第4話:無知少女と呆れてしまう元魔王様
私たちが宿屋についてからおそらく数時間も経たないころ、部屋に差し込んできた太陽の光と共に目が覚める。
まだ寝ぼけている頭のまま辺りを見回すと部屋の真ん中にある椅子にルディリアが座っているのが見える。
「ルディリア、おはようございます」
「もう起きたのか?」
「はい」
「もう少し寝ておけ。まだお前たちが寝始めてから5時間も経ってないぞ?」
「分かっています。ですが、いつもの癖なのでもう寝付けそうにはありません」
「そうか、それじゃあ金髪の奴を起こしてさっさと出発するか」
「難しい話ですね」
「は? どういうことだ?」
「お姉さまは7時間以上寝ないと起きてくれない人なので」
「お前たち本当に姉妹か……?」
「そんなものですよ。それはそうと、ルディリアに聞きたいことがあるんです」
「なんだ?」
「やっぱり納得がいかなくて……」
「何のことだ?」
「ルディリアにはお姉さま共々良くしてもらっているのにほとんど何も返せていないというか……」
「言っただろ、お前たちは吾輩の手足となって働いてくれればいいと」
「でもそれだけじゃ……」
「あぁー! こんなところじゃ長く寝れないよ!」
さっきまでぐっすりと眠っていたはずのラッセムがいきなり大声で文句を言いながらベッドから飛び上がった。
「寝れないって……お前、ぐっすり寝ていただろ!」
「えー? 全然そんな感じしないんだけど!」
「おはようございますお姉さま」
「おはようリィ。リィは大丈夫だった?」
「少し寝苦しかったですが、特に問題はなかったです」
「そっか。それでルディ、もう出発するの?」
「あぁ、なるべく早めの方がいい。ミーアの話だと、今日で彼女の父親が失踪してから2日目になるはずだ」
「そうですね。支度が済み次第、すぐに出発としましょう」
お姉さまの支度を手伝うだけ手伝ってなるべく急いでもらい、太陽がようやく全貌を現すような早朝のうちに私たちは宿屋を後にした。
昨晩はまだアルミドから聞こえてくる人々の声が聞こえていたが、今辺りに響いているのは風が辺りを抜けていく音だけだった。
「そういえばこんな時間なのに全然魔物がいないね」
「やっぱり魔王の存在が強いのでしょうか?」
「まぁ、それもあるだろうが。お前たちの身なりの方だろうな」
「身なり?」
「魔物もバカじゃなくてな、身なりが良い奴ほど強いことを知っているんだ」
「そんなにいい服でもないよ? 逃げる時に目立つ服だとまずいから結構汚いのを着てるつもりだったんだけど」
「私もそう思います……」
「そんなバカな話をしていると裸の山賊どもに襲われるぞ」
「うわぁ……」
「それは嫌だ……」
しばらく進むと遠くの方から小さな家が4件ほど建っている村が見えてきた。さっきまでいたアルミドとは違って、賑わっている様子どころか人の気配すら感じられないさびれた村だった。
「静かだね……」
「そりゃここまでラカルイアに近いとな。仕方のないことだ」
「どうしてここに寄ったの? 森ならここの少し先だよ?」
「飯だ。いらないのか?」
「いる! けど……そんなにお金持ってないんだよね……」
「お前が無駄遣いしたことが余計に悔やまれるな……それでいくらあるんだ?」
「えっと……125ケルと38ラミスだね」
「よし、金髪。それを銀髪に渡しておけ」
「え? わかった」
「どうして私に?」
「金髪だと不安だからだ」
「ちょっと⁉」
私たちはルッカの雑貨屋で3つの小さなパンを24ラミスで買って、食べ歩きながらルッカの森まで向かった。
すでに太陽は完全に昇り切り、辺りの気温は徐々に上がり始めていた。
「固い……」
「大人しく食え、文句を言うなら吾輩がもらう」
「食べる! 食べるから!」
「それにしても、このようなパンを8ラミスで売るなんて安すぎませんか……? ラカルイアで買えば軽く2ケルは越えてきますよ……? 経営の方は大丈夫なのでしょうか……」
「ラカルイアが高すぎるだけだ。ラカルイア外ではこんなもんだぞ。これでも下級国民的には高いくらいだ」
「100倍くらい!」
「125倍ですね」
「大体一緒! じゃなくて……私そんなこと全然知らなかった……」
「いや、少なくともお前たちはラカルイアの下層のことを考えているだけ十分マシだ。ラカルイアの上、中層に住んでいる奴は下層、その他の地域の事情を知らないのが普通だからな」
「でも知ってるだけでは……」
「言いたいことは分かるが、それよりも今は目の前のことに目を向けろ。ルッカの森に到着だ」
私たちはいつの間にか森の目の前まで来ていた。森は日差しが差し込みかなり明るくなっていて魔物たちの鳴き声が聞こえてきている、いわゆる普通の森であった。
しかし、そんな見た目とは裏腹に森の奥からはどうとも表せない嫌な空気が漂ってきていた。
「なんだか怖いです……」
「なんでだろう……鳥肌が立ってる……!」
「これは……吾輩の力だ……! この先で吾輩の力が封印されているはずだ!」
「ということはこの先が地の神殿ということでしょうか?」
