第6話:魔法少女と少しだけ力の戻った元魔王様
突き出した右手から放たれた神級地魔法は戸の鍵穴までまっすぐと進みそのまま扉に衝突した。
おそらく魔法が鍵穴に何らかの形で作用するはずだった。しかし、目の前では扉が木っ端みじんに砕けており、正攻法でないことは明らかだった。
「や……やった! やった! 大成功!」
「開いたというよりかは壊したという方が正しそうですが……」
「まぁいいんだよ! それよりも私の言った通り、リィは神級魔法を放つ素質があるんだよ!」
「本当に私は王級なんですね……」
「って、感心してる場合じゃない! 急いでルディの力を解放してあげなきゃ!」
「すっかり忘れてました!」
私たちは開かれた、壊された扉を通って部屋の中に入る。さっきまでのきれいな通路とは違って、今にも崩れ落ちそうな部屋は実際に旧暦からあったものだということを伝えていた。
「あれじゃない⁉」
「水晶玉……? にしては黒いような……」
お姉さまが指さす方、部屋の中央には何層にも重なった魔法陣と真っ黒な水晶玉が浮かんでいた。
「お姉さま⁉ 危ないですよ!」
お姉さまは私の忠告などそっちのけで明らかに怪しそうな魔法陣をずかずかと進んでいった。
そのまま特に問題なくお姉さまは水晶玉を手に取って水晶玉を見つめる。
「だ、大丈夫なんですか?」
「特に問題なし!」
「それならよいのですが……ぴやっ⁉」
「うわっ⁉」
お姉さまが魔法陣から出てきた瞬間、水晶玉がにひびが入り隙間から紫の光が放たれた。ひびはさらに深くなり遂に水晶玉は粉々に砕けた。
割れた水晶玉の中からは黒色の煙が溢れ出し、紫色の光と共に一か所に集まったかと思えば私たちが来た道を猛スピードで進んでいった。
「何が起こって……」
「もしかしてルディの所に戻ったんじゃない⁉」
「確認しに行きましょう!」
* * *
「まさかこの黒い光は……⁉」
「金髪に銀髪……ちゃんと仕事したみたいだな」
「どうして彼女たちがあの封印を⁉ いえ、慌てる時ではない……今すぐにそのスライムを殺せ!」
『はっ‼』
ロットイラの指示で目の前のグレイアルムが動き出す。だが、吾輩が動じることはない。既に吾輩の力はすぐそこまで来ているのだから。
紫色の光と黒色の煙は吾輩の体を包みこむ。その瞬間、体の中で止まりかけていた魔力が勢いよく流れていくのを感じる。
「馬鹿な……」
「終わりだ、神級闇魔法‼」
「ちっ……一時撤退だ、移動魔法‼」
* * *
「はぁはぁ……ルディ! だいじょ……うぶ……?」
「あぁ、助かった。どうした、そんな目を丸くして」
「す、姿が……!」
「あぁ、吾輩の変身後の姿の一つが戻ったんだ」
「虎……ですか、また強そうですね」
目の前でルディリアの声を発していたのは真っ黒なスライムではなく、真っ黒な虎だった。頭の角や背中の翼、の付け根は変わらないが魔力量がとんでもなく増えていることを肌で感じた。
「神級闇魔法も攻撃として使えるようになった。つまり、これからはお前たちを隠す手段として使えないってことだがな」
「やっぱり! 変だと思ってたんだよね!」
「というと?」
「だって神級魔法なのに相手にも私たちにもダメージが入らないなんてってさ」
「相変わらず観察眼だけは褒めてやる」
「だけってどういうこと⁉」
「それはそうと、ロットイラやグレイアルムはどこに?」
ようやく息も落ち着いてきたので、ぐるっと辺りを見回してみると私たち以外には誰もおらず、地面に戦闘の痕だけが残っていた。
「逃げられた。流石に吾輩の力が戻ったのを危険視したんだろう」
「まぁそりゃそうだよね。スライムと虎じゃ話が違うよ」
「多分そこじゃないと思いますが……まぁ、良かったです」
