第7話:混乱少女と連れ去られた元魔王様
「よし、寝てるな」
「あのお方が連れてこいと言っていたのはあの虎のはずだ。女2人はまた後にして今はこいつを運ぶぞ!」
リーライムとラッセムが寝てから数時間もしないうちに男2人がリーライムたちの部屋に忍び込んだ。周りを一瞥すると気絶したように眠るルディリアを抱えて部屋を後にする。
2人組は完全に夜が更けた旧地国エリアを猛スピードで進んでいく。彼らが辿り着いたのは旧地国エリアと旧水国エリアに跨っているクスロ平原だった。
平原の入り口の近くにはひときわ大きな男と数人の人物が立っていた。
「連れてきました!」
「あぁ、ご苦労」
「それじゃあ、報酬を……」
「そんなものだれがお前たちのような者に払うと? やれ」
『はっ』
状況が呑み込めていない2人組に向けて男たちは容赦なく魔法を放つ。2人組は声を上げる間もなく、魔法の餌食となり塵となった。
「さぁ……こいつをどうしてやろうか……」
「お言葉ですがここで殺してしまっては勿体ないかと……」
「ふむ……そうするとしよう」
* * *
太陽が昇り始めたころ、朝日が部屋に差し込み目が覚める。体を起こし、周りをぐるっと見回すと部屋の中央に彼女の姿が見当たらない。
「ルディリア⁉ お姉さま! お姉さま! 起きてください!」
「う……おはよー、リィ? どうしたの慌てて」
「ルディリアがいなくなりました!」
「え⁉ どういうこと⁉」
さっきまで寝ぼけ眼だったお姉さまは飛び上がって部屋の中、隣、窓から外を見る。しかし、そのどれも意味をなさずに再びベッドに座り込む。
「朝起きたらいなくなって……」
「もしかしたら宿屋の人なら知ってるかも!」
急いで支度をして部屋を飛び出し、昨晩会った宿屋の主を探す。しかし、宿には私たち以外の気配はなくどの部屋も静まり返っていた。
「どうして誰も……」
「分からないけど……どうせロットイラの仕業でしょ! 急いで探さなきゃ!」
「とはいってもどこに……?」
「情報収集……アルミドに戻ってみよう。あそこなら人がいっぱいいるはずだし!」
「そうですね、急いで向かってみましょう!」
まだまだ外も薄暗い中、お姉さまを先頭にアルミドに向かって走り出した。私たちを通り抜けていく風は冷たく、そろそろ訪れる寒期の知らせを感じさせた。
かなり急いだのもあって、アルミドに辿り着いたのはまだ太陽が姿を現したころだった。そんな朝早い時間なのにも関わらず、アルミドは下級国民最大の町の名に相応しく人であふれていた。
「とはいっても手あたり次第に聞いていくわけにはいかないですよね……」
「そうだね。どうしたものか……」
「あ! 魔法のお姉ちゃん!」
「その声は……!」
声のする方ではベンチに座っているミーアちゃんが私たちに向けて大きく手を振っていた。その隣ではガルアさんも同じように手を振っていた。
「2人とも元気そうでよかった!」
「あぁ、お前たちのおかげでこうしてミーアと問題なく暮らせてる。改めて本当にありがとう」
「ありがとう!」
「どういたしまして!」
私たちの姿を見たミーアちゃんは不思議そうに辺りを見回した後、お姉さまの顔を見なおす。
「あれ、スライムさんは? 別行動なの?」
「えっとね……ルディリア、スライムさんはどこかにいっちゃってね……」
「なので情報収集をしたいと思ってここに来たのですが……」
「なるほどな、それなら俺の行きつけの酒場に案内してやろう。ただ、ミーアをあまり連れて行きたくないから少しだけ待ってくれ」
「分かった!」
ガルアさんはそう言って2ブロック先の細い路地に入っていき、2枚の布を片手に1人で再び私たちの前に現れた。
「それじゃあ行くぞ!」
「助かります」
「この前の礼だ!」
「それで酒場ってどんなところなの?」
「そうだな、確かラカルイアの言い方だと冒険者協会っていうんだっけか? 冒険者たちが依頼を受けたり、情報を交換したりする場所だ」
「あ! 完全にその存在を忘れてました……」
「だね、というか場所さえ教えてくれれば私たちだけで行けるよ?」
「そうですよ。今からでもミーアちゃんのところに戻ってあげて……」
「ただ俺が案内したいだけもあるんだが、あそこは部外者にとって危険な場所だ、とくにラカルイアの人間なんて尚更な」