「多分、地の神殿につながってるんじゃない? よし、そうと分かれば善は急げだ!」
「あくまでミーアちゃんのお父様の救出が先ですからね⁉」
「分かってるよ!」
「もちろんだ」
森の中に向かって走り出したお姉さまを先頭に少しずつ暗くなっていく森を進んでいく。進めば進むだけ辺りの気味悪さは強くなっていき、肌寒さすら感じるほどになってきていた。
「ねぇねぇ! あれって神殿じゃない⁉」
「神殿というよりかは遺跡だろう。まぁ、進行方向はこっちで正しそうだ」
「ま……待ってください! あれ‼」
私が指さす方向では遺跡の壁や辺りに散らばったがれきたちが宙に浮いて一か所に集まっていた。
それらは見る見るうちに形作られていき一匹の魔物となってこちらに襲い掛かってきた。
「地ノ人形だ‼」
「避けろ!」
ルディリアがそう叫びながら私とお姉さまを近くの茂みに突き飛ばした。
さっきまで私たちが元居た場所は地ノ人形の巨体から放たれた中級地魔法によって木々や地面もろとも消し飛んでいた。
「魔法が使えないリーライムを狙うとかサイテー! 上級炎魔法‼」
いつもの通りお姉さまは杖を地ノ人形に向けて上級炎魔法を飛ばす。
しかし、火球は地ノ人形の体にぶつかったかと思えば小さな音すら立てることもなく消えてしまった。
「お前、属性の弱点関係を知らないのか⁉」
「何それ!」
「なんでそういうところの知識が欠けてるんだ……神級闇魔法!」
ルディリアの魔法によって地ノ人形の体を漆黒の霧が包んだ。目をつぶされた地ノ人形は混乱しながらも辺りに適当に攻撃を加えていった。
地ノ人形の適当ながら辺りを破壊尽くしかねない暴走を避けながらルディリアは私たちを連れて近くの岩陰に隠れた。
「お前……戦いに慣れているとか言っておきながら弱点関係も知らないのか⁉」
「うん、私はこれしか使えないしね」
「はぁ……まぁいい。今言うから覚えておけ。『炎』は『鉄』に、『鉄』は『風』に、『風』は『水』に、『水』は『地』に、『地』は『炎』にそれぞれ強い。『天』と『闇』は全ての属性に強く、全ての属性に弱い」
「つまりお姉さまの攻撃は真逆ということですね」
「あぁ、効かないどころか弱点と逆の攻撃は相手を強化しかねないからしっかりと覚えておけ! 分かったか⁉」
「分かった!」
「でも、この後はどうしましょう……」
「さっきの遺跡が見えているな?」
「うん、あの門の形してるやつだよね?」
「さっきも言った通り、その門を潜った先の階段から吾輩の力を強く感じる。そこを目指すぞ。吾輩の合図で走り出せ」
「分かりました」
「でも……霧が晴れてきてるよ……!」
「くそっ……流石に今の吾輩の力ではこれが限界か……」
視力が戻った地ノ人形は辺りを怒り狂った様子を露わにしながら辺りを一心不乱に見まわす。
しばらくして3人に背を見せた瞬間、ルディリアの合図で私たちは目の前の壊れかけの遺跡を目指して走り出し、地ノ人形の攻撃が真後ろに来ているギリギリのところで遺跡に滑り込んだ。
「あっぶな‼」
「もう地ノ人形の拳が真後ろまで……‼」
地ノ人形は私たちが自分の入れない遺跡に入っていくのを見たからかそのまま何処かに帰っていった。
「引いていったか……」
「よし! それじゃあ出発!」
遺跡の見た目は壊れかけだったはずなのにもかかわらず、遺跡の中はかがり火が灯されていてある程度の明るさが保たれていた。
そのうえ、遺跡の外装や外が近い部分の内装に使われている石は苔むしていたが、現時点の周りの壁に使われている石は綺麗に切り出されたもので最近作られたことを物語っていた。
「意外と新しめなんだね」
「やはり、この辺りはラカルイア王国の手によって作られたものなのでしょう」
「入り口部分の古さはこの通路を隠すためのカモフラージュってところか」
「ってことは地の神殿があることは確定してよさそうだね。しっ……静かにして」
「どうかしましたか? も、もしかしてまた敵が⁉」
「ううん、声が聞こえる。おそらく成人男性くらいの」
私とルディリアも音を殺して遺跡内に響く音に耳を傾ける。確かにお姉さまの言う通り通路を風が通り抜けていく音の中に人の声らしき音が聞こえてきていた。
「ミーアのお父様では……」
「急ごう。想像以上に疲弊しきっているようだ」
ルディリアがそう言うや否やお姉さまは通路の奥に向かって全力疾走した。私も早く走れないルディリアを抱えて既に遠くなってしまったお姉さまの背中を追いかける。
「大丈夫⁉」
「君たちは……ごほっ、ごほっ!」
「かなり限界を迎えてるな。急いでここを離れるとしよう」
「この先に行けば自分の力が戻るかもしれないのに優しいんだね」
「何度も言わせるな。それに目の前で死なれても気分が悪いだけだ」
「そうですね。急ぎましょう」
お姉さまは目の前の男性、ミーアちゃんのお父様ガルアを抱えると一直線に通路を戻っていった。
外に出てみてもガルアの意識は戻らなかったので、彼を介抱するために私たちはルッカまで戻ることにした。
次回は4月6日(土)です。