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藍春

作者: あま

※他サイトでも同一の作品を掲載しています





新入生が高校に慣れてきて遅刻が増え始め、授業中に寝だす子がいる6月頃。 

入学当初学校のパンフレットに載る位、しっかりと制服を着こなした新入生。今ではシャツの裾がはみ出ていたり、ネクタイをしない生徒が増えた。1年生が職員室前で怒られるのは何度か見た。

毎年この時期、学校全体の雰囲気が緩くなる。

しかし部活動の時間だけは違うと感じさせる。特に我が校を代表するサッカー部は月を増すごとに引き締まっている。

新入生は先輩や同学年と打ち解け、纏ってきていると聞いた。先輩は後輩に負けないように部活動に対して熱くなっている。

大きな大会があり、レギュラー争いの激しさが増した。グランドでは部員間で肩を組み円陣を組んでいる。暑くなりだしたこの頃、その熱さにも負けない情熱。

挑戦者の1年生。もうすぐ自分たちの代になる前に先輩に勝ちたいと考える2年生。最後の青春であり、思い残す事が無いように全力疾走な3年生。

全員の思いは違うが「勝ちたい」という想いはお同じにみえる。熱い眼差し、キャプテンの大きく頼りになる声。何十人もの混じった声。円陣中心で発するキャプテンの志はみんなの目標となった。

一人の声が重なり束ねた大声がグランドに響いた。


そんな姿をグランドのフェンス越しから俺は見ていた。

「相変わらず、サッカー部の連中は熱いな。」

 そう呟いたのは同じクラスの優。小中高一緒である。

「今年は頑翔がキャプテンになったからみんな必死なんだろ。」

 「頑翔って同じクラスのあいつか?」優は驚いていたが、すぐに興味が無くなったのか「適任だろうなー。」と呟いた。

駐輪場に向かう途中、嫌でもグランドが目に入る。

優は急に思い出したのか少し離れた場所に止めた自転車から「あっ、すまん大智。悪気があった訳じゃない。」と申し訳なさそうに謝る。

「別に気にしてないさ。逆にもっと弄ってくれよ。」自転車に鍵を刺しながら、優に聞こえるように少し大きな声を出す。

『本当に別に気にしてない。』

「大智はさー何でサッカー部を辞めたんだ?」

校門を出てから2列で並走していた。学校から最寄り駅まで約15分、普段は他愛のない話をして帰っていたが今日は暗い話題になりそうだ。

「練習についていけなくなったからやなー。」

優は聞こえずらかったのか、少しずつ近づいてくる。

「いつもそう言っているけど本当のところはどうなんだ?そろそろいいだろ?」

毎回はぐらかしているのを気付いているのか、少し不服そうだ。

「せっかくスタメンだったのに、勿体無いなー」

「何かわかんねぇけど、急にサッカーを続けていくのが辛くなったんだ。」

本心近い事を話した。

「そんなことより、もう時期ある夏祭りのボランティア活動今年もするのか?」

これ以上追求されるのは嫌なので適当な話で濁す。

それを察してか優は近すぎた距離をもとに戻す。

「まぁ一応参加するよ。でも今年は大智も参加しないと駄目だろ?」

「まぁな。」

毎年恒例の夏祭り。学校からボランティアの参加者を募るが勿論集まらない。その為入部していない生徒は夏休みの間、半強制的に数回ボランティア活動に参加させられる。

「去年はどんな事をしたんだ?」

「去年は青春という名目でゴミ拾いや、力仕事ばっかりやらされたさ。今年もやらされんだろうなー。」優は億劫そうに答える。

「募集要項と内容が違うバイトのポスターみたいだな。」

「やりがいが一番です。で釣ろうとしているのもな。」

「まあ、今年は俺もやるから、一緒にやり過ごそうぜ。」

「それはいいな。」優は少し微笑んだ。

7月中旬にある、この町最大のイベント行事。何もないこの町では楽しみにしている行事の一つだ。何年前かはテレビ局が取材に来るほど大盛況だった。しかし最近は取材どころか規模も客足も減っている。

夏の空に打ち上げられる花火が有名だった。祭りは何処でもやっている上に花火以外は特別な事もやってない。だが、知らない顔がすれ違うあの特別な日は好きだった。

「なあ、明日転校してくる子も参加するんかな?」

「転校してすぐだから参加しないだろ。けど2~3回は参加するやろな。」

今日のHRで突然、教師から報告された。先生方も何年振りかの転校生という事で手続きやらに追われていて詳しいことは、説明されなかった。

分かっているのは女子ということ。正直この情報が一番重要であり他はどうでもいい。ついでに大阪からの転校で名前は「汐止 凪」らしい。

見知らぬ田舎に来て夏祭りの手伝いをさせられるのは酷な事だ。しかし、夏休みまでに友達が出来なければ1ヶ月間空虚なものになる。

転校生も気の毒だな。

「なあ大智、何回か転校生をボランティアに誘おうぜ。」意を決した顔で優は言う。

 「そうだな。」そう言って微笑んだ。

似た事を考えていたのか、優から提案してきた。

優は優しい。みんなが思いつくが行動に移せない事を平然とやっている。

「気があるとかじゃ無いぜ」「まじで」慌てて下心がない事を強調してくる。

 「知っているよ。」

そんな事、始めから気付いている。優を馬鹿だなと思う。

「なあ、大智やっぱりボランティアは面倒くさいよな。」

「あーあ」

「だりーなーー」優は口を大きく開け目一杯大きな声を出した。

優の声が帰り道を独占して進んでいく。もしかしたら誰かに聴こえていたかも知れない。しかしそんな事は気にしない。

優は嬉しそうに「なあ、今の結構良かったんじゃね?」と尋ねてきて答える隙も無く「今週も大会は俺の優勝だな」と言った。

「相変わらずお前の声は大きいな。」

 優のいう大会は、とにかく大きな音を出すのを競う大会だ。

田舎のこの町では大きな音がなく、この町を活気づける為初まった大会だ。現在1位は優の叫び声で2位は毎週来るトラックのクラクション。参加者は一人と一台だ。

「大智もこの大会に参加するか?優勝賞品はジュースだぞ」

「そのうち参加する。」巻き込まれない様に慎重に言葉を選んだ。

「そうか。今日は俺の勝ちだから優勝賞品贈呈として、コンビニ寄って行こうぜ」

要するにこの大会はコンビニによる為の口実なのだ。

果たして審査は公平なのだろうか。


優がコンビニからご機嫌で出て来る。手にはジュースとレジ横の揚げ物を持っていた。

出てきた優に「これから頑張ろうな。」と呟いた。

優は「なんか言ったか?」と聞き返した。

独り言のつもりで言った為「なんでも。」とだけ返した。

最寄り駅に着いたら別れの挨拶をして違う番線に向かった。向かう途中でバックから携帯とイヤホンを出す。


自宅は学校から4駅ほど離れた場所にあり、県一番静かなところにあたる。

自宅からの最寄り駅からも15分程歩く為、家に着くころには17時を超える事が多い。もう少し早く帰れるが帰ってもやることがないからだらだらと帰宅する。

先程、優が「なぜ部活を辞めたのか」を聞いてきた事を思い出す。辞めた理由は何だったか覚えていない。ただ、正確には辞めようと決意した時の事は覚えていた。

3年生の先輩が引退して、繰上がりでレギュラーになれて、とても嬉しかった。

と言えば少しだけ嘘になる。半年前からレギュラーになる事を予想していた。直接先生から言われた訳では無いが学生間での噂話だ。だからレギュラーに選ばれた時嬉しいより「やっぱり」という感情のほうが大きかった。

