第125話 水に沈む通路と焦燥に揺れる心
出口は塞がれ、水がこちらへ押し寄せてくる。
その事実が現実として突きつけられるたびに足元から焦りが湧き上がった。
俺たちは来た道を戻るしかなかった。
だが一歩ごとに心臓の鼓動は速くなる。
エピメスは後ろを振り返り、用水路の上に架かる崩れかけた橋の方へ目を向けた。
アネリスはそこで冷笑を浮かべたまま動かない。
俺はエピメスの瞳に一瞬の憐れみが浮かぶのを確かに見た。
「エピメス、気持ちは分かるが、あいつは助けられない」
「……ええ、分かってます。行きましょう」
用水路の水位はまだ足首までしか達していない。
けれど刻一刻と時間は迫っていた。
のんびりしていれば逃げ場はなくなる。
余計な言葉を交わさず、短く頷き合い、足を速めた。
「パンドラ!魔法で川を止められないのか?」
「一時的に凍らせることは出来ますわよ。ですが前から押し寄せる水を凍らせれば、戻るための道も同時に封じられてしまいますわね。そうなればここから出られませんわ!」
その言葉に俺の胸が締めつけられた。
「くそっ……!これも計算のうちってわけか!」
リモルナたちの用意周到さが今目の前の窮地を作っている。
その時だった。
水の流れに混じって不気味な呻き声がこだました。
嫌な気配が川底から這い上がってくる。
「……まさか」
水面の下で暗がりが波打ち、緑の影が浮上する。
複数のハイブリッドが苔のような表皮を揺らし、姿を現した。
血走った白眼がこちらを捕らえると、その瞳は本能だけで襲いかかってきた。
「くそっ!時間をかけさせるつもりかよ……」
俺は拳を構え、反射的に飛び込んだ。
最初の一体が跳びかかってきた。
俺は横へ飛んでかわし、肘を首に叩き込む。
鈍い音とともに緑色の粘液が飛び散り、怪物が崩れ落ちる。
だが休む間もなく、次の二体が同時に襲いかかる。
片方の腹へ膝を突き上げ、もう一体の腕を掴んで捻りながら壁へと投げつけた。
宙を舞った体が壁に叩きつけられ、ひび割れた石に音を立てる。
額を伝う汗が視界を曇らせ、呼吸は浅く乱れた。
だが足を止めるわけにはいかない。
「こんなに……リモルナは一体、どれだけの人達を犠牲にしたんだ!」
叫びが思わず口を突いた。
曲がりくねる通路を進むたびに次のハイブリッドが川の中から現れた。
数は途切れず、絶え間なく押し寄せてくる。
一体倒すごとに壁や床は緑の粘液で汚れ、うめき声が反響して空気を重く淀ませる。
「おい……マジかよ。ハイブリッドはこんなにいるのか?数が多すぎるだろ!」
俺が息を切らせて吐き捨てる。
「……はぁ、オーシャン、わたくしも手伝いますわ」
パンドラが短く応え、黒い炎を指先に集めた。
彼女の炎は鋭い黒い光を放ち、触れたものを瞬時に炭化させるように消し去る。
パンドラの一振りで、数体のハイブリッドが音も無く崩れ落ちた。
だが、それでも水の底から次々と新たな緑の影が湧いてくる。
足元の水は容赦なく増し、腰まで押し寄せてきた。
用水路の壁が割れる音、石が砕ける音、遠くで何かが沈む音が混じり合い、俺たちの耳奥を揺さぶった。
冷たさが脚を締めつけ、動きを鈍らせる。
一体を倒すたびに緑色の粘液が石壁に飛び散るが、押し寄せる群れは止まる気配すらなかった。
濁流はさらに勢いを増し、出口までの道は遠ざかるばかり。
「私も手伝います!」
エピメスの声が、ざわめく水音にかき消されることなく通路に明瞭に響いた。
彼は言葉どおりに前に飛び出し、冷たい用水路の濁流に腰まで沈み込みながらハイブリッドたちへと真っ直ぐに突進した。
「はあぁぁぁ!」
低く絞り出すような声を上げ、エピメスの拳が振り抜かれた。
