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『異界樹物語』  作者: 大井翔
第三章

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第129話 帝国の影と迫りくる死の影

教会の重い扉が軋みながら開いた。

その隙間から冷たい風が吹き込み、蝋燭の炎が一斉に震える。

闇が聖域の内へ忍び寄るようだった。


開かれた扉の向こう側、薄闇の中から三つの影がゆっくりと現れる。

中央に立つのは銀の髪を肩の下まで垂らした男。

その眼差しは氷のように冷たく、祭壇に横たわるパンドラだけを見据えていた。


左右に控える二人もまた、黒いマントを纏っていた。

右に立つのは背丈のある黒髪の大男。

厚い胸板と腕に無駄のない筋肉が張りつき、組んだ腕の中で手の甲の血管が浮き上がっている。


左に立つ男は青い髪の青年だった。

透き通るようなその髪は淡い光を反射し、瞳は深い湖のような青を湛えている。

彼は言葉を発さず、ただ静かに俺を見つめていた。

その表情には敵意も嘲りもなく、むしろこちらの動きを見極めようとするような冷静さがあった。


教会の空気が一瞬で張りつめた。

蝋燭の煙が渦を描き、天井の闇へ吸い込まれていく。

俺は喉の奥から無理やり言葉を押し出した。


「だ、誰だ……?」


続いて、老司祭の声が震えを伴って響いた。


「だ、誰じゃ……お主らは……?」


司祭の表情には純粋な驚愕が浮かんでいた。

――つまり、この教会の者ではない。

では誰だ?

俺たちを追ってきた煌月家の追手か、それともパンドラを殺すために来た帝国の兵か。


考えるより先に心臓が激しく鳴り、俺は本能のままにパンドラの前へと踏み出した。

彼女の身体を覆うように祭壇の前に立つ。


銀髪の男が静かに一歩を進めた。

光を受けた髪が白く揺れ、彫りの深い顔立ちは冷徹な美しさを帯びている。

そこには感情の欠片もなく、ただ冷たく整った顔立ちがあった。


俺は喉の奥で息を詰まらせ、ようやく声を絞り出す。


「お前たちは何者だ?煌月家から俺を追ってきたのか?」


男の視線がゆっくりと俺に向けられた。

そこには感情の揺らぎもなく、ただ状況を見定める冷徹な目だけがあった。

そして俺の全身を測るように見たのち、淡々と口を開いた。


「我々はノマディアでパンドラ様の手紙を受け取った。そしてその命に従ってここへ来た」


――まるでその言葉自体が命令であるかのように。


ノマディアでパンドラの手紙を読んだ?

どういう意味だ?パンドラは確かに、あの時テオドロに一通の手紙を託していた。

だが、あれは煌月家から逃れ、少しでも自由を得るための時間稼ぎのはずだ。

テオドロには「フィトリアへ向かうことは、決して誰にも漏らしてはならない」と命じていたはずだ。


それなのに何故この教会の場所を知っている?

まさかパンドラが自ら手紙にフィトリアやこの教会の名を書いたというのか?

――手紙の内容は何だった?一体、何が起きている?


思考がかき乱され、胸の奥に冷たい不安が広がっていく。


「お前たちは……煌月家の人間なのか?それなら俺を捕らえに、ここまで来たのか?」


銀髪の男はその問いにわずかに目を細め、感情の欠片もない視線をこちらに向けて口を開いた。


「貴様がオーシャンだな。我々は貴様を捕らえに来たわけではない。パンドラ様の手紙には、こう記されていた――『この者に決して手を出すな』とな」


「……はぁ?」


思考が止まった。

パンドラの手紙が俺を守る内容だった?

彼女は俺を信頼していた。

だが「手を出すな」と書いていたとなれば――なぜ煌月家の人間が俺を追ってきた?

混乱の中で男はさらに言葉を重ねた。


「我々が用があるのは他の三人だけだ」


「……なに?」


老司祭、ケノリア、エピメス――三人が一斉に目を見開き、息を飲む音が重なる。

俺も言葉を失った。

どういうことだ?


「俺じゃなくて、こいつらに用がある?一体、何の用だって言うんだ?」


銀髪の男は答えず、静かに左腕を持ち上げた。

指先が何かを掴もうとするようにわずかに動き、掌が俺の方へと向けられた。

その仕草だけで背中の神経が硬直した。


(な、なんだ?俺に魔法を放つ気か?)