『今まで通り』と思っていたが、練習はきつく、プレッシャーも凄かった。『今まで通り』と思っていたが、『レギュラーである』事のプレッシャーは凄かった。

徐々に部活が行くのが怖くなりだし、一人で悩む時間が増えた。しかし「こんな事で悩んでいるのか」と思われたく無く、誰にも相談できずにいた。

部活に行かない日々が増え顧問に呼び出され話し合いをした結果、一時的に休部という扱いにして貰った。

休部期間中何回も「復帰したい」と思ったし、周りに「もう少しで部活に行く」と言った。しかしいざ部活に参加しようとすると体が動かない。まるでテスト直前、教科書から赤文字を探す学生のように部活に行かない理由を探していた。

時間だけが過ぎ、噂話も飽きられた頃、部活を辞めた。

今考えると、あの時勇気を出して、部活に行けば何か変わっていたかもしれない。でも行っても引退まで続けていた自信が無かった。

『辛いことから目を背けた』これが辞めた理由になるだろう。

今日のサッカー部の雰囲気を思い出す。円陣の中心には頑翔がいた。昔からサッカーが好きで誰もいないところでも練習していた。暑苦しいにも程がある。1年生の時から人一番頑張っていた頑翔がキャプテンをしていた。

何故、あれ程サッカーに情熱を注げるのだろうか。

そして俺も頑翔みたいにサッカーを好きになれたら少しは楽だっただろうな。 

 

家に着きカバンを降ろす。帰宅してもやる事は無いから適当に時間を潰す。バイトをする事を考えたが、交通の利便性を考え辞めた。金銭面の問題は長期休みで一気に稼ぐ。


最近は日を跨いでから寝ることが多い。

一日を振り返っても何も無いが平和で悪くなかった。

 次の日登校途中で『電車から見える景色は毎日ほとんど同じだ』と、当たり前の事を考えた。部活をしてた時はそんな事は考えなかった。   

辞めてからは気分転換で毎日違う車両に乗ってみたりしたが数日で飽きてしまった。今はぼーと外を眺めている。最寄り駅に着けば優がいる。そんなゆっくり進む日常が好きだった。


教室に着くとすぐに異変に気付いた。

机が一つ多い。

 教室に入ればクラス中、転校生の話で持ち切りだ。この町に転校生など10数年来てない。

それが自分の学年で、何より女子という事だ。盛り上がらない訳がない。

「なあ、頑翔は朝練の時転校生を見たのかよ」男子生徒がワクワクした表情で質問する。

「見た」頑翔は淡々と答える。

「どんなんだった!身長は小さかったか」興奮気味にクラスメイトが頑翔質問する。

「身長は160程度だった。」

「おいおい、めっちゃ可愛いじゃん。」

などと容姿の話題が一切出ていないのに勝手に妄想だけで盛り上がる。

「なあ、頑翔から見て可愛かったか?」一瞬クラス中が静寂に包まれる。

「分からん。が、かわいい方だとは思う。」

「まじかよ」「おー」「よっしゃー!」

まるで言葉を与えられたアダムとイブのようにクラスの男子が騒ぐ。俺も心の中でガッツポーズをとった。


8時35分担任が3―1組の扉を開ける、それを合図に皆が席に着く。優も「あーもう来るんだぜ。楽しみだな。」と言い残し自分の席に早足で向かう。

続いて一人、女子生徒が入って来る。

入口から教卓まで端然と歩いている。初めて入る教室と生徒に臆することなく堂々と。

黒板に「汐止 凪」と書き、一言

「しおとめ なぎです。よろしくお願いいたします。」

肩まで長い黒髪はゆらゆらと動き、丁寧に手入れされている事を物語っていた。余りにも可憐なその姿にクラス中は息を吞む事しかできずにいた。

そんな中1名、俺と転校生への視線を行ったり来たりして慌ただしい奴がいた。

 

想像以上に可憐な姿は一言で言えば別次元だった。

 誰も喋れない雰囲気の中、担任だけが淡々と喋る。座る席、副担任の名前、教科書は週明けで届くから当面の間貸し出すこと。

 興奮と緊張が一周し発言することが難しくなった。さっきまで、大騒ぎしていた教室も凛と静まり返っている。

 

担任が「何か汐止さんに質問あるか?」と聞き、そこから5分21秒が経った。まだ授業が始まっても無いのに皆の視線は時計に集まる。

誰も喋らない。優もクラスの雰囲気を感じ動けずにいる。

現在のクラスの雰囲気は3パターンに分けられる。1つはこの雰囲気を打破しようと一生懸命何を喋るかを考えている人。2つ目は隣の者と話し話題から逃げる者。3つ目は関係ないふりして次の授業に備えている人。

 逃げている訳じゃない自分もこの状況を打破したい。でも必死に行動しても結果は相手を惨めにするだけだと知っている。俺みたいな人は行動せず周りに行動を合わせる方が良い。

 担任が次の授業の話をしている。これは、HRが終わる前触れである。このままでは転校生は自分の名前しか言えず終わってしまう。何か一言。せめてもう一言、発言できたらきっとクラスに上手く溶け込めると思う。自分が気の利いた質問を出来るかを迷う。けどもし転校生がそれを望んでおらず頑張って発言した結果迷惑だったなら。

 そんな事を考え、行動することを諦めた。


「あの!何処から来たんですか!え~と僕は河原町から来ました」

 重い空気を跳ね除けたのは優だった。その目は真っすぐだった。

すかさず先生が「お前は転校生じゃないんだから皆知ってるぞ。」言った。

 クラスの数人が笑う。転校生も微笑んだ。

 優は自分の発言を振り返り笑う。

 転校生は「大阪から来ました。」と言う。

 優は怯まず「大阪だったらたこ焼き!食べたことありますか。」

 「はい。食べたことはあります。」

 そんな質問にクラスメートは「たこ焼きならどこでも食べれるだろ。」と冷静なツッコミをする。

みんなの笑い声がきこえてくる。教室のあちこちから。

先程より質問ができる雰囲気になり男女構わず質問を投げかける。「土日は何してますか。」「昨日はドキドキして寝れませんでしたか」「大阪では有名人に会えますか。」

 教室中から質問の雨が降る。それを1つづつ答える転校生。

 「この町でしてみたい事はありますか?」

優の質問にさっきまで顔しか動かさず答えていた転校生が体を向け、教卓を超えて最前列に座っている優の前まで足を動かした。

 「いい質問ね!私、河原町の夏祭りが超好きなの!小さい頃おばあちゃんに連れて貰ったの。最初は嫌だったわ、不機嫌になりながら綿菓子を片手に水風船で遊んでたの、でも打ち揚がった花火を見た時、とても興奮したの!」