正確で重い一撃がハイブリッドの胸に深く沈み込んだ。
緑色の粘液が飛び散り、怪物は呻き声を上げて水中へ崩れ落ちた。
エピメスの攻撃は無駄がなかった。
腰の入れ方、肩の使い方、体幹の回転が一連の流れで繋がり、長年の鍛錬を重ねたような一撃だった。
水に腰まで浸かりながらもパンチの軌道は安定し、相手の力を滑らかに受け流す。
俺の目は隠された実力を見逃さなかった。
「エピメス……お前、そんなに強かったのか」
思わず声が出る。
エピメスはそれに少しだけ微笑んだが、すぐに表情を引き締め、次の標的へ向き直った。
「オーシャンさん、私も強くなるために鍛えているのです。この程度の敵なら多少は役に立てます」
口ぶりは控えめだが、その声に含まれた確信は消えない。
なぜ力を隠していたのかという疑問が胸の片隅に残るが、その考えは水位が上がる音に押し流される。
今は余計なことを考えている余裕はない。
俺とエピメスは通路の中央に立ち、互いに背を預け合いながら迫り来る敵を次々と打ち払った。
拳と掌と肘が交錯し、水しぶきが鋭く散った。
ひとつ、またひとつとハイブリッドを撃破していくと、石壁に濡れた跡と緑の染みが広がっていった。
最後の一体が水底に沈み、しばらくの静寂が通路を満たす。
「はぁ……はぁ……これで全部か。急に湧いたみたいには思えないな、この群れは」
俺が息を切らして言うと、エピメスも荒い息を吐き、肩で息をしながらも瞳に冷徹な分析の光を宿していた。
「はぁ……はぁ……間違いなくリモルナ様の仕業です。私たちが地下へ来ることを見越して、実験で犠牲になった人を迎撃の手として用意していたのでしょう」
その声は落ち着いていたが、わずかに震え、緊張がにじんでいた。
計算された待ち伏せ、迷路のような通路、水を用いる罠――そこから連想される複雑な仕組みの一端が少しずつ繋がってくる。
水に浸かったパンドラの動きは、どうしても鈍くなってしまっていた。
黒いドレスの裾が重く水を含み、普段の優雅な身のこなしは失われていた。
エピメスはすかさず寄り添い、彼女に言葉をかける。
「パンドラ様、私の背に乗ってください。水中では私の方が安定します。これで歩きやすくなるはずです」
パンドラは一瞬だけ眉を上げたが、すぐに頷いた。
「わかりましたわ、エピメス。感謝いたします」
いつもの優雅さを崩さぬ口調で応じたが、その瞳にはわずかな恐れが宿っていた。
だが、水位はすでに胸を押し上げ、冷たい圧力が息を詰まらせる。
流れは少し緩んだものの、出口までの距離を考えれば歩くより泳いだ方が速いと直感した。
俺は咄嗟に提案する。
「エピメス、パンドラを俺に渡してくれ。水の勢い自体はそれほどでもない、だけどもう胸まで来ている。これなら泳いだ方が早く出られる」
エピメスは一瞬たじろいだが、すぐに落ち着いた声で答えた。
「オーシャンさん、大丈夫です。私は泳ぎに自信があります。パンドラ様は私に任せてください」
その返答に俺はすぐさま別の案を口にした。
「なら、先に行ってくれ。水が流れてくる通路が出口だ。俺は後ろからついていく。何かあったらすぐに支える」
エピメスはパンドラに向かって静かに促す。
「さあ、パンドラ様、大きく息を吸って、しっかり掴まってください」
「分かりましたわ、エピメス。前方はわたくしが光の魔法でしっかり照らしますので安心してください」
彼女の手から淡い光が放たれ、水面を揺らして通路の先を照らし出した。
エピメスはパンドラを背負い、足を蹴り出して前へ進んだ。
水の抵抗を計算するかのように身体の角度を微妙に変え、最短の軌道を保つ。
