プロローグ
それじゃあ話を始めようか。
これから始まるのは魔王が倒され、少女が国に追われることから始まる物語。
人に嫌われたもの同士が互いを見つけ、時に相反し、そして友として戦う。
そんな物語の始まり始まり~
* * *
「魔王ルディリア・ラム・ガムリオラ! 打ち取ったぁ‼」
『ウォオオオオッ‼』
物語の王子様のように金色の髪をなびかせた青年が剣を天に突き上げそう叫ぶ。それに呼応するように重厚な鎧を身にまとった騎士達が雄たけびを上げる。
少し離れたところでその雄たけびを悔しそうに聞く魔王ルディリアの姿があった。立派な紫色の角は根元から折られ、人の背の何倍もありそうな真っ黒な羽は地に落ちていた。
魔王特有の膨大な魔力もほとんど残っておらず文字通りの瀕死状態であることは誰の目にも明らかだった。
「ヴィリアンド、ウァール……ラカルイアァアアアア‼」
ルディリアは目の前の憎き男、ヴィリアンドになんとか攻撃を加えようとする。しかし、ヴィリアンドはルディリアの攻撃を片手で跳ね除け、嘲笑いながら彼女の髪を鷲掴みにして軽々持ち上げる。
「まだそこまで意識があるとは。さすがは魔王様といったところか」
「にんげ……ん……がぁ‼」
「さて、お喋りはここまでだ。僕だって暇じゃなくてね、早く帰って民を安心させてあげないといけなくてさ」
ヴィリアンドはそう言い放って手を放す。既に立つ力すら失っていたルディリアは力なく地面に崩れる。
慈悲なんて言葉を辞書に持ち合わせていないヴィリアンドは薄笑いを浮かべながらルディリアを踏みつける。
「ヴィ、リアンド……おのれぇぇえええ‼」
「ふははははッ‼ 神級炎魔法‼」
* * *
そろそろ朝日が昇るころ、外に降り積もった雪に光が反射して少女リーライム・ドロウ・ラットルテは目覚める。まだまだ暗い部屋でリーライムは身支度をして隣の部屋を訪れる。
「失礼しますお姉さま」
リーライムは扉をノックをして開く。部屋の中ではリーライムの姉、ラッセム・ヴァン・トゥーラが寝ていたはずのベッドから転がり落ちて床で寝転がっていた。
「お姉さま……どうやったらそんなことになるのですか?」
「リィ……? おはよぉ~」
「はい、おはようございます。もう朝日が昇りますので早く身支度を済ませて朝の仕事を手伝ってください」
「あと5分……」
「ダメです。私は今からお父様を起こしてきますのでそれまでには準備を済ませておいてくださいね」
「うぅ~ん……」
ラッセムを部屋に置いてリーライムはさらに隣の部屋に向かう。魔法局局長室と書かれた扉をノックして開く。
「おはよう、リーライム」
「おはようございますお父さま。遅くなって申し訳ございません」
「気にすることはない。どうせラッセムが……」
「ちょっと! 失礼なこと言わないでよ!」
「事実だろう。それはそうとその寝ぐせはしっかりと直しなさい」
「え⁉ どこ⁉」
「お姉さま、早いところ直してしまいましょう。それでは失礼いたします」
「あぁ」
しばらくして朝食の準備を済ませて3人で食卓を囲んでいるとミレハイルの部下が1通の手紙を届けに来た。
「局長。いかがされましょう……」
「今は何とも言えない。とりあえず下がってくれ」
「分かりました」
「いったい何の話ですか?」
「あの部屋の話さ」
ミレハイルは部屋の隅にある埃をかぶった扉に視線を向ける。事情を知るラッセムは納得の表情を見せる。
「あの部屋は魔力量の検査室でしたっけ……?」
「あぁ、その昔は使われてたんだがな……」
「魔力量のクラスは両親のものから変わることってないんですよね……? ルークからはルークが、ナイトからはナイトがみたいに。なんでそんな部屋が必要なんですか?」
「昔は研究が進んでいなかったからクラスは親子間で変動すると思われていただけさ」
「そうなんですね」
「それで、あれを撤去するの?」
「いや、あの王が気でも狂ったのか……ポーン狩りにあの部屋を使おうとしているんだ……」
「げっ……」
「ヴィリアンド様が大のポーン嫌いなのはよく知っているだろう? そんな彼がいよいよ動き出そうとしているそうだ」
「そうなんだ……でも私たちはあまり関係ないよね?」
「いや、私たち含めた魔法局の人間も対象らしいんだ」
「それって……」
ラッセムの顔はみるみるうちに青ざめていく。その様子を見たミレハイルも同じように顔を手で押さえて大きなため息をつく。
リーライムは突然すぎる2人の変わりように困惑しながら2人の顔を交互に見る。
「2人とも……? 気分でも悪いんですか?」
「いや……体調が悪いわけではないんだ」
「それならいいのですが……?」
リーライムは2人への疑惑が晴れないまま朝食の片づけにとりかかろうとしていると部屋の扉が大きな音を立てて開いた。
「ぴやぁあああ⁉」
「げっ……王様だ……」
金色の服装に身を包んだヴィリアンドは真っ黒な鎧で包まれた数人の兵士、グレイアルムたちを率いて部屋に現れた。
