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『異界樹物語』  作者: 大井翔
第三章

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第151話 怪しい黒い料理と食事中に起きた突然の告白

崩れた岩壁の向こうから乾いた風が吹き抜けた。

俺は息を整えながら熱を帯びた拳を見つめていた。

拳の内側にはオーラの残滓が微かに渦巻いている。


だが――

その静寂を破ったのはカティフラクトの低い声だった。


「威力は認めよう」


カティフラクトは崩れた岩壁を一瞥し、ゆっくりとこちらを見る。


「だが欠点が多すぎる」


まるで戦況を分析しているかのような冷静な口調だった。


「第一に――溜めが長い」


カティフラクトは腕を組み、静かに続ける。


「威力の高い技を放とうとする時にありがちな欠点だ。力を一点に集める以上、どうしても時間がかかってしまう」


彼の鋭い視線が俺の右腕へ向けられた。


「貴様の技も同じだ。オーラというものを腕に集めるまでに明確な時間が生まれている」


確かに、さっきの一撃を放つまで俺は数秒間動きを止めていた。

カティフラクトは落ち着いた口調で続けた。


「第二に――動きが大きすぎる。戦いの場では予備動作の大きい攻撃ほど避けられる。ネクロスは貴様が腕を振り上げた瞬間に回避するだろう」


さっきの動きがどれほど大きかったかは俺にも分かっていた。

カティフラクトはそこで一度言葉を切った。

そして腕を組み直し、少しだけ声を低くする。


「そして第三に――」


その目が俺をまっすぐ射抜いた。


「その技、連続では放てまい」


空気が一瞬だけ張り詰める。


「全身のオーラを破壊の一撃に圧縮しているのだろう。ならば当然、身体への負担も大きいはずだ」


彼は俺の右腕を見つめた。


「その技を何度も放てば、先に壊れるのはネクロスではない。貴様の身体だ」


風が吹き抜け、森の葉がざわめいた。

俺は黙ったまま拳を握った。

今の一撃だけでも筋肉が震えながら骨の奥に軋むような痛みが残っていた。


だが――


「まぁいいさ。何もないよりはずっとマシだ。俺はこの技でネクロスを倒す――必ずな」


その言葉にカティフラクトは薄く笑みを浮かべた。

その瞬間だった。


――ぐぅぅぅぅ。

腹の奥から盛大な音が響いた。

俺は思わず腹を押さえる。


「……なんか、腹減ったな」


ルナが呆れた顔でこちらを見る。


「お昼とっくに過ぎてるんだから、当然でしょ。アジトに戻ってご飯にしましょう」


その言葉に俺は力なく頷いた。

確かに、腹が減っては戦もできない。

俺たちは森を抜け、玄冥魔軍のアジトへと戻った。



アジトの入口をくぐると、ひんやりとした空気が肌を撫でた。

木造の廊下を進むと、広間の前に二人の煌月守衛軍の兵士が立っていた。

カティフラクトが足を止め、眉をひそめた。


「どうした?何かあったのか?」


二人の兵士はすぐに姿勢を正し、敬礼した。


「カティフラクト様」


そのうちの一人が前へ出る。


「仲間たちが空腹を訴えてます。そこで、こちらのアジトに食料を分けていただけないかとお願いに参りました」


兵士は言葉を続けながら、わずかに視線を落とす。


「ですが……我々に分ける食料など無いと言われて断られています」


その言葉に俺は小さく息を吐いた。

無理もない話だ。

少し前まで敵対していた煌月守衛軍の兵士が帝国側のアジトで食料を分けてくれと言っているのだ。

