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『異界樹物語』  作者: 大井翔
第一章

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第12話 親友の尾行と奇跡の行動

ルナは必死に呼吸を整えながら目の前の男と戦っていた。

彼女の体は疲弊しているが意志はまだ折れていない。

あの男を止めなければならない――。


「こっちに来ないで!――ランベリ フローガ!」


炎が火花を散らしながら奔流のごとく敵へと駆け抜けた。

だがそれよりも速く、空気を震わせる少女の叫びが響いていた。


天空が倒れた後もルナはひとり立ち向かっていた。

逃げることもできた――少なくとも、自分ひとりならば。

けれど逃げれば天空が殺される。

そう考えた瞬間、彼女の中から「選ぶ」という行為は消えた。

残ったのはただ天空を守るという一筋の意志だけだった。


「ランベリ フローガ……!」


声が掠れていた。

体力は既に限界を超えていた。

それでもルナは何度も両手を突き出し、紅蓮の魔法を放った。

最初こそ放たれた炎は軌道を逸らしていたが、撃ち続けるうちに狙いは正確さを増し、やがて炎は迷いなく敵を貫くようになった。

だが、その炎は男には一切の傷を与えていなかった。


「黙ってついてくれば怪我はしない。……もっとも、抵抗すれば痛い目を見る。選ぶのはお前自身だ」


その言葉にルナは何も返さなかった。

ただ震える脚を前に出し、水の呪縛に絡め取られた足を引きずりながらなおも進んだ。


あの痛みに耐えてなお立ち上がった天空の姿を見てルナは背を向けることなどできなかった。

もしここで諦めればきっと身体より先に心が壊れる。

戻れなくなる。


両脚に絡みついた水の呪縛はまるで二十キロもの重りのように彼女の自由を奪っていた。

それでもルナは走った。

爪を立てるように地面を蹴り、必死に敵の注意をかき乱し続けた。


無謀で、愚かで、絶望的な抵抗だった。

だがその行為がひとつの奇跡を呼び寄せることになる。


◇ ◇ ◇


建物の出入口。

厚い鉄扉の影に身を潜めながらその様子をじっと窺っていたのは一人の少年だった。


イヴァン。


(……なんだよ、これ。何がどうなってんだ)


瓦礫の舞う空間。

血に濡れた床。

通電の切れたケーブルが天井から垂れ下がり、沈黙を支配する空間の中で理屈では片づけられない異常だけが確かに息づいていた。

その光景の全てがイヴァンの胸に不快な熱をせり上げた。


(あんなの……人間の動きじゃない。骨も、関節も、全部――あり得ない動き。何なんだあれは……)


そう思いながらも目を逸らせなかった。

身体が震えていた。


――数時間前


一度は天空の家まで行きながら何もせず引き返した――そのはずだった。

だが気づけばまた同じ場所へと足を運んでいた。


(……やっぱりおかしいよな。あいつがSOSなんか出す事なんてまずあり得ないし)


その違和感がイヴァンを再び天空の家へと向かわせていた。

天空の部屋のベッドで寝ていた女の子――知らない顔だった。

その存在も気になっていたのは確かだ。


(あの子……誰なんだ?)


そんな疑問を抱えながら天空の家に戻っていた彼の前をふたりの姿が横切った。


「……天空?」


女の子と並んで歩く天空。

右腕を押さえながら無理を押し通している様子だった。


(あいつ、怪我してるのか?それなのにどこ行くんだよ……)


違和感は重なり合い、やがて確信に変わった。

しばらく考えた末にイヴァンはこっそりその背中を追い始めた。


そして辿り着いた先は――ドーナツ屋。


(ドーナツ屋?何で?)


どう考えても場違いだった。

あの天空が女の子に気を遣ってドーナツ屋に立ち寄るなんて、どうにも想像できなかった。


(いや、マジでおかしい。何かある……)


そして建物の外で様子を窺っていた時、スマホが小さく震えた。


天空からのメールだった。


「大丈夫になった」


たった一行。

たったそれだけのメッセージ。

意味が分からない。

……まともな返信とは到底言えなかった。


(……何が「大丈夫」だよ)


天空は昨日の夜に俺の家で晩飯を食った後、自分の家に帰ったはずだ。

そのはずなのに今は知らない女の子と一緒にいる。

……それ自体がもう、おかしい。

あの女の子といつ知り合った?

