闇を優しく照らすかのように柔らかく空間を満たしていった。


旋律はゆるやかに流れ出し、空気の繊維をほどくようにじんわりと広がっていく。

ルナの指先がわずかに動くたびに、音はかたちを変えては現れ、また消えていく。

それは優雅でありながら、どこか儚い。

語られなかった思い、胸に閉じ込めた願いの一つ一つが旋律の中にそっと息づいていた。

その旋律は静かな始まりから徐々に強さを増し、ルナの指先が滑るごとに音色が豊かに広がっていった。


ルナの瞳は自然と閉じられ、表情はゆっくりと和らいでいく。

ただ音だけが在り、感情だけが流れ、言葉にならなかった「本当の気持ち」がそのまま旋律となって、部屋中の空気を優しく満たしていた。

その広がりは誰にも縛られず、何にも遮られず、空へと羽ばたく自由だけが音となって彼女の内側から溢れ出していた。


閉ざされていた心の扉がほんのわずかに軋んで開く――そんな音だった。

その余韻がまだ消えきらぬまま、俺は隣の部屋でイヴァンの父と向かい合っていた。


木目のテーブル越しに、俺はこれまでの出来事をすべて語った。

ルナが突然、俺の家に現れたこと。

彼女が下の世界から来た魔物に追われていたこと。

俺たちが異常な出来事に巻き込まれ、ついにはあの恐ろしい魔導士と対峙する事になったこと。

そしてイヴァンがその中でどれほど無茶をして、何を守ろうとしたのか――。

語り終えるまでに、いくつも息を継ぎ、いくつも言葉を探さなければならなかった。


イヴァンの父は黙って聞いていた。

途中、何度か顔をしかめ、額に手を当てて沈思するような仕草も見せたが、最後まで言葉を挟むことはなかった。

やがて話が一区切りすると、彼はゆっくりと椅子にもたれ、深く長いため息をついた。


「……まるで、おとぎ話のようだな」


低く絞り出されたその声には困惑と現実とのせめぎ合いが色濃く滲んでいた。


「だが……オーウェン、お前も実際に見たというならこの話が嘘とは思えん」


父の目がじっと俺を見つめていた。

けれどそれは責めるものではなく、確かめるようなまなざしだった。


「……それで、ルナという子をどうするつもりなんだ?」


その問いにオーウェンがわずかに視線を落とす。

沈黙が一瞬だけ落ち、やがて彼はゆっくりと顔を上げた。


「……今のまま天空の家に戻すのは危険だ。しばらくは俺が見ておく。ここに泊めた方がいいと思う」


その声は冷静だった。

だが、言葉の奥に込められた強い意志は父にも伝わっていた。


イヴァンの父は腕を組み、静かに目を閉じた。

少しの間、何も言わず考え込むような沈黙が落ちる。

そして沈黙を破るように低く重い声が響いた。


「……ルナちゃんを匿うというのは生半可な覚悟でできることじゃないぞ。相手は元精霊で今は魔物になってると言うんだろ?人間の手に負える存在とは思えん」


それは事実だった。

けれど続く言葉は予想とは違っていた。


「――だが、今すぐ追い出すのはあまりに酷だ。彼女は……もう十分過ぎるほど傷ついてる。オーウェン、お前が本気で責任を持つつもりなら……俺は止めない」


オーウェンは真っ直ぐ父を見たまま力強く頷いた。


「ありがとう、親父。ルナは俺がしっかり見ておく」


その言葉に父はふっと息をつくと、椅子にもたれかかったまま天井を見上げるようにして言った。


「……そういえば、チェロの音が止んだな」


はっとして俺が部屋の入り口へと視線を向ける。


そこに――ルナがいた。

入口の前で立ち尽くし、こちらを見ていた。

だがその顔には明らかに異変があった。


大きく見開かれた瞳。

わずかに開いた唇。

呼吸は浅く、肩が小刻みに震えている。