事情を知らなければ怪しく見えて当然だ。

カティフラクトは短く頷いた。


「……そうか。私がティモーリスに食料の件を掛け合ってくる。少し待っていろ」


兵士たちはすぐに背筋を伸ばした。


「はっ!」


その時だった。


「ちょっと待って」


ルナが一歩前に出た。

そして兵士たちを見渡しながら、にこりと笑う。


「いいわ。私があなたたちの分の料理を作ってあげる!」


兵士の一人が困惑した顔で言った。


「……料理、ですか?」


俺は思わずルナを見た。


「え?ルナが料理するの?」


疑い半分の声になってしまう。


「ルナって普通の料理、できるのか?」


するとルナはむっとした顔で振り向いた。


「何よその言い方」


ルナは腕を組み、胸を張った。


「天空、私ね――あなたの家で食べたあの味が忘れられなくて、こっちの世界でも作れるか、材料を色々調べてたのよ」


その言葉を聞いた瞬間、俺の頭にある料理が浮かんだ。


「まさか……お前、オムレツを作るつもりか?」


ルナは首を振った。


「違うわよ」


そして、にやりと笑う。


「作るのはカレーライスよ」


俺は思わず声を潜めて聞き返した。


「……お前、本当にカレーライスをこっちの世界で作れるのかよ」


下の世界にはカレールーなんてものはないはずだ。

ルナは自信満々に頷いた。


「大丈夫よ。私に任せて」


そして俺を指差した。


「それと天空。料理、手伝って」


俺は小さくため息をついた。


「……え~」


どうやらこれから始まるのは訓練の続きではなく料理当番らしい。



アジトの奥にある調理場へ案内され、俺たちは早速準備を始めた。

木製の作業台の上には野菜や肉が並べられている。


「まずはジャガイモと玉ねぎね」


ルナが手際よく指示を出す。


「天空、皮むきお願い」


俺はナイフを手に取り、ジャガイモの皮をむき始めた。


だが――どうにも落ち着かない。

ふと顔を上げると、カティフラクトと先ほどの煌月守衛軍の兵士二人が腕を組んだまま、じっとこちらを見ている。

まるで監視でもするかのように。


「……なんか、ずっと見られてるとメチャクチャやりにくいんだけど」


カティフラクトが静かに言う。


「当然だ。料理を作ってくれることには感謝する。だが、得体の知れないものを我々に差し出すなど――」


腕を組んだまま、わずかに目を細める。


「リスクが大きすぎる」


その言葉に煌月守衛軍の兵士たちも小さく頷いた。

確かに、見たこともない料理を敵だった相手に食べさせられるのだ。

警戒するのは当然だ。

するとルナはフライパンを持ったまま振り向き、自信満々に言う。


「食べれば分かるわよ!これは私のとっておきの料理なんだから!」


にこりと笑う。


だが俺の頭の中には、さっきから別のことがこびりついて離れなかった。

煌月城で起きた出来事だ。

ネクロスの動きがどうしても引っかかっていた。

俺の攻撃を、まるで先読みしているかのように避けたあの動き。

あれは――まるで俺のセンソーラを使っているかのようだった。


未来の予兆を読むような動き。

もし本当にそうだとしたら、俺の技はあいつに当たるのか。


包丁を動かしながら考える。

だが考えれば考えるほど、嫌な予感ばかりが膨らんでいった。

ネクロスやタナエルだけじゃない。

若返ったジェラントスとパソニア。あいつらは一体何者なんだ。


いや、それ以上に気になることがある。

なぜあの場にリモルナとプセウリナが現れた?