意気揚々と話す転校生はまるで絶えず噴き出る噴水だった。先程と変わり饒舌に話す姿にクラス一同口を挟めない。

「綺麗な花火模様に静かな海。何より鼓膜を揺らす様な花火の音!もう一度あの音を体感したくて、持ってた水風船を割ったけど、空気が抜けていく音と飛び散る水だけが残り満足出来なかったの。」

転校生の自己紹介を止めたのは担任の「はいはい、そういうのは放課後にしてくれよな~」という一言だった。

 腕時計を見ながら、話に一区切りつけた担任だったが、区切りが悪かったらしく転校生に一言を求めた。

 「改めて、汐止 凪と申します。夏祭りのボランティアがあると担任の先生からお伺いしました。私も参加します。」

 転校生は教卓に貼ってある座席表に視線を落とした。

 「それと・・・」教室を見渡し俺と目が合った。

少し身構えた。

 「やっぱり何でも無いわ。短い間だけどみんなよろしくね!」転校生はあっさりと視線を外しそう言った。

 深く溜め込んだ割には淡白な終わり方だった。さっき言ってた夏祭りの話は結局何をいいたかったのか。さっきまでの勢いは何処にいったのか。

足早に自分の席に向かい、少し俯きながら周りに会釈しながら進む。すれ違い様に俺にも「よろしくねー」と声をかけてくれた。

 耳だけを真っ赤に染めながら。

 

3時間目終わりの休み時間で人通りの少ない廊下をうろうろしていた。先程転校生の汐止に呼び出されたからだ。 

6月とはいえ、ここ数日暑い日が続いている。じんわりと嫌な汗が出始めた時、一つ下の階から足音が聞こえてきた。

軽く服装を整え緊張と共に迎え入れる。

 「ごめん!迷っちゃて少し遅れちゃった。もしかして待ってくれた?」申し訳なさそうに聞いてくる。

「俺も今来たところだよ。」まだ心の準備が出来ておらず視線は下がってしまう。

「それより話ってな・・んですか」ため口になりかけたが敬語に戻す。

「もし良かったら大智君も一緒に夏祭りのボランティアやらない?」汐止はこちらを向いて聞いてくる。

「ほら、優くんもやるって言ってたし、優君とは仲がいいってクラスのなな・・・え~と」

「木下。木下 ななみ」視線を上げクラスメートの名前を教える。

「そう!ななみちゃん。から教えてもらったんだ。だから・・・どうかな~って思って。」歯切れが悪そうにもじもじと喋る。

ボランティアには興味はないが断れる雰囲気でも無い。

「え~と全然大丈夫だけど、夏休み中は忙しかったりするかも。だからあまり参加は難しいかもしれないなー。」手癖で前髪をいつも以上に触りながら答える。

「全然!もし時間があればでいい・・からたま~に参加してくれるだけでいいから」汐止はこちらに気を遣い言葉を選びながら喋るっているのが分かる。

 気まずい雰囲気だけが流れ、汗と共に脂汗も流れているが分かる。

「もし良かったら考えといて。」

「そうだな。明日にでも。」

「うん。また返事聞かせてね」

「また言うよ。」

 そういうと汐止は「ありがとうね」と言い残し教室に向かう。数分経った後、ケータイで時間を確認し足早に教室に戻った。

 その日は何度も汐止との会話を思い出した。その度に『ああ言えばよかった』などと考え一人恥ずかしくなる。

帰り道で優にでも笑ってもらおうと思い授業中はできるだけ考えないようにした。


いつもとは1本早い電車に乗った。イヤホンから流れる音楽はお気に入りのプレイリストが流れている。

優は汐止とボランティアについて話し合うため今日は残るらしい。少しだけ羨ましかった。

優は面白いし優しい、あらかたボランティアの方も俺より優とやる方が良い。

「なんせ俺は上手く喋れなかったもんなー。」と返却されたテストを見て過去の自分に文句を言うように吐き捨てた。


次の日の6限目、運動場を見ながらまた何もない平凡な日常が始まった事を感じた。昨日転校生が来て教室の雰囲気は一変した。しかし今日になれば何事もなかったかのようにみんな生活している。   

昼休みになれば友達と談笑し、5限目は帰ったら何をしようかと考えた。よく時間は全てを解決すると言うが実際その通りだ。天変地異なことですら日常に元通りになる。

転校生が来ると聞いた時何か面白い事が起きるのでは無いかと期待した。

実際、転校生がきて偶々話しかけられたが、何も無かった。きっとボランティアに参加しても何も無いだろう。汐止とドラマ的な何かが始まるとは期待してた訳じゃない。

俺は生き急いでいたと思う。

いつも通り普通に過ごせば良い。ボランティアなど頑張っても頑張らなくてもこの日常が変わらない。

学校を卒業し社会に揉まれれば、この日常も変わるだろう。

なざなら運命は決まっているからだ。

何てことを頭の中で考えながら時間いっぱい授業時間を潰した。「これ以上は限界だ」そう呟き机に突っ伏した。


はっきりとしない頭の中で「大智君、起きてこっちに来て」と言われた気がした。それと同時に机を揺らされ意識がはっきりする。

目を半分だけ開け袖で口元を擦る。いまいち状況を掴めなかったが、汐止が教室から出ていく姿が見えた。

 足早に廊下に出て汐止に「何か用事あるのか」と聞いた。

 「昨日言ってたでしょ。ボランティアは手伝ってくれるって。」と問いかけてきた。

 まだぼんやりとしながら「今から?少し急すぎないか。」と言った。

 そんな俺に汐止は「今ここで決断して。着いてくるか帰るか。」と振り返り目を見て聞いてきた。

 無理やり頭を起こす。今日の予定を思い出すが何もない事を確認した。しかしこの決断が何故か後々厄介な事に繋がりそうだと直感する。 

 数秒考えこれ以上考えるのが面倒になり「分かった、手伝うよ」と言った。


 バスに乗ってから30分が経った。乗客はすっかり居なくなり、周りの風景も緑一色になった。汐止は「河原町海水浴場に行きます」とだけ言って黙ってしまった。その割には目を見開いて真っすぐ窓の景色ばかり見ている。その姿を見て話しかけるのが申し訳なく感じた。

