第15話:犇々少女と真っ赤な顔のグレイアルム
不思議そうに辺りを見回すルディリアを連れて、私たちは下層の人になるべく鉢会うことのないように人通りの少ない道を通ってある井戸の前までやってきた。
「なんだ?」
「入ってください」
「こんなところにか⁉」
「うん!」
お姉さまは驚くルディリアをそのまま井戸に突き落として、後を追うように飛び降りていった。梯子を慎重に降りていくと激高したルディリアがお姉さまに掴みかかっていた。
そんな2人を横目に岩造り壁に触れながらしばらく壁沿いを進んでいく。
「何やってるんだ?」
「見ててください」
ある地点で止まって壁の岩を押す、その瞬間私たちの目の前の壁が小さく開き鍵穴が姿を現す。お姉さまが鍵穴に向かって魔法を放つと壁が左右に開いて梯子が姿を現した。
「な……なんだこれは……?」
「お父様がこっそり下層の人たちを助ける時のためにお父様の部屋からここまでの通路を作ったんです。もしかしたらグレイアルムに勘づかれて壊されているかもと思いましたが大丈夫みたいですね」
「つまりこの梯子の先は上層になっているってことか?」
「そういうことです。もちろん中層で降りることもできますよ」
「そういうことなら話は早い。さっさと向かうとしよう」
「ねぇねぇ、ここからお父様の部屋に向かって使えそうな道具とか探してからじゃダメ?」
「止めておいた方が良いかと思います。お父様の部屋直通とは言え部屋が安全かは分からないですし……」
「そうだよね……ごめん、はやいところ風国に向かおう」
少しだけ顔を歪ませたお姉さまはそれを隠すように先頭で梯子を上っていく。しばらく上り続けて人々の声が聞こえてくる。
下層と違って中層がかなりの賑わっているのは変わらないようだった。
「流石ラカルイアで1番人口が多い層だけはあるな……」
「まぁね。おかげで人に紛れるのも楽だよ」
「他の人間に見られても大丈夫なのか?」
「グレイアルムはまずいかもしれないけど、一般人なら大丈夫だよ。私たちの張り紙もここでは見かけてないしね」
「お姉さまの言う通りかもしれません。むしろ胸を張って歩いていないと怪しまれてしまうかもしれないですね」
「こういうときだけは頭が回るんだな」
「『は』って失礼だなぁ⁉」
再びお姉さまを先頭に中層の繁華街を通っていく。道中何回かグレイアルムとすれ違いながらも、なんとか旧風国エリアへの門が見えてくる。
当たり前だがエリアを分ける門の周りにはかなりのグレイアルムが警備に当たっており一筋縄ではいかないようだった。
「さて、どうやって通り抜けよっか」
「当たり前の話だが、門の周りはグレイアルムであふれているんだな」
「そりゃそうだよ。強行突破しかないかな……」
「本気で言っているのか?」
「でもお姉さまの言いたいことも分かる気がします」
「銀髪までもか⁉」
「ここでうろうろしていてもいずれ気づかれてしまいますし、それなら風国で身を隠す方が妥当だと思います」
「一理あるのか……?」
「あ! さっき聞いたことが使えるかも!」
「どういうことだ?」
「さっきサリさんから『儂の隠れ家を使うことがあったら自由に使ってくれていいのじゃ』って言われたんだよね」
「なるほどな。場所は分かるのか?」
「わ……分かるよ?」
「童話と変わっていなければ分かるのですが……」
「まぁそれに賭けるしかないか……」
「よし、じゃあ次開いたら行こう!」
お姉さまがそう言った瞬間、風国から荷物がラカルイアに運ばれてきた。瞬間、お姉さまが物凄い勢いで人々の間を縫って風国に出て行った。
お姉さまによって開かれた道をルディリアを抱えて走っていく。一般人こそぽかんとした表情を見せていたがグレイアルムの目は誤魔化せなかったようだった。
「今のって……」
「リーライムとラッセムだ! 追え‼」
『うぉぉおおお‼』
「まぁ、こうなるよね……」
「急ぐぞ」
真後ろを魔法が掠める感覚を常に覚えながら、風国を南に走っていく。しばらく走り続けて三日月の泉を横切るころ何かがこちらに向かって光を放った。
「ね……ねぇ、何か光ってない?」
「そんなの見てる場合じゃないですって! 走ってください!」
「くそっ……追いつかれるぞ!」
ラカルイアの兵士たちから私たちのことが伝わってしまったのか追いかけて来ている人々には馬に乗ったグレイアルムが含まれていた。
「も、もうだめです……!」
「諦めないでリィ……!」
「く……クソォォオオオ‼ 神級闇魔法ァァアアア‼」
ルディリアは怒りに任せて咆哮のような叫び声をあげる。瞬間、ルディリアから発した真っ黒な霧が辺りを覆った。
「ル……ルディの力が戻った⁉」
「ま……前が見えない!」
「くそっ‼ どこだ!」
「何が何だか分からないが、急いでここを離れるぞ!」
「はい!」
反撃されるとは思っていなかったのかグレイアルムは狼狽えながら後退していく。声が遠のいていくのを感じながら私たちは旧水国エリア東、サリさんの隠れ家を目指す。
しばらく南に進んでいき夜が明けるころ、サリさんに言われたあたりまで辿り着く。しかし、見える限りに小屋のようなものはなく、あるのはケミラル河沿いに生えた1本の木だけだった。
「まさか……これとか言わないだろうな?」
「これですよ」
「正気か?」
「うん! えっと……ほら! 梯子がかかってる!」
お姉さまは木をぐるっと1周回って梯子を見つけると我先にと昇って行った。追いかけるようにして上ると小さな部屋に出る。
その奥の机には置手紙と魔導書が置かれていた。
「これは……」
「サリさんの手紙じゃない? なになに……『この魔導書はかつて天神が使っていたものじゃ。持っていくとよい。よい報告を楽しみにしているのじゃ』だって!」
「これが……」
「流石は神が用いた武器と言ったところか……魔力量がすさまじいな……」
「ただ、私が使うのはあまりよろしくないとサリさんが言っていたのでお姉さまに渡しておきますね」
「え……でも私も杖持ってるよ?」
「まぁ予備、そんなところでいいだろう。それよりもラカルイア兵、グレイアルムがすぐそこに見えている。梯子を隠してしばらく籠城といくか」
「本当だ……てっきり撤退したのかと思ってた……」
「まぁそんなやわな連中でもないですよね。さて、ここからどう動きましょうか……」
「もちろん神殿探しだ。次は風の神殿か」
「そうだね。確か……風の峠にあるんだっけ?」
「正式には風の峠の上空ですね」
「は? 浮いてるってことか?」
「そういうことですよ……どういけば……?」
「確かに! とりあえずその場に行かないと何もわからないし……とりあえず風の峠に向かうでいいんじゃない?」
「そうだな。とは言ってるがしばらく動けないのは変わりない、大人しく休んでおくんだな」
「分かりました。ルディリアもしっかり休んでくださいね」
「だね! おやすみ!」
いつもの通りお姉さまが真っ先に埃を被ったベッドに飛び込んで眠りにつく。
ルディリアと余った椅子を譲り合った結果、ルディリアが私の膝上に乗って休むことでようやく納得してくれたので私も眠りについた。
次回は5月12日です。