偶然とは思えない。

全部どこかで繋がっている気がするのに、その繋がりが見えない。

胸の奥にじわりと重たいものが溜まっていく。

俺は思わず大きく息を吐いた。


「はぁ……」


すると調理場の入口で見張っていた煌月守衛軍の兵士が小声で言った。


「あの男……ずっと死んだ魚みたいな目で料理してますけど、本当にあの男の料理を食べるんですか?」


カティフラクトが腕を組んだまま答える。


「城で起きた出来事を考えているんだろう。やつなりに思い詰めている」


もう一人の兵士が顔をしかめた。


「それでもなぁ……あいつの料理、なんか食べたくないな」


俺は包丁を置き、ルナに声をかけた。


「ルナ、ちょっとトイレ行ってくる」


「はいはい。早く戻ってきなさいよ~」


鍋をかき混ぜながらルナが答える。

俺は調理場を出た。

その背中をカティフラクトと兵士たちが黙って見送った。



「はぁ~……」


トイレの中で思わずため息が漏れた。

ネクロス、パンドラ、煌月城で起きたこと――考え出すときりがない。

俺はぼんやりしながら用を足す。

その時だった。


「わたくしの目の前でそのようなものを見せつけるなんて恥ずかしいですわ」


突然、聞き覚えのある声が響いた。


「はぁ?」


思わず周囲を見回す。


「なっ……えっ?パンドラ!?」


慌てて一歩前に出て隠した。


「ちょっと待て!どこにいる!?」


トイレの個室を見回す。


「なんでここにいるんだ!」


すると落ち着いた声が返ってきた。


「わたくしにも分かりませんわ」


俺は天井を見る。


「どこだ!?」


そして気づいた。

声の位置が近すぎる。

いや――近いどころじゃない。

頭の中から聞こえていた。


「目が覚めたら、とても珍しい光景が目の前にありましたので驚きましたわ」


嫌な予感がする。


「……なぁ、まさかとは思うが、お前……俺の中にいるのか?」


少しの間のあと、パンドラが答える。


「どうやら、そのようでして」


俺は言葉を失った。

慌てて用を済ませて服を整える。


「お前な!人のしょんべん見るとか最悪だぞ!」


「あら。天空がわたくしに見せつけてきたのですわ」


「はぁ?俺は見せつけてねぇよ!」


思わず叫ぶ。


「ですが正面にありましたわよ」


「それはここがトイレだからだ!」


「わたくしは見たいとも思っていませんでしたもの」


「だったら目を閉じろよ!」


「目を閉じるという発想はありませんでしたわ」


俺は顔を押さえた。


「最悪だ……」


「天空……とてもご立派でしたわよ」


「言うな!」


俺は慌てて蛇口をひねり、手を洗う。


「でもどうして俺の頭の中で声がするんだ?」


パンドラは落ち着いた声で答えた。


「わたくしにも分かりませんわ。ですが、天空の思考がすぐ近くにあるように感じますの」


「近いどころじゃねぇよ!」


俺は鏡を見る。


「お前は完全に俺の中にいるんだよ」


「天空の頭の中はごちゃごちゃして騒がしいですわね」


「おいおいおいおい、何を人の頭の中を観察してるんだ!」


「あら?これは……とても興味深いですわ」


「やめろって!俺を研究対象みたいに言うな!」


だが、その声を聞いているうちに胸の奥に溜まっていた重たいものが、すっと軽くなった。


「だけど、よかった。……無事だったんだな。ネクロスがお前の体を乗っ取ったんだ。それからずっと、お前がどうなったのか分からなくて心配してたんだぞ」


パンドラが少し驚いた声で言った。


「ですがわたくし、今はあなたの体の中におりますのよ。どうやって助けてくださったのですか?」


「さぁ、俺にも分からない。でも――」


鏡の中の自分を見る。


「安心してくれ。俺が必ずお前の体を取り返してやるからな」


沈黙。


「……パンドラ?」


呼びかけるが、反応がない。


「おーい。寝たのか?」


俺は苦笑した。


「まぁいいや」


パンドラは生きている。

それだけで胸の奥が軽かった。

俺は小さく笑いながら調理場へ戻った。



調理場に入った瞬間、煌月守衛軍の兵士たちがこちらを見た。

一人が小声で言う。


「あの男、随分長いトイレでしたね」


もう一人が頷く。


「それに……なんだか一人で笑っているような……」