「ひぇっ……」
「だからこれを顔に巻いておくんだな。あまり綺麗じゃなくてすまないが、無いよりはましだろう」
「なるほど……」
ガルアさんから受け取った布を顔に巻くと、途端に周りからの視線が減った。それを確認したガルアさんはアルミドを縦断する大通りを進んでいった。
しばらく大通りを進んでいくとひときわ大きな建物が姿を現した。特にその周りは多くの人でにぎわっており、ここが町の中心的存在であることが一目で伝わった。
「よう、マスターはいるか?」
「もちろん。いつものところにいるよ」
「あんがとよ」
ガルアさんは一口近くの店員にそう聞くと狭い通路を進んでいった。
酒場というだけあって店の中は筋骨隆々の男たちで溢れかえっており、酒とたばこの匂い、喧嘩や怒号が飛び交っていた。
「大丈夫か? 流石にお前たちをここに連れてくるのは間違いだったか?」
「いえ……なんとか……」
「私はもうだめかも……」
「お姉さま! しっかりしてください!」
「マスター! 今日は客2人連れてきたぞ!」
ガルアさんはカウンター席に座って奥の厨房にそう声をかけた。奥からはただでさえ大き目なガルアさんよりも大きな体と筋肉、大剣を持った男が現れた。
「女を連れてくるだなんて、遂に神経が狂っちまったのか?」
「うるせぇ。俺は人助けのために来たんだ」
「ほう?」
「ガルアさんを責めないでください。私たちが情報が欲しくて彼にここまで連れてきてもらったんです」
「そうか……それで何を聞きたい?」
「えっと、これくらいの大きさの真っ黒な虎を見かけなかった?」
「虎? スライムじゃないのか?」
「まぁ、いろいろあってね」
「虎か……」
酒場のマスター、スーソウさんは顎ひげをなでるようにして首をかしげて考えていた。しばらくして大きく息を吸い込んで酒場全体に聞こえるように叫んだ。
「野郎ども! 黒い虎に見覚えのあるやるはいるか!」
さっきまで至る所から煩い音が立っていた酒場は、スーソウさんの声で途端に静かになり互い互いに顔を見合わせていた。
しばらくしないうちに、少し離れたれーぶる席に座っていた1人の男が手を挙げた。
「昨日の晩にウァロのやつが何やら虎を盗む依頼を受けたって言ってました!」
「ウァロのやつはどこだ!」
「そういえば来てないっすね」
「確かに……」
「どこに行ったかさえわかれば……」
「どこに行ったか分かるか!」
「確かクスロ平原だったかと!」
「よし、受け取れ!」
情報を挙げた男めがけてスーソウはお金の入った袋を投げつける。金を受け取った男は浮足立った様子でそのまま店を出て行った。
「と、いうわけだそうだ。行くなら気を付けていくんだな」
「どうしてここまで親切にして……」
「旅は道連れ世は情けってことだ。俺が困ったときは助けてくれよ! がっはっは!」
「よし、それじゃあ気を付けて行けよ!」
「うん、ありがとう!」
「ありがとうございました!」
そうして酒場で得た情報を基にクスロ平原を目指して歩きだす。辺りはすっかり明るくなっていたが、ルディリアがいないことで喧嘩を売ってくる魔物が多く辿り着くころには、太陽は傾き始めていた。
「大丈夫かな……」
「ルディリアのことなので大丈夫だろうと思いますが。ロットイラが相手なのだとしたらあまり楽観視はできないですね……」
「だね。なるべく急ごう!」
しばらくして、今はもう朽ちてしまったかつて地国と水国を分けていた塀と共に平原が姿を現す。平原内に建物らしき遺跡などはなく、ただただ広い荒野が広がっていた。
「何もなくない……?」
「もしかしたら洞窟なんかがあるのでは……?」
「それしかないか、探そう! って言っても広すぎるよ!」
「嘆いても仕方ありません。幸いなことにクスロ平原に魔物が湧くことはないそうなので2手に分かれてぐるっと1周しましょう」
「でも、途中でグレイアルムたちに襲われたらどうするの?」
「その場合は空に向かって魔法を放ちましょう。こちらも幸いなことに高い建物がないので見やすいと思います」
「……わかった。でも、十分気を付けてね!」
「はい!」
不安そうにしていたのが伝わったのかお姉さまは私をそっと抱きしめて進んでいった。少しだけ気持ちも落ち着いた後、お姉さまとは反対方向に進みだした。
次回は4月14日(日)です。