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第35話 公平な戦いと救いの拳

四体の土のゴーレムに追い詰められた俺はほぼ敗北寸前だった。

巨大な腕が振り上げられ、次の一撃が振り下ろされる――その瞬間。


「待って!」


ルナの叫びが響いた。


「お待ちなさい」


その後の魔導士の言葉とともに、ゴーレムの攻撃が寸前で止まった。


「四対一で戦うなんて卑怯じゃない! こんなのずるいわよ!」


ルナが怒りを滲ませて叫んだ。

しかし、魔導士は冷ややかに笑い静かに言葉を紡いだ。


「ルナエレシア王女……甘いですね」


その声は冷酷で情けなど微塵もなかった。


「あなたは何も分かっていない。目の前で起こっている事はお遊びではないのですよ。魔物になった私たちと人間が戦う――それは、生きるか死ぬかの戦いなのです」


ルナが息を呑む。


「それに……私は戦う前に慈悲を与えました」


魔導士の視線が鋭くなる。


「ですが、断ったのはあなた方ではありませんか?」


だけどルナは強く言い放つ。


「確かに戦いは生きるか死ぬかの戦いかもしれない。でも、こんなの公平じゃないわ!」


ルナの言葉に、魔導士は冷ややかに微笑む。


「公平……?あなたは戦場に公平を求めるのですか?それにあなた方は今まで三人で協力して戦って来たではありませんか?」


魔導士の言葉は淡々としていたがその声には確かな重みがあった。


「強者が生き、弱者が死ぬ。それが世界の摂理。四対一がずるいと言うのならあなたは戦う力も知恵も持たぬただの子供にすぎません」


ルナは涙が滲みそうになるのを必死にこらえながら叫んだ。


「そんなの……そんなの絶対に間違ってる!」


魔導士は興味深げにルナを見つめるとゆっくりと口角を上げた。


「ではいいでしょう。あなた達に慈悲を与える事にしましょう」


その言葉とともにイヴァンとルナの体を縛っていた魔法陣が光を放ち、二人の体が俺の目の前へと転移させられた。

そして魔法陣が消えると同時に、二人は地面に落ちてきた。

魔導士が土のゴーレムの一体に合図を送ると、ゴーレムの一体がゆっくりとその場から退いた。


「これで三対三になりました。あなた方は手負いですが、私の方のゴーレムにもミラーフェイスとして戦った手負いのゴーレムがいます。これでお互いに公平な戦いが出来ずはずです」


「……ルナちゃん、逃げるんだ」


傷だらけのイヴァンが立つこともできぬまま苦しげにルナへと訴えかける。

しかし――


「私は逃げないわ。天空もイヴァンも私が守る!」


ルナはそう言いながら、俺とイヴァンの前に立ちはだかった。


「燃え盛る古の炎、我が声に応え、その力を我が手に集い解き放て!ランベリ フローガ!」


バシュッ


土のゴーレムはその炎を片手で受け止めると、軽く握りつぶすようにしてあっさりと消し去った。


「……それなら!絡みつく水よ、無慈悲なる鎖となりて、動きを縛れ!ヒュドロス バリス!」


ズズズ……


ゴーレムの巨体は微動だにしない。

それどころか、土が水を吸収して硬化してしまった。


ルナの魔法は、ことごとく無力だった。

魔導士は笑みを浮かべ、ゴーレムに命令を下す。


「もういいでしょう。おやりなさい!」


次の瞬間――


ドォンッ!!


