第1話:逃亡少女とスライム?な元魔王様
聞きなれない馬の走行音と顔に当たる何か柔らかい感触で目が覚める。視線の先では真面目な顔と苦虫をかみつぶしたような顔のちょうど間のような表情のお姉さまが馬の手綱を握っていた。
「お姉さま……?」
「お、ようやく起きた?」
「お姉さま……ここは……?」
「ラカルイア王国の下層なんだけど……説明は後でするから今は静かにしてて」
「は……はい……!」
今までお姉さまから聞いたことのないような圧の強い言葉に調子を狂わされながらも言われた通り大人しくする。
しばらくしてラカルイアの下層から旧地国エリアへの門が見えようとする頃、遠くの方から自分たちが乗っている馬とは違う走行音が少しずつ聞こえてきた。
「そこの者、止まれ‼」
「どうしてここにグレイアルムが⁉」
「ちっ……速度上げるよ! しっかりつかまってて!」
「は……はい‼」
お姉さまの指示通りにお姉さまの体をしっかりと抱きしめる。お姉さまの心臓の鼓動が少しずつ早くなるのを聞きながら馬の速度が上がるのを感じる。もちろん、それに合わせてグレイアルムたちも負けじとスピードを上げて追いかけてきていた。
「止まれぇぇえええ‼」
「しぶとい……!」
しばらくして私たちはラカルイア王国を出て旧地国エリアに入る。その瞬間、ラカルイアの法律に縛られなくなったグレイアルムたちは杖を取り出して魔法を放ち始めた。
お姉さまは馬を森の方面に走らせてグレイアルムのかく乱を狙おうとするが、グレイアルムはしつこく追いかけてきていた。
「……‼ 跳ぶよ!」
「跳ぶよ⁉」
お姉さまはそう言いながら既に私の体を抱えて馬から飛び上がっていた。自分の体が浮いた感覚と同時に、さっきまで乗っていた馬は跡形もなく消し飛ばされており辺りには焦げ臭いにおいが漂っていた。
お姉さまは私を抱えたまま地面に降り立ち、慎重に私の体を地面に下ろす。お姉さまの表情はさっきまでの不安そうな様子はどこへやら、目の前のグレイアルムへの怒りと憎悪に燃えていた。
「説明は後にしようと思ったけど、そんなこと言ってる場合じゃなさそうだね。すごい端的に言うと私たちは今国家転覆の罪でお尋ね者なの。だからグレイアルムに追いかけられてるってわけ」
「なっ……⁉ 一体どういう……」
「とりあえず私の近くから離れないで。少なくともリィだけは絶対に……」
「分かりました……」
お姉さまの威圧に対抗する様に目の前のグレイアルムも殺気を放ちながら私たちを囲むようにしてじりじりと距離を詰めてくる。
突然、お姉さまは私の手を引っ張ると行く先を塞ぐグレイアルムの1人に向かって走り出す。
「上級炎魔法!」
目の前のグレイアルムはお姉さまの放った火球になすすべなく吹き飛び、目の前の道が開かれた。お姉さまに引っ張られながら私たちはグレイアルムから距離を取る。しかし、その程度で怯むわけもなく猛スピードで後ろから追いかけてきていた。
「流石に追いかけてくるよね……!」
「私にもお手伝いさせてください! 初級地魔法!」
「リィ待って!」
しかし、お姉さまの魔法と違い魔法の練習もほどほどにしかしてこなかった私の魔法はグレイアルムが避けるには簡単すぎたようだった。
それどころか魔法を放つために足を緩めた私めがけて、グレイアルムの1人が飛び上がって魔法を放っつために杖を振りかざしていた。
「リーライム‼」
グレイアルムの放った魔法は防御態勢なんかとれているはずもない私に直撃した。体は宙に浮きそのまま地面に叩きつけられる、そう思っていた。
(ごめ……んなさ……い!)
