第4話
東大陸に位置するアダマントは、独立した地位を持つ自由都市だ。
都市一つが国家であるという意味だ。
インモラルはアダマント市郊外のどこかにある噴水の場所にワープした。
(久しぶりだな、アダマント都市。)
インモラルはゆっくりとあたりを見回した。
レンガと石材で建てられた家が複数見えた。ほとんど屋根が高く、窓が小さかった。
家の1階は小さな商店や鍛冶屋があり、その上は全て居住として使うようだった。
自由都市が持つ根本的な空間制約のため、建物と建物の間が互いに触れ合い狭い感じがした。
(それでも規則的なのがかっこいいんだよな。)
ゆっくりと道を歩きながら市民の身なりを観察した。
少しみすぼらしい人が多いが、ひどく困窮しているようには見えなかった。
すれ違う人たちの表情も何とか暮らしているという表情だった。
アダマントの都市は東大陸で相対的に貧しい位置にあった。
自由都市であるため王や領主はいない。
支える構成員は商人と工場主だ。
彼らのうち影響力のある100人が議会を構成しており、構成員の意見によって行政と制度が決定される。
(一見すると全く問題はないが、議会を実は宗教が掌握している。)
アダマント議会に属している商人と工場主の80%が宗教家だ。
すべて単一神教である上、3つの宗教に分かれていた。
宗教の力が強いのは、アカデミー卒業生がそれだけ多く入団しているためだ。
ゲームの設定そのものも、さまざまな宗教が共存する都市だと明示されている。
(ここの通りにいる人もみんな宗教に属しているだろう。)
インモラルは早歩きでアダマントの真ん中を歩いた。
目的地は議会が開かれる所だ。
議会はメンバーでなくても出席できた。
そこに行く理由は市場の流れを把握するためだ。
(実権把握、政策調査)
この二つが学生を誘致し、順調に開講する鍵となる。
インモラルはアダマントの中心に到着した。
雄大な教会が街角が出会う中央に存在感を誇示していた。
アダマント州は通常教会で議会を行う。
大きな入り口は大勢の人が出入りしていた。
しかし今日はなぜか人がいつも以上に集まっていた。
普段はここまでNPCが集中しない。
こういうことはイベントが発生した場合にのみ発生する。
(まさか···。)
インモラルは通りすがりの人に声をかけた。
「今日ある議会の議題が何か知っていますか?」
「教祖の一人が亡くなったそうですよ。悲しいことですよね。今日議会が終わった後、葬儀が行われるそうです。」
目がぱっと覚めた。これは普通の葬式ではなかった。
アダマントに君臨する3つの宗教、各宗教の最高教主のうち1人は死に、もう1人は瀕死状態になり、残った加害者が議会の実権者となる。
アダマント都市の実権者が決まるイベント事件なのだ。
「失礼ですが、ご逝去された教祖様のお名前をご存じですか?」
「私もわかりません。今日の議会で明らかにするそうですよ。」
インモラルは会話を終えた後、入口に向かって歩いて行った。
中に入る直前、女性警備員が立ちはだかった。
「男性の方ですね。市民権を提示してください。」
「アンビションアカデミー校長のインモラルだ。」
「…!これは失礼しました。お入りください。」
インモラルは案内を受けて教会の2階へと上がった。
室内は2階からも1階を見ることができる構造だった。
1階の端には荘厳な教壇があった。
インモラルは2階の隅から下にある教団を見下ろした。
扇形に広がる座席に一人二人と議員が出席した。
それぞれ赤い帯、青い帯、緑の帯を巻いていた。
彼らは基本的に商人や工場主を兼業し、色に該当する宗教に加入した人々だ。
座席にはいつの間にか90名以上が着席していた。
(さて。7名以外はみんな宗教に加入している人だな。)
無宗教の者を除くと30、30、30に分かれていた。
ではどうなるだろうか。
しばらくしてから入ってくる最後の人がアダマント都市の実権者だ。
インモラルは扇形の議会の真ん中に入ってくる人を待った。
できればクズになってほしい。
基本的に3人ともどこか足りない教祖たちだが、どうせなら一番汚れていて裏金を受け取るような教祖になることを願った。
アカデミーの運営はその方がスムーズだ。
インモラルは目を閉じて両手を合わせ、祈った。
(足音が聞こえる。誰だ?)
