第16話
3階を突破しなければ進入できない休憩の階。
別名「3.5階」とも呼ばれる場所には小さな滝があった。
アランパーティーが3階のボスを始末して滝の近くへと進入した時だった。
アデルパーティーは傾斜が緩やかなところに先に到着し、休んでいた。
「予想より5時間も早く来たわね。」
アデルはアランパーティーを心から称賛した。
2つのパーティーは遭遇したモンスターの情報を共有した。
そして、一緒にキャンプの準備に入った。
休憩の階はモンスターの鳴き声が聞こえないところだ。
二つのパーティーが時間が経つほどゆったりとした雰囲気になるのは当然のことだった。
夜はすぐやってきた。
両パーティーはたき火も設置し、キャンプの準備を終えた。
夕食はインモラルがすでに作っておいた。
インモラルは2つのパーティーに必要な食事をダンジョンの外から選んでおいた。
入口近くで待っていたインモラルは、アデルが3.5階にダンジョン移動装置を設置するとそのままキャンプ場に来ることができた。
「ゆっくり食べてください。」
インモラルは必要以上に食べ物に気を使っていた。
明日から再びダンジョンを突破するにはエネルギー補充が必須だった。
おかげで生徒たちの表情は笑顔に変わった。
夜のすっきりとした空気と涼しい滝の音。
そして、おいしい香りが漂う食べ物まで。
皆が集まったキャンプ場の雰囲気はこの上なく良かった。
インモラルも表向きは楽しい表情をした。
しかし、実は一つ悩みがあった。
これにたった一人だけが気づいた。
アデルは焚き火の中に一人で座っているインモラルに近づいた。
「ここだけ不安そうなオーラが漂っている。何か悩みでも?」
「うーん···。アデルはどう思う。ついて来れる弟子にはもっと厳しい試練を与えろという、昔の言葉を。」
アデルはその言葉の意味をなんとなくと理解していた。
優れた剣を作る過程では何度も叩く。
人も同じだった。
才能のある者には、一部でより大きな苦難を与えなければならない。
そうしてこそ優秀な剣になる。
「アランパーティーを絶壁に追い込むの?」
アデルはたき火の音よりも小さな声で聞いてきた。
「きっとついてくる生徒はいるだろう。しかし、誰かが脱落するかもしれない。」
その言葉は正確には普通に行くという意味だった。
インモラルは断念していた。
アランパーティーは明らかに丈夫になっている。しかし、うぬぼれてはいけない。あまり叩くと折れてしまうこともある。
「そうか。アランが一番物足りなそうね。見たところ彼は目標が高いようだし。そのためには今必要なのは絶壁ってことね。」
生徒の心理をそれなりに把握しているのを見ると、アデルもいつの間にか教授の力量がついたようだった。
インモラルは表情を変えて言った。
「アランは3階でボスモンスターを倒す時はなんの活躍もできなかった。 成功も絶壁も、準備ができた人にだけ行くじゃないか。」
「ええっと…つまり?」
「アランは絶壁を受け入れる能力をまだ備えていない。じっとしている者は誰も高くへはいけない。」
「意外とルイビトンより厳しいのね。」
インモラルとアデルが真剣な話をしている間、生徒たちはそれぞれ数人ずつでかたまりながら休息を取った。
インモラルはそんな生徒たちを見て冷たく言葉を吐いた。
「どうせ生徒たちは道具だ。学校の名声を高めるための。その過程で不要な逆境を生徒たちに与えるつもりはない。」
アデルはあざ笑った。
「そんな声で言ってみたところで、愛着があるとしか思えないが?」
「…うるさい。」
「私の勘なんだけど。もしアランがあなたの一番弟子に入ったら、きっと強くなるわ。」
今度はインモラルがあざ笑った。
「それなら最初から強くなければならない。私の一番弟子になれば、ゴブリンでも強くなる。」
「はあ。無情にもほどがある。久しぶりに今夜神様に祈ろうか。アランに機会が訪れることを。まだ見せる機会は残っているんじゃない?」
インモラルはそこだけは同意した。
9階まで行くにはまだまだ遠い。
そんなことはないだろうが、平凡な生徒でも驚くべき行動を見せれば一番弟子に入れるつもりだった。
この世界は知っているゲーム情報そのままの流れではない。
アデルが突然夜に訪ねてきた時のように、少し変化が起きることもある。
(そんな不特定要素も勘案しなければならない。)
つまり成長という可能性は皆にあるのだ。
今回のダンジョン探査で芽生えた生徒が開花してほしい。
