第149話 抗う者と空より追い迫る制圧者
祭壇の間を出た瞬間、城の空気が変わっていた。
それでも俺たちは黙ったまま通路を進んだ。
足音だけが床を打ち、その反響が不自然なほど大きく耳に残る。
やがて筒状の昇降室へ辿り着いた。
転送装置の前には煌月守衛軍の兵士たちが待機していた。
だがその整列は、どこか落ち着きを欠いている。
「カティフラクト様……何が――」
問いは最後まで続かなかった。
「全員早く乗れ。最悪の事態になった。直ちに城外へ出る」
「……了解です」
兵士たちは即座に動いた。
昇降室の扉が開くと、内部の巨大な魔法陣が淡い光を放つ。
身体が沈むような感覚とともに、昇降室は一階へ到達した。
カティフラクトが振り返った。
「パンドラ様はネクロスに支配されている。詳しくは後だ。……タナエルも自らネクロスについた。城内はすでに制圧に動いている。これから煌月城は混乱に陥るだろう」
忠誠の象徴だったその名が敵として告げられた瞬間、兵士たちの表情が凍りつく。
「私はこの者たちを逃がす。真実を知る者をここで失うわけにはいかん」
兵士の一人が深く頭を下げる。
「……分かりました。すぐに乗ってください」
入り口には三台の大型魔導装甲車が待機していた。
黒い装甲に魔力紋様が青白く脈動し、低く唸っていた。
「よし、全員、私と一緒に乗れ」
俺とルナ、エピメスは続く。
だが――数名が動かない。
「何をしている? 早く乗れ!」
カティフラクトの声に若い兵士が一歩前へ出た。
その瞳は震えている。
「カティフラクト様、このままでは煌月守衛軍の兵士全員がタナエル様の側についてしまいます。我々もパンドラ様に忠誠を誓いました。城内に残り、仲間たちを説得します」
それがどれほど危険か、誰もが理解していた。
俺の胸が締めつけられる。
「……タナエルに嘘は通じん。見抜かれた瞬間、その場で死の宣告が下る」
「覚悟の上です」
カティフラクトの顔がわずかに歪む。
そして、ゆっくりと頷いた。
「……必ず生き延びろ」
それが答えだった。
兵士たちは深く一礼し、振り返らず城内へ戻っていく。
「出せ!」
三台の魔導装甲車が唸りを上げる。
門が開き、魔導装甲車は白昼の光を裂くように走り出した。
城門を抜けた瞬間に振り返ると、巨大な煌月城が空を遮るようにそびえ立っていた。
だが、その影はどこか歪んで見えた。
城外では煌月守衛軍の別働隊とルージェ率いる玄冥魔軍が待機していた。
ルージェが鋭い目で睨む。
「何が起きたのだ?何故、戻って来た」
カティフラクトは即答する。
「説明は車内でする。時間がない。すぐに乗ってくれ」
ルージェは何かを察したのか、すぐに頷いた。
カティフラクト自ら車を降り、玄冥魔軍を別車両へ誘導する。
扉が閉じると魔導装甲車は再び走り出す。
真昼の陽射しの中を疾走しながらも、俺の胸の奥に溜まった重さは消えない。
俺たちは逃げている。
パンドラを守れなかった。
「ちくしょう……どうしてこんな事になったんだ」
パンドラの姿が脳裏に焼きついて離れない。
あの笑顔が、あの声が、今はネクロスに支配されている。
その現実が、どうしても受け入れられなかった。
悔しさで息が詰まる。
拳の震えが止まらない。
「天空、落ち着いて」
ルナが俺の腕を掴む。
強く、しかし優しく。
「体を奪われただけで、パンドラを失ったわけじゃないわ。ネクロスを追い出す方法がきっとあるはずよ」
