第21話 俺と俺たち
「何が三人まとめてぶっ・キル・ユーだよ!そんな英語あるかバーカ!」
偽物のイヴァンが荒々しく叫ぶ。
その顔にはあきれと苛立ちが同時に浮かんでいた。
「うるせぇ偽ヴァン。かかって来いよ、ビビってんのか?お前のそのヘタレ根性ごと吹き飛ばしてやるよ」
「……なんだと?」
刹那。
風圧が爆ぜる音が響いた。
偽物の俺が爆音とともに間合いを詰めてきた。
顔も声も俺そのもの――それがとてつもない加速でこちらへと突っ込んでくる。
「おい、どこを見てる?てめぇ三人まとめて相手にする意味、理解してんのか?――くらえ!インフィニット デストラクション パンチ!」
「なにぃっ!?」
瞬間的に足を引いた。
バックステップで距離を取ると、俺のすぐ目の前の畳が爆ぜるようにめくれた。
危なかった……あれは俺が苦労して編み出した渾身の必殺技だ。
まさか偽物にまでコピーされているとは……。
「てめぇ、俺の技を……どこまで真似してんだよ……!」
怒声を吐く暇もなかった。
「ランベリ フローガ!」
今度は偽物のルナが詠唱もなく、手を広げて炎の魔法を放ってきた。
真紅の火柱が一直線に俺へ向かって走る。
「は?まじかよー!しかも真っすぐに飛んでくるんかい!」
間一髪、腰を捻って紙一重で回避する。
熱風が頬を焼く。
だが、それすら罠だった。
「正拳一閃突き!」
魔法の回避直後、狙いすましたように偽物のイヴァンの拳が飛んできた。
その拳は鋼のように重く、風を裂く音と共に俺の腹部に突き刺さる。
「ぐっ……が、がはっ……!」
みぞおちに叩き込まれた衝撃が全身を揺らし、俺はそのまま茶室の畳へと崩れ落ちた。
肺から空気が漏れ、言葉にならない呻きが口から漏れる。
「……げほっ、げほっ……くそ、そこでそれ使ってくるかよ、偽ヴァン……!」
「言っただろ?三人がかりでお前を叩き潰すってな!」
「偽物のくせに……ずいぶんとせこい手を使ってくるじゃねえか」
皮肉混じりに吐き捨てた俺の言葉に偽の俺は目を細め、不快そうに唇を歪めた。
「……いい加減、俺たちのことを偽物って呼ぶのはやめてくれないか?」
「は?何言ってんだお前」
俺が眉をひそめると奴はまるで仕方ないなとでも言うように口を開いた。
「殺す前に教えてやるよ。……どうせお前はここで終わるんだしな。俺たちはアクノートさんと一緒にこの世界へやってきた――元は水の精霊だ」
その名を聞いた瞬間、胸の奥で何かがチリ、と引っかかった。
「アクノート……あの、工場で倒した水の化け物か?」
「ああ、そうだ。彼が本来の主ってわけだ。俺たちは下の世界のやつらに姿を変えられてアクノートさんと一緒に連れて来られただけなんだ」
「勝手に連れて来られたって……お前ら、元の世界に帰れるだろ?精霊なんだから」
そう問い返した俺に偽の俺は苛立ちを隠さず語気を荒げた。
「俺たちが帰るにはもっとたくさんの王家の血と強い精霊力の両方が必要なんだよ!けど、俺たちはどっちも足りてねぇ。アクノートさんの力を借りてようやく道が開けたってのに、てめぇらがアクノートさんをぶっ倒したせいでもう帰る事は出来ねぇんだよ」
「だからルナをさらって他の精霊と手を組もうとしてるってわけか……」
俺がそう言いかけた瞬間、今度は偽のイヴァンが口を挟んできた。
にやけた顔であきれたように笑っている。
「はっ、バーカ。なんで俺たちが下の世界に帰ろうとすると思ってんだ?あんな窮屈で管理された空間より、こっちの世界のほうがよっぽど居心地がいいんだよ」
「……なに?」
「俺たちみたいなのは他にもいっぱいいたぜ。だけどみんなこっちに来てバラバラに散っていった。下の世界の人間の命令を聞くなんて馬鹿らしい。自由に生きるってのが精霊の本質だろ?」