インモラルは立ち上がった。
腰を伸ばしたインモラルは、準備してきたポーションの山をアデルに渡した。
「アランパーティーにも配ってくれ。私は先に寝る。」
夜の空気には薪の焦げ臭いにおいが混じっていた。
インモラルは大きく息を吸った。そして寝所に向かって歩いた。
滝の音に遮られた静かな足取りだった。
翌日。
血鉱山の4階。
アランパーティーは十分な睡眠をとり、次の階に到着した。
4階の鉱山内部は前回より幅が広かった。
多数のモンスターが登場するのに最適な環境だ。
集団を成したモンスターはたいていワーム、ゴブリン、コウモリだった。
アランパーティーが4階を前進していると、徐々に集団を成したモンスターたちが姿を現した。
最初に出くわした相手は12匹ものワームだった。
ワームたちは地中に隠れていたが、足音の振動を聞いて襲ってきた。
アランパーティーはモンスターの数が多くなったにもかかわらず、落ち着いていた。
戦士の前衛組。魔法使いの後衛組。
パーティーの中で職として分離された2つの組は、自分がいつ出るべきか正確に把握していた。
さらに今ではアランの指揮が省略されていた。
3階で出会ったボスとの経験を一般モンスターに適用したのだ。
アランは前でどんなモンスターが何匹来るかだけ伝えた。
ひゅっひゅっ。
全員が一心同体で動いた。
12匹のワームが無意味な攻撃を試みて血まみれになった死体に変わるのは、あっという間だった。
アランパーティーは簡単に4階の端にたどり着いた。
今度は30匹ものゴブリンの群れが現れた。
初めてパーティーメンバーよりも敵の頭数が多かった。
戦闘はかなり長くなった。
ゴブリンはラージワームとレベルは同じだが、知性があり、道具が使えてグループを分けることもできた。
ゴブリンもまた前衛組と後衛組に区分して戦闘するのだ。
ゴブリン前衛組は剣を振り回し、ゴブリン後衛組は弓を射った。
初めてアランパーティー全体が被害を受けた。
しかし、それさえも軽い水準だった。
前衛組の体力は20%、後衛組はわずか10%しか落ちていない。
戦闘が続くほど優位を占める側はアランパーティーだった。
最後は完全に一方的だった。
アランパーティーはゴブリンをあざ笑うかのようだった。
20分も続いた戦闘は、軽くアランパーティーの勝利で終わった。
アランはすぐにフォローアップした。
昨夜配給されたポーションをパーティーメンバーに適切に分け、落ちていた体力を余すところなく回復した。
コンディションまですぐに補充し、いつでも次の階に行ける状態になった。
中の状況をダンジョンの外から見守る記録官は喜びに陥った。
(このまま行けば本当に上位圏にあるアカデミーに匹敵するかもしれない!)
記録館は目を輝かせた。
自分が引き受けた最下位アカデミーが一気に順位圏に上がるなんて、胸がいっぱいになることだった。
「はぁっ!はぁっ!頑張って、アランパーティー!」
記録官の目が変態のように赤くなった。
隣にいるインモラルは記録官を見てため息をついた。
記録官が情けないせいもあったが、他の理由もあった。
それはアランだった。
3階まではそれなりの活躍を見せていたアランだ。
しかし、今はパーティーの部品に過ぎなかった。
敵をあらかじめ探索し、魔法を使ってポーションを配給するのが全てだった。
もちろん、これも大変立派なことだ。
集団というのは部品がかみ合ってこそ効率が上がるものだから。
ただ、インモラルはアランに少しの期待を抱いていた。
言わば錐のように。
どこに置いても飛び出して頭角を現すことを願っていた。
人より魔法を使ってもより強く 一発を狙ってもより正確に。
誰よりも致命的な攻撃を敵に。
ボスモンスターを殺してからだった。
アランパーティーの生徒たちはあらゆる面でアランよりも急速に成長していた。
特に金髪のジェニー。
普段生意気だったジェニーは、モンスターを相手にするたびに状況に合った魔法を一番先に使った。
判断力が目覚ましく成長したのだ。
魔法にも要領を得たのか、詠唱速度もタイミングに合わせて調節する。
ジェニーの魔法は攻撃であれ防御であれ、いつもパーティーの先頭に立っていた。
(後で役に立つ人はアランではなくジェニーになるかもしれない。)
インモラルはそんなことまで考えた。
そうしてふと昨夜のアデルの言葉が思い浮かんだ。
(アランに機会が訪れることを。まだ見せる機会は残っているんじゃない?)