パンドラを安定させるための腕の回し方、浮力の取り方、その一つ一つに配慮があって流れるように整っている。
俺はその背中に無意識のうちにイヴァンを重ねていた。
泳ぎ方、面倒見の良さ、女性に対する気遣い――似ている点が多かった。
俺も後に続き、必死に腕を動かして水をかいた。
服が体にまとわりつき、冷たさが筋肉を強張らせ、動きがぎこちなくなる。
しばらく進み、ようやく息継ぎのための狭い空間を見つけ、壁際に身を寄せながら頭を水面へと出した。
空気が肺へと入り込む瞬間、張り詰めていた胸の奥の緊張が一気にほどけた。
「はぁ……はぁ……パンドラ様、大丈夫ですか?」
エピメスは水面に浮かびながら穏やかに声をかける。
パンドラは顔をしかめるが、すぐに冷静さを取り戻して答えた。
「……ええ、私は大丈夫ですわ。ですが、程なくしてここも水で満たされてしまいましょうね」
誰もがわかっていた──一瞬の油断が命取りになり、水位が上がりきれば次に息を継げる場所などないかもしれない。
俺は呼吸を整え、頭の中で最短経路を定めた。
「エピメス、交代だ。今度は俺が出口までパンドラを運ぶ」
短く発したその言葉に彼は一瞬だけ視線を合わせ、ためらいなく頷いた。
「分かりました、オーシャンさん」
その返事には一片の迷いもなかった。
俺は腕でパンドラの体を支え、自分の背へと慎重に乗せた。
冷たい水の流れが体を締めつけ、彼女の細い腕の温もりが背中に伝わる。
「今度は俺が前を行く。何かあったら後ろからフォローしてくれ!俺たち三人で絶対に生きて脱出するぞ!」
振り返った先で濡れた睫毛を震わせるパンドラが、それでもはっきりと答えていた。
「オーシャン、頼りにしてますわ」
その一言が胸の奥を柔らかく温めた。
言葉に込められた信頼の重みが、俺に確かな力を与えた。
俺たちは再び深い水の中へと身を沈めた。
背中にパンドラを抱えたまま泳ぐのは想像以上に難しい。
バランス、呼吸、重心、そして彼女の微かな動き──それらを同時に管理しなければならない。
腕を掻くたびに筋肉が悲鳴を上げ、脚は水の抵抗に重く沈む。
肺は焼けつくように苦しく、喉の奥が痛むほど酸素を求めていた。
だが後ろに感じるエピメスの規則正しい蹴りと、小刻みに伝わる彼の呼吸は俺に冷静さを取り戻させた。
そして――遠くに差し込む微かな光が見えた。
希望が視界に浮かび、思わず胸が高鳴る。
(見えた!あそこが出口だ!……これなら間に合う!)
その瞬間、ふいに足首に強烈な圧力が絡みついた。
(……何だ?)
視線を落とすと、水の濁りの奥から白濁した目をしたハイブリッドが這い上がり、俺の足を掴んでいた。
力を込めて振り払うが、しがみつく指は根のように堅く離れない。
反射的に拳を繰り出すが、水中では力が鈍り、相手を怯ませることさえできなかった。
もがくたびに下へと引き込まれる感覚が強くなり、体の軸が崩れていく。
次の瞬間、俺の体は一気に水底へと引きずり込まれていった。
(まずい、このままじゃ――!)
その焦燥を振り払おうとした時、影が割り込んできた。
エピメスだ。
彼は迷わず全身を投げ出し、ハイブリッドに覆いかぶさって掴んだ手を引き剥がそうとする。
水流が乱れ、泡が白い粒となって流れに呑まれていく。
(……エピメス!駄目だ、そいつに構うな!先に行け!)
叫びたいのに声は水に吸われて消え、言葉は泡となって消えた。
俺は必死に首を振った。
けれども彼と目が合ったその一瞬で理解した。
それは死を覚悟した者の目であり、己を犠牲にしてでも守るという決意が痛いほどに宿っていた。
「私のことは構わないで」と無言で訴えるような表情だった。
(くそっ……やめろ!)
