第8話:誘拐少女と音沙汰のない元魔王様
「大丈夫かな……」
リィの不安そうな表情がぬぐえないまま捜索を続けていると、南の方角で魔法が打ち上るのが見えた。
その瞬間、何かを考えるより前に私の足は魔法が放たれたであろう場所に向かって走り出していた。
(リィ……! お願いだから無事でいて……)
おそらく魔法が放たれたであろう地点まで辿り着く。息もきれぎれになりながら一度落ち着いて辺りを見回すと何かが足元で太陽の光を反射していた。
屈みこんで手に取ってみると、土をかぶっていたが確かにリィがいつも身に着けているブローチだった。そして、ブローチが落ちていた先にはおそらくリーライムが引きずられたであろう地面の痕が残っていた。
「リィ……!」
地面に付いた痕を手掛かりに平原を北に北に進んでいくと、突然目の前では巨大な穴が口を開いていた。
垂直に伸びた穴を覗き込んでみると、底は全く見えず、かなりの深さがあることがわかる。しかし、ほかに進む道もないため意を決して飛び込んだ。
(意外と深い……‼ 無事でいられるかなこれ……)
狭い縦穴で着地体制を取ろうとしてもなかなか上手くいかず、穴の底が見えた時にはもう遅く、大きな音と共に背中から着地する。
背中を襲う激痛に抗いながら、何とか立ち上がって奥に見えている扉を開く。小さな四角い形の部屋には予想通り手錠で壁と手を繋がれているリィと魔法陣のようなものに閉じ込められたルディがいた。
「2人とも!」
「お姉さま……‼」
「どうして来た……」
「ルディが私たちの危ないところを助けられたのに、私がルディを助けないわけないでしょ!」
2人を助けようともたもたしていると、ロットイラが数人のグレイアルムを率いて扉から現れる。
「もう来ちゃった……」
「さて、上手に罠にかかってくれたようで何よりだ」
「罠……そうかもしれないけど、こっちには秘策があるんだよ!」
「そんなものありましたっけ……?」
「ハッタリはやめておけ。今の吾輩はこの魔法陣のせいか魔法が使えないんだ」
「そうだろうと思った! とりあえずそれ解くから待ってて!」
とりあえず炎魔法でリーライムの手錠を壊した後、ルディを取り囲む魔法陣にためらいもなく侵入しルディを抱え上げて魔法陣から抜け出す。
「なっ……⁉」
「相も変わらず躊躇しないな……」
「それよりも……ルディ言ってたでしょ? リィは魔力の受け皿になりうるって」
「確かに言ったが……それがなんだって言うんだ」
「なら、魔力をリィに送ればリィが神級魔法を使えたりしない?」
「なるほど……一理ある。銀髪に魔力を流すくらいならできるはずだ」
「何をしようとしているかは知らないが無駄な抵抗はよした方がいい。無駄にあらがったところで君たちがここで死ぬことに変わりはない」
そんなロットイラの言葉は私たちの耳には全く届かずに準備を始めていた。リィの左手を私が右手をルディが握って、魔力をリィへと集める。
私たちの不可解な動きを不審に思いつつもロットイラはこちらに向かって近づいてくる。グレイアルムもそれに続くように前進をつづけた。
「くっ……流石に厳しいか……」
「私が戦ってる間にルディ1人で大丈夫?」
「任せておけ、頼んだぞ」
「うん!」
「お姉さま、頑張ってください!」
「まっかせて! 上級炎魔法‼」
リィを攻撃をしようとするグレイアルムの頭上を狙って魔法を放つ。天井が少しだけ崩れて岩がロットイラたちの進路を妨害する。
「よしっ……」
「破壊しろ」
「はっ!」
喜びもつかの間、グレイアルムはいとも簡単に岩を破壊し私たち目がけて魔法を放つ。流石に3人相手取るのを厳しいと思いながらもなんとか魔法を放つ。
「ねぇまだ⁉」
「あと少しだ……!」
「30秒も持たないよ!」
「それだけあれば十分だ!」
ルディリアがそう叫んだ瞬間、辺りに強風が吹き荒れる。ロットイラたちも驚いた様子で風の出どころを見てみれば、リィの手のひらにはとんでもない量の魔力が集まっていた。