「神級闇魔法」
そんな言葉が森のどこからか聞こえたかと思えば、森は謎の霧によって完全に包まれた。夜の闇なんて可愛く思えるような紫黒の霧は私たちの姿を隠しグレイアルムたちをかく乱するには十分だった。
「お前は大丈夫そうだな、こっちに走れ」
「え、う……うん!」
おそらく私は謎の声の主によって地面への激突は回避したらしく、そのまま謎のぷにぷにした感触を背中に感じながらかなりの距離を運ばれる。しばらくそのまま移動し続け、辺りの霧が完全に晴れるころ、私は開けた草原で寝ころんでいた。
「ここは……お姉さま! 無事ですか!」
辺りが静かすぎることに不安を覚えて全身痛いのも忘れて慌てて飛びあがってお姉さまの姿を探す。近くでお姉さまがしゃがみこんで何かをしているのを見てほっと胸をなでおろすが、その様子に違和感を覚える。
「お姉さま……いったい何を?」
「この……スライム? が助けてくれたんだって」
「それで、お前たちはここがどこだかわかってるのか?」
お姉さまの視線の先からさっき聞こえた声がした。声の主の方には丸っとしたフォルムの魔物、スライムがいた。頭に生えた2本の角は片方が折れており、背中の翼は切られてしまったのか付け根の部分だけが残っていた。
「スライム……?」
「吾輩の名前はルディリア・ラム・ガムリオラ。まさか聞いたことないとは言わせないぞ?」
「ルディリアってあの魔王の⁉」
「そんなわけないじゃん。魔王は人型と魔獣型の2形態があるだけでスライムの形態があるなんて聞いたことないよ」
「どれもこれも……あのクソ金髪野郎のせいだ!」
「あの金髪……?」
「ヴィリアンドだ! ヴィリアンドォオオ‼ あぁっ‼ 思い出しただけで腹が立つ!」
憤慨して暴れるようなしぐさを見せるがどう見てもスライムがぴょこぴょこと跳ねているようにしか見えず、私たちは思わず笑ってしまう。
「ふふっ……」
「あっはは! ごめんごめん! 大真面目な話なのは分かってるんだけど動きが可愛すぎて!」
「おい、吾輩はお前たちを助けてやったんだぞ? 今からでもさっきの場所に放り込んでやろうか⁉」
「……その節は本当にありがとうございました。私の妹の命を救ってくれて」
「お、おぅ……そんな反応されるとそれはそれで怖いな」
「ルディリア様、本当にありがとうございました」
「あー……もう! 野郎3人で弱そうなガキ2人を攻撃している姿が気に食わなかっただけだ!」
「ふふっ……お優しいんですね」
「黙れ! それはそうとお前たちはどうしてこんな王国の郊外になんかいるんだ?」
「その……」
お姉さまは掻い摘んでこれまでの経緯を目の前のスライム、ルディリアに話す。私たちは魔法局局長の娘であり、王様が突然始めた魔力量検査によって私のクラスがキングだと分かったこと。
そして、その力を恐れたヴィリアンド・部下のグレイアルムに追われていること。
「本当にあいつは数十年経っても変わらない嫌な奴だな! それはそうと、そっちの銀髪が王級か……どうもそうは見えないな」
「まぁリィは私と違って戦闘経験を積んでないからね」
「いや待て……これは吾輩にも運が巡ってきたということか……」
「何その悪そうな顔……」
「お前たち、吾輩に協力しろ! そうすればお前たちの命の保証をしてやる」
「どういうこと……?」
「吾輩はあれからずっとヴィリアンドへの復讐を考えていた。だが、こんな体。こんな魔力。こんな魔法じゃあどうにもできなくてな」
「その復讐に協力しろだって?」
「助けてくれたことには感謝していますが……それは……」
「お前たちに拒否できると思っているのか? 吾輩の手駒のように働いてもらうからな」
「さっきまでの優しさはどこに行ったの⁉」
「目の前にいるのは人類の敵、凶悪な魔王だぞ? 何を馬鹿なことを言っているんだ」
「鬼! 悪魔! 魔王!」
「どっちも正しいからな。まぁ今日はもう遅い、さっさと寝て英気を養っておくんだな」
「寝るって……野宿かぁ……リィにさせたくないなぁ……」
「お姉さま、これくらい私も我慢できます!」
そう言い切ったはいいものの今まで使っていた柔らかいベッドとは真逆の固い地面の上は相当寝辛く、眠りに落ちたのは横になってから結構後だった。
* * *
リィがようやく寝たのを確認してこれまでのこと、これからのことを考える。まさかの事態が連続して続いたかと思えば、まさか自分たちが魔王の手先となるなんて……
「眠れないのか?」
「いや、私はこういうこと慣れてるから特に問題ないよ。ただ、あなたが信頼に値しないだけ」
「まぁそうだろうな……」
私に呆れた表情を向けたルディリアはそのまま私の隣に座り込んだ。かと思えば、私の膝に飛び乗って私の顔を覗き込む。
「だが、吾輩が不安って理由でそんな顔をしているわけじゃないんだろう?」
「違っ……‼ って膝のらないでよ!」
「悪い悪い。まぁ話したくないならいいが。これでも魔王をやっていたときは部下のお悩み相だ……」
「……お父様が処刑されるの」
ふふんと鼻を鳴らして意気揚々と自慢話を始めようとしたルディリアは私の発言を聞いて驚いた表情をしてその言葉を止めた。
私はというと自分自身の言葉によって直視したくなかった現実に再び引き戻され、リィの前では絶対に見せるまいと思っていた涙が1粒、2粒と流れていった。
「お父様は国家転覆を企てたリィを匿ったからって……」
「そうか……一応聞くが銀髪は国家転覆を企てていたわけじゃないだろうな?」
「当たり前でしょ! リィがそんなことするわけ……!」
ルディリアにそう言われて思わず立ち上がって声を荒げて反論しようとするが、一つだけ不安要素がぬぐえず言葉が詰まる。その一瞬をルディリアが見逃すはずもなく私に追撃を食らわせた。
「どうして言い切れない? 何かそうさせる理由があるのか?」
「リィは……お父様の子ではないの。リィは確か、大体5歳の時にお父様が地国で拾った子なの」
「なるほどな。貧民街の生まれだから内々に何を考えているか確実には分からないと?」
「そういうこと……」
「まぁ、その辺の話は吾輩は分からない。だが、なんにしたって吾輩とお前たちは共にルディリアを恨む存在、仲間としてはちょうどよさそうだがな」
「そうかもね……」
「それはそうと、その涙の跡はなんとかしおけよ」
それだけ言って、その場を離れて森に入っていったルディリアの背中を見送る。元魔王様という割にはよく分からない彼女の性格に狂わされながらも言われた通り涙の跡を拭う。
「私はあなたのことを信頼していいんだよね……」
私は穏やかに眠るリィの近くに座ってそう口に出す。リィの小さな手を取って、その不安な心を払えないまま眠りについた。
次回は3月24日(日)です!