第157話 限界を超える鼓動の覚醒と閃光を超える死闘
崩れ落ちる視界の中、タナエルの握り込まれた左手だけが残っていた。
――心臓は止まっていた。
視界がほどけていく。
輪郭が崩れ、景色がゆっくりと消えていく。
(……俺は……死ぬのか)
抗う力すら、もう湧かない。
思考が底へ沈んでいく。
まぶたがゆっくりと落ちる。
その暗闇の中で――声が響いた。
「あら?天空、随分とあっさり諦めますのね」
静かで、それでいて芯の通った声。
耳元ではなく、意識の奥に直接割り込んでくる。
(……パンドラ……)
沈みかけていた意識がわずかに引き戻される。
(諦めたわけじゃねぇよ……けど……心臓が止まってるんだ……身体が……もう動かねぇ……)
言葉にならない。
思考は鈍り、形を保つだけで限界だった。
「ここであなたが死ねば、わたくしも完全に消えますわ。わたくしを元の体に戻すという約束は、どうなさるのですの?」
(……約束……?)
記憶がさらに遠のく。
確かに何かあったはずなのに、思い出せない。
(ああ……そんな約束……したっけ……)
「はぁ……天空、しっかりなさってくださいませ」
パンドラがため息をつく。
「あなたが倒れれば、あの男を止める者はいなくなりますわよ。そうなれば――次に殺されるのは、ルナですのよ」
(……ルナ)
沈みかけた意識にその名前だけが突き刺さる。
「あなたのせいでルナが死ぬことになりますわ。それでもよろしいのですの?」
(……俺の、せい……?)
胸の奥にかすかな熱が戻る。
(だけど……俺は、負けた……)
「天空、敗北とは立てなくなった時ではなく――諦めた時ですわ」
その言葉が沈みきった意識に波紋のように広がる。
「あなたは――こういう場面で折れる方ではないと、わたくしは知っていますのよ」
(……そうだ……)
途切れかけた思考がゆっくりと繋がる。
(俺は……生きて戻るって……ルナと約束したんだ)
暗闇の中で意識の輪郭がわずかに戻る。
(こんなところで……終われるかよ)
止まっているはずの身体。
それでも――指先だけが微かに動いた。
感覚はほとんどない。
だが、腹の奥に残る痛みだけが異様に鮮明だった。
(諦めるな……絶対に)
喉が勝手に引きつる。
空気を求めるように掠れた動きを繰り返す。
心臓は止まっている。
それなのに、さっきまで鳴っていた鼓動が身体の奥で残響のように響き続けている。
「諦めるには、まだ理由が足りませんわよ」
パンドラの声が静かに重なる。
「ここで終わることを、あなた自身が一番許せないはずですわ」
血流の音が耳の奥で大きくなる。
「いつも通り、見苦しく足掻きなさいまして」
少しだけ声がやわらぐ。
「わたくしは――その方が好みですわ」
(……うるせぇな)
かすかに口元が歪む。
(終わるって……誰が決めたんだよ)
暗闇の奥で意識が持ち上がる。
(こんなところで終わる気は――最初からねぇんだよ)
その瞬間、身体の奥で押し留められていた何かが弾けた。
――ドクン。
一度だけ。だが確かに、強く。
止まっていたはずの心臓が叩きつけるように脈打つ。
「さあ、証明なさいまして」
パンドラの声がはっきりと響く。
「――あなたの意志が、この瞬間を乗り越えることを」
◇ ◇ ◇
タナエルの目が大きく見開かれた。
「ば、馬鹿な……」
握り込まれたままの左手。
その指は限界まで力を込めて閉じられている。
遠く後方で戦いを見守っていたイオアンヌが思わず息を呑む。
離れた位置で見ていたリリシスは静かに口元を歪める。
その視線の先で――俺はゆっくりと立ち上がった。
ドクンッ――ドクンッ――ドクンッ――!