結局海水浴場に着くまで一言も話さずにいた 。


 バスから降り袖を捲り上げる。現在16時47分。日は降り、海辺であるが暑い。

河原町海水浴場。日本中どこにでもありそうな海だがそこそこ大きいし駐車場が広い為、人気がある。汐止が見た花火もここで打ち揚げられた。

 「汐止、ここに来て何するんんだ?海水浴でもするのか?」

 「ええ、夏休みになればそれもしたいけど、今日するのは・・・」そう言い出しカバンから90Ⅼ袋を取り出した。

 「ここのゴミ拾いをするの。綺麗になるまで」そう言ってゴミ袋を渡してきた。

 「・・・ありがとう」汐止に着いていった事を少し後悔しながらその辺に落ちているジュース缶から拾い出した。

 ゴミが多いおかげで、1時間程でごみ袋の中は満杯に溜まった。汐止のごみ袋も満杯で袋を括っている所だった。

 「汐止、俺も袋満杯になったぜ」そう言ってごみ袋を見せた。

 「凄いね。結構集中してゴミ拾ったつもりだけど先越されたわ。」本当に集中していたのか笑っていた。

その笑顔は可愛いと思った。

 なんてことを考えいると「袋は沢山あるからまた終わったら言ってね」と新しい袋を渡してきた。

 「面倒くせぇ。」うっかり本音が漏れてしまい焦りながら汐止を見た。

 「じゃ、可愛く言うから手伝ってよ」そういうと汐止は「お願い」と上目遣いで聞いてきた。

 「・・・分かったよ」袋を受け取り、顔は見られないように下を向いた。

 汐止は「可愛いとこあるじゃん」と追い打ちをかけてきた。

 それに「うるさいな」と軽くあしらった。

「ねぇ、大智君お酒って美味しいと思う?さっきからずっと缶ビール拾ってる気がする。」そう言いだし空き缶を見せた。

 「大智君の両親はお酒よく飲むの?」

 「平日は飲んでないなー。でも週末はよく飲んでる」

 「うちのお母さんはよくお酒飲むの。お父さんとテレビ見ながら、今度ここに吞みに行こうなんて喋りながら」汐止はゴミを拾いながら話している。

 落ちてるゴミを拾いながら「俺のところも、家族3人で外食する時、父親だけが吞んでいる。母親は帰り運転するから吞めないんだって。」

父親は帰り道、よく「早く大智と呑みたい」って言ってる事を思い出す。

 「お酒の何が、この人類を魅了するのかな?」

汐止が急にスケールの大きい話しをした事にに少し可笑しいと思い笑う。

 「さぁー、よく父親は喉ごしがーとか、深い味がある。とか言ってた。・・・言ってると思います。」ため口になってる事に気付き訂正した。

 「ため口でいいよ、この先お互い気を遣ってたらしんどいでしょ。」

 「じゃあ、汐止・・・」

 「なに?大智君」からかう様に見てくる。

 耐えられなくなり目を逸らす。

先程の話を思い出し「お母さんは何でお酒が好きって言てたんだよ。」

 「頭がぼーとして、楽しくなるからだって。」汐止もゴミ拾いだした。

「変よね。ぼーとしたら、味も分からなくなるじゃない。それに何を話してたかも。」

 「だからかも知れないな。いつも考える事が多いから、偶には何も考えずに喋りたいのかもな。」

 「変だね。喋るのに考える事なんてそんなに無いのに。」

「あるさ、子どもの俺でもすげえ考えてしまうから。大人になればもっと考える事が多いに決まってる。」

 「じゃあ、海水浴場で元気に遊ぶ幼児を見て、大人は羨ましがってたのかな?」

 「そこまでは分からねぇよ。でも子供に戻りたいってそういう事かも知れない。」

 「へぇー、詳しいんだね。もしかしてお酒飲んだことあるとか?」笑いながら聞いてくる。拾った空き缶を持ち、にやつき「20歳じゃ無いのにいけないんだー」   

 「飲んだことねぇよ。そういう汐止は飲んだことないのかよ。お母さん好きなんだろ?」

 「私もないよ!度々進められるけどまだ口につけたこと無いし。」そう言い、汐止は手に持ってた空き缶に力を入れた。運悪く中身が入っていたらしくビールが噴き出してきた。

 「あっ、」と汐止が呟く。

幸い、中は少なく、服に飛び散ることが無かったが、ビールが汐止の手を滴り落ちる。固まっている汐止に海で手を洗う事を勧め、海辺まで移動する。

 汐止は押し寄せてくる波を避けながら手を濯いでいる。

 不意に汐止が「ねぇ、本当に綺麗よね、ここの海。保育園の時から変わってない。」

「そこが田舎のいい所なんだよな。」

 汐止はこっちを向いた。

 「もう一回見れるかな。あの花火。」

 少し考え「見れると思うよ。多分な。」と言った。

この時汐止には秘密を隠していた。

 

集めたごみを、ごみ置き場に持っていき帰り支度を早々に済ませた。19時30分・・結構時間が掛かってしまった。帰りのバスで母親にLINEを済ませ、ふと窓の外を見た。隣に座っている汐止も外の景色を眺めていた。