あの子は誰だ?

どこから来て、どこへ向かおうとしてる?

何のために天空と一緒に……?


理解が追いつく前にドーナツ屋のガラス戸が開いた。

中から現れたのは天空と女の子。

二人は連れ立って店を後にする。


(……やっぱり一緒にいる。なんなんだ、あの子……)


引き続き距離を保ちながらイヴァンはその背中を追った。

やがて二人は通りの先にあるリサイクルショップへと向かっていく。


(リサイクルショップ?何かを買いに来たのか?)


疑念が膨らむ。

あの天空がこんな店に用事があるとは思えない。

不釣り合いだった。

何より彼女の存在が見慣れた町の景色をじわじわと不穏な色に変えていくようだった。


中に入って確かめるか――そう思った瞬間、足が止まる。


(偶然を装ってリサイクルショップに入る……?いや、無理がある。言い訳のしようがない。バレたら……死ぬほど気まずい)


その場にとどまりながらガラス越しに様子を伺うにとどめた。


やがて二人は再び店から出てきた。

手ぶらだった。


(……買っても売ってもいない。じゃあ、何のために?確認か……何か探してたのか?)


疑問だけが残り、答えは何も得られないままふたりは歩き出す。

目的地はわからない。

ただ海の近くの通りを黙々と進んでいく。


道の向かい側のコンビニの看板が視界に入った。


(帰る前に何か買うつもりか。……それならコンビニの中で偶然を装って声をかけるのもアリか)


そう考えかけた、その瞬間だった。

目の前で異変が起きた。


コンビニのすぐ傍で荷物の積み下ろしをしていた男が突然膝をついた。

バランスを崩し、そのまま前のめりに倒れ込む。


思わず身を乗り出しかけたイヴァンの視界に別の男が映る。

工場の作業着を着た無表情の男。

ゆっくりと迷いなく倒れた男のそばへと近づいていき――何かを呟くように天空へと話しかけていた。


(……誰だ、あれ。何を話してる?)


作業服の男の顔は角度のせいで見えなかった。

だが、その背中には、空気ごと押し潰されそうな異様な気配――言いようのない圧があった。

朝の賑わいに紛れながら場違いなほど冷たい緊張が辺りを満たしていた。

天空が立ち止まり、鋭く周囲を見渡す。


そして次の瞬間――


そのまま男のあとを追うように工場の敷地内へと足を踏み入れた。


(おい……ちょっと待てよ、なんでそんな簡単に……!)


イヴァンは咄嗟にその場を離れ、姿を低くして後を追う。


港湾の外れにある廃工場。

歪んだ鉄柵、濡れたコンクリート。

湿気と錆の匂いが鼻を刺し、外の快晴とは裏腹に中は薄暗かった。


(こんな場所で……何をするつもりだ?)


そして――何の前触れもなく、天空が男に飛びかかった。


(――!?)


信じられなかった。

正面から迷いなく飛びかかる獣のようだった。

その勢い、その踏み込み――全てがイヴァンの知る天空ではなかった。


(なんだよ……どうなってんだ……。あいつ、どうして先に仕掛けた……?)


あいつはもっと冷静なはずだった。

相手の目を見て、呼吸を読み、動作の予兆を掴んで――理詰めで戦うやつだった。

それなのに今のは……


今の天空は違った。

理性ではなく、何か別の衝動が先に体を突き動かしていた。


(焦ってる……!天空、お前、何をそんなに――)


男の腕を打ち抜くように、天空の蹴りが決まる。

鋭く、速い。


(あれ……)


タイミング、ひねり、踏み込み――


(あの蹴り……英語の技名。まさか……)


思い出すのは父親の言葉だった。

子供の頃から武術にだけは異様な執着を見せていた父。

体に纏うオーラを最大限に発揮するために技名を声に出して放つのが父さんの流儀だった。


そして――天空がそれを身につけている。


(……あいつ、いつの間にそんなものを……)


だが、優位は一瞬で崩れた。

天空の足元が淡く水色に輝く。


(あれは――!)


次の瞬間、天空の動きが鈍り始める。


全身に鉛を流し込まれたかのように関節が重くなる。

体勢を維持できず、呼吸は浅くなっていった。


(足首に何かをつけられた……!くそ、効いてる……!)