心臓の音が耳の奥で爆発するように響く。
一拍ごとに全身が揺れる。
胸の奥で心臓が何度も叩きつけられている感覚だった。
「……うるせぇな。俺の心臓……」
呼吸が戻る。
肺に空気が流れ込む感覚がやけに鮮明だった。
タナエルの左手は確かに握り込まれている。
それでも――さっきまでの圧迫は完全に消えている。
タナエルの表情が歪む。
さらに強く左手に力を込める。
「何故だ……何故、貴様は立ち上がる……?」
声が、わずかに乱れる。
「……なんだ、その心臓の音は」
その問いに、俺は短く息を吐いた。
「さあな。俺は心臓の強さには、ちょっとだけ自信があるんだ」
肩で息をしながら、それでも口元は笑っていた。
「その技は――もう俺には効かねぇぜ」
タナエルの視線がリリシスへ向けられる。
「教えろ、リリシス。この男は何者だ。何故死なない」
リリシスは肩をすくめるように軽く息を吐く。
「私にそんなことを聞かれても分からないわよ。でも、不思議ね。ただの人間が死を乗り越えるなんて」
小さく、くすりと笑う。
その言葉に俺は眉をひそめる。
「おい。どこ見てやがる。てめぇの相手は――俺だろうがよ」
タナエルがゆっくりと視線を戻す。
「死を乗り越えた、か。どうやら本当に私の技は通用しないようだ」
握り潰していた左手をゆっくりと下ろす。
周囲の空気が一変する。
「だが――これで私の左腕も自由になったということだ」
再び冷たい圧が戻る。
タナエルの左手に光が宿る。
「貴様の死ぬ時間が、わずかに延びただけにすぎん」
その視線が俺の腹へと落ちる。
「立ち上がったところで、その腹の傷が消えたわけではない」
淡々と告げる。
「カティフラクトも同じ傷を負っていたが、私には勝てなかった」
わずかな間を置き――
「つまり――魔法を使えぬ貴様では、どうあがいても私には勝てん」
静かな断定。
それを聞いて、俺は鼻で笑った。
「魔法が使えねぇから何だって言うんだ」
両腕を頭上に伸ばす。
両拳を打ち合わせる。
――ギンッ。
身体の奥でオーラの流れが一つに繋がる。
「てめぇだってオーラは使えねぇだろうが」
全身のオーラを解放して両拳に集める。
「はああああぁぁ!」
オーラが一気に噴き上がる。
その奔流を引き裂くように分け、両拳へ均等に流し込む。
右手と――左手。
そこだけにオーラを集約する。
余計な防御は切り捨てる。
タナエルの目が細まる。
「どうやら防御を捨てたようだな。力を両拳に集中させる……確かに合理的ではある。だが、それでどうなる?」
声が低く沈む。
「私の攻撃が、ほんのわずかでも体に当たれば――貴様はそれだけで致命的な損傷を受ける」
その事実を淡々と突きつけてくる。
だが――俺は笑う。
「てめぇ……」
構えをさらに深く落とす。
「人のやろうとしてることを一瞬で見切るんじゃねぇよ」
足に力を込める。
地面の感触がはっきりと伝わる。
「まぁいいさ。こうでもしねぇと、てめぇは倒せねぇ。そんなリスクは承知だ」
呼吸を整える。
「――てめぇの攻撃なんざ、全部かわしてやる」
構えが全身の力を一点に収束させる。
両拳に集約されたオーラが、確かな密度を持っていた。
空気が張り詰める。
音が完全に消えた。
「来るがいい」
タナエルのその一言を合図に俺は地面を蹴る。
「うおおおおおぉぉぉ!」
視界が一瞬で流れる。
距離を詰めた感覚すら残らない。
「――早い」
タナエルの声が遅れる。
俺の右拳は、すでに振り抜かれていた。
――ドンッ!