俺は息を吐き、無理やり頷く。
そのとき、エピメスがはっと顔を上げた。
「……強い魔力が近づいてくる」
車内の空気が一瞬で変わる。
「……え?」
俺は振り返り、遠ざかる道を見る。
「何も見えないぞ」
「いえ、上です!」
エピメスの声が鋭くなる。
「上から何か来る!」
俺は窓を開け、身を乗り出す。
強風が顔を打つ。
視線を空へ引き上げる。
――いた。
小さな影が三つ、高速でこちらに向かっていた。
「マジかよ……空を飛んで来やがった」
目を凝らす。
先頭にいるのは――
「タナエル……」
間違えようがない。
その隣には若返ったパソニアの姿があった。
そしてもう一人――顔までは判別できない。
「三人いるぞ!」
ルナの声が震える。
「三人?」
その瞬間、前方の魔導装甲車の屋根にカティフラクトが立った。
走行中の車上で揺れをものともせず立っている。
長い外套が風に翻る。
俺とルナも扉を開けて屋根へ飛び出した。
足元で車体が振動する。
強風で呼吸が乱れる。
「タナエル……やはり、追って来たか」
カティフラクトは左手で右腕を掴み、魔力を集中させる。
「――スピリ フォティノス!」
次の瞬間、閃光魔法が連続して放たれる。
白い光弾が一直線に空を走る。
だが、タナエルはわずかに軌道を変えるだけでそれを避ける。
パソニアもまた、回転しながら光弾を避ける。
俺の乗る魔導装甲車の兵士たちも屋根へ上がり、援護の閃光魔法を放つ。
「撃て!」
閃光魔法が次々と放たれる。
だがタナエルは一気に高度を上げ、空に大きな弧を描いて急降下した。
「駄目だ……このままだと追いつかれる」
距離が確実に縮まっている。
魔導装甲車は速い。
だが空中の三人は直線で最短距離を飛んでくる。
そして――タナエルが手を掲げるのが見えた。
白い魔力が掌に収束していく。
凝縮された光が脈打ち、周囲の空気が震え始める。
「やばい!魔法が来るぞ!」
俺が叫んだ瞬間、前方の魔導装甲車の屋根に立つカティフラクトの詠唱が響いた。
「マゲイオン アイギス!」
三台の魔導装甲車に巨大な光の壁が展開される。
重厚な防御障壁が空間そのものを塞ぐように立ちはだかった。
直後、上空から閃光魔法が降り注ぐ。
光弾が障壁に衝突し、爆ぜる。
凄まじい衝撃が走るが、光の壁は揺らぎながらも崩れない。
弾き、受け止め、逸らしていく。
これが……煌月守衛軍最強といわれる防御魔法。
広範囲を一度に守りきるその力に思わず息を呑む。
カティフラクトが味方であることが、これほど心強いとは思わなかった。
だが、安堵する暇はなかった。
タナエルの隣でパソニアが静かに詠唱を始めていた。
「ケラウノス アストラピ」
次の瞬間、空が裂けた。
青白い雷光が一直線に落下し、轟音とともに魔導装甲車の前方の道路を打ち砕く。
地面が抉れ、焦げた匂いが風に乗る。
車体が激しく揺れ、速度が落ちた。
防御魔法を突破できないと見て、足場そのものを破壊しにきたのだ。
「あのババア……とんでもねぇ事をしやがる」
思わず吐き捨てる。
若さを取り戻したその姿は動きも魔力も鋭かった。
タナエルが再び詠唱を始める。
その視線が真っ直ぐカティフラクトへ向く。
「――スピリ アクティス」
放たれたのは先ほどよりも凝縮された閃光魔法。
それを見た瞬間、カティフラクトが叫ぶ。
「エクドラウシス ペディオン!」
三台を包んでいた巨大な光壁が一気に収束し、淡い金色の障壁となってカティフラクトを覆う。
