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『異界樹物語』  作者: 大井翔
第三章

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第128話 信頼と疑念

俺たちはエピメスの言う師の教会へ向かうため、魔導車に乗り込むことになった。

だが、車から降りて来たのはケノリアだった。


その瞬間、俺の胸の奥に不意に冷たい感覚が広がった。

――「わたくしが眠った後……ケノリアさんが――」

パンドラが残したあの途切れた言葉が、まるで耳元で囁かれたかのように蘇る。


なぜ彼女が今、この場で当然のように同行しようとしているのか。

エピメスは何の疑念も抱いていない様子で目を細めて言った。


「それは良かったです。ケノリアさんが同行してくれるなら心強い。パンドラ様を支えてくださる方は一人でも多い方がいいですからね。そうでしょう?オーシャンさん!」


「ああ……そうだな」


俺は曖昧に頷いたが、心の中では全く別の声が響いていた。

エピメスがケノリアを疑わないのも無理はない。

俺だってパンドラのあの言葉がなければ、彼女の同行に何の違和感も抱かなかったはずだ。

だが今は違う。俺の胸の奥では警鐘がしつこく鳴り響いていた。


「それでは……行きましょう」


ケノリアは柔らかな笑みを浮かべ、穏やかで澄んだ声でそう告げた。

エピメスは小さくうなずき、「ええ、ありがとうございます」と自然に受け入れていた。

俺も口先だけは同じように礼を言ったが、その言葉には熱がこもらなかった。


パンドラを後部座席に寝かせ、俺はその隣へ腰を下ろす。

運転席にはエピメス、助手席にはケノリアが座った。

エピメスがハンドルに魔力を流し込むと、魔導エンジンが低く唸り、車は柔らかな振動とともに進み出した。


車窓の外を煤けた石造りの家々が流れ、夕日がその壁を赤く染めていた。

窓を少し開けると乾いた風が頬を撫でる。

それでも心の不安は収まらなかった。

俺の頭の中にはパンドラが最後に口にしたあの言葉が絡みついて離れない。


――あの場面で「俺が上の世界から来た」と口にしたのは何故だったのか。

パンドラは、いつからケノリアに疑念を抱いていたのだろうか。


思い返せば、今日の朝のことが引っかかっている。

ケノリアは館の食卓に姿を見せなかった。

「体調がすぐれなくて……お邪魔するのは遠慮しました」と彼女は言ったが、それは単なる言い訳だったのかもしれない。


疑念が頭を占めていくのを抑えきれず、俺は助手席のケノリアに声を掛けた。


「なぁ、ケノリア。朝は体調が悪かったって言ってたけど、今はもう大丈夫なのか?」


振り返った彼女は、まるで何事もなかったかのように微笑んで答えた。


「ええ、朝は本当に調子が優れなかったのですけれど……パンドラ様がフィトリアをカルポロスの呪縛から解き放ってくださったおかげで、今はすっかり元気を取り戻しましたわ。もう私たちが飢餓に苦しむ必要がないなんて……まるで夢のようだと思いませんか?」