「ミレハイル! 手紙は読んだな?」
「ヴィリアンド様。えぇ読みましたとも」
「魔法局の人間の検査は明日だ。お前たちもしっかりと準備しておけよ。その娘たちも一緒にな」
「はい、わかっております」
「それならいいんだ。それじゃあな」
「やっぱり逃れられなさそうだよね……」
「ただ、逃げてもどうしようもない……」
「2人とも……?」
「とりあえず今日はいつも通り動いていてくれ。分かったな?」
「は……はい……?」
リーライムは言い知れぬ不安感と困惑を抱きながら、いつものように仕事に取り掛かる。さっきまでの厳しい表情はどこへやら、ラッセムはいつものようにのほほんとした顔でリーライムに話しかける。
「今日はどうする予定なの?」
「えっと……そうですね……あ、さっき朝食を作った時に食材が少ないように感じたので買いに行こうかと」
「わかった! それじゃあ早速向かおう!」
「もちろんそんな服装ではダメですよ? お姉さまは名門ラットルテ家の分家トゥーラ家の跡取りであることを自覚してください」
「その通りだ。もう少し落ち着きを……」
「分かってる分かって……⁉」
リーライムとミレハイルの言葉を右から左に流して自室に戻ろうとしていたラッセムは
スカートのすそを思いっきり踏んでその場でひっくり返った。
「はぁ……」
「大丈夫大丈夫!」
「何が大丈夫なのか小一時間ほど問い詰めたいですね……」
しばらくして、ようやく2人とも外出する準備が整うと2人は王国の中層に向かう。ラカルイア王国の中層は上級国民たちが住む場所になっており市場などの賑わいは上層にも劣らないほどの場所である。
通りの各所にはヴィリアンド王の出したポーン狩りのお触れが張り出されており、そのどれにも多くの人が群がっていた。
「聞いたか? 我らが国王はいよいよポーン狩りに踏み切るそうだぞ!」
「あぁ聞いた聞いた! ようやく奴らが王国から消えてくれるなんて、ありがたい話だぜ」
「国王の政策には賛成派の方が多いんだね……」
「そうみたいですね。やはり上級国民と下級国民の差は大きいようです」
「でも、ここで諦めちゃだめだよね! お父様と一緒に変えていかなきゃ!」
「そうですね!」
買い物を終えて魔法局に戻ると何やら人々が慌ただしく動いていた。メイドから副局長までの数多の人が廊下行きかい、どうしてか人々の顔は皆こわばっていた。
「リーライム、ラッセムいいところに戻ってきた」
「お父様? どうしたんですか?」
「ヴィリアンド様が検査の日程を今日に強行してしまったんだ。そして、僕たちの番は最初だから2人を急いで探していたところなんだ。というわけだから早いところ準備をして局長室に来てくれ」
「わ、わかりました」
全く状況についていけないリーライムとラッセムは言われるまま身支度を済ませて魔法局局長室に向かう。中では数十人のグレイアルムと豪勢な椅子に踏ん反り返る国王ヴィリアンドが2人を出迎えた。
「結果が出ました。ミレハイル・コーグ・ラットルテ。クイーンクラスです」
「流石といったところか。次はお前だ金髪メイド」
「私はラッセムっていう名前があるんです!」
「王を待たせるな! 早くしろ!」
ラッセムはグレイアルムたちに連れられて部屋に押し込まれる。ラッセムとすれ違いにミレハイルがリーライムのもとに現れた。
ミレハイルはリーライムの真横まで近づくと耳元でこう囁いた。
「結果が出ても部屋から出てこないように」
「へ?」
リーライムが質問をしようとしたときにはミレハイルは既に部屋を出てしまっていた。ミレハイルを追いかけようとするとグレイアルムに止められてしまう。
「結果が出ました。ラッセム・ヴァン・トゥーラ。クイーンクラスです」
「流石はミレハイルの娘。気性が荒いことを除けばよい人材だ。最後にお前だ銀髪」
「はい……」
リーライムは促されるまま薄暗い部屋をまっすぐ進み真ん中の魔法陣の上に立つ。リーライムを包むように様々な色が浮かび上がったかと思うと金色の光がひときわ強く輝きを放った。
「なっ……この光は⁉ 今すぐやつをとらえろ!」
そのヴィリアンドの号令によりグレイアルムたちが扉を開けてリーライムを捕まえようとする。
大きな戸を立てて開かれた部屋の中はもぬけの殻でただ壁にキングという文字が刻まれているだけだった。
「ミレハイル! 奴だけでも捕らえろ!」
『はっ‼』
ようやく新シリーズ「少女と元魔王様」の開始です!
舞台は以前の「地天旅」シリーズと同じなので先に読んでいただけると嬉しいですが
読んでいなくても特に困らないようにはなっています!
* * *
次回は3月23日(土)です!
* * *
P.S. 今回から地図をアナログではなくデジタルで作るようにしましたので
以前より見やすくなっていると思います!
(作ることに楽しくなって地国分をすべて完成させてしまったので
少々ネタバレが含まれています。ご了承ください)