「それはそうとお前たちは何をやったんだ? ロットイラが顔をぐちゃぐちゃにして焦ってたってことは相当なことやったんだろ?」
「そうそう! リィが神級地魔法を使ったんだよ! 力がとんでもなくて、巨大な扉を丸ごと破壊しちゃったの!」
「は……? 神級魔法? あ、いや。確かこいつは王級なんだったか? とはいえ訓練も無しに使えるわけ……」
「もう1回見せてよ!」
「いいですよ! 神級地魔法‼」
しかし、手元から魔法が放たれることはなく、辺りを乾いた風が通り過ぎて行った。自信満々にやった分、顔が熱くなりその場でしゃがみこんだ。
「ど……どうして……」
「よく分からないが、おそらく古の地龍の力を受けたんだろ。見てはいないが、遺跡の奥は相当古い時代のものだったんだろ?」
「うん。よく分かったね」
「つまり、お前はその力の器となりうるがお前自身にその魔力は備わっていない」
「それじゃあ、魔法を教えてください! 自分で戦えるようになって2人の役に立ちたいです!」
「ならまずは杖を手に入れなきゃだね、アルミドに売ってるかな?」
「待て、アルミドに杖なんかが売ってると思ったか?」
「そっか。大きな町だったから売ってると思ってた」
「そもそも魔法を使える人がいませんからね」
「そういうことだ。というわけで欲しいなら作るしかない。まずはその辺で木の枝を集めてこい」
「分かりました!」
意気揚々と素材探しに行こうとしたが、お姉さまの様子が変なことに気が付いた。下を向いた顔は暗く、普段のお姉さまの楽しげな様子は微塵も感じられなかった。
何か声をかけようとするが、それに気が付いたルディリアに止められてしまった。しょうがないので大人しく枝を集めに行くことにした。
「おい、金髪大丈夫か?」
「あ、うん……」
「どうした?」
「やっぱり、リィは戦わなきゃなんだなって……」
「まぁな。あの才能を放っておくのは吾輩にはできない。しかも、銀髪自身がやる気だしな」
「だよね……ごめん! 余計なこと言って! それで、私は何すればいい⁉」
「それじゃあお前にはこれを集めてきてほしい」
「石?」
「正確には魔石だ。お前の杖にも使われているだろう?」
「あ、これっておしゃれじゃないんだ!」
「まさかそこからとは……吾輩も一緒に探しに行くしかないか……」
しばらく素材を探し続けて、月が完全に登りきるころ。私たちは各々持ち寄った素材を持って旧地国エリア西のクミルの宿屋に向かった。
「それで、この素材たちをどうするの?」
「すっかり忘れていたが釜が必要だな……」
「釜ってあの料理に使うような?」
「いや、それの数倍大きい釜、いわゆる錬金釜ってやつだ。そんなもの……」
「こんな話を聞いたことがあります。旧水国には大魔導士の残した錬金釜があると」
「それ知ってる! あれだよね、『天神の旅路』! 読んだことある!」
「なんだそれは?」
「えっとね、過去にリウクス地方を救った英雄、天神『サカルリパライニカタ・ルサソレーナ』様の実話をもとにした童話なの!」
「お姉さまの言った通り実話のため勉強になります」
「そんなものがあるんだな」
「それでリィが言ってるのは、仲間の大魔導士『サリ・ドラン』の隠れ家のことだよね!」
「その通りです。ただ大昔の話なので残っているかはわかりませんが、何も手掛かりがないよりはいくらかマシかと」
「よし、なら朝一にそこに向かうとするか」
「分かった! おやすみ!」
「相変わらずだな……」
「おやすみなさい。ルディリアも少しは休んでくださいね」
「言われなくても休んでいる」
部屋の真ん中で何かしているルディリアを見ながら、私たちは安心して眠りについた。
次回は4月13日(土)です。