心が叫ぶ。
だが、肺は既に悲鳴を上げており、酸素を求めて痙攣していた。
俺は出口に向かうしかなかった。
その矢先に背中から伝わる感触が変わった。
背中に感じていたはずのパンドラの腕が力を失い、すり抜けるように解けたのだ。
「なっ……パンドラ!?」
振り向いた瞬間、視界に白い光が揺らぎ、パンドラの瞳が大きく見開かれているのが見えた。
水流に翻弄される光が彼女の驚愕と恐怖を映し出し、体の細い輪郭を際立たせる。
その姿は逃れようとする意思すら押し潰されるかのように沈んでいった。
時間がスローモーションのように引き延ばされ、心の中からすべての感覚が失われていくようだった。
「そんな……」
俺の腕が彼女を求めて伸びるのを俺自身が感じた。
だが本能が再び俺を動かした。
全力で腕をかき、必死に出口へと浮上した。
水面を破ると、空気が肺に流れ込んで痛いほどに喉を満たした。
揺れる視界が少しずつ鮮明さを取り戻す。
「はぁ……はぁ……はぁ……!」
荒い呼吸が水面を震わせ、細かな波紋が幾重にも広がっていった。
心拍は乱れ、思考は凍りついたように鈍く停滞していた。
酸欠のせいか、それともパンドラとエピメスを同時に失ったかもしれない絶望のせいか、頭が真っ白になる。
「助けに行かないと……あの二人は絶対に死なせない……!」
ふらつきながらも必死に呼吸を整え、再び身を沈めようとしたその時――
「ぷはぁっ!……オーシャンさん!早く、パンドラ様を!」
聞き慣れた声が水面を切り、泡とともに破裂した。
目を向けるとエピメスが必死の形相で浮上してきた。
「エピメス!……よし、任せろ!」
俺は慌てて水に腕を伸ばし、パンドラの体を引き上げる。
そして差し出された手を掴み、全力でエピメスを水面から引き上げた。
「はぁ……はぁ……エピメス、あの状況でよく無事だったな……」
肩で息をする俺に、エピメスは力ない笑みを浮かべながら答えた。
「はぁ……私ももう駄目かと思いました……。ですが、ハイブリッドに掴みかかった時に服の内側に入れてた薬の瓶が胸に当たり、それをとっさに口に押し込んだのです。モノフローンさんから頂いたあの、カルポロスの影響を抑える薬の小瓶です。するとハイブリッドは苦しみ始めたので……その場を振り切ってなんとか抜け出せたんです。その時、すぐ近くでパンドラ様が流されてくるのが見えて、必死に掴んで出口まで泳ぎました」
その言葉には揺るぎのない現実味があった。
俺は言葉を失い、胸の奥で何かがふっと軽くなるのを感じた。
安堵と恐怖が同時に押し寄せ、頭の中で渦のように混ざり合った。
「そうか……あの薬があったから助かったんだな」
胸の奥に安堵が広がる一方で冷たい恐怖がまだ体を締めつけていた。
だが今はただ、三人がまだ生きているという事実にしがみつくしかなかった。
「パンドラ、大丈夫か?」
「ええ、オーシャン……死ぬかと思いましたわ……。ですが、なんとか大丈夫でしてよ……」
濡れた赤髪が額に貼りついたまま、パンドラはかすかに微笑んだ。
その笑みは儚く、震える唇が心の奥の不安を隠しきれずにいた。
けれどもその呼吸は次第に整い、確かな生の熱を取り戻しつつあった。
一方でエピメスは壁に背を預け、膝を崩して座り込んでいた。
水に晒された体は震え、唇は青ざめていた。
だがその眼差しには奇跡を生き延びた静かな安堵が宿っていた。
「……俺とパンドラだけだったら、あそこで終わっていたかもしれないな。エピメス、お前がいてくれて助かったよ」
「いえ……私も死を覚悟しました。こうして三人とも無事にここまで戻れたのは、まさに奇跡と言えるでしょう」