「今だ!」
「はい! 神級地魔法‼」
「なんだとぉぉおおおお⁉」
ルディの全魔力を得たリィから放たれた魔法は洞窟の床から天井を覆うほどの大きさとなり、あっという間に私たちの鼻先より前の洞窟を完全に消滅させてしまった。
「流石に死んだだろ……」
「気配は消えましたが……」
その時、崩れた洞窟の中から茶色の水晶玉らしき物体が飛んでくる。実体を持たないそれはリーライムの体に入り込み消えていった。
「な、なんだったんだ今のは……⁉」
「リィの体に入っていったけど大丈夫⁉ 嫌な感じとかしない⁉」
「大丈夫です……それどころか力が溢れるような……?」
「大丈夫ならいいんだが……」
「心配だけど……早いところここから出なきゃ。いつ崩れるか分かったもんじゃないし」
「そうですね」
急いで縦穴の真下に出た途端、扉から先の洞窟は完全に崩落して無くなってしまった。頭上にぽっかりと空いた穴からは既に月が見え隠れしていた。
「どうやってこれを上るの……?」
「お前らはまだ手を使えば何とかなるだろ、吾輩の方がよっぽど問題だ」
「確かにそうですね、私たちが抱えて上っていくには高すぎますし……」
まさかの事態にどうしたものかと話し合っていると頭上の月光が少し暗くなった。何事かと見上げてみると見知った顔がこちらを除いていた。
「ガルアさん⁉ どうして⁉」
「お前たちに話さなくちゃいけないことがあるからよ、探しに来てみたんだが、どうしてそんなことになっちまったんだ……」
「お姉ちゃんたち! すぐに助けるからね!」
「少しだけ待っていてください! ロープを持ってきます!」
しばらくしてガルアさんは丈夫な太いロープを持って戻ってきた。ガルアさんは1人ずつ慎重に縦穴から救出していってくれた。
「助かった。感謝する」
「助かりました。ミーアちゃんもありがとう」
「本当だよ! ありがとうねミーアちゃん!」
私たちが口々にお礼を言っても、なぜかガルアさんとミーアちゃんの顔は暗いままだった。
「それで、どうして吾輩たちを追いかけてきたんだ?」
「これを街中で見たんだ……」
ガルアさんは1枚のチラシをリィに手渡す。のぞき込むと、そこには『国家転覆罪を企てた大犯罪者を捕まえろ!』という大きな見出しと共に私たちの顔写真が載っていた。もちろん、その下には目玉が飛び出そうな額の褒賞金も書かれていた。
「なっ……」
「1度目にロットイラが逃げたときにやられたか……」
「当たり前だがこの話は酒場で広まっちまって……俺が連れてったばかりに……」
「そんな言い方しないでください。お願いしたのは私たちなんですから」
「だから、お姉ちゃんたち! アルミドには近寄らない方がいいよ!」
「そっか……教えてくれてありがとうね!」
「うん!」
「俺の予測だが、このチラシはもう各国の都市に貼られている。他の国に行くときも気を付けてくれ……」
「分かった。重ね重ね感謝する」
「あとこれを。テントだ。これから野宿が多くなるだろうから、使ってくれ」
「どうしてここまで親切にしてくれるの?」
「『どうして』とは愚問だな。それはお前たちのおかげで俺が最上の宝を2度も失うことにならずに済んだからだ!」
「そっか!」
そうして、元気に送り出してくれたガルアさん、ミーアちゃんと別れて東のケミシラへと進み始める。
魔女の怒りと呼ばれる大穴を横目に完全に干上がったケミラル河をしばらく進む。太陽が再び上り始めるころ、水国一の町ケミシラの門前に立つ。
「どうして入ろうとしてるの? ガルアさんの話忘れちゃったの?」
「忘れるわけないだろう。だが、ここのスムスドン国立図書館に用があってな」
「ドラン家の管理する図書館でしたか、リウクスの知識という知識が全て集まっているとか……」
「あぁ、お前の体に取り込まれた水晶玉みたいなものを調べたい」
「なるほど。確かにそこなら調べられそうだけど……」
「なんじゃ、旅の者など珍しいの」
次回は4月20日(土)です。