 「外の景色ばかり見ているが、何か思い出とかあるのか?」疑問になり聞いてみる。

 「思い出という程ではないけど、懐かしいなーと思って。昔と余り変わらないのね。」

 「駅周辺はいろいろ建物が増えたけど、海水浴場ら辺は昔とかわらないな。大阪と違ってこっちは何もないだろ?」

 「うーん、1年くらいしか大阪にいないからわからない。」

 「そうなんだ。もしかして昔から引っ越すのが多いのか?」

 「そのとおり!昔は嫌だったけど今は慣れちゃた。」汐止は明るい口調でそういった。

 「昔ここから引っ越すときも、嫌だと言ってごねてた時におばあちゃんに夏祭りに連れてってもらったの。あの時の花火きれいだったな。」懐かしそうに話す。

 「その花火を見て機嫌がなおったのか?」

 「うん。その後お母さんに引っ越した場所はもっとすごい花火が見れるよ。と言われて機嫌直したよ」汐止はその後に「子供らしかった」と笑っていた。

 「なぁ汐止、もし花火が何らかの理由で見れなかったらどうする?」唐突だったと思うが聞かなければならない為聞いた。

 「そうだね、ちょっと悲しいかも。」

 「そうだよな。・・・もしかしたらの話だから気にしなくて良いんだけど。」

 汐止はこちらに顔を向けた「知ってるよ。もう5年前から花火、揚げてないんでしょ。」

 汐止がその事を知っているのに驚いた。だとすれば次の疑問が浮かんでくる。

 「じゃあ、なぜボランティアなんてやろうとするんだ?」

 「う~ん。どうしても、見てみたかったから・・・かな。」

 「そうなのか」少し驚き、間抜けな声が出る。

 もっと確固たる理由を想像していた。しかし余りにも拍子抜けていた。

 「じゃあ良かったな花火なら、日本中のどこでも見れる、ここじゃなくても。」

「でも私はここで見たい。無理かもしれなけど諦めたくない。」

訳が分からなく頭が混乱する。汐止は夏祭り本番までゴミ拾いを続けると言っていた。

雨の日も暑い中でも。

 「なぁ汐止、揚がるか分からないんだろ?それならそこまで頑張らなくても」

汐止は言葉を遮り「それでもやるよ。」と言った。

「どうしてだよ。」

気付けば熱が入り汐止の事を否定したくなっていた。「そうだね。やっぱりやめるよ。」と言わしたいから続ける。

「揚がるか分からない河原町の花火なんて・・・」冷静になり言いかけた言葉を戻した。しかし汐止は俺が発言するのを待っている。

 「そんなに頑張らなくてもいいじゃないか。」申し訳無く感じ視線を逸らした。

二人の間に沈黙が流れる。発言した事を後悔するにはそう、時間を要しなかった。

 「花火を揚げなくなった理由は人手不足な為だったよね。」

 「うん。人手不足で花火は毎年中止になっている。今年も人は集まらないと思う。」

 「じゃあ、やってみないと分からないかもよ。」

 「分かるさ。本当はみんな花火が見たいと思っている。でも失敗すれば周りから笑われ時間を無駄にしたと思うのが怖くて誰も行動出来ない。賢い大人になったからだ。」自嘲気味に笑った。

 汐止の発言は夢を諦め平和に暮らすことを決めた俺を否定する事だと分かっていた。だから全力で否定しなければならない。

 「みんな一丁前に大人になったんだよ。無理なことには興味も無くなり、努力することも嫌になる。努力した結果何も成果が無ければ嫌だろ?そうやって周りに愚痴を言えば周りも共感してくれて慰めてくれる。」

拙い言葉も汐止は口出す事なく聞いてくれている。だから聞いてほしかった。

 「汐止この世に奇跡は無いんだ。だから頑張っても無駄になる事の方が多い。その時に汐止は耐えられるのか。」

 「私は大丈夫だよ。奇跡がない事も、みんなが大人になってしまった事も分かっている。でも、やりたい事をやらず、結果を待っているだけは嫌なの。」

 本心からの言葉だと分かる。だから汐止の話を遮らず聞いてみたかった。

 「努力した結果失敗しても私は構わない。大人になるっていうのが、周りに意見を合わせるなら私はいつまでも子供のままでいい。私は誰に何を言われようと自分がしたい事をしたいの!」

 「大智君の気持も分かったよ。昨日優君に色々聞いたから。だとしても私はやるよ。それが私がしたい事だもん。」汐止の意思はとても強いと感じた。俺なんかが曲げれる訳がない程に。

汐止の事を羨ましいと思った。俺もこんな風に考えれたら、こんなに強ければ良かったのにな。

そんな弱い俺だから分かった事がある。いずれ俺は汐止の邪魔になる。そうなる前に身を引かなくてはならない。

足りない頭から言葉を精一杯引っ張りだし汐止に「そうか、頑張れ。」と言った。

 「頑張れじゃないよ。大智君はどうするの?」汐止は詰め寄りそう聞いてきた。

 その問い掛けに俺は迷ってしまった。「やらない。」と言うつもりだったが、「やりたい」と言ってもいいのかと。

 迷い続け答えが出ず「俺はどうしたらいいんだ。」と言ってしまった。

 「それは自分で考えて。」

 「もし、したいと言っても迷惑じゃないか?」

 汐止は大きくため息をつき「考えすぎだよ大智君。君の意見はどうなの。」

 「俺は・・・」どうしても本心が言えなかった。

 汐止は微笑み「大智君も見たいんでしょ花火。したいんでしょ私と一緒に」

 「うん」気づいた時には返事をしていたと思う。

 「じゃあ決定だね。」汐止が無邪気に笑う。

 特別花火が見たいわけでは無かった。汐止とボランティアをしたい訳でも無かった。

汐止の姿に惹かれてしまった。

 「汐止、よろしく頼む。こんな俺だが」

この先きっと辛いと思うが汐止について行こうと思う。俺も強くなりたいから逃げない事を誓った。

 俺は右手を汐止に差し出した。汐止と強く握手した。その時に汐止も「よろしくね!」と言ってくれた。

 

次の日学校からの最寄り駅で優が待れていた。「よう」と一言済ませ自転車に跨る。優と並走しながら学校に向かう。

 「おはよう、心の友大智君。昨日は良い事あったかい?」

 何か知っている様な口ぶりで聞いてくる。

 「まぁ、汐止と一緒にごみ拾いしただけだよ。」

 「そんな事は聞いていないんだよ。何かあったのか。」妙に高いテンションで聞いてくる。続けて「そんな目をしているから聞いているのさ。」

 「優には適わないな」と前置きを置いて昨日の事を話した。優は事の顛末を茶化さずに聞いてくれた。

 「やっぱりあの女に大智の事を任せて良かった。」汐止は優から話を聞いたと言っていた。どこまで話したか分からないが。

 「そういえば、優は汐止に何を話したんだ?」

 「余り深くは喋ってねぇぜ。あまりベラベラと過去の事を引っ張り出して喋るのは嫌いだろ。」優のこういう所は信用しているから端から疑ってもなかった。

 「けど、お前が過去に失敗して、それに怯えて自分の殻に籠るようになったと言ったぜ。」漕ぐスピードを落とし優の方を見る、怒ったからでは無い、それに気付いていたという事に驚いたからだ。

 「汐止は何て言ってたんだ。」

 「任せて」

 「そう言って、走って行ったさ。」微妙に恥ずかしくもあるが有り難いとも思う。優は「あの女、なかなかワイルドだった。」独り言をつぶやいた。

 「お前も相当ワイルドでかっこいいよ。そんな状況でも離れずずっと俺の傍にいてくれたから。」優は驚いた表情で俺の事を見てきた。それが恥ずかしくて尻を上げ勢い良く漕ぎ出す。

 風を気持ち良く感じる。暑いせいなのかわからないが。

 「時に大智よ。好きな人でも出来たのか?」ペダルと風の音がうるさいが優の突拍子のない発言が面白くて聞き返す。

 「出来てないけど、急に可笑しなこと聞いてどうしたんだ。」

 「昔読んだ小説に『人が変わろうとする時は失恋した時か好きな人ができた時だ』と書いていたからな」

 立ち漕ぎにつかれ尻を落とす。 

 「残念だがどちらともNOだ。」昔から優は小説読まないだろ。なんて考えていたら「好きな人が出来たらちゃんと報告しろよ。」と言ってきた。適当に返事を済ませ学校の門をくぐった。その時汐止がいたので挨拶を済ませ今日の予定を聞いた。今日もあの海岸でゴミ拾いをするらしい。

 「じゃあ、また放課後でね。」

 「おう。また」

 汐止は自転車通学じゃないからそのまま教室に向かった。

 優は自転車を止めていて、俺の事を待ってくれていた。

 「かっこいいな、お前は」そう言うと優は照れて「うるせぇよ。」と言った。

傍からみたら気持ち悪いほどじゃれ合いながら教室に向かった。



そこからの1か月は目まぐるしく忙しかった。朝は目覚まし時計の音で起き、母親に挨拶する。前までは朝食はとらない事が多かった。授業中お腹が空くだけで困らなかったからだ。摂るきっかけは授業にもう少し集中したいと思ったからだ。授業なんて面白い事がないと思い真面目に受けて無かった。