議会の真ん中に誰かが入ってきた。
インモラルは議会の中央に到着した人が緑色の帯を巻いていることを願って目を開けた。
最後に入ってきた人は手に帯を握っていた。
その色は緑色だった。
インモラルは機嫌のいい表情をしているうちにふと思った。
(なぜ帯を巻かずに手に握っているんだ?)
間もなく中央に到着した人が大きな声で話し始めた。
「アダマント都市の市民の皆様。まず、残念なニュースをお伝えしなければなりません。」
議会が一荒れした。
中央にいる人は手に持った帯を高く持ち上げた。そして、もう一度言った。
「アダマント都市を脅かしていたダンジョンを攻略していたところ、エメラルド教の教祖が逝去しました。一緒にダンジョンを理攻略していた私に、教祖は死ぬ直前このように言いました。緑陰の教理は続くだろう、と。」
緑の帯を巻いた議員全員が一斉にすすり泣いた。
亡くなったというのは緑の帯を率いた教祖だったのだ。
インモラルは目の前がくらんだ。
たった今逝去の報せをした人物。あそこにいる女性がどんな人物だったのかをようやく思い出した。
彼女は赤い帯を象徴するルイビ教の教祖だった。
インモラルは万が一の可能性を考え、腕を上げた。
議会の真ん中にいる女性が言った。
「空気を読まず今この瞬間に質問をしようとする市民権者がいるなんて、見逃し難いことです。どうぞ?」
機先制圧が辛辣だ。反抗してもいいことはないが、あまり弱そうに見えてもだめだ。
それが事業家だから。
「尊敬するルイビ教祖様。お話中、どうしても気になることがあり、質問せずにはいられませんでした。私の知る限りでは、サファイア教祖様も一緒にダンジョンに入られたかと思うのですが、違いますか?」
ルイビ教祖の目が若干泳いだのを見逃さなかった。
すぐに信仰心で偽装した声が返ってきた。
「そのとおりです。3人でダンジョンを攻略しました。」
「それでは、サファイア教祖様は今どこにいらっしゃるのですか?」
「病室にいらっしゃいます。重傷を負って現在は治療所で治療魔法を受けています。明日には元気な姿で退院するとのことです。」
インモラルは心の中で笑った。
ルイビ教祖はひどい嘘をついていた。
サファイア教祖は瀕死状態となって生死の境をさまよっていたはずだった。
初めからルイビ、サファイア、エメラルド、3教祖より気が狂った人物たちだ。
強力なダンジョンを3人だけで攻略することにしておいて、お互いが裏切り合うというエピソードはゲームユーザーの間でも有名だった。
NPCの性格があまりにも利己的なのではないかと抗議するほどだった。
現実社会であればもっとやっていただろうという会社側の回答が実に見苦しかった。
とにかくサファイア教主が回復するのには一週間はかかるだろうし、その間にルイビ教主が実権を掌握するだろう。
(問題はあの女教主の性向だ。)
人物自体としては経済、国防、文化まで適当に育てる能力となり、投資もする。
しかし、アカデミーにはあまり関心がなかった。
「疑問が解けたようなので、今度は私が質問します。インモラル校長。」
女教主が睨んでいた。
分かりました、そう答える前に女教主が聞いてきた。
「校長のあなたも最近、ダンジョンが強くなるのを感じたはずです。アンビションアカデミーにできた不祥事もそのような脈絡ですから。あなたの無能さだけを責めることもできません。」
少し危険な状況だった。
女教主は他の教祖がやられたことをダンジョンのせいにし、おまけとして皆の前でけなす対象を探していた。
インモラルはそれが自分だということに気づいた。
相手のガスライティングが始まる前に曲げなければならなかった。
「おっしゃる通りです。ダンジョンは日々強くなっています。今回のダンジョンを選び間違えたペケも、その責任を負ってアカデミーを去りました。」
ガスライティングを避ける方法は2つある。
対抗するか、敵対者である他の対象に矛先を向けるか。
「インモラル校長。他の対象のせいにしないでください。結局責任はあなたにあります。」
インモラルはかすかに笑った。その後、落ち着いて口を開いた。
「教祖様もダンジョンに入って来られたのですから、ご存じではないでしょうか?ダンジョンで起きた突然の危険な状況からルイビ教祖だけが生き残ったとして、 ルイビ教祖だけの過ちではありませんよね?」