兵士は真顔で言った。

もう一人の兵士も頷いた。


「あの不気味な笑顔……トイレで何かやってきたんじゃないですか?」


カティフラクトは腕を組んだまま、じっと俺を見る。

そして低く言った。


「……あの男には近づくな」


兵士たちが振り向く。


「精神状態が不安定になっているようだ。今はそっとしておけ」


「はっ……」



「カレーが出来たわよ」


ルナの声が調理場に響いた。


テーブルの上に並べられた皿から湯気がゆっくりと立ち上る。

白い米の上には濃い色の汁がかけられ、強い香りが漂っている。

汁の中には肉や野菜がごろごろ入っている。

だが、こっちの世界の人間にはまったく馴染みのない匂いだ。


煌月守衛軍の兵士の一人が皿を覗き込み、顔をしかめる。


「カティフラクト様……」


恐る恐る言葉を選んだ。


「本当にこれを食べるのですか?何と言いますか……あまりにも……グロテスクな見た目ですが」


隣の兵士がちらりと俺を見る。


「それに……あの男、トイレから戻ってきた後はずっとニヤついていました。裏で何か企んでいる可能性があります」


ルナが胸を張る。


「変なものなんて入れてないわよ。これは私の自信作なのよ」


そしてスプーンを差し出す。


「本当に美味しいんだから。騙されたと思って一口食べてみて」


視線が一斉にカティフラクトへ向いた。

カティフラクトは腕を組んだまま、しばらく皿を見つめていた。

まるで未知の生物でも観察するような真剣な目つきだった。

やがてスプーンを手に取り、慎重にカレーをすくう。

そして口へ運ぶ。


数秒の沈黙。

兵士たちが固唾を飲む。

カティフラクトの眉がわずかに動いた。

そして静かに言った。


「……うまい」


その場の空気が一瞬止まった。

カティフラクトは皿を見下ろす。


「何だこの料理は」


少し考えるようにしてから、兵士たちを見る。


「おい。命令だ。お前達も食べろ」


「はっ!」


兵士たちは慌ててスプーンを手に取る。

恐る恐る口に入れた瞬間――


「な、何だこれは!香りが……!」


「肉が柔らかい!」


一気に騒ぎになる。

その様子を横目に俺もスプーンを取ってカレーを口へ運んだ。

懐かしい味だった。

香辛料の刺激、肉の旨味、野菜の甘み。

下の世界に来てから一度も味わっていなかった、本物のカレーだ。


「ルナ、このカレー美味いな。よくここまで再現できたな」


ルナは少し照れたように笑った。

だが、その笑顔の奥に影が見えた。

ルナもパンドラのことを気にしているようだ。


「……ルナ」


小さく声をかける。


「ちょっと聞いてほしい事があるんだ」


「なぁに?」


ルナがこちらを見る。

少し迷ったが、俺の中にパンドラがいることをルナに伝えることにした。


「実は――」


その瞬間、俺の口が勝手に動いた。


「俺はお前の事を愛しておりますわよ」


空気が一瞬で凍りついた。

ルナの顔が一瞬で真っ赤になる。

俺も凍りつき、慌てて叫んだ。


「ち、違う!」


必死に説明する。


「その……みたいな事をパンドラなら言うかなと思って!」


兵士がぽつりと呟く。


「……この場で告白ですか」


もう一人の兵士が腕を組む。


「しかも、皆のいる食事中に」


カティフラクトが静かに口を開いた。


「重症だな。このままでは戦闘に支障が出る恐れがある。誰か、このアジトにいる心療治療師を呼べ」


「はっ!」


兵士が立ち上がる。


「違うって!」


俺は思わず叫んだ。

その時、頭の中でパンドラが言った。


「天空。あなたの告白は成功しましたわよ。ルナはかなり嬉しそうにしておりまして」


俺は恐る恐るルナを見る。

ルナは顔を真っ赤にしたまま俯いていた。


「天空……あとでちゃんと聞くから、……そんな大きい声で言わないで」


「あ、いや……ちが……」


俺は頭を抱えた。


(パンドラ……)


「なんですの?」


(頼むから俺の口を勝手に使わないでくれ)


「ええ、分かりましたわ。ですが、天空が困った時はすぐに助太刀致しますわ」


その声は――どう聞いても反省している声ではなかった。

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