でもあの日から、少しだけ頑張ろうと思えたあの日から、嫌な事から向き合おうと思い少しだけ頑張った。

実際、現代文や社会は面白かった。後数学は昔からずっと苦手だが、公式を覚える先生の替え歌は面白かった。

大きな変化は無かった。定期テストの順位はいつも下の方だった。たが今回のテストでは平均くらいだった。

汐止の方はすっかりクラスの人気者になっていた。今回のテストでも最高得点を3教科だし、先生からは「彼女を見習いみんな勉強に励みなさい」と言われていた。テスト期間中ずっと人に教えていて自分の時間はそんなに無かったのに凄い奴だな。

ボランティアの方はテスト期間中無かった。しかし汐止の事だろう、やっていたに違いない。汐止と比べ俺は全然だと思う、それでも返されたテスト結果をみて喜んでいた。

ゴミ拾いも続けている。

どこに向かっているのか分からなかったが、一歩踏み出せた気がした。

 テスト返却が終わると1学期のロスタイムが始まった。学校も早々に終わり、帰り支度をする。席を立ち汐止の席にゆっくりと歩きだす。

 「汐止、今日はあの海岸に行くだろ?何時集合にする。」

 「うーん、そうねー」と言いながら首を傾げ「お昼ご飯も食べたいし」と言いながらお互い時計を見る。現在は11時35分

 「ねえ、ここら辺で美味しいご飯屋さん知らない?」

 「美味しい店って言われてもなー」携帯を取り出し周辺地域で調べてみる。「パスタやクロワッサンがある店―」と汐止が茶々を入れてきた。

 「ここら辺じゃ何もないな」とぼやくと、汐止は「えー」と漏らしていた。

 半ば諦めている時、後ろから「何、面白そうな話をしているんだい?お二人さん。」と陽気で馬鹿そうな声が聞こえてきた。

 「優君、ここら辺で美味ししいご飯屋さん知らない?」

 優に気付いた汐止が顔を向け「出来ればパスタやクロワッサンがあるような。」と付け加え話し出した。

 「俺が知っている店。では無いが、その人はパスタやクロワッサンなど朝飯前という顔をしながら作れるさ。」

 「凄いじゃんか。その人。」

 「凄いってもんじゃねぇぜ、勢い余ってトマトを丸ごと入れたり、クロワッサンの中にジャガイモを入れたりするさ」。

 「それは勢い余ったってレベルじゃねえかもな。」

 「だが、その人否、その女が出す料理は例外なく全部うまい。驚きだよな。」

 「何でも上手いなら安心じゃないか。優、何でもっと早く教えてくれなかったんだよ。」

 汐止と俺は期待を寄せ、話を聞いていた。「そこのお店に行きたい。」と汐止が言うと優は胸の前で×を作った。

 「その女改め、俺の母親は今タイムセールの商品に夢中で俺たちなんか相手にしてくれないさ。」

 「なんだよ。優の母親だったのかよ。」と最初からそんな気がしていた事を口に出した。汐止は「でも、今度食べてみたいね。」と言い問題が振り出しに戻った。

 と思ったが優が「しかし、美味しい店は知っている。」と言い携帯を見せてきた。

 探せばどこにでもありそうな喫茶店でここから10分程の距離だった。

 「優、やるじゃんか!」興奮気味に言うと「茶番に付き合って貰ったお礼だ。」と優は言った。

 「じゃあそこに決定だね!早く行こう」と汐止は歩き出した。教室を出るとき汐止の「パスタやクロワッサンはあるの?」という問いに優は「知らん!」と答えた。それが面白くて一人でツボに入って大変だった。

 

喫茶店での食事を済ませ早々に海に向かった。3人で活動することは余り無く汐止と優は、休日街であえば会釈する程度の仲だったがバスの中ですでに意気投合していた。流石コミュ力お化けだ。


海岸に到着すると懐かしい感じがした。2週間ぶりだが変な気分だ。

 優が周りを見渡しながら「こんなにゴミがあるのかよ。」といった。

汐止がカバンからごみ袋を出しながら「ちょっとの間できなかったもんね。」と言う。

 想像以上に多いゴミを見ながら「汐止、今日は3人もいることだし3つのエリアに区切ってやらないか?」

 「そうね、同じところをやっても効率悪そうだしね。」汐止がごみ袋を渡しながら「優君もそれでいい?」と聞いた。

 「別にそれでも構わねえけど。その前にやる事一つあんだろ。」

 「なんだよ。」「どうしたの?」

 汐止と俺は同じように聞き返した。

 優は俺と汐止の前に歩いてきた。

 「大智。凪に対して苗字呼びを辞めないか。」

 優は照れながら「ほら、なんか仲間って感じがしないじゃないか。」

 「せっかく、仲も深まってきて今からもっと熱い事するんだろ?想像してみろよ。胸熱なシーンで苗字呼びなんて冷めるだろ。なぁ大智」

 「お・・・おぅ。確かにそうだな。」優の気勢に怯んだ。

 「せっかく凪は俺たちに歩み寄ってくれているんだぞ。」

 確かに汐・・・凪は早めに「大智君」と呼んでくれていた。

自分の顔が熱くなるのが分かる。

 「呼び方なんて、気にしないよ、大智君。」

 凪が気を遣いそう言ってくれた。

『よし!頑張れ俺』そう自分に言い聞かせ重たい口を開く。

「まあ、これからもよろしく凪。」

凪も顔は見せずに「こちらこそ」と言ってくれた。

「よし!これで無敵のチームの完成だ!」満足そうな優は「昔読んだ小説に、『思っている事は簡単には伝わらない。だから思いを行動に変えていけ』と書いていた。」

自慢げに語る優に「優は昔から小説読まないだろ。」そう言うと凪は笑いながら「やっぱり、読まないんだ。」と言った。

こいつ凪にも言っていたのかよ。

「まぁ、そんな事は置いといてさっさとやろうぜ。」優は恥ずかしそうに歩き、凪も「そうね。」と言い、歩き出した。俺も二人に負けないように足を上げた。


18時40分各自集めたゴミを持って集まった。少し見映えが良くなった海を見て、嬉しい気持ちになる。気付いたら優も俺もシャツ1枚で、できる限り涼しい格好になっていた。凪はハンカチで額を覆おっていた。