インモラルは複雑な心境だった。
そのときだった。
いつの間にかアランパーティーが地下5階に下がる光景が目に入った。
(そういえば5階にはあれがいたんだっけ?)
インモラルは、血鉱山で発生する特異クエストを半分以上覚えていた。
血鉱山の5階は他の階と違って、入るやいなやネームドモンスターが出てくる。
ボスほど強くはない。ただ、物理攻撃が通じない。
モンスターの名はレース。ゴースト系であるためそれなりに殺しにくい。
5階で見られるレースは一種のバフクエストだった。
入口で突然登場するため大きな危機を与えるが、殺せば強いバフ効果を得ることができるようになる。
もちろん殺せなくても構わない。
5階まではずっとついて行き、階の難易度を一段階上げ次の階から自然に消えるためだ。
レースがいなくなると難易度も正常に回復する。
ペナルティーが大きくないクエストだった。
アランにチャンスがあるとすれば、今だった。
レースをいかにダメージなくきれいに捉えるかによって、アランの価値を改めて考えることができるだろう。
インモラルは教授の目でアランの歩みを追った。
まもなくアランパーティーは地下5階に到着した。
アランは5階に到着する瞬間まで頭の中が複雑だった。
昨夜偶然聞いた話がまだ耳に残っていた。
「アランは3階でなんの活躍もできなかった。」
インモラルとアデルの会話。
アランは思わずその話を聞いてしまっていた。
すべての会話を聞いたわけではなかった。
ただ歩く途中で聞いたのだ。
逃げるようにその場をあわてて抜け出した。
おそらく、その場にずっといたら自分が盗み聞きしていることに気づいただろう。
(校長先生はなぜそんなことを言ったのだろうか。)
校長が自分を憎んでいるとは思わなかった。
なぜなら今までたくさん配慮されてきたから。
(命も借り、居場所も用意してくれた。お父さん。いや、師匠にするにももったいないような方だ。)
アランはじっくり考えた。
(確かに3階で活躍できなかったのは事実だ。)
頭の中でつながる問いとそれに対する答え···。
これらは一つを指していた。
(もしかすると僕が使えそうな存在なのか、 注目しているのか?)
それなら「活躍」という言葉が出たのも不思議ではなかった。
(本当に僕に期待をしているのだろうか?)
アランはインモラルが深い人であることを知っていた。
そのため、むしろ自分の過大解釈が合う可能性があると分かった。
(あまりにも自分勝手な考えかもしれない。でも、僕もそのくらい校長先生の目に入る存在でありたい。)
溢れるほどもらったこの恩を返したい。
そのためには強くならなければならなかった。
アランは覚悟を決めた。
アランの手には自然と力がみなぎっていた。
(僕の長所を発揮してみる!)
アランパーティーは地下5階に入った。
みんながその場であたりを見回した。
地下5階は閑散としており、今にも死人が出てきそうな雰囲気だった。
「鬼でも飛び出てきそうね。」
パーティーのある女子生徒がそう言った。
皆が同意した。
周囲は静かで、死体の臭いを隠すために強い薬剤でも使ったかのようだった。
鼻がひりひりするほどだった。
アランパーティーがゆっくりと動き出そうとしていたそのとき。
スルスルッ。
一方通行だった地下通路から2メートルものモンスターが現れた。
常識的にはモンスターは前に現れるべきだ。
ところが、その姿を現した場所は前ではなく壁だった。
モンスターは硬い壁からスルスルと抜け出した。
まるで手で掴めないかのように。
アランパーティーのみんなが一気に分かった。
あのモンスターは尋常ではない。一般的なモンスターではないということを。