技のキレが落ち、攻防の間合いに迷いが生まれる。


(……やられるぞ。あいつ、あのままだと――!)


だが、声は出なかった。

喉は緊張で乾き、足も手も動かない。

ただ確実に戦いの均衡が音もなく崩れていくのを感じていた。


同時に――あの少女。

名前はルナというらしい。


彼女は両手を男へと掲げて炎を放ち続けていた。

その手から放たれる炎は彼女の意志そのものだった。

息も絶え絶えで膝をついても両の手を掲げ、叫ぶように炎を吐き続ける。


(なんなんだ……何をやってる?何が、起きてる……?)


脳がついていかない。

目に映るものすべてが現実味を欠いていた。

まるで悪夢の中に放り込まれたようだった。

だが、夢じゃない。

そう思わざるを得ないものがすぐそこにあった。


天空が殺されかけていた。


身体は既に限界を超えている。

膝をつき、肩で息をし、かろうじて意識をつないでいるようにしか見えなかった。

そして対峙するあの男。

工場作業服を纏った無表情の人間――いや、もはやそう呼んでいいかも怪しい得体の知れない存在。


(加勢しなきゃ……)


だが、声が出なかった。

喉は乾き、手も足も意志に応えず、ただそこに突っ立っているだけだった。

見ることしかできない――まるで悪い夢の中にいるようだった。


(違う。あれはもう戦いなんかじゃない。あの男は――人間じゃない)


嫌悪と恐怖が一気に内側を締め上げる。

背中に氷を這わされるような感覚が骨にまで染み込んできて足が動かなかった。

指先から胸の奥まで全てが縛られているようだった。


(でも……でも、このままじゃ天空が死ぬ……!)


恐怖に膝が崩れそうになっても助けに行かなければならない。

だって、あいつは俺の――


(殺させてたまるかよ……!)


その時、見た。


ルナが倒れそうな身体で再び両手を掲げ炎を放つ。

呼吸は荒れ、顔色は青白く、膝は小刻みに震えていた。

それでも何度も立ち上がる。

男から距離を取りながら転がされ、それでも手を男に向けて叫ぶように火を放ち続けていた。


命を削ってまであの女の子は天空のために戦っていた。

自分の身体がどうなろうと構わない――そんな覚悟すら彼女の瞳から読み取れた。


(……なんで、だよ)


理解できなかった。

どうしてそこまでして天空を。

あいつのために、どうしてそこまで命を懸けられるんだ。

限界なんてとっくに超えてるのに、彼女の目からは一瞬たりとも光が消えなかった。


くそ……俺の方がずっと前から近くにいたはずなのに。

どんな日だってあいつのすぐそばで過ごしてきたのに。

誰よりも、あいつの事を――


(ふざけんなよ……助けんのは、俺なんだよ……!)


動けるはずがないと思っていた。

それでも気づいた時には身体が走り出していた。


視界が歪み、耳鳴りが鳴り響き、頭の中がぐちゃぐちゃにかき混ぜられていた。

何が正しいかなんて分からない。

ただ、胸の奥に燃え上がる炎だけが進むべき道を示していた。

導かれるように、俺は天空の前に飛び出していた。


「こ、ここは……どこだ……?」


喉が震えた。

出た声は自分でも驚くほど小さかった。

胸を押し潰すような現実がずしりと全身にのしかかってくる。

呼吸が浅くなる。


「誰だ、お仲間がもう一匹いたか」


不気味な声が暗がりから這い寄ってくる。

工場の薄闇を引き裂くように男が一歩ずつこちらへ歩を進めてくる。


足が竦む。

逃げろと心が叫んでも筋肉が反応しない。

ただ戦う少女の姿を見ていた。


何度も炎を放ち、吹き飛ばされ、そのたびに立ち上がる彼女を。

震え、呻き、それでも背を向けないその姿を。

あまりにも細くて、脆くて、それでも……強かった。


(……どうして、そこまで)