ゴミ置き場に運び、暗くなる前に帰路につく。


バス停につくと、シャツをパタパタさせ、優が「あっちー。何度あんだよ。」と言って。ジュースを凪と俺に渡してくれた。

ジュースを受け取りお礼を済ませ「今週は30度越えるらしいぜ。」と今朝ニュースで見た事を言う。

記憶にも残らない話はバスに乗り込んでも続いた。最近二人と喋れてなかったから話が盛り上がった。


バスが発進してから5分程した時優は急に話題を変えた。

「なぁ、凪さんよ。いつまで準備運動をするつもりだい?」

唐突すぎて話の本質が分からなかったが、凪の方は分かっているようだ。

「やっぱり。気付いていたのね。」微笑しながら答える。

「もう少し早くするつもりだったけど、大智君が思っていた以上に頑張ってくれたから。」

「それは知っている。しかしこの話とは別だろ?」

俺だけが話に追い付いてない。優に説明を求めた。

「私から説明するね。」優を遮り、凪は続ける「私たちは花火が見たくてボランティアをやっていた。でも実際やっているのはゴミ拾いだけ。去年もゴミ拾い等の活動はあったよね?」

「そうだな。何人かは、活動していたような気がした。」

「そう、ここまでは去年と同じ事をしているだけ。」

 「でも違うことは一つだけある。それは私たち・・・つまり私と大智君はごみ拾いを継続していた事。」

 「その事が去年と違うってどうやって繋がるんだ?」

 「人に与える印象が違うのよ。去年は誰がやっていたのかも分からないけど今回は違うでしょ。」

 「確かに最近『頑張っているな』と言われる事が増えたけどそれがどうしたんだ?」

 「つまり」と言い凪は「私たちがリーダーになればいいのよ。」

「私が思うに、行事ごとはリーダーが居ないと成り立たないと思うの。今までリーダーと言える人が現れなかったから出来なかったと思うの。ゴミ拾いはそのリーダーになる為の準備運動ってこと。」

 だんだん理解が出来てきた。今まで祭り事は20~30代の人たち中心でやってきた。しかし田舎のこの町じゃ若い人が減少していき中心となる人が居なかった。その結果、年々規模も縮小してきた。でもこの町の学生が新しいリーダーとなり、多くの学生が参加すれば昔みたいに出来るってことだ。

 「やっと理解できたけど、じゃあ花火を揚げるのには大体何人くらい必要だ?」

 「町内会長が言うには50人は必要だって。」

 想像していたより多く驚いてしまう。俺たち3人が頑張っても50人分の働きは出来ない。

 「でも何か方法はあるんだろ。」優は落ち着いた口調で凪に聞く。

 「うん。明日の終業式で校長先生にみんなの前でスピーチさせてくれる時間を貰ったの。それに賭けるしかないわ。」

 優は「博打師め」と煽った。

 それを聞いた時、俺は不思議と不安では無かった。凪はクラスでも人気者だし俺と比べ人前で喋る事にも慣れている。

 そう思い俺は凪に精一杯応援するつもりで「頑張れよ!」と言った。

 

次の日の朝、いつもの様に優と並走し学校に向かっている。

優は「今日は勝負日だな。」と言い出した。

 「そうだな、まぁ凪なら大丈夫だと思うし心配は無いけどな。」

 「いいねぇー。大智はなぜそんなに凪を信用しているんだ?」

 「何故って分からないが、そんな気がするからだよ。」

 「そうか。」優は自転車を近づけ「ちゃんとスピーチ前には励ましてやるんだぞ。」

 「そのくらい、分かっているよ。凪は俺の応援無しでも成功しそうだが、戦友として一言掛けておくよ。」

 「あぁ、それで良い。」

 「けど、そんなに応援されると違うのか?成功しそうな凪には言いすぎると返ってプレッシャーに感じないか?」

 「応援は必要だぞ。応援されて嫌な人はいないさ。特に大智みたいに『信じている』なんて言ってくれる人のな。」

 妙に近くなった優との距離を少し離し「そんな、もんか。」と言った。 優は「本心を言ってやれよ」と付け足し、話の話題は変わった。


1限目が終わり、貰った成績表をカバンにしまう。次は終業式の為、トイレに向かう人や早く帰れる様に帰り支度をもう始めている人もいた。凪はチャイムと同時くらいに教室を出て行った。凪を追いかけ廊下に出た。割と近くにいた凪に「よう。」と話しかけた。

 「おはよう。大智君今日は勝負日だけど私に任せてね。」凪は少し笑った。

 「凪なら大丈夫だよ」

 いつもとは様子が可笑しいと思った。

「緊張している?」

 「少しだけだよ。でも大丈夫だから。」

 『凪はいつもと様子が違う』そう確信した。しかし何と声を掛けたら良いのか分からない。頭の中で様々な事が思いつく。

霧が濃い頭の中で浮かんだ正解と思った言葉を口にした。

 「凪、きっと大丈夫だから頑張れ。」

 「ありがとう大智君。元気出たなー。」凪は笑い、伸びてるポーズをとる。

 「おう。それなら良かった。」

 時間がゆっくり進んでいる感じがした。

凪は時間を確認して「じゃあ行くね。」と言い体育館の方に歩いて行った。


 歩いていく凪を見て、口にした言葉は違うと痛感した。

何と言えば正解だったか分からなかった。

『くそっ。優ならどうしたんだ。』そう呟いた。


 そんな後悔とは裏腹に凪は壇上の上では自信満々に話していた。面白いジョークやユニークな話はしていなかったが、全校生徒300人程度、全員凪に釘付けだった。

 結果としては大成功だったと思う。「参加するよ。」って言ってくれる人は大勢いた。体育館から出てきた凪は喜びながら「今日の放課後は予定決めで忙しくなるよ!」と言っていた。

 引きつった笑顔で「良かったな。凪なら大丈夫だと思ったから。」と言った。


 終業式が終わり、昼飯を済ませた後、凪と自治会の集会所に向かった。充分な人数を確保できた為本格的な話し合いをするためだ。

深呼吸が多い俺を気にして凪が「緊張しているの?」と聞いてきた。

 「当たり前だろ。寧ろ何でそんなに楽しそうなんだよ。」

 「緊張しても何も変わらないでしょ。じゃあ、楽しんだもん勝ちでしょ!」

 「そうだな。」空返事で返した。

 「そういえば優は何で来ていないんだ?」優も毎日ではないが、一緒に頑張ってくれた。同席しても良いと思う。

 「誘ったけど『用事がある』とだけ言ってどこか行っちゃった。」

「まあ、何かあんだろな。」

集会所に近づくにつれ歩幅が小さくなる。

『凪や優は人前で喋るのは苦手ではなかったよな。羨ましい。』と思った

でも怖がっても仕方が無い為覚悟を決めた。


集会場に着くと会長しかおらず、緊張が少し薄れた。

会長は俺たちを手厚く迎えてくれ、ここまでの労いの言葉と人数を集めてくれた事に感謝してくれた。会長しか居ない事を聞くと「色々な人の思惑を学生の前で話すのが嫌だった。」と話してくれた。