言い切ったそいつの表情に迷いは微塵もなかった。
その瞬間、胸の奥にひやりとした確信が走った。
――やっぱり下の世界から魔物やら何やらを送り込んできたのは人間だった。
つまり、その人間って言うのはルナの父さん。
偽ルナが一歩前に出て氷のような声で言葉を繋いだ。
「私たちは最初はアクノートさんと行動を共にしていた。けど……あの人がいなくなった今、私たちは完全に自由。誰にも命令されない」
「じゃあ……どうしてわざわざ俺たちに化けてんだよ?そのまま別人のまま勝手に好きにすりゃいいだろ」
俺の問いに偽の俺が目を細め、静かに返してきた。
「変身は俺たちの能力の一つだ。こっちの世界の人間の姿になれば身体能力まで完全にコピーできる。だったら強い人間に化けたほうが得だろ?……見てたんだぜ、お前たちがアクノートさんを倒すところ」
「……だから、俺の技を真似できるのか」
「そういうこった」
偽イヴァンが口を挟んだ。
「……ただし、あのイヴァンだけは別だ。昨日、こっちが椅子に縛ったってのに、紐を引きちぎって目隠しされたまま抵抗してきやがった。だから俺たち三人で――徹底的にぶっ潰してやったよ。おかげで俺はあいつの技を全部コピーできたけどな」
「……イヴァンは無事なんだろうな」
俺の声が自然と低く、鋭くなる。
だが偽イヴァンは余裕ぶった笑みを崩さずに首を軽く傾けてみせた。
「さぁな。気安く教えてやる義理はねえし、お前にそんな事心配してる暇あるか?」
喉奥にぐっと何か熱いものがこみ上げた。
だけど今は殴りつけたい衝動をなんとか抑えながら、もう一つの疑問をぶつける。
「……じゃあ、どうしてルナをさらおうとする?」
「ついで、だよ」
偽の俺があっさりと答えた。
そこに迷いも罪悪感もなかった。
「お前らを始末するためにここへ来た。そのあとで娘をさらえば任務完了。俺たちはお前たちとして生きていけるし、あの娘の血を使えば精霊としての格も上がる。二度おいしいってやつだな」
「……ついで、だと?」
言葉にできない怒りが腹の底で煮えくり返る。
「お前らは本当に元精霊かよ。どっからどう見てもただのクズだ。身も心も腐った魔物だ」
「ふん、好きに言えよ」
偽の俺が目を細めて不敵に笑った。
「お前たちを殺せばそれで全部が俺たちのものになる」
――怒りはもう限界を越えていた。
俺の中で何かが確実に弾ける音がした。
こいつらは俺の真似をして、勝手に技をパクって、さらにはルナを道具扱いして、イヴァンにまで手を出した。
もう許せるはずがない。
「お前らなんかに負けるかよ……!これが本物のインフィニット デストラクション パンチだ!」
叫ぶと同時に全身のバネを爆発させて拳を振り抜いた。
だが、偽物の俺は涼しい顔で口の端をゆがめて言い返した。
「俺たちがただ真似てるだけだと思うなよ。くらえ、インフィニット デストラクション クロスカウンター パンチ!」
俺の拳と奴の拳が交差する――その瞬間、視界が一気に白く弾けた。
顔面に走った衝撃が脳まで揺らし、俺はその場に崩れ落ちた。
歯の裏にじんとした鉄の味。
まだ倒れていられる状況じゃないってのに頭が追いつかねぇ。
そして、すかさず――
「真空かかと落とし!」
偽のイヴァンの声とともに空気がうねった。
俺は反射的に地面を転がって避ける。
背後の床が鈍く弾け、畳が破け飛んだ。
だが、次の瞬間。
「ランベリ フローガ!」
偽物のルナの詠唱とともに炎の奔流が部屋を薙いだ。
ひねった体の先に容赦ない熱が襲いかかる――
「くそっ……!」
避けきれずに炎が左肩をかすめた。
その衝撃に身体が持ち上げられ、障子を突き破って屋敷の外へ吹き飛ばされる。