心臓が激しく鳴り、俺は無意識に身構える。

男は沈黙を破り、意外な問いを投げかけた。


「念のため確認しておこう。貴様は――帝国の魔影軍のスパイなのか?」


「……魔影軍?」


聞き覚えのない言葉だった。

帝国の名は知っている。

だがその中に魔影軍などという軍があるとは聞いたこともない。

そもそも帝国とはまだ直接の接点すらないはずだった。

それでも、その言葉に込められた敵意は紛れもなく本物だった。


「だから、俺は帝国とは全く関係がないんだって言ってるだろ」


一瞬、教会の空気が止まったかのようだった。

張りつめた静寂の中、蝋燭の煙だけがゆるやかに漂っている。

銀髪の男の眼差しは変わらず、俺の全身を見透かすように深く探り込んできた。

そして低く呟いた。


「……そうか、貴様が何者かは知らないが、大人しくしているんだな」


「はぁ?何だと?」


苛立ちが募った。

だが、銀髪の男は俺を見ようともせず、左手を静かにケノリアへ向けた。

その瞬間、彼女の肩が小さく震えた。


「おい、そこの女。貴様は帝国の魔影軍の者か?」


ケノリアは目を細め、怒気を帯びた声を返す。


「意味が分からないわ。私は帝国とは関係ない。魔影軍なんて聞いたこともない!」


再び沈黙。

その中で、男の左手がわずかに動いた。

指が――握り締められる。


「……あ、ああっ……!」


突如、ケノリアが胸を押さえ、苦痛の声を上げた。

顔色が瞬く間に蒼白に変わり、呼吸が乱れ、喉から苦しげな息が漏れた。


「ケノリア?どうかしたのか?」


俺は隣にいる彼女の顔を覗き込んだ。


「おい!どうした?ケノリア?」


膝が折れ、俺の目の前でゆっくりと倒れ込んでいく。

その場で倒れた彼女の瞳は開かれたまま、焦点が合っていない。

息が止まっていた。


「……そんな、嘘だろ……」


震える指で首筋に触れる――脈がない。


「し、死んでる……」


声が掠れた。

教会の空気が一気に凍りつく。


俺はゆっくりと顔を上げ、銀髪の男を睨んだ。

だが、男の表情は微動だにしない。

氷のような無表情のまま、ただ一言――。


「次だ」


銀髪の男の視線が、次に老司祭へと移った。

教会の空気は一層張りつめ、蝋燭の炎が小刻みに震える。

男の左手が音もなく持ち上がる――その動きは、まるで死神が鎌を掲げる瞬間のように不気味だった。


俺の心臓が激しく鳴り、喉が乾く。

ケノリアの体はまだわずかな温もりを残したまま床に倒れており、その蒼白い顔が視界の端に映っていた。


「老人、貴様は帝国の魔影軍のスパイか?」


男の声は一切の感情を帯びず、低く石壁に反響した。

老司祭の顔が一瞬で強張り、瞳が恐怖に見開かれる。

だが、彼は口を開かない。

唇を固く結び、ただ男の左手を凝視していた。


沈黙。

息が詰まるほどの静寂。

蝋燭の煙がわずかに揺れ、焦げた匂いが鼻を刺す。

嫌な予感が胸を締めつけた。


――次の瞬間。


「うっ……ぐぁ……!」


老司祭の体が突然、激しく震え始めた。

胸を押さえ、苦痛に顔を歪める。

呼吸が乱れ、瞳の焦点がすっと失われていく。


「おい、どうした!?しっかりしろ!」


俺は駆け寄り、彼の肩を掴んだ。

だが、老司祭は虚ろな目で俺を見上げ、震える唇からかすれた声を漏らす。


「た……たすけ……て……」


その声が消えると同時に、体が傾き、ゆっくりと倒れ込んだ。

石の床に崩れ落ちる音が教会の静寂を裂く。

俺は彼の首筋に触れる――脈がない。

目は開いたまま、もう動かない。

ケノリアのときと同じ、あまりにも突然の死だった。


言葉が出なかった。

恐怖と怒りがせめぎ合い、頭が真っ白になる。

手を向けただけで人を殺す――そんなことがあっていいのか。


「おい、お前、何をやってるんだ!」


怒鳴り声が教会の静寂を切り裂いた。

だが、銀髪の男は俺を見据え、目を細めた。

その瞳に宿る冷たい輝きが、沈黙のまま俺を押し潰すように迫ってきた。


威圧感が肌を刺し、呼吸が浅くなる。

体が縛りついたように動けなかった。

――強い。桁が違う。


背後に控える黒髪の大男と青髪の男も微動だにせず、沈黙のままこちらを見据えていた。

それなのに彼らの周囲には息を呑むほどの圧が漂っていた。


俺は魔力やオーラを視認する事は出来ない。

だが肌が覚えている。

この雰囲気はオーウェンに近い――本物の「強者」が放つ気配だ。

戦えば死ぬ。瞬時にそう悟った。


「部外者は黙って見ていろ。これは貴様の関わることではない」


淡々と放たれた銀髪の男の言葉が冷たく響く。

俺を部外者と決めつけるその態度に、苛立ちが募った。


「なっ、なんだと?」


左手を見せられた時、俺だけ何も起こらなかった。

ケノリアと老司祭は指が閉じられた瞬間に苦しみ始め、握り締められると同時に命を落とした。

ケノリアは問いを否定し、老司祭は答えを拒んだ。

俺の時と何が違う?


俺が部外者?まさか、ケノリアと老司祭は本当に帝国の魔影軍の者なのか?

頭の中で疑問が渦巻き、俺の呼吸が乱れる。


そして、銀髪の男の視線が最後に向けられたのは――エピメスだった。

彼の顔が蒼ざめ、黒いローブの裾が微かに震えている。


胸が痛んだ。


(エピメス……まさか、お前もなのか……?)


あの時、地下の濁流でパンドラを命がけで守ったエピメス。

お前は帝国のスパイなんかじゃないよな……。

信じたい。信じていたはずだ。

だが、疑いが影のように心を侵す。


男の左手がエピメスに向けられる。

ゆっくりと指が開かれ、見えない何かを掴もうとするように空を握った。


「……貴様は帝国の魔影軍のスパイか?」


銀髪の男は低い声で問いを突きつけた。

エピメスは顔を伏せ、何も答えようとはしなかった。

ただ、下を向いたまま、唇を噛みしめている。

俺の心臓が激しく鳴る。


「エピメス、お前は違うよな?」


俺の呼びかけにもエピメスは俯いたまま沈黙を貫いた。

沈黙が重くのしかかり、蝋燭の煙が揺らめいて視界を曇らせる。

胸の奥で、かすかな不安が膨らんでいった。


(エピメス……)