振り抜かれた巨大な拳が、ルナの腹部に直撃する。

衝撃がルナの体を貫き、苦痛の声すら上げられず地面に叩きつけられた。


「ルナ!」


俺は必死になって叫んでいた。

ルナは地面に転がったまま動かなくなってしまった。


「おっと間違えて殺さないでくださいね。あの二人も後で私がじっくりと相手にしてあげますから」


ゴーレムたちの視線が新たな標的へと移った。

地面に這いつくばり、傷だらけの身体を支えるのが精一杯のイヴァン……。


「……天空……逃げるんだ……早く」


掠れた声でイヴァンが言う。

しかし、ゴーレムの攻撃は容赦しなかった。

巨大な手がイヴァンの頭を掴み、軽々と持ち上げると――


「……がはっ!!」


そのまま拳が振り下ろされ、イヴァンの体が地面を転がる。

イヴァンもまた、動かなくなっていた。


「おやおや、二人とも気絶してしまいましたか。これでまたあなた一人だけになりましたね。これではせっかく慈悲を与えた意味がないではありませんか」

「くそ魔導士……てめえだけは絶対に許さない!絶対にぶっ殺してやる」


魔導士は退屈そうにため息をついた。


「威勢だけは良いようですが、残念ながらこの映画の物語はすでに終わりを迎えています」


魔導士の合図とともに、ゴーレムが俺の胸ぐらを掴み上げた。


「くそおおおおぉぉぉ……!」


その時だった――

俺の背後から、突如として響く男の声。


「お~っと!ちょっと待ちな。まだ俺がここにいるぜ!」


魔導士が驚いていた。


「誰です?」


俺は声のする方向に視線を向けた。

そこには一人の男が立っていた。


身長は2メートルを超え、分厚い胸板と隆々とした筋肉を学ランの上からでもはっきりと感じさせる。

肩幅は異常なまでに広く、鋼鉄のように太い腕は、とても高校生のものとは思えなかった。

銀髪の短髪は乱れひとつなく整えられていた。

鋭く切れ長の目はまるで獲物を見据える獅子のようで、太く整った眉がその眼光をさらに際立たせ、彫りの深い顔立ちはまるで彫刻のような威厳に満ちていた。


圧倒的な威圧感。

そこに立っているだけで、場の空気が支配されたかのような錯覚を覚えた。


「オーウェン!?」


驚きに声を上げる俺に、オーウェンは小さくため息をついた。


「おい天空、何回言えば分かるんだ。オーウェンさんだ」


そこに立っていたのはイヴァンの兄貴だった。


「オーウェン!どうしてここに?」

「ああ、自転車に乗って爆速で走ってるお前を見かけてな。何かあると思って走ってついて来たんだ。森の中でお前とあの化け物の後ろをついて行ったんだけど途中で迷ってしまってな。お前らの声が聞こえたおかげでようやく森から抜け出せたぜ!」


……あの自転車のスピードを走ってついて来た……。

だけどいくらオーウェンが強くても五対一のこの状況だと圧倒的に不利なはずだけど……。

何だ?あの魔導士の表情……?

それに土のゴーレムたちも怯えてる感じがする……。


魔導士が口を開いた。


「何故貴方がここに?、いえ、どうやってこの場所に来る事が出来たんですか?」

「はぁ?だから天空の後をついて来たって言ったじゃねーかよ」


オーウェンは周囲を見回すと、イヴァンの姿を見つけ目を細めた。


「イヴァン……」


そしてゴーレムたちを睨みつける。


「おい、化け物ども……よくも俺の可愛い弟たちをいたぶってくれたな。罰としててめえらは全員死で償え!」


魔導士は驚いたように口を開いた。


「……弟?この銀髪の男が貴方の弟だと言うのですか……?」

「ああ?てめえには関係ねぇだろ!」


オーウェンは一歩前に出る。

だが魔導士はわずかに後ずさる。


「駄目だ……オーウェン!ここから逃げるんだ!」


俺が細い声で必死に叫んだが、その声はオーウェンの耳に届いていないようだった。

魔導士が息を吐き、言い放つ。


「いいでしょう……。まずは貴方のお手並みを拝見いたしますが、これ以上遊ぶのはもう終わりに致します。土のゴーレムたちよ。この男を殺してしまいなさい!」


それを聞いたオーウェンは静かに三体のゴーレムの前へと歩み出た。


「おう、どうした?かかって来いよ」


オーウェンが挑発するように言うとその言葉に反応するように一体のゴーレムが勢いよく拳を振りかぶった。


ズドォン!!


強烈なパンチがオーウェンの顔面を狙って襲いかかる。

だがオーウェンはわずかに体をずらし、その一撃を難なくかわした。


「誇り高く散る覚悟はできたか?土野郎!」


そう言い放つや否や、オーウェンの拳が繰り出された。


――バゴォォォンッ!!!