「そうか……たしかに夢のような話だな」


言葉ではそう返したが、心の中では別の感情が膨らんでいた。

彼女の声には感謝と安堵が滲んでいた。

それでもあまりに自然な笑みと淀みない言葉は俺の不安を掻き立てた。

本当に体調を崩していたのか――それとも、俺たちの知らない場所で何かを企んでいたのか。


俺は答えの見えない疑念を胸に抱えたまま、後部座席で眠るパンドラの横顔を見やった。

その穏やかな寝顔が、かえってこの沈黙に重さを与えていた。


パンドラの言葉が頭の中で何度も繰り返される。

俺たちが町の人々に聞き込みをしていたとき、不意に彼女が口にしたのだ。


――「ケノリアさんは、どちらにいらっしゃるのでしょうか?」


あの一言を思い返すたびに胸の奥がざわつく。

あの時すでにパンドラはケノリアを意識していたのではないか。

ただの問いかけに思えた言葉が、今となっては何かを確かめるための伏線のように響いていた。


エピメスの言葉もまた引っかかる。

彼は昨日の夜、巡礼のためにケノリアの案内で町外れにある礼拝堂を訪れたと言った。

そしてケノリアの家は礼拝堂へ行く途中にあったとも口にした。


だが――俺もパンドラもその建物を目にしてはいない。

礼拝堂を本当に見たのはエピメス一人。


気づけば、エピメスでさえ嘘をついているのではないかと疑い始めていた。

いや、そんなはずはない。

彼は昨日、ケノリアと初めて顔を合わせたはずだ。

共謀など考えられない。

疑うのは筋違いだと分かっている。

そう分かっていても、心は勝手に疑念を膨らませ、出口のない思考に絡め取られていった。


昨日の初対面の光景が脳裏に蘇る。

ケノリアは確かに敵だった。

リモルナの命令に従い、カルポロスの力を借りて俺たちを襲った。

彼女が操っていたのは猿のような姿をした植物――デンドロシミオスの群れだった。

茂みを割って一斉に迫ってきたときの耳に突き刺さる鳴き声が今も耳の奥に残っている。


俺は奴らを次々と倒し、最後にはケノリア自身と対峙した。

渾身の拳を叩き込む寸前――寸止めすれば気絶させられるはずだった。

だが、ケノリアは動かなかった。


避けもせず、抵抗する素振りさえ見せない。

虚ろな瞳は、まるで全てを諦めたかのように俺を捉えていた。

生にも死にも関心を失ったようなその眼差しは今も脳裏に焼きついている。


なぜ、あの時あんな覚悟を抱けた?

普通なら反射的に身を守ろうとするはずだ。

それを拒絶するように、ただ受け入れる姿。

意識の底に押し込めようとしても、あの光景は蘇ってくる。

あのとき彼女は何を思い、何を背負っていたのか――その答えは今も闇の中に沈んだままだった。


◇ ◇ ◇


考えに沈んでいるうちに魔導車が緩やかに減速し、やがて完全に停まった。

振動が止まると同時にエピメスの声が響いた。


「オーシャンさん、着きましたよ。ここが私の師が仕える教会です。まずは私が事情を説明してきますので、しばしお待ちください」


そう言って彼は扉を開け、迷いのない足取りで建物の中へと消えていった。


窓の外に目を向ける。

教会は広大な草原のただ中に孤立して建っていた。

周囲には人影もなく、静けさだけが支配している。

風に揺れる草のざわめきが、やけに大きく耳に響いた。


建物は石造りで、外壁は風雨にさらされ、苔が這い、白かった壁はいつしか薄汚れた灰色に沈んでいた。

正面には古びた木製の扉があり、その上には丸いステンドグラスがはめ込まれている。

屋根の両端には小さな尖塔が二つ立っていたが、片方は崩れかけて石片が草原に散乱していた。

鐘楼らしき部分には鐘が吊られているものの、錆びついた鉄の色が痛々しく、もう何年も鳴らされていないようだった。

目の前の教会は想像していた以上に時を経ていた。


俺たちは魔導車の外に出て、エピメスが戻るのを待った。

ケノリアも車から降り、俺の隣に立っていた。

パンドラを後部座席に残し、ケノリアと並んで立つ時間はやけに長く感じられた。

冷たい外気とは裏腹に胸の奥に不安が沈み込み、安らぎはどこにも存在しなかった。


やがて、古びた扉を押し開けて教会の中からエピメスが姿を現した。

その隣には白い髭を胸まで垂らした老司祭が従っていた。

杖をつきながらも背筋は真っすぐに伸び、その眼差しには年輪を越えた鋭さが宿っている。


「……パンドラ様、確かに眠りに落ちておられる。しかしこれはただの眠りではあるまい。呪いの類とすれば、取り返しのつかぬことになるやもしれぬ。すぐに教会の奥へお運びなされ」