鈍い衝撃が腹部にめり込む。
肉体の奥へと力が突き抜ける感触。
「ぐはぁっ……!」
タナエルの身体がわずかに浮く。
だが、次の瞬間には反撃が来る。
光を纏った左手の手刀が至近距離から振り下ろされる。
速い――だが、遅い。
俺は右手の甲を軽く差し出すだけで、手刀を受け止めた。
――パシッ。
衝撃は、ほとんど感じない。
「素手で……止めただと……?」
タナエルの瞳が揺れる。
その一瞬の動揺を逃さない。
だが――タナエルも止まらない。
次の瞬間、両腕が閃く。
右、左、右、左――
光を纏った手刀が連続で叩き込まれる。
空気が遅れてついてくる速度。
一撃ごとに軌道が変わり、死角を突く。
首、こめかみ、鎖骨、腹、脚。
急所だけを正確に狙い続ける徹底した殺しの連撃。
(……見えてる。タナエルの動きが――すべてが遅い)
まるで、水の中で動いているように。
タナエルの腕の軌道、肩の入り、踏み込みの重心。
センソーラで「先」を読まなくても、そのすべてがはっきりと「後」に見える。
(……全部見切れる。動きが止まって見えるほど遅い)
身体が勝手に動く。
首をわずかに傾けるだけで、手刀が頬をかすめて通過する。
一歩引くだけで、腹を狙った一撃が空を切る。
肩をずらすだけで連撃がすべて外れる。
無駄が一切ない最小限の動き。――それでも、すべて避けられる。
「馬鹿な……!」
タナエルの声が乱れる。
さらに速度を上げ、手刀の軌道が鋭くなる。
(何が起きている……?)
合っている。すべて合っているはずだ。
それなのに――当たらない。
(何故だ……何故だ……何故だ……!)
タナエルの背筋に初めて理解できないものへの冷たい感覚が走る。
そのすぐ傍で――
(そうか……これ……)
視界が異常にクリアだ。
空気の流れすら見える。
心臓の鼓動が、すべての基準になっている。
バクンッ――
踏み込みが来る。重心が前へ移る。
バクンッ――
その瞬間、次の軌道まで見えている。
バクンッ――バクンッ――バクンッ!!
(……この音だ。全部、この鼓動に合わせて動いてる)
胸の奥で鳴り響く音。
だが、そのリズムにすべてが同期している。
自分だけが異常な速度で動いているのが分かる。
だから――全てが遅い。
タナエルの動きも、空気も、時間すらも。
(止まってる……全部……)
一歩、踏み込む。
その動きにタナエルの反応が追いつかない。
無駄なく、正確に、最短で裏拳を振り抜く。
――ドゴンッ!
鈍い衝撃が顔面に直撃する。
タナエルの首が大きく振られ、身体が宙に浮く。
そのまま大きく吹き飛び――地面に背中から叩きつけられる。
土が跳ね上がり、衝撃が周囲を震わせる。
静寂が落ちる。
タナエルがゆっくりと顔を上げる。
「馬鹿な……」
その声には、はっきりと困惑が滲んでいた。
「私は……魔法で速度も防御も限界まで引き上げている……それなのに……」
視線が俺を捉える。
信じられないものを見る目だった。
「魔法を使わずに……すべてを上回っている……?」
タナエルは、ゆっくりと立ち上がった。
わずかに足元が揺れるが、それでも姿勢は崩さない。
「確かに、貴様は強い」
息を整えながら、低く言い放つ。
「だが――その出血も限界に近いと見た」
視線が、まっすぐ俺の腹へと落ちる。
そこから流れた血が地面を濡らしている。
身体の奥が鈍く軋む。
だが――関係ない。今は。
「一撃だ。防御を捨てている貴様に、一撃を与えるのに重い攻撃は必要ない」
タナエルはそう言うと、両手を静かに持ち上げた。
その掌がこちらを捉えた瞬間、空気が張り詰める。
「スピリ フォティノス」
次の瞬間、閃光が解き放たれた。
一発ではない。
両手から連続で撃ち出される光が軌道を変えながら空間を埋め尽くす。
逃げ場を潰すような連射。
一撃でも受ければ、その瞬間に終わる。
「てめぇの戦い方は、ずっと合理的だよ」
俺は正面へ一歩踏み出す。
「だけど、それじゃ今の俺は止められねぇ!」
踏み込みと同時に視界が一変する。
バクンッ、バクンッ――バクンッ!!