だが、エピメスは何かを決めたようにゆっくりと息を吐き、かすかな声を絞り出した。


「違う、私は――」


「やめろ!」


その言葉を俺は遮った。

顔をうつむいたまま自然と拳を握りしめていた。

震えながら、それでも願うように言葉を紡ぐ。


「……エピメス、頼む、本当の事を言ってくれ」


だが、エピメスは再び黙り込んだ。

教会の静寂が息苦しいほどに重くのしかかり、蝋燭の火だけがかすかに揺れていた。

その静寂の中で俺の声だけが虚しく反響した。


「……お願いだ。死なないでくれ。パンドラのためにも……」


震える声が空気を震わせた。

祭壇の上でパンドラの寝顔が穏やかに眠り続けている。

エピメスの肩が微かに揺れ、そして――彼は口を開いた。


「私は……魔影軍の軍団長、エピメスだ」


その告白と同時に教会の空気が凍りついたように動きを止めた。

銀髪の男の唇がかすかに歪み、冷笑がその口元に浮かぶ。

左手がゆっくりと下ろされ、蝋燭の炎がその動きに怯えるように揺れた。

エピメスは抵抗せず、俯いたまま動かなかった。

黒いローブの裾だけがわずかに震えている。


胸の奥が焼けつくように痛んだ。

信じていた男が帝国の軍団長だった。

あの地下で命を懸けてパンドラを守った姿も、ノマディアで見せた穏やかな笑みも――すべて偽りだったというのか。

心臓が痛く締めつけられ、視界が熱くぼやける。


「よし、この男を連れていけ」


銀髪の男の声が低く響いた。

背後に控えていた二人が同時に動いた。

青髪の男は無言でエピメスの腕を掴み、魔法の鎖を絡める。

もう一人の大男は祭壇へと歩み寄り、パンドラの体をそっと抱き上げた。


パンドラ……お前は知っていたのか?この結末を。


銀髪の男が俺を見た。

冷たい瞳に射抜かれ、体が縫いとめられたように動けなかった。


「貴様もついて来い。パンドラ様がお目覚めになられたら、全てを話して下さるだろう」


その言葉が頭の奥で鈍く響く。

動けなかった。呼吸さえも忘れていた。

頭の奥に途切れ途切れの記憶が浮かんでは消えた。


――ノマディアでパンドラがテオドロに託した手紙。

あの時、煌月家からの追っ手を遠ざけるための時間稼ぎ――そう思っていたが、実際は違っていた。


パンドラは最初からエピメスが帝国の人間だと気づいていたんだ。

手紙には「フィトリアへ向かう」と「近くの教会に立ち寄る」と書いた。


俺と同行し、俺を監視しながら、帝国の影を誘い出す。

俺が上の世界の人間だと知ったのは、魔法を使えないことや、日常の振る舞いから見抜いたのだろうか。

彼女の中では俺は計算に組み込まれた一つの駒に過ぎなかったのか。


俺はエピメスのことを何も疑わず、信じてしまった。

あの決意の目、命の恩人としての行動――すべてが演技?