促され、俺とエピメスはパンドラを慎重に木製の担架に移した。

それは傷病者を運ぶために板に車輪を付けただけの簡素な台車だった。

だが長年の使用で表面は手触りのよいほどに磨かれていた。


木の車輪が石畳を擦り、その音が静寂の中にひときわ大きく広がった。

俺たちはその音を聞きながら無言のまま教会の中へと足を踏み入れた。


中に広がっていたのは外観の質素さからは想像できぬほど重厚で荘厳な空間だった。

高い天井を支える黒ずんだ梁、ひび割れた漆喰の壁にかすかに残る聖人画。

石造りの床は長い年月で磨り減り、そこに並ぶ長椅子は軋むほど使い込まれていた。


そして何よりも目を引いたのは祭壇の周囲にずらりと並べられた数え切れぬほどの燭台だった。

一本一本に灯された炎が揺らめき、橙の光と影が壁を這い、空間全体が儀式の場へと変わっていくようだった。

その漂う蝋の匂いと淡い煙が空間を重苦しく包んでいた。


老司祭は祭壇の前に立ち、低く声を響かせた。


「……さあ、こちらの祭壇にパンドラ様を安置なされ」


俺とエピメスは担架から彼女をそっと抱き上げ、慎重に石の祭壇へと横たえた。

蝋燭の炎が淡く揺れ、彼女の横顔を浮かび上がらせる。


「……お美しい」


老司祭は感嘆のような吐息と共に言葉を漏らした。


「この世のものとは思えぬほどに。しかし同時に、その身から溢れる闇の魔力の気配は異常としか言いようがない。何故か突然、深い眠りに落ちてしまわれる……その原因は早急に突き止めねばならぬ。まずは儀式の準備を整えよう。エピメス、そなたも手を貸してくれ」