心臓の鼓動が跳ね上がる。
それに引きずられるように周囲のすべてが遅くなる。
迫り来る閃光が、はっきりと線になって見える。
どこを通り、どこに来るのか――すべて分かる。
首をわずかに傾けるだけで、頬をかすめる光を外す。
肩を引けば、狙われた位置をすり抜ける。
一歩踏み替えるだけで足元を狙った一撃が空を切る。
まるで、閃光の方が俺を避けているかのように。
そのまま前へ出る――止まらない。
距離が一気に縮まる。
「近づくな……!」
タナエルの声が初めて乱れた。
「ステレオン アイギス!」
青白い障壁が瞬時に展開される。
「無駄だ!」
踏み込みをさらに深くする。
右拳に集めたオーラを一気に乗せる。
「うおおおおおぉぉぉ!――インフィニット デストラクション パンチ!」
振り抜いた拳が魔法障壁ごと腹部へ叩き込まれる。
鈍く重い衝撃が伝わり、そのまま身体の奥まで突き抜ける。
タナエルの身体が大きく吹き飛んだ。
地面を削りながら転がり、土煙が舞い上がる。
吹き飛んだ先を睨み、荒く息を吐く。
「はぁ……はぁ……」
――ドクン、ドクン、ドクン、ドクン!!
胸の奥で、まだ鼓動が暴れている。
「どうだ……腹への一撃の、おかえしだ」
吐き捨てるように言う。
タナエルの身体がわずかに動く。
上半身を起こそうとした瞬間、口から血が溢れた。
「ぐっ……そ、そんな……この私が……」
俺は、そのまま前へ出る。
一歩、また一歩と間合いを詰める。
「どうやら終わりだな。大人しく気絶してくれりゃ、生かしてやってもいいぜ」
タナエルの視線が揺れる。
だが――その奥に、まだ何かが残っていた。
「くっ……おい、リリシス!」
絞り出すような声。
その呼びかけに応じるように後方から足音が近づいてくる。
ゆっくりと、楽しむように。
「なぁに?タナエル」
リリシスが軽い調子で歩み寄る。
その視線は最初から俺に向けられていた。
タナエルがかすれた声で言う。
「リリシス。お前の力で――この男を殺せ」
その瞬間、空気がわずかに歪んだ。
「なっ、てめぇ……やる気か?」
思わず吐き捨てた俺の言葉に、リリシスは一拍も置かずに首を横へ振った。
「――嫌よ」
あまりにもあっさりとした否定だった。
まるで命令そのものに価値がないと言わんばかりに。
その一言で場の動きがぴたりと止まる。
俺もタナエルも、同時に動きを止めていた。
「あなたが死んでくれたら、それで終わるのに――私が動く理由、ある?」
軽く笑いながら言うその声には躊躇いは一切ない。
(……何を言ってやがるんだ?こいつ)
会話がまったく噛み合わない。
だが、違和感を覚えたのは俺だけじゃない。
「貴様……私の命令に背くというのか……?」
タナエルの声が、わずかに低く沈む。
それでもリリシスは答えない。
ただ、面白がるように微笑みを浮かべているだけだった。
リリシスの態度を受け、タナエルの右手が静かに持ち上がる。
白い光が掌に集まり、圧が一気に重くなる。
「……まだやる気か?」
俺が睨みつけると、タナエルは何も言わず、その右手の向きをゆっくりと変えた。
「なっ……?」
視線の先を追った瞬間、背筋が冷える。
その標的は俺ではない。
遠くで戦いを見ていたイオアンヌへと向けられていた。
タナエルの口元が歪む。
「スピリ アクティス」
放たれた閃光が一直線に空間を貫く。
「――ぐっ!マゲイオン アイギス!」
咄嗟に魔法防御が展開される。
だが完全には受けきれず、衝撃が弾ける。
イオアンヌの身体が、そのまま後方へと吹き飛んだ。
「てめぇ!何をしやがる!」
