第14話 津波と不死鳥
ルナが隠れながら倒れている俺の傍に来た。
「天空、大丈夫?天空!」
気絶していた俺に記憶とも幻ともつかない映像が脳裏に流れていた。
闇の奥からぼんやりとした子供の声が漂ってきた。
「なぁ、お前はあんなやつに負けて悔しくないのか?」
「だ、誰だ?」
「俺はお前みたいな弱いやつにはなりたくないんだ!」
「お前は……そうか、俺か。あんな滅茶苦茶な化け物に勝てる訳が無いだろ!」
「そんな事だから俺のお父さんとお母さんはお前を見捨てて出ていくんだよ」
「はぁ?何を言ってるんだ?俺のお父さんとお母さんは俺を見捨てるわけが無いじゃねーか!」
「よく思い出してみろ!」
「はぁ?」
「お母さんが良く俺に聞かせてくれただろ」
心の奥底で懐かしい声が流れて来た。
「そよ風そっと葉を揺らし~、月の光が眠り誘う~、森の奥の大きな木~、不思議な扉が開くよ~、木々のささやき静かに響き~、優しき風がそっと包む~、精霊たちと夢の国へ~」
「子供の頃お母さんがいつも寝る前に聞かせてくれた子守唄だ、何で今この歌が出てくるんだ?」
「天空!大丈夫だよ!この歌を歌っていつも天空の事を見守っているから」
「お母さん……」
「天空!大丈夫?天空?」
ルナの呼びかけに、気絶していた俺はようやく目を覚ました。
「ルナ?ここは?あの化け物はどうなった?」
「今銀髪の男の子が助けてきてくれて戦ってくれてるの!あの男の子凄く強い!」
「銀髪?イヴァン……?そうだ!イヴァンの声が聞こえた。戦ってるのか?」
「あの男の子は天空の知り合いなの?」
俺はボロボロの体を引きずりながら、イヴァンの方を向こうとした。
少し動いただけで全身が痛みを走らせる。
あの化け物の男、どんだけ馬鹿力で俺を殴ってきたんだ?
ようやく顔を向けると、イヴァンと水の化け物の姿が見えた。
イヴァンの息遣いが荒く、水の化け物の体も崩れかけている。
なんだかすぐに決着がつきそうじゃねーか。
俺は必死になって腹の底から大きい声を出した。
「イヴァン、負けたらぶっ殺すぞ!」
――――
「天空が起きた。負けたら俺はまた殺されるのかよ。それじゃあ勝つしかないな!」
俺は呼吸を整え、体の底から残ってるオーラを振り絞るように思いっきり力を高めた。
水の化け物は一切の躊躇もなく、先に攻撃を仕掛けてきた。
「ウォーターハザード!」
ズザザザザ!!!!
水の化け物が一気に迫る。
まるで大波のように、全身が津波のように変貌して俺に向かって襲いかかってきた。
息を呑む暇もなく、目の前で圧倒的な水流が広がっていく。
――こいつ、さっきまでの遅さとは違う!速度が全然違う!
全身のオーラを極限まで高めた感覚が反応し、俺は横へと体を流しながら回避した。
だが、逃げても逃げても、あの化け物は俺を追いかけてくる。
まるで何もかもを飲み込んでいくような恐ろしい速度で。
「くっ、速すぎる。俺の技を出す余裕がない。」
水の化け物が再び襲いかかってきた。
まるで大海のように押し寄せる巨大な波。
そのまま飲み込まれたら、間違いなく終わるだろう。
「俺の攻撃は全てを飲み込む。そしてどれだけ逃げようと俺はお前を追いかける!俺に捕まった時が最後、お前は全身が俺の中に入って窒息して死ぬのだ!」
やっぱりそういう技か。
確かにこいつに捕まったらヤバい。
だけど俺が最初に正拳一閃突きを出した時にこいつの水色の物体は消し飛んだ。
空斬旋風脚の時もバラバラになって飛んできた水色の物体は俺の技で消えた。
俺のオーラの技でこいつを消せる!