閃光魔法が直撃し、爆ぜるが、光は障壁に触れた瞬間、軌道を歪められて横へ逸れていった。
だが、広域防御は失われた。
今、守られているのはカティフラクト一人だけ。
逃げ続けるだけでは限界が来る。
俺たちは地上で、あいつらは空。
位置の優位は圧倒的に向こうにある。
そのとき、上空のパソニアと目が合った。
その目がわずかに笑う。
「メガリ エクリクシ」
一直線の閃光がこちらへ向かう。
閃光魔法なら俺のセンソーラで分解できる。
そう判断しかけたその時、軌道の異様さに気づく。
俺じゃない。
足元だ――いや、屋根の中央。
その直後、前の車両からカティフラクトの怒号が飛んだ。
「馬鹿者!避けろー!」
咄嗟に後方へ跳ぶ。
次の瞬間、閃光が屋根に直撃した。
光が一点に吸い込まれ、瞬く間に爆発へと変わった。
轟音が鼓膜を破り、視界が白く弾け飛ぶ。
「――うわあああぁぁ!」
身体が宙に投げ出される。
足場を失い、車体の縁を越えかける。
「天空さん!」
身を乗り出したエピメスの手が俺の腕を強く掴んだ。
全身に激痛が走るが、どうにか屋根へ引き上げられる。
肋骨の奥が鈍く痛み、腕がうまく動かない。
肩口から血が滲み、視界が揺れる。
「ぐっ……」
俺は立っているのもやっとだった。
「酷い怪我だ……このままじゃ危険だ。ルナ、天空さんを中へ!」
「分かったわ!」
ルナとエピメスが俺を両側から支え、車内へ引き込もうとする。
その様子を見下ろしながら、タナエルが淡々と言った。
「やっかいな男が一人倒れたか。あとはカティフラクトだけだ」
感情の薄い声だった。
戦況を分析するだけの冷静さ。
隣でパソニアが微笑む。
「ここは私に任せなさい」
彼女の爆発魔法が次々と放たれる。
爆発が車体に直撃し、金属が軋み、揺れが激しくなる。
「くっ……マゲイオン アイギス!」
カティフラクトが再び広域防御魔法を展開する。
光の壁が三台の魔導装甲車を包み込むように広がり、迫る爆発を受け止めた。
だが、空からの猛攻は止まらない。
防御障壁は何度も揺らぎ、そのたびにカティフラクトの顔色がわずかに青ざめる。
このままでは削り切られる――誰もがそう理解していた。
その時だった。
後方の車両のハッチが開き、黒い外套を翻した一団が屋根へと躍り出る。
玄冥魔軍――ルージェ率いる精鋭たち。
ルージェは車体中央へ歩み出ると、低く言い放った。
「私がやつらを撃ち落とす。防御は任せたぞ」
カティフラクトが視線を向け、わずかに眉をひそめる。
「……なんだ、その武器は」
ルージェの手には見慣れぬ長大な金属の筒が握られていた。
黒鉄色の銃身と合金製の銃床。
そのどこにも魔導回路は存在しない。
「帝国が極秘裏に開発した最新兵器だ。名を――ライフルという」
ルージェは膝をつき、銃床を肩に押し当てる。
片目を閉じ、照準器越しに空を捉えた。
上空で雷光を纏うパソニアが、再び詠唱に入ろうとしている。
その瞬間。
引き金が引かれた。
――ズドンッ!
魔法とは違う、鋭く乾いた破裂音。
次の刹那。
パソニアの身体が不自然に跳ねた。
「ぐはっ……!」
胸元が弾け、血が散った。
雷光が途切れ、身体が空中で傾き、そのまま落下していく。
タナエルの瞳が大きく見開かれた。
「速い……。なんだ、あの武器は……魔法銃では……ない……?」
ルージェは既に次弾を装填していた。
照準が今度はタナエルを捉える。
――ズドンッ!