いや、違う。いや、わからない。


だが、俺は心の底から信じていた。

エピメスも、パンドラも。

胸の奥を何かが掻きむしるように痛んだ。


これまでの自分を思い返す。

俺は大魔法師様のもとで修行し、下の世界で生きる術を学んだ。

イヴァンとルナを救うために、力を手に入れた。

戦う意味を自分なりに見つけたつもりだった。

だが、俺は何も見えていなかった。

パンドラも、エピメスも――俺を利用していたのだろうか。

彼らは心の中で別の戦いを続けていたのに、俺だけがそれを知らずにいた。

純粋な馬鹿のまま、ただ振り回されていたに過ぎない存在。


目から自然と涙がこぼれた。

熱い滴が音を立て、冷たい石の上で弾ける。

悔しかった。俺だけが置いてけぼり。

強さを手に入れたつもりで実は何も変わっていなかった。

気づかなかった自分の浅はかさが胸を抉る。


蝋燭の炎が揺らぎ、影が伸びたり縮んだりを繰り返す。

その揺らめきが俺の絶望を笑っているかのように見えた。


「……ちくしょう」


声が震えた。

それでも吐き出すように呟くしかなかった。


銀髪の男たちが動き出す。

パンドラを抱えた男が扉へと向かい、鎖に繋がれたエピメスがその後に続く。

俺はよろめきながら従った。

パンドラが目覚めた時に何を聞かれるのだろうか。

俺の役割とは、いったい何だったのか。


教会の扉が重く閉まる音が背後で響いた。

その音とともに俺の信念は静かに崩れ落ちた。


外に出ると夕暮れの草原が静かに広がっていた。

風が草を揺らし、沈む陽が薄闇を落としていく。

すべてが遠のいていく感覚とともに、この場所のどこにももう自分の居場所はないように思えた。


教会の外には黒鉄の装甲をまとった大型の魔導車が三台、並んでいた。

それぞれの扉には煌月家の紋章が刻まれている。

夕闇の中で、その紋章だけが微かな光を反射していた。


周囲を取り囲む兵士たちは誰一人として言葉を発しない。

警戒の視線が交錯し、夜気の中に張り詰めた緊張が漂った。

十数名。全員が無駄のない動きで統制されていた。

俺の胸の奥で鈍い鼓動が再び打ち鳴らされる。


「パンドラ様がお眠りについておられる。丁重に運ぶのだ」


「はっ!」


兵士たちが一斉に敬礼し、訓練された無駄のない動きで応じた。

パンドラを抱えた大柄の男が魔導車の扉を開き、ゆっくりと中へ運び入れる。

車内は絨毯が敷かれ、魔導灯の柔らかな光が揺れていた。

寝台には純白のシーツとクッションが整えられ、そこにパンドラの体が静かに横たえられる。

赤髪がベッドの上に広がり、その穏やかな寝顔が灯りの下で薄く輝いた。


「ポレモス様、パンドラ様をお乗せしました」


――ポレモス。

名を聞きながら俺は男の体格を無意識に観察していた。

肩幅が異様に広く、黒い軍服の下で筋肉が動くたびに服が軋む音が聞こえる。

その姿だけで圧力のようなものが俺に押し寄せてきた。


次に鎖を引いていた青髪の男が無言のままエピメスを別の車両に押し込んだ。

鎖が金属音を立て、エピメスは抵抗もせず俯いたままだった。

その姿が痛みのように胸の奥に残った。


兵士のひとりが青髪の男に近づき、小声で尋ねた。


「カティフラクト様、この男は何者なんですか?」


「……魔影軍の軍団長だそうだ。城に戻ったら、拷問して聞き出すことになるだろうな」


青髪の青年――カティフラクト。