だがその声を無視するように、タナエルの右手はすでに次の光を帯びていた。
「あそこで倒れているカティフラクトが、この魔法を受ければ――即死するだろう」
視線の先には動かないまま倒れているカティフラクト。
「――なっ!」
思考が一瞬で切り替わる。
「さぁ、競争だ」
タナエルが笑う。
「スピリ アクティス」
再び放たれた閃光が一直線にカティフラクトへ向かう。
考えるより先に身体が動いていた。
地面を蹴り、一気に距離を詰める。
「はああああぁぁ!センソーラ!」
腕を伸ばし、そのまま飛び込む。
ギリギリで届いた指先が閃光に触れた瞬間、焼けるような衝撃が腕を貫いた。
それでも構わず押し込む。
「うおらああああぁぁぁ!」
強引に軌道をねじ曲げる。
閃光がカティフラクトの目前で逸れ、地面を抉りながら横へ流れていった。
「はぁ……はぁ……」
荒く息を吐きながら振り返る。
「てめぇ……卑怯だぞ!」
だが――その視線の先で、タナエルはすでに立ち上がっていた。
両腕を広げ、その掌に再び光を集めている。
先ほどとは比べものにならない重圧。
空気が軋み、圧がさらに増していく。
「終わらせてやる」
静かに告げる。
「貴様が避ければカティフラクトは死ぬ。――だが、貴様は絶対に避けないと分かった」
その言葉が胸の奥に突き刺さる。
「この距離では貴様の攻撃は私には届かない」
そう言い切るとタナエルはゆっくりと詠唱に入った。
動きも隙も大きくなっている。
(かわさないと分かってるから、あえて時間をかけて最大威力の魔法を放つつもりか……!)
カティフラクトの言葉が脳裏をよぎる。
「威力の高い技を放とうとする時にありがちな欠点だ。力を一点に集める以上、どうしても時間がかかってしまう」
「カティフラクト……あんたの言ってた通りだ」
小さく呟く。
「おかげで、遠慮なく撃てる」
左手で右手首を掴む。
投げる直前のようにゆっくりと引き絞る。
左足に体重を乗せ、全身をしならせた瞬間――
身体の奥に散らばっていたオーラが一つの流れとなって右腕へと収束していく。
その間にもタナエルの詠唱は進む。
「煌めきし古の太陽、我が精神に宿れ――輝ける力を我が手に集い、閃光となりて滅せよ」
光が限界まで膨れ上がる。
「――スピリ ヘリオス!」
両手が重なった瞬間、大地が震えた。
光が一気に膨張し、周囲を震わせる。
放たれたそれは――太陽を思わせる圧倒的な閃光だった。
視界が白く焼き潰される。
だが俺は踏み込む。
左手を離し、腰を回し、肩を振り抜く。
掌を突き出す直前、再び左手で右手首を強く押さえ込み、全身の力を解き放つ。
「はあああぁぁぁ!!オーバーブースト ラディアント リベレーション!!」
――ドォォォンッ!!
ぶつかった瞬間、光と光がぶつかり合い、空間が歪む。
タナエルの巨大な閃光が押し返され、飲み込まれる。
「なっ……!?」
タナエルの声が揺れる。
押し返しているのは、ただの力ではない。
閃光の中心で自分の右腕が脈打っているのが見えた。
心臓の鼓動と完全に同期して、オーラが膨れ上がる。
さらに一歩、踏み込む。
その瞬間、鼓動が弾けた。
――ドクンッ!!
光が一気に押し込まれる。
タナエルの閃光が耐えきれず歪む。
「そんなはずが……ない……!」
光が崩れ落ちる。
押し潰されるように飲み込まれ、絶叫が森を裂いた。
「ぐわあああぁぁぁぁ!」
光が消え、森は静まり返った。
突き出した右手だけが、かすかに震えていた。
「はぁ、はぁ……これで――文句ねぇだろ、パンドラ」