けれど、それだけではなかった。

まばたき一つせず、ルナは一点を見つめていた。

何か見てはいけないものを見てしまったような、そんな恐怖と困惑が入り混じった表情だった。


「……ルナちゃん?どうかしたのかい?」


イヴァンの父が優しく声をかけた。

けれどルナはその言葉にも反応せず、小さく息を呑み、震える声で口を開いた。


「……どうして……?」


最初はただのつぶやきにしか聞こえなかった。

けれど、それは確かに――こちらに向けられた問いだった。


「どうして?」とオーウェンが問い返す。

ルナは現実をかき消すように何度も首を横に振り、その動きの合間から言葉を絞り出した。


「……どうして、あなたも……ここに……?」


その声に俺の背筋が冷たくなる。

彼女が見つめていたのはイヴァンの父の顔だった。

彼女はその顔を見ていた。

いや、見つめていた。

凝視していた。


「そんな……そんなはず、ない……!」


ルナの声はかすれ、震えていた。

見えているのに理解できない――そんな現実の歪みに足を取られ、ルナの足取りは頼りなく後ずさった。

けれど逃げるという意志すらどこか遠くの感覚だった。


その時、ルナの口からこぼれるような叫びが漏れた。


「……父神様……!」


それは願いのようであり、呪いのようでもあった。

確信と困惑と絶望がないまぜになったような声。

そしてその一言が場の空気を一気に変えた。

俺は反射的に彼女のもとへ駆け寄り、そっと肩に手を添えた。

強くはない、けれど確かに彼女をここに引き止める力。


「ルナ、落ち着け」


できる限り柔らかな声で呼びかけると、ルナは肩をびくりと震わせ、ゆっくりと顔を上げた。

見上げてきたその瞳には信じたいのに信じられない混乱と、追い詰められたような怯えが渦巻いていた。


「でも……どうして、ここに……!?あの顔……!間違いない……!」


声は震えている。

それでも諦めたくない何かを探すように俺の目を見つめていた。


「ルナ、大丈夫だ。よく考えてみろ。イヴァンの父さんは……お前を追っていた父親とは別人だ」


「……でも、あの顔……」


まるで過去が今この場に上塗りされたかのように――ルナの目は再びイヴァンの父へと引き寄せられた。

けれどその目は耐えきれないように逸れ、次に何を見るべきかもわからず、ただ本能的にオーウェンの姿を捉えた。

その眼差しには答えも問いもなかった。

けれどそこには言葉にしなくても伝わる、それでも背を向けない覚悟のようなものが灯っていた。


「……そうだ。お前、オーウェンの顔を初めて見た時も兄上様って呼んだよな?似てる顔がこの世界にいても不思議じゃない。たまたま……だけど、似て見えてしまっただけかもしれないだろ?」


言葉を投げながら、俺自身にも言い聞かせていた。


「イヴァンの父さんは、俺の父さんでもあるんだ。ここにいる人はお前の言う『父神様』なんかじゃないよ」


ルナの唇がわずかに開き、何かを呟こうとして、やめた。

そして、胸元に手を置き、深く、ゆっくりと呼吸を整え始めた。

緊張の糸がほどける音が聞こえるようだった。


「……わたし……」


「焦らなくていい。ゆっくりでいいんだ」


俺の言葉に彼女の肩の力がほんの少しだけ抜けていくのが分かった。

緊張の糸が少しずつ解かれていくようだった。

その様子を見てイヴァンの父も柔らかい笑みを浮かべた。


「私が君を追う理由などないよ、ルナちゃん。何か誤解があったようだけど、私はイヴァンとオーウェンの父親でね。天空のことも小さい頃からずっと見守ってきた。君に危害を加えるつもりなんて、あるはずがないよ」