「はい、承知しました」


エピメスは即座に返事をし、老司祭と共に祭壇の周囲に用意されていた道具を動かし始めた。

聖印の刻まれた布、銀の杯、乾いた薬草が入った袋……その一つひとつが、祭壇を囲む空気をさらに張りつめさせていった。


だが俺の心は儀式に向かう二人にはなかった。

ずっと視線の端でケノリアを追っていた。

彼女が何を考えているのか――それが気になって仕方がない。

もしかしたらこの儀式の最中に彼女が何かを仕掛けてくるのではないか。

その疑念が拭えず、俺の胸を締めつけていた。


けれどケノリアはただじっと祭壇のそばで蝋燭の灯を見つめるばかりで身じろぎ一つしない。

彼女は以前、淡々と語った。

カルポロスの実を口にしたことで強大な魔力を得た。

さらに、その影響を受けた畑からはデンドロシミオスが湧き出るようになったのだと。


だがどうして彼女だけにその能力が――。

俺はエピスティアとの戦いでもデンドロシミオスを呼び寄せるような能力を警戒していた。

けれど、完成版のカルポロスを投与したリモルナとエピスティアには、そのような能力は現れなかった。

ただ細胞を無理やり活性化させ、肉体を常軌を逸するほどに強化するだけのものだった。


町の人々もまた、戦いに使える力を得た者はいなかった。

彼女は自分以外にも強い魔力が宿った人がいると言っていたはずなのに。

ならば何故、ケノリアだけが。

その問いが頭から離れず、燭火に浮かぶ彼女の横顔を見るたびに答えの出ない疑念が胸の奥に沈み、不安となって広がっていった。


あの猿の姿を模した植物の魔物――。

思い返すたびに胸の奥に、かすかな痛みのような違和感が胸をかすめた。

もしかして、あれはカルポロスの実を食べたことによる副産物などではなく、まったく別の能力から生じたものなのではないか。


最初にそれを「植物だ」と言い切ったのは、ほかならぬエピメスだった。

――「あれは……デンドロシミオス!枝や樹液で形づくられた、猿に擬態する植物の魔物です!」


あの時の彼の叫びが鮮明に蘇る。

迷いなく魔物の名を告げ、その正体を断じた口ぶりは確信そのものに満ちていた。

俺はてっきり下の世界の森に棲むありふれた魔物の一種なのだろうと思っていた。

だが冷静に考えれば、あの場でただ見ただけで正体を見抜けるほど単純な魔物だったのか。


エピメスはあの時、何故あれほどまでに即座に「植物だ」と見抜けたのか。

そしてその後、彼はケノリアの口にした言葉に鋭く反応し、食い下がるように問い詰めていた。

まるで何かを探り、確かめようとするかのように。


……駄目だ。

ケノリアを疑うと、どうしてもエピメスまでを疑ってしまう。

いや、考えすぎだ。

エピメスには疑わしいところなど、どこにもないのだ。


彼はただ俺とパンドラに同行してきただけだ。

ノマディアを発った後、フィトリアでの巡礼を経て、彼は自らの師が仕える教会に立ち寄ることとなり、そのまま俺たちと共にここまで来た。

目的はただひとつ――パンドラの眠りの原因を突き止めるためだ。


地下の水中でハイブリッドに襲われた時の光景を思い出す。

死を前にしたエピメスの目は恐怖ではなく決意に燃えていた。

己を盾にしてでも俺とパンドラを守ろうとする覚悟――あの一瞬に偽りはなかったはずだ。


さらに、あの濁流の中でパンドラが俺の背から流され、必死に手を伸ばすも届かぬまま深みに沈もうとした時、彼女をすくい上げ、水面へと導いたのは他でもないエピメスだった。

もし本当に彼に裏の顔があるならば、あの時こそ絶好の機会だったはずだ。

パンドラを見捨て、一人だけ生還すればよかった。

だが彼はそうしなかった。

命を懸けて彼女を救った。


だからこそ、パンドラにとってエピメスは命の恩人であるはずだ。

それでも理屈では説明できない不安が心をざわつかせていた。

信じたい気持ちと、疑念の影。


奥の控室から扉が開き、老司祭とエピメスが静かな足取りで姿を現した。

先ほどまでの旅装は影もなく、肩口まで覆う深い黒のローブを身にまとっている。

光を吸い込むような布地がわずかに揺れるたびに蝋燭の火が小さく震え、壁に映る影を不気味に長く引き伸ばしていた。

その姿は神に祈りを捧げる司祭というより、闇の奥底に潜む何者かに供物を差し出す異教徒のようで、言葉にできない寒気が背筋を走った。


老司祭は一歩、俺に近づき、穏やかながらどこか張り詰めた声で告げる。


「これより『浄化の儀』を執り行います。パンドラ様の魔力はあまりにも強大……儀式の最中、あなた方に影響が及ぶ恐れがあるかもしれません。危険ですので、もう少し後方に下がってください」


その言葉に思わず俺は詰め寄った。


「なぁ、本当に大丈夫なのか?原因が分からないのに、いきなり浄化の儀なんてものをやっていいのか?」


老司祭はしばし眉を寄せ、思案するような間を置いてから答えた。


「『浄化の儀』はただの治療ではありません。パンドラ様の病の正体を探るためのものでもあります。これが呪いならば、儀式の過程でその性質が顕わとなり、同時に浄化されるでしょう」


俺の胸の内で鋭い不安がざわめいた。

病の原因を勝手に呪いと決めつける――そこに説明のつかぬ違和感があった。

確かにノマディアでエピメスは「呪いに近いものだ」と言っていたが、パンドラからは治療魔法が何度も試され、いずれも効果はなかったと聞いていた。

本来ならもっと慎重な検証が必要なはずだ。

それなのに、ここでは何の説明もなく儀式の段取りが整っていた。


周囲を見渡すと床や柱に刻まれた細かな印と、整然と並ぶ蝋燭が薄暗い空間に奇妙な模様を描いていた。

燭台の一つひとつから立ち上る火は祈りよりも警告を示す灯のように揺らめき、その周囲の空気には血と鉄を連想させる冷たい匂いが滲んでいた。

準備はすでに完了している――そう悟った瞬間、胸の奥が冷え、思わず息を呑んだ。


俺はたまらずエピメスに声を掛けた。


「エピメス、この方法で本当にパンドラの眠りの病気は治るのか?俺たちは原因を探るためにここに来たんだぞ。いきなり得体の知れない儀式を始めても大丈夫なのか?」


エピメスはわずかに目を伏せ、しかしすぐに俺を見返して言った。


「オーシャンさん、どうか……どうか私を信じてください。この儀式が終われば、きっとパンドラ様の病は治るはずです」


その声には迷いがなかった。

だが、それがかえって俺の疑念を深くした。

――これは本当に聖なる儀式なのか?