整った顔立ちに冷徹な残酷さを帯び、声には理性の奥に潜む暴力の気配が滲んでいた。

その無表情の奥には凍りついた理性が静かに潜んでいる。


さらにもう一人の兵士が俺の隣に立つ銀髪の男へと視線を向けた。


「タナエル様、この少年は何者なのです?」


銀髪の男――タナエルは、わずかに視線を落としただけで兵士を黙らせた。

その一瞬に言葉を超える威圧が走った。


「この男はパンドラ様の重要な客人だ。粗末に扱うな」


タナエル――やはりこの男が指揮官。

ケノリアと老司祭を、あの不思議な力で一瞬で殺した張本人。

言葉ではなく、存在そのものが他の者を従わせる。

近くに立つだけで肺の奥が圧されるような息苦しさを覚えた。


この三人――ポレモス、カティフラクト、タナエル――はただの兵士じゃない。

一人ひとりが人の枠を超えた圧を纏っていた。

俺はその視線を避けるように足元の草へと目を向けた。


やがて、俺はエピメスと同じ魔導車へと押し込まれた。

革張りの座席。

窓の外には夜の草原が流れ、魔導エンジンの低い唸りが腹に響く。

対面にはタナエルが座り、無言のまま俺を見ていた。


銀髪が魔導灯の光を反射し、その冷たい瞳は心の奥にまで迫ってくる。

その視線を前に息が詰まりそうになる。


魔導車が静かに動き出す。

震動が足元から伝わり、やがて低い唸りが車内を満たした。

誰も言葉を発しない。

沈黙が続くほど、時間の感覚が歪んでいく。


俺のことを「客人」と呼んだ。

だが、あの手紙に何が書かれていた?

俺の正体――上の世界の人間であることをパンドラは知らせていたのか?

最初から監視され、導かれ、泳がされていたのか?


魔法船からの逃亡も、フィトリアへの旅も――すべてが仕組まれた道筋だったのか。

胸の奥で悔しさが膨らみ、孤独が滲む。

涙の跡がまだ乾かぬ頬を窓の隙間から吹き込む風がそっと撫でた。


そのとき、タナエルが静かに口を開いた。

声は穏やかでありながら言葉の奥に鋼の響きを持っていた。


「おい、貴様はパンドラ様の客人だ。もっと堂々としていろ」


堂々と?

今さら、何を。

パンドラを信じ、エピメスを信じ、そして裏切られた。

その俺に、どうして胸を張れと言える。

喉の奥で笑いが込み上げたが声にはならなかった。

ただ――この沈黙がもう少し続いてほしかった。

何も考えたくなかった。


それでも唇が勝手に動いた。

小さく、搾り出すように尋ねる。


「……なぁ、お前らは煌月家の何者なんだ?」


タナエルはしばらく黙ったまま、俺を見つめていた。

その視線を受け止められず、俺は床を見つめ続けた。


「我々は煌月家直属の――煌月守衛軍だ」


その名を聞いた瞬間、記憶の奥がざらりと揺れた。

ネイラの言葉が脳裏に蘇る。


『煌月家の軍は強いわ。パイロスと同等、あるいはそれ以上の幹部がいるという噂もある。現体制を支えるためにね』


それが――こいつらか。


魔導車の振動が続き、外の景色は闇に溶けていく。

車輪の音が一定のリズムで響くたびに、心の奥で何かが崩れ落ちていった。

どこへ運ばれているのかも分からない。

ただ一つ確かなのは、俺の知らぬ運命の歯車が、静かに、確実に動き出していたことだ。

異界樹物語を読んで頂きましてありがとうございます。

ここから世界一面白いストーリーが展開していきます。


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