ルイビ教祖はぎくりとした。
インモラルはルイビ教祖が言葉を選ぶ隙を与えなかった。
「もちろん、ルイビ教祖様は三教祖様の中でも特に責任感があり、重大な重みを感じていると思います。これは私も同じです。」
ルイビ教祖を持ち上げてやった。
この議会を率いるべき人はまさにルイビ教祖だという風に。
これが効いたようだ。
ルイビ教祖の話し方は一段とよくなっていた。
「では、インモラル校長はどんな重さに耐えているのだ?」
議会の席に座っている全員が頭を上げてインモラルのいる方向を見た。
ここでアカデミーの学生にしっかりと教育しなければならないという責任感。
アダマント国家のためにアカデミーが献身しなければならないという責任感。
そんな話はする必要がなかった。
やっていたガスライティング。ライターをシュッとつけて燃やした対象を最後まで燃やしてしまえばいい。
「秘書であり教授だったペケがアカデミーをかけて決闘を申請してきました。結局、私はここにいます。経営債の頭にあるということ。それが私が背負った重さであり、それはここにいる皆が知っているはずです。」
議員に出席した全員が宗教家兼商人や工場主だ。
それも100人全員が一つの集団の頭である人々だ。
議会内に出席した100人は、うなずいたり独り言を言ったりして、インモラルの意見に同意した。
インモラルはこの時を逃さなかった。
「アダマントを代表していた教祖は、現在一人しかいません。ルイビ教祖様。このインモラルが率いるアンビションアカデミーは、ルイビ教祖様の知恵に従う準備ができています。」
ルイビ教祖は、ある面ではまっすぐでありながらも出世欲が非常に強かった。
これはインモラルだけが知っている事実だったが、議会内で行列がこれ見よがしに起きると、他の人々も先を争って真似をし始めた。
「その通りです。私たちルイビ教徒はこれからもルイビ教主に従う準備がいつでもできています!」
「サファイア教徒である私たちも、教祖様が回復されるまでルイビ教祖様の知恵をお借りします!」
「エメラルド教徒の私たちも同じように、新しい教祖が出てくるまで知恵をお借りしたいです!」
さすがみんな事業家だ。
反対に、議会の中央に立っている女教主の口元がぴくぴくと上がるのが見えた。
女教主は議会の雰囲気を静めながら言った。
「私の知恵はもっぱらアダマント市民のものです。皆さんの負担を減らせるよう、アダマント都市の一番前で一番大きな苦痛を背負います。」
女教主は慈しみ深く後の言葉を付け加えた。
「アンビション校長。あなたの苦痛を一番先に減らしてあげます。」
一番先に並んだ者に与える褒賞のようなものだ。 一種の見本だった。
そのとき、インモラルの頭の中でアラームが鳴った。
-イベント補償
[ルイビトン女教主を支援する]
限定イベントに参加し、ルイビトン教祖の好感を得ました。 ルイビトン教祖は見る目を意識して小さなご褒美を与えるつもりです。
*ルイビトンの小さな褒賞: 金銭的または物質的事例は期待できません。 しかし、女教主のティータイムに参加することができます。または、ティータイムを開いて招待することもできます。
運に恵まれていた。
政事どおりであれば、女教主は市場の流れを経済、国防、文化の順に変えていく。
もしかすると今回の件でアカデミーがその中に入る可能性もあった。
市場の流れを把握しようとしてきたが、最初から足を踏み入れたも同然だった。
インモラルは学生をどのように誘致するべきか、完全に思いついた。
同時にどんな方法で女教主の心をつかむかも決めた。
(ティータイム?ルイビトン教祖。あなたはお茶が好きな訳ではない。 ティータイムに一緒に歌う「あれ」が好きなんだ。よし、そのうちいい気分にさせてやろうじゃないか。)
インモラルはルイビトン教祖が密かに楽しむ趣味を知っていた。
インモラルはその後、厳粛な葬儀を終えて議会を出た。
日が暮れる午後だった。
インモラルは葬式が終わる直前、女教主に話しておいた。
9日後、ティータイムのためにアカデミーを訪問してほしいと。
その一方で、アカデミーにどの学生を誘致するか見当もついている状態だった。