再度自ら自分の技を確認した俺は逃げるのを止めて目を閉じて攻撃の構えに入った。
「諦めたか?これで終わりだ!ウォーターハザード!」
俺が目を閉じたその瞬間、突如として水の化け物に捕まってしまった。
そして体はその冷たい体内に囚われた。
「イヴァン!?」
「きゃああ!」
天空と女の子が驚き、悲鳴を上げる声が耳に届いた。
「捕まえたぞ!これでお前はもう逃げられない」
全身が冷たい……まるで海の底に放り込まれたような気分だな。
多分これでもう息をする事も出来なんだろう。
だけどこれでいい。
これでこいつも俺から逃げれなくなるんだから……
俺は心を落ち着かせ集中し、再びオーラを極限まで高めた。
「お前の体の中に侵入してやる!何?なんだこの赤い光は……体の中に入れない……」
高まったオーラは激しく燃え、俺の後ろで鳳凰が舞うように現れた。
「ぐおおおおっ……!俺の体が熱くなるだと?このままじゃ耐えれない!脱出を……!」
水の化け物は俺のオーラの高まりで煙を放出しながらまるで沸騰するかのようにグツグツと音を出していた。
「くらえ!鳳凰正拳一閃突き!」
ズオォォンッ!!
空気が唸りを上げ、大気が激しく震える。
燃え盛る美しい鳳凰の形をしたオーラは俺の正拳突きと同時に舞うように飛んでいった。
次の瞬間、俺を包み込んでいた水の化け物は
——バシュッ!! 轟く破裂音とともに四散し、霧のように掻き消えた。
静寂が訪れる。
熱を帯びた風だけが戦いの余韻を残すように吹き抜けた。
「はぁはぁはぁ……俺は勝ったのか?」
「おっしゃ~!さすがイヴァンだ!」
「凄い!凄い!一人であの化け物を倒しちゃった!」
天空と女の子の声が聞こえる。
俺はあの水の化け物を倒したんだという事に安堵すると呼吸を整えて体の力を抜いた。
下を見ると水色の宝石みたいなものが落ちてきた。
「ん?何だ?これ?綺麗だな」
俺は水色の宝石を持ちながら天空の傍に歩いて行った。
――――
イヴァンが俺の傍に歩いてくる。
「イヴァン、来てくれてありがとう!まじで感謝してる」
「天空、怪我は大丈夫か?今すぐ病院に連れて行ってやるよ」
「いや、病院はいいよ。打撲と切り傷だけだし。早く帰って家で休みたい」
「そんな体で大丈夫なわけないだろ。」
「病院は自由が無くて嫌いだ。でも傷が癒えるまでしばらく学校は休むかもしれないな」
ルナがイヴァンに向かってお礼を言っていた。
「あ、あの、助けてくれてありがとう」
「ああ、別にいいよ。近くを歩いていたらたまたま天空が歩いてるのを見かけたから、助けになれて本当に良かったよ!」
「体色んなとこ怪我しちゃったね?服も汚くなっちゃってる」
「平気!平気!それにしても何だかとんでもない事に巻き込まれてるようだけど、大丈夫?」
「う~ん、全然大丈夫じゃないかな」
「はは、そうだよね~」
イヴァンが再び俺に向かって話しかけてきた。
「天空、あいつ何者だ?あんな凄い化け物見た事が無いぞ。精霊とか何とか言ってたけど」
「ああ、それは帰ったら話す。それよりも俺、俺、あいつに負けちまった……」
俺はあまりの悔しさに涙を流してしまった。
「天空、大丈夫だ。あいつが強すぎただけさ。俺たち3人がかりで戦ってやっと勝てた相手だ。俺だって戦ってる最中はずっと震えながら戦ってたんだぜ」
「イヴァン、俺は子供の頃よりも弱くなってるのかな……?」
「天空、お前はそこらへんの大人よりもずっと強いんだよ。それに見たぜ!お前の技。あんな凄い技見た事が無い。さあ家に帰ろう天空」
「イヴァン……」
俺たちは工場の外に出た。
外はまだ明るくお昼の時間を過ぎたころだった。
「うわぁ~お空凄く青いね!海の香りもいい匂い!」
「こんだけ戦ったら何だか急に腹が減ってきたな」
「天空お前どんだけ食べるんだよ。さっきドーナツ食べたばっかじゃん!」
「イヴァンお前どこから俺の事を見てたんだよ……」
「ギクッ!」
青空で雲一つない快晴の中、真っ青の海辺の波がキラキラと輝き、激戦の連続だった俺の体を優しい潮風が包み込み、まるで戦いの傷や疲れを癒してくれるかのようだった。