背中に突き刺さる硬い地面の感触。
息が詰まり、思わず咳き込んだ。
焼け焦げた畳から火が広がっていくのが見えた。
室内からは偽ルナと偽俺の会話が聞こえてくる。
「ルナ、お前の炎の魔法は危なすぎる。ここが燃えたら、せっかくの雰囲気の良い家が台無しになる」
「だから何?こいつを殺した後でゆっくり直せばいいじゃない」
「まぁ……それもそうだな。けど、戦うなら外でやろう。この家は気に入ってて壊されたくないんだ」
ふざけやがって……。
俺は立ち上がった。
片膝をつきながら、じわりと拳を握り込む。
肩は焼けたように熱く、肘も痺れてる。
だが――今、この怒りの前では痛みなんざ飾りみてぇなもんだ。
「てめぇ……!俺の技を勝手に改造して、しかも変な名前つけてんじゃねぇよ……覚悟しろ、偽物!インフィニット デストラクション ホンモノ パンチ!」
もう名前なんかどうでもよかった。
ただこの拳に込めたものは――俺そのものだった。
これまでの全部。
怒りも悔しさも、信じたものも。
だが奴らはまだ余裕を崩さない。
「無駄だ。くらえ、インフィニット デストラクション クロスカウンター パンチ!」
だが――そこが奴の甘さだ。
「かかったな……偽物!」
俺は振りかぶった拳をわざと途中で止め、動揺した偽物の視線を誘導しながら素早くその背後へと回り込んだ。
そして、その首筋に自分の腕を食い込ませるように締め上げる。
「どうだ!プロレス仕込みの締め技!これがチョークスリーパーだ!」
「ぐっ……っ!卑怯だぞ、お前っ……!」
もがきながら呻く偽の俺。
その苦しげな声を背中越しに聞きながら、さらに締め上げる。
「なにが卑怯だよ。三人がかりで俺を袋叩きにしてたのはどこの誰だってんだ!……おら、かかってこいよ。巻き込みたきゃ、お前らの技でも何でも撃ってこいってんだ!」
腕に力を込めながら睨みつけた先にいた偽物のルナが、眉をひそめて冷たく言い放った。
「首を絞めるなんて何て卑怯な真似……それでも自称本物のやること?」
「うるっせぇな!お前ら三人がかりで寄ってたかってきたくせに今さら上品ぶってんじゃねーよ!」
そのツッコミと同時に腹から鋭い痛み――肘が俺の腹にめり込んできた。
息が詰まり、意識が一瞬飛びかける。
「……ぐっ!」
チョークが緩んだ隙に偽の俺が俺の腕を外し、一気に距離を取った。
「……はぁ……はぁ……っ、逝きかけたぜ……マジで……」
「ちっ……あと少しだったのに……!」
俺は腹を押さえながら立ち上がろうとする。
肩で息をしながらも奴らの動きを見逃さないように視線を走らせた。
するとその瞬間――
――バゴォォンッ!!
屋敷の中から壁が吹き飛ぶような轟音が響いた。
「な……何の音だ……!?」
床がかすかに揺れた。
嫌な予感がする。
あの爆音はただの偶然じゃない。
偽物のイヴァンが焦りを帯びた顔で振り向き、偽の俺に怒鳴るように叫んだ。
「逃がすわけにはいかない!あいつをここで始末しないと……こいつの相手は天空とルナに任せた!俺はあいつにトドメを刺しに行く!」
「おう!俺たちに任せとけって!」
そのまま偽物のイヴァンは屋敷の奥――破壊音のした方向へと走り去っていった。
……って、おい。
天空って俺なんだけどね。
苦笑しかけたがすぐに喉奥で止めた。
状況はそれどころじゃない。
あいつは多分イヴァンのところに行きやがった。
やっぱりイヴァンはこの屋敷のどこかに捕らわれてる……!
「くそ……間に合ってくれよ、イヴァン……!」
拳を握り俺は構え直す。
目の前にはまだ偽の俺と偽ルナが残っていた。
二人の目には明確な殺意が宿っている。
こいつらを倒さなきゃイヴァンのところへも行けない。
絶対に――負けられない。