土のゴーレムが風船のように弾け飛ぶ。

頭から砕け散り、土となって四方に飛び散った。


「……なっ……!?」


俺と魔導士が同時に息を飲んだ。

ゴーレムが……一撃で……!?

驚愕する間もなく、別のゴーレムが鋭い蹴りを繰り出した。


「何だ? その蹴りは?」


オーウェンは余裕たっぷりに避けると反撃に出る。


「大地を震わせる蹴りを見せてやろうか……?その身でな!」


ドガァッ!!!


オーウェンの蹴りがゴーレムの胴体を捉えた瞬間、衝撃波のような振動が広がった。


ゴキンッ!!


ゴーレムの胴体が、真っ二つに裂けた。


「さあ、もう一体だな」


オーウェンはすかさずもう一体のゴーレムの懐へと踏み込むとゴーレムの腹に拳を叩き込む。


――ドンッ!!!


ゴーレムの胴にトンネルのような穴が開いた。

破片が飛び散り、崩れ落ちるゴーレム。


「あっという間に二対一になったな」


オーウェンがニヤリと笑う。


――強い。


そんな言葉では表現しきれないほどの圧倒的なパワーとスピード。

俺は今までオーウェンが戦う姿を見たことがなかったが……。

オーウェンは強すぎる……。。


驚きを隠せないのは魔導士も同じだった。

いや、それ以上だ。

そしてまるで全てを諦めたような表情で、低く呟いた。


「降参いたします……。私たちはこれ以上あなた方に関わる事はございません……。どうかお許しください……」


それを聞いたオーウェンが、鼻で笑った。


「はっ!そうかよ」


次の瞬間――

オーウェンが凄まじいスピードで魔導士へと駆け寄った。


――シュンッ!!!

一瞬のうちに距離を詰める。


「てめぇを信用する? まずはこの拳に誓ってから言いな!」


オーウェンの拳が魔導士の顔面を捉えようと振り下ろされた。


だが――


シュンッ……!


魔導士の姿が、突如としてかき消えた。


「何?俺が見えなかっただと?」

「オーウェン!そいつは消えながら移動する事が出来るんだ!」


俺が叫ぶと、オーウェンはニヤリと笑った。


「へぇ~、厄介な技を持ってるじゃねーか」


魔導士は焦りを滲ませながらも冷静な口調で言葉を放った。


「私たちが死ねばあなた方は一生あの森を通り抜ける事は出来ません。帰りはそちらのゴーレムに道案内をさせます。どうでしょう?悪い取引では無いはずです」

「てめぇはかかって来ないのか?」


オーウェンが魔導士を睨みつける。


「ええ、あなた方と戦うよりも素晴らしい発見を致しましたので。この場は退散させていただきます」


そう言うと魔導士の姿は再びかき消えた。

残された土のゴーレムはその場から動かなかった。


「おい!天空大丈夫か?」


オーウェンが駆け寄り心配そうに俺を覗き込んだ。


その瞬間――

俺は堪えきれず涙が止まらなくなった。


「オーウェン……ありがとう!俺、もう絶対に死んだと思った……」

「泣くな!天空、もう大丈夫だ。間にあって良かったぜ」


オーウェンは俺の肩をそっと叩いた。


「それよりも、どういう事か後で全て話せよな」

「うん……」


俺は涙を拭いながら頷いた。


「天空、立てるか?」

「ああ、何とか……」

「それならイヴァンを見てやってくれ。俺は女の子の方を見てくる」


オーウェンの言葉に頷き俺はイヴァンのもとへ駆け寄った。

イヴァンは全身ボロボロで気絶したままだったが、微かに息をしている。


「おい!イヴァン!しっかりしろ!オーウェンが来てくれた!もう大丈夫だぞ!」


だがイヴァンの目が開くことはなかった。

その一方で、オーウェンもルナの頭を支えながら優しく呼びかけていた。


「おい、もう大丈夫だ。後で怪我を治療してやるからな」


その声に反応するようにルナがゆっくりと目を開けた。

――そして次の瞬間、信じられない言葉を口にした。


「あ、兄上様……?」

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