閃光よりも速い、見えない弾丸。
だが。
タナエルはほんのわずかに横へ身をずらした。
弾丸は空を裂く。
「なっ……!」
ルージェの瞳が揺れる。
「あの速度を……見てから避けた……?」
タナエルは空中で距離を取りながら、蛇のように軌道を変え続ける。
予測不能の動きに照準が追いつかない。
「くっ、当たらない……!」
ルージェは再び構えるが、タナエルは止まらない。
そして、タナエルの瞳が冷たく細められた。
一瞬で高度を下げ、加速。
「――スピリ アクティス」
収束した閃光魔法がルージェを貫こうと迫る。
「エクドラウシス ペディオン!」
金色の障壁がルージェの前に瞬時に展開する。
光と光が衝突し、凄まじい衝撃波が屋根を震わせる。
閃光は逸れた。
だが、爆圧がライフルを直撃する。
照準器が砕け、銃身が歪む。
ルージェの手から黒鉄の兵器が崩れ落ちた。
その隙にタナエルは静かに降下し、魔導装甲車の屋根へと舞い降りた。
カティフラクトとタナエルが至近距離で向き合う。
「カティフラクト……まさか帝国と手を組むとはな」
「違う。パンドラ様は無駄な争いを止めるために休戦を選ばれた。裏切ったのは貴方の方だ。煌月家を戦火へ引き戻そうとしている」
「煌月守衛軍の当主は、いまやネクロス様だ。いつまで理想に縋る。目を覚ませ、カティフラクト」
「……何だと?」
「秩序とは願いで保てるものではない。力でねじ伏せ、従わせてこそ成り立つものだ」
「それを暴走と言うのだ。貴方は守るという本分を忘れた。恐怖で縛る支配を秩序と呼ぶな」
その瞬間だった。
俺の乗る魔導装甲車と隣を走る車両の屋根に配置されていた煌月守衛軍の兵士たちが、一斉に両手を掲げた。
「放て!スピリ フォティノス!」
重なる詠唱とともに、十数の閃光魔法が束となってタナエルへ放たれた。
だが――
「邪魔をするな。アナクラシス ペディオン」
タナエルの周りに淡く歪んだ光の紋様が広がる。
次の瞬間、放たれた閃光が軌道を反転した。
「な――」
跳ね返された光が、そのまま放った兵士たちへと降り注ぐ。
「ぐわあああぁぁー!」
爆ぜる閃光。
屋根の上に白煙が立ちこめ、数人が弾き飛ばされ、車上に転がる。
悲鳴と焦げた匂いが混ざり合った。
反射魔法――受けた魔法を、そのまま返す防御魔法。
タナエルは微動だにしない。
だがその隙をカティフラクトは逃さなかった。
「――はあっ!」
屋根を蹴り、間合いを詰める。
黄金の魔力が両腕に宿り、圧縮された光の剣が形成される。
一閃。
だが――
タナエルは半歩だけ退いた。
光の剣が外套を掠め、布が裂ける。
「そんなものが私に通じると思うのか?」
タナエルの手に収束した白光が、手刀となって横薙ぎに払われる。
光の剣と白き手刀が正面から衝突する。
爆ぜる閃光。屋根板が砕け、金属が歪む。
衝撃で二人の足元がわずかにめり込む。
だが崩れない。
再び距離ゼロ。
剣と手刀。
光と光。
魔力がぶつかり合い、火花のような粒子が宙に散る。
互いに一歩も譲らない――かに見えた。
だが、タナエルの動きには余裕があった。
最小限の動作。
無駄のない回避。
そして反撃は迷いなく急所へ伸びる。
カティフラクトの防御障壁に白光の手刀が食い込み、亀裂が走る。
「くっ……!」
タナエルが一気に踏み込む。
「遊びは終わりだ。カティフラクト――スピリ アクティス!」
「まだだ……!エクドラウシス ペディオン!」
カティフラクトは咄嗟に防御魔法を厚くするが、押し切られる。
金色の障壁が軋み、砕け、衝撃が直接身体を打つ。
しかし、倒れない。
踏みとどまり、至近距離から肩口へ光の剣を斬り込む。