まっすぐで穏やかな声だった。

その言葉にルナはゆっくりと目を開け、再び彼の顔を見つめ直した。

眉のあたりがわずかに震えていたが、さっきまで張り詰めていた恐怖はもうそこにはなかった。


「……ごめんなさい……」


か細く漏れるその謝罪は今にも消え入りそうだったが、確かに届いた。

けれど次の瞬間、イヴァンの父は眉を寄せ、俺に視線を向けて問いかけた。


「……これは、どういうことなんだ?」


真剣な声だった。

疑いではない。

けれど、ただの偶然で済まされる話ではないことを彼も察していた。

俺は小さく息を整え、思い返すように言葉を選んだ。


「……ルナの父親は……俺たちが戦ってきたあの魔物たちを、この世界に呼び出していた……その張本人らしいんです」


「な、なんだって……?」


その言葉にイヴァンの父の表情が険しさを増した。

オーウェンでさえ、目を細め、視線を床へ落としていた。

俺はルナの肩にそっと手を添えたまま、さらに続けた。


「……でも、ルナはさっき自分の父親のことを『父上』じゃなく、『父神様』って呼んでいた。きっとただの親じゃない。何か……もっと別の存在だ」


「父神様、か……」


イヴァンの父は低く唸るように呟き、目を伏せてからもなお、その言葉の意味を心の奥で繰り返しているようだった。

腕を組み、目を伏せたまま何か深く考え込んでいる。

部屋の中に張り詰めた沈黙が広がった。

窓の外の風の音すら遠ざかり、ただ静かに重い空気が満ちていく。


誰もすぐには言葉を発せなかった。

けれどこの場にいる全員がそれぞれの思考を深く、深く沈めていた。


ルナ言うの父神様とは何者なのか。

その顔がイヴァンの父に酷似していた理由は。

そして――この偶然が果たして本当に偶然で片づけられることなのか。

まだ誰も答えを持っていなかった。

けれど秘められた真実に一歩、足を踏み入れてしまったことだけは……誰の心にも疑いようがなかった。


その時――


「はーい、お待たせ!」


明るい声が、まるで雲間から差し込む陽光のように部屋の空気を一変させた。

イヴァンの母が湯気を立てた大鍋を抱えてリビングへと入ってくる。

その瞬間、濃厚な出汁の香りがふわりと広がり、鼻の奥を柔らかく撫でるように刺激した。

昆布と鰹の香りが混ざり合い、どこか懐かしさすら感じさせる匂いだった。


「もう、暗い話ばっかりしてないで、ご飯にしましょ!今日はしゃぶしゃぶよ!」


鍋をテーブルの中央に置くと、彼女は手際よく具材を並べ始める。

白菜、春菊、えのき、豆腐、それに薄く切られた牛肉の皿が次々と運ばれ、まるで空気がふわりと柔らかく変わったような温かな時間が広がっていった。


「ほら、お肉もたっぷりあるわよ!お腹いっぱい食べて、元気出しなさい!」


その言葉に俺とイヴァンの父は一瞬だけ顔を見合わせた。

お互いに何も言わず、それでも目の奥に浮かぶものは同じだった。

思わず、ふっと苦笑がこぼれる。

場違いなほど賑やかで、けれど求めていた温もりがそこにはあった。


ルナも最初は驚いたように目を瞬かせていたが――やがてゆっくりと肩の力を抜くように息を吐いた。


「……いただきます」


その小さな声にイヴァンの母さんは満面の笑みを浮かべた。


「そうそう、それでいいのよ!さ、好きなだけ食べなさい!」


鍋の中に肉が泳ぐ音、箸が具材をすくう音、そして湯気の向こうで交わされる何気ない会話。

あれほど緊張していた部屋の空気が少しずつほどけていくのが分かった。


「それで私はルナちゃんのお母さんにそっくりなの?」


イヴァンの母が冗談めかして言った。


「おい、馬鹿。お前、今はそんな事を言ってる場合じゃないだろ。ルナちゃんが混乱するからやめとけって!なぁ、ルナちゃん!」


からかうような口調に俺は思わず笑ってしまい、隣に目をやる。

するとルナの頬がほんのりと染まっていた。

その顔には、まだぎこちないながらも笑みのようなものが浮かんでいて、さっきまでの張りつめた表情とはまるで違って見えた。


――ああ、穏やかで何気ない、こんな時間がルナにはきっと必要なんだ。

そう思った俺は箸を手に取り、肉を鍋の中にゆっくり沈めた。


食事が終わる頃にはテーブルの上の皿は空っぽになっていた。

湯気に包まれた温もりの中、時間がゆっくりと流れていく様はまるで深い呼吸のように心を落ち着かせてくれた。


この夜、ルナはイヴァンの家に泊まることになった。

俺はいつも通り自分の家に戻り、久しぶりに静まり返った空気の中で布団に潜り込む。

電気を消し、天井を見上げながらゆっくりと息をつく。

静けさが肌に触れるような夜。

それが不思議と久しぶりに感じられた。


◇ ◇ ◇


あの日から三日が過ぎた。


オーウェンはルナと一緒に彼女の怪我の診察とイヴァンのお見舞いを日課のようにこなしていた。

俺は学校へ戻り、何事もなかったかのような日常に足を踏み入れていたが、どこか現実感がなく心はまだあの森に囚われていた。


けれど昨夜――ルナはなぜかオーウェンの家ではなく俺の家に泊まっていった。

何かを話すわけでも特別な顔をしていたわけでもない。

ただ、まるでそれが当然かのように自分の部屋に荷物を置き、居間に座って夜ご飯を食べ、テレビをつけて笑っていた。

俺は大きなソファの端に座り、テレビの前でくつろぐルナをぼんやりと眺めていた。

理由を尋ねることも、必要以上に気を配ることもせず、ただ、彼女がそこにいることを受け入れていた。


昼休みを少し過ぎたころ、スマホが震えた。

画面にはオーウェンの名前。

嫌な胸騒ぎが胃の奥から這い上がってくるようだった。


「……はい、天空です」


通話ボタンを押すと、いつもより低く抑えたオーウェンの声が耳に飛び込んできた。


『天空、やられた。イヴァンが――病院からいなくなった』


「な、なに……?」


一瞬で全身の血が引くような感覚が襲った。

手に持っていたスマホがわずかに震えたのは通知のせいではなかった。――俺の手が恐怖に震えていた。

鼓動が嫌な音を立てる。

胸の奥がきつく締めつけられた。


まさか、そんなはずが――イヴァンが消えた?

思考が渦巻き、口から息が漏れた。

嫌な予感が俺の胸の奥を鋭く締めつけた――。

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