その言葉に俺は無言で頷いた。
胸の奥で同じ思いが重く響いていた。
辺りを見回せば実験室の湿った空気が重く漂い、地下からの水音がいまだ不気味に反響していた。
「……まずは安全な場所へ移動しよう。ここもいつ浸水するか分からない」
俺とパンドラは慎重に立ち上がる。
だがエピメスは足を動かそうとした途端、顔を歪めて呻いた。
「すみません……足が痙攣して……力が入りません。オーシャンさん、肩を貸していただけますか」
「よし、掴まれ」
俺は彼の腕を取り、半ば抱えるようにして立ち上がらせた。
互いに体を支え合いながらリモルナの実験室を抜け、やがて倉庫へと辿り着いた。
そこには兵士が見張りをしていた。
俺たちの姿を目にした途端、彼は目を見開き、声を上げる。
「パンドラ様!地下で凄まじい音がしておりましたが……ご無事で?」
兵士の顔は緊張に固まり、額に冷や汗が浮かんでいた。
「誰か!エピメスを治療してくれ!急いで!」
俺が叫んだその時、奥から駆け寄る影があった。
ケノリアだ。
「エピメス!一体どうしたの……大丈夫なの?」
息を切らし、切迫した声で覗き込むケノリア。
その目は不安と焦燥に揺れている。
「ええ……私は大丈夫です。ただ……リモルナ様を逃がしてしまいました」
「そんな事どうでもいいわ!今は身体を休めるのが先決よ!」
叱咤と心配がない交ぜになった声。
その様子にパンドラが静かに言葉を添える。
「ケノリアさん、エピメスはわたくしを守るために身を削るような無理を重ねましたの。どうか、しばらくお傍にいてあげて、休ませて差し上げてくださいませんか?」
「……分かりました、パンドラ様。さぁ、こちらへ」
ケノリアはエピメスの腕を取り、兵士と共に歩き出そうとした。
だがその前にエピメスは振り返り、俺に手を差し出した。
「オーシャンさん……これを。注射器と薬の瓶です。どうか役立ててください」
差し出された硝子瓶は氷のように冷たく、触れた瞬間に彼の震える手から命の重さが伝わってきた。
俺はそれを強く握りしめ、黙って頷いた。
やがてエピメスはケノリアと兵士に支えられ、奥の部屋へと消えていった。
静寂が戻る。
残された俺は息を整える間もなくパンドラに問いかけた。
「それで……どうする?リモルナには逃げられた。このまま探すしかないんだろ」
パンドラは濡れた赤髪を指で払いつつ、鋭い眼差しを向けた。
「……いいえ。リモルナは、わたくしたちが地下で死んだと思っているはずですわ。ならば遠くからこちらの様子を窺っているに違いありませんわ。――地下で、わたくしはあの部屋の真上にリモルナの魔力を感じましたの。転移は封じられていましたけれど……わたくしはあの場所に目印の魔力を残しておきましたのよ」
「……じゃあ」
「ええ。この館からでしたら転移することは可能ですわ。――オーシャン、わたくしの手を握ってくださいませ」
促されるままに彼女の手を取ると、冷たく濡れた掌が重なる。
その瞬間、足元に淡い光が広がり、複雑な紋様を描く魔法陣が浮かび上がった。
次の瞬間、視界が眩い閃光に弾け飛ぶ。
◇ ◇ ◇
気がつけば俺たちは強い突風に頬を打たれながら、切り立った崖の上に立っていた。
昼下がりの陽光が照りつけ、眼下には緑の草原が広がり、風に揺れる草葉が波のように揺らいでいた。
そして、崖の先には二つの影が立っていた。
逆光に浮かぶ輪郭は鋭く、ただならぬ雰囲気が俺の視線を引き寄せた。
パンドラは赤髪を整えながら、一歩前へと進み出た。
その足取りは確かな意志に支えられ、声は荒れ狂う風に押し負けず、はっきりと響いた。
「リモルナ……エピスティア。やっと見つけましたわよ」