理由はわからなかった。

でも彼女の姿は俺の中に眠っていた何かを確かに呼び起こしていた。


その時、男が言った。


「お前は今この場所から逃げて無事でいるか、抵抗して殺されるか、どっちを選ぶ?」


どちらを選んでも地獄だ――いや、そもそも選択肢なんて存在しない。

恐怖が舌を絡め取り唇はわずかに開いたまま声も出なかった。


その瞬間だった。

地面に倒れていた天空がわずかに顔をこちらへ向けた。

その瞳にはうっすらと光が残っていた。


「イ、イヴァン……来てくれたのか……?……大丈夫だ。お前なら、あいつに……楽勝で勝てる……」


そして再び意識を手放した。


その言葉が俺の心臓に火をつけた。

拳を強く握りしめる。

両手を祈るように額へと掲げ、深く息を吸い込む。

静かに――腹の底で決意を固めた。


天空を置いて逃げるわけにはいかない。

あいつを助ける為に俺は――戦う。


ゆっくりと足を開き、重心を落とす。

腕を低く構え、息を整える。

恐怖に震える心を無理やり押さえ込み、真正面から――あの怪物を見据えた。

逃げずに、逸らさずに、真っ直ぐに。


胸の奥に灯った炎が今も俺を突き動かしている。


男がゆっくりと口角を持ち上げた。

笑っている。

だが、そこに笑みの温度はなかった。 


「その構え、空手か……お前もこの男と同様に武道をやるようだな。けれど――俺にとっては、まるで意味のない武術だ」


嘲るように言いながら男は手を持ち上げた。

その指でピストルの形を作ると、まっすぐイヴァンに向けて引き金を引くような仕草を見せた。


「……ウォーターガンだ」


言葉と同時に男の指先から放たれたのは澄んだ水色のスライム状の液体だった。

まるで命を持った粘液のようにうねりながら、空気を切ってこちらへ突き進んでくる。

あの液体に触れた瞬間に天空は動けなくなった――毒か、麻痺か。

何であれ食らえば終わりだ。


だが――イヴァンには見えていた。


男のオーラが技を放つ瞬間、わずかに波打った。

ほんの刹那、空気の流れが歪む。

そこに確かに攻撃の合図があった。

狙いが定まり放たれるその直前、男の内側で何かが振動していた。

イヴァンはそれを感じ取った。

理解でも直感でもない。

ただ心の目で視た。


瞼を閉じる。

思考をすべて静める。

周囲の音も、光も、恐怖すらも遠ざけてただ心の底に一点だけを灯す。

心眼が俺に語りかけてくる。

見るな……視ろ。


次の瞬間体が動いた。

考えるよりも早く意識の奥底から筋肉が勝手に反応していた。


「――正拳一閃突き(せいけんいっせんづき)!」


気合と共に放った一撃が空間ごと一直線に貫いていく。

空手の基本形に則った拳。

それは技術ではなく衝動だった。

気と闘志、そして魂を一点に収束させてすべてを撃ち出した――一閃。


突き出された拳が迫りくるウォーターガンを捉えた。

次の瞬間液体は一瞬のうちに霧と化して空気に溶けた。

まるで何かに吸い込まれるように――一閃に触れた途端に粘液は消えるように霧散した。


そのまま技の勢いは止まらなかった。

まっすぐに男の腹部を捉えた。


「……ぐふっ!」


衝撃音が響く。

空気が一瞬震えた。

男の身体が弾かれたように宙を舞い、背中から鉄骨に叩きつけられる。

金属がひしゃげる音が廃工場の空間に残響を刻む。


ガシャアアッ――!


鉄と肉がぶつかり合う濁った破壊音。

空間がまた静かになる。


……だが、ここまでは天空とまったく同じだった。


あの時も男は吹き飛んだ。

だが、倒れなかった。


問題は――ここからだ。


ぐしゃり。


音がした。

鈍い、肉の軋む音だった。

倒れていた男が足を地面に叩きつけた。

その反動だけで腕も背筋も使わず、地面から突き上げられるように立ち上がった。

バネのようだ。

人間の筋力ではありえない反応速度。

ありえない関節の角度。

ありえない起き上がり方。


そして――その顔がゆっくりと上がった。


男の目がイヴァンの姿を捕えた。

その瞳に理性はなかった。

怒りでも苦悶でも痛みでもない。

ただ破壊の対象を認識したというだけの冷たい光がそこに宿っていた。


……分かった。


この男にダメージという概念は存在していない。

痛みを感じていない。

体が壊れようが内臓が揺れようが関係ない。

奴は倒れるために戦っていない。


破壊するためだけに生きている。

異界樹物語を読んで頂きましてありがとうございます。

ここから世界一面白いストーリーが展開していきます。


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