あの時のエピメスの戦いぶりが脳裏に鮮明によみがえった。

地下でハイブリッドの集団に襲われたとき、彼は修道士でありながら、武人を思わせるほどの鋭さを見せた。

それは長年の鍛錬を積み重ね、身体に刻み込んできた者にしか到達できない動きだった。

それなのに彼は普段、自分を「攻撃魔法も使えぬ弱者」であるかのように振る舞っていた。

危機に直面した時にはその偽りが破れ、隠してきた強さが否応なく露わになったが、あの矛盾は何を意味していたのか。


ひとつひとつの断片は決定的な証拠にはならない。

だが、疑えば疑うほどに怪しいのはケノリアではなくエピメスへと傾いていく。


あの時のパンドラの声が心の奥でよみがえった。

――「この混迷の地で、わたくしが心から信用できるのは……あなただけですわ。ですから……お願いがございますの。目の前の出来事がどれほど確かに見えても、どうかすべてを疑ってくださいませ」


あの時のパンドラの目。

冗談や戯れではない、切実な願いに満ちた目だった。

命を懸けて自分を守ったエピメスさえ疑え――あの願いはそういう意味だったのか?


俺は唇を噛みしめた。

祈りの声が教会の奥から響く。

祭壇の前に立つ老司祭の黒いローブが灯火に照らされてわずかに揺れていた。

そして自分でも気づかぬうちに俺の視線はエピメスの背に突き刺さり、疑念の影を濃くしていた。


(……エピメス、俺はお前のことを心の底から信じている。だからこそ、今だけは確かめなければならない)


「待ってくれ!」


俺は声を張り上げ、祈祷を始めたエピメスと老司祭のもとへ駆け寄った。

祭壇の前で両手を組む二人の姿は、儀式の始まりを前に静まり返っていた。

だが、俺の言葉に老司祭が眉をひそめ、厳しい口調で応じた。


「何をしているのです?ここは危険です。儀式を妨げるような真似はおやめなさい」


その静かな叱責を無視し、俺はさらに踏み込んだ。


「待ってくれ!この儀式を一度中断してくれ」


エピメスが振り返り、驚きと困惑を滲ませた声をあげた。


「オーシャンさん……一体どうしたのですか?」


俺は息を整え、胸の奥に溜まった不安を吐き出した。


「俺たちはどう考えても焦りすぎている。パンドラは確かに眠っているが、だからといって本人の意思を確かめずに儀式を進めるのは間違っている。……一度目を覚まさせて、この儀式を受け入れるかどうか本人の口から確かめるべきだ」


エピメスは顔を曇らせ、反論した。


「ですが……パンドラ様は今、その病気のせいで眠っているんですよ。目を覚ましてからでは、次に儀式が行える日がいつになるか分かりませんよ」


「それでもだ!」


俺は声を強めた。


「本人の意思を無視するやり方には納得できない。パンドラはそんなことを望んでいないはずだ」


俺は言葉に力を込めながら、三人――老司祭、ケノリア、そしてエピメスの目を順に見据えた。

だが、その瞳に返ってきたのは理解ではなく、拒絶と疑念を帯びた冷たい光だった。


老司祭の目は俺を邪魔者と断じ、ケノリアの瞳は警戒に満ち、そして――エピメスまでもが俺の存在を否定するように冷たく見返してきた。

さっきまでパンドラの意思を尊重すると口にしていた彼の瞳までもが。


胸の奥に冷たい痛みが広った。


(エピメス……俺はお前のことを信じていたのに……)


重苦しい沈黙が場を支配した。

祈りの言葉も途絶え、蝋燭の火までもが息を潜めたように空気が張り詰めていた。

だがその時、不意に教会の入り口がきしむ音を立てて開いた。


「だ、誰だ……?」


俺が驚いた声を上げる。

振り返った先、扉の影から姿を現したのは三人の男たちだった。

その中央に立つのは銀色の髪を長く垂らした男。

その眼差しは冷たくも揺るぎなく、ただパンドラだけを見ていた。


祭壇の上では、パンドラが静かに眠り続けていた。

その寝顔は変わらず穏やかだった。

だが俺には、それが嵐を前にした張りつめた静けさに見えた。

異界樹物語を読んで頂きましてありがとうございます。

ここから世界一面白いストーリーが展開していきます。


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