タナエルの外套が大きく裂け、白い光の粒子が散った。
互いに後退。
屋根の上に二人だけが立つ。
周囲では爆炎が上がり、魔導車はなお疾走している。
だが、荒い息が漏れるのはカティフラクトだけだった。
タナエルは静かに言う。
「流石だ、カティフラクト。だが、お前の攻撃は私には届かん」
その言葉に余裕が滲む。
カティフラクトの額から血が流れる。
それでも視線は逸らさない。
次の瞬間、再び二つの光が衝突した。
どちらも退かない。
だが――タナエルの踏み込みは想像以上に鋭かった。
振り下ろされた手刀をカティフラクトは間一髪でかわす。
だが、完全には逃れきれない。
刃のような衝撃が魔法障壁を削り取り、そのまま胸を裂いた。
障壁の光が砕け散り、鮮血が弧を描く。
直後、体勢を崩したカティフラクトは屋根を滑り、そのまま宙へ弾き飛ばされた。
しかし、落下する寸前で身をひねった。
空中で体勢を立て直すと、そのまま魔力を噴き上げ、空へと舞い上がった。
「スピリ フォティノス!」
怒声とともに放たれた光弾がタナエルへと襲いかかる。
しかしタナエルは一歩も動かない。
「アナクラシス ペディオン」
低い詠唱とともに彼の前方で空間がわずかに歪んだ。
次の瞬間、光弾は触れた途端に向きを変え、カティフラクトへと撃ち返された。
「ぐっ……!」
カティフラクトは咄嗟にかわすが、体勢は大きく崩れた。
だが、その隙にルージェが屋根の端から踏み込み、槍を構える。
穂先に集められた魔力が震え、空気を裂くように放たれた。
一直線にタナエルの背後へ――
だが。
振り向きもせず、タナエルは片手を伸ばした。
鋭い金属音が鳴り、槍はその掌の中でぴたりと止まる。
「そんな攻撃が私に効くと思うのか?」
余裕を含んだ声だった。
ルージェはわずかに口元を歪める。
「……ああ。これは囮だ」
「なに?」
その言葉と同時に俺は隣の魔導装甲車から飛び出した。
全身の勢いを乗せて一直線に突っ込む。
「さっさと車から降りやがれ!インフィニット デストラクション パンチ!」
渾身の一撃がタナエルの顔面を打ち抜いた。
衝撃が弾け、タナエルの身体が屋根から吹き飛ぶ。
金属が歪み、俺の拳に確かな手応えが伝わる。
だが――
落下しかけたその身体は再び空中で静止した。
白い魔力が噴き上がり、タナエルは何事もなかったかのように浮上する。
「……何故、あの男はまだ動ける?爆発で動けぬほどの怪我を負ったはずだ……」
「今だ、ルナ!」
俺の叫びにルナはすでに両手を掲げていた。
「逃げ場なき水よ、重き水圧となりて、抗う全てを沈めよ――ヒュドロス カタバリス!」
空気が震え、凝縮した水分が透明な奔流となってタナエルへ収束する。
圧縮された水が全身にのしかかり、肩が落ち、腕が鈍く沈む。
「な……何だ、この魔法は……」
タナエルは空中で踏みとどまろうとする。
だが、全身を押し潰す重圧がそれを許さない。
浮力が削られ、身体がゆっくりと沈んでいく。
やがて足が地面に触れ、その瞬間、凄まじい重圧に耐えきれず足元の地面が大きくひび割れた。
「今だ!もっとスピードを上げろ!」
三台の魔導装甲車が同時に加速する。
エンジンが唸り、車列は一気に距離を広げた。
背後で凝縮した水が微かに破裂し、密度を保てなくなった水圧が断続的に弾けている。
この水の魔法も、もはや長くは維持できない。
それでもタナエルは動かない。
足元の亀裂がさらに広がる中、ただこちらを見据えていた。
屋根に膝をつきながら俺は息を吐いた。
勝ったわけじゃない。
むしろ、力量差ははっきりしていた。
それでも、今は逃げきれた。
それだけで――十分だった。