用意された席に座り、少し雑談した後会長の「さてと」という声は一気に空気を重くして本題に入った。

「君たちは花火が見たいと言っていましたね。そして人数も集めてくれました。反復するようですが何故、人出が欲しいと言ったと思いますか?」柔らかい口調で聞く。

「はい。会場周辺のテント設営及び撤収作業。海岸の外観景色を維持する為のゴミ拾いやゴミ箱の設置。その他諸々の雑務をするためです。」凪の口調は丁寧だった。

「そうだね。色々人手が要る訳だよ。だから凪君に50人程要るだろうと言いました。」

「君たちが諦めてくれる様に無理な課題を私は出しました。」 

そう言うと会長は頭を深く下げた。

「本当に申し訳ない。どれだけ人数を集めても花火を揚げることは難しいんだよ。」

「えっ」「嘘。」俺と凪は同時に反応した

背筋が凍る感覚がした。態度には出ていなかったが凪の方も動揺していた。

「花火を揚げるには費用も規模も拡大しなければいけ無い。以前は出店数も祭客も多く集まった。だから出来たんだよ。でも今じゃその両方が足りない。」

確かに前までは規模も祭客も多かった。それこそ町1番のイベントだったから。

「でも、何とかならないですかね。地域の人から募金してもらったり。」動揺を隠しながら必死にいった。

悔しくて現実的でない事だと分かっていても口走ってしまう。

「大智君。それもいいが最近の祭りの様子を見て、寄付してくれる人は何人いるだろうか。」

「そ・・そうですね。」

凪の方を見ると、とても悔しそうな顔をしていた。

何故何も言わないのか。一番頑張っていたのはお前じゃないか。

「納得してくれたかな。」

その問いに「はい」というしか無かった。

「すみません。一つだけよろしいですか。」

「どうしたんだ凪君。」

「花火の件は納得しました。現状難しい事も。だけど小規模でもいいので揚げてくれませんか。」

会長は少し難しい顔をして口を開いた。

「そうだね。せっかく人数を集めてくれたんだ。そこは何とか善処しよう。」

「ありがとうございます。」凪は会長に頭を下げた。

「凪、本当に良いのか。言ってただろ。絶対に成功させるって。私なら大丈夫だって。言ってくれたじゃ無いか。」

悔しくてしょうが無かった。こんなにも頑張った凪に何もしてやれない事が。何もできない俺を恨んだ。

「ありがとう、大智君。こればっかりは仕方がないよ。会長さんも悪くないし。運が悪かっただけだよ。」凪は泣きそうな声でそう言った。

「小規模でも揚げてくれるって約束してくれたし。」

「でも・・・」何も浮かばなかった。喪失感が今度は耐えられない程に全身を襲う。

凪の方を見ると堪えられず涙をこぼしていた。気付いた時には俺も泣いていた。その時気付いた。最初は自分を変える為に始めたボランティアも案外楽しかったことに。自分が本気で向き合っていたことに。

図らずも自分が凪に言った事が現実となった。『また繰り返してしまったのか』と思う。

 「本当に申し訳ない」会長はそう言ってもう一度深々と顔を下げた。

 どうしようも無い結果がそこにはあった。


 「遅れてすみません!見る人全員が感動して涙を流す花火祭りの集会場はここで合っていますでしょうか?」

 勢いよく開いたドアに馬鹿程でかい声。

その中心にいたのは優だった。

 「そうであっているが、どうしたんだい優君。」困惑しながら会長は答え、「とりあえず座りなさい。」と優を誘導した。

 優は椅子に座る前に俺と凪に「まだ花火は揚がってねぇぞ。涙はそれまで取っておけよ。」と軽口を叩いた。

 「いやぁー、遅れてすみませんねぇ。集会場なんて行ったこと無くて道に迷ってしまって。」優は呑気に人の気持ちも知らないで馬鹿みたいに元気が出る声で話す。

 「それで、会長さん。花火はどれ位の規模で揚がるんですか?」

 会長は事の顛末を優に教えた。優のリアクションのせいで少し時間が掛かったが。

 「それで、費用が足りない訳ですかー。」

 「そういう事になるね。」

 「これでもですか?」優は俺たちが持ってきた以上の参加表明書を会長に渡した。

 「な。・・・」会長は驚きを隠せず大きい声を出したことを謝罪し、俺たちにも見やすいように机に並べてくれた。

書いてある内容は「○○精肉店参加希望」「××株式会社参加希望」と様々な企業名や団体が書かれていた。

 「これ程の数どうやって集めたんですか?」

 「俺は馬鹿ですから1件、1件回って集めてきましたよ。」

 「優、お前・・・なんでそんなにやってくれるんだ。」

 「親友が自分変えようと暗闇で、もがいていた。戦友が傷付きながらも前向かって進んでた。そんな姿見せられたら、黙って指咥えてるだけは無理だろ!」

言葉に出来ない感情が込み上げる。

優に「ありがとう」と言った。伝わらないかも知れないが心からの言葉だ。凪も何度も「ありがとう。ありがとう。」と言っている。

 「会長さん。まだ足りないですか。足りないようでしたら豪田家総出でも集めに行きますよ。」

 会長は気圧され「豪田さんところの息子さんでしたか・・・どうりて。」と呟き

 「いえ、充分です。学生の皆様がここまで頑張ってくれたんです。ここで折れたら大人の我々が恥ずかしい。」

 「なら、ひとまずは大大大成功と言う訳で・・・」優は腕を真ん中に動かした。凪や俺に、そうするように指示して、3人の腕が重なる。

 優の「俺たちおめでとう!」に合わせて腕を高く上げた。

高校生にもなって少し恥ずかしいが嬉しかった。いや、高校生になったから嬉しかった。


 「羨ましいものです。」会長は俺たちに優しい口調で言い、「君たちは今青春を謳歌しています。それは高校生だからではありません。」会長は優に近づき優の右手を握った。そして凪にも、俺にもしてくれた。

 「3人共。それを思い出させてくれてありがとう。記憶に残る祭りにしましょう。」


 会長は集会場を出る時まで優しく温かく話してくれた。優と凪と別れ一人で帰路に着く。丁度2週間後祭りが開催される為忙しくなるが、きっと大丈夫だ。凪にも優にも助けてもらった。だから少しだけ勇気ができた。                      

 参加表明に書かれていた名前を確認してため息にもとれる様な深呼吸をつく。

心臓が早く打ち出し緊張が走っているのが分かる。


「明日逃げずに立ち向かう。」と呟いた。

深い眠りは目覚まし音により中断された。目覚まし音は何故あんなに無機質だと感じるのだろう。かといって好きな音楽をセットしても嫌いになるだけだった。やっぱり何の感情も湧かないあの音が正解だったのか。

そんなつまらない事を考えながら朝食を摂った。

今日からは2人だけでは無い。10数名の人達を先導しながら頑張らなくてはいけない。それに今日は・・・

「よし!」と自分を奮い立たせ外に出た。


 海岸は1か月前とは比べものにならない程の日照りと熱だった。着く前に汗は搔いていて、凪もハンカチと小型扇風機を手に持ち「おはよう。暑いねー」と言っていた。

凪と大まかな予定を経てた。テント設営した後はゴミ箱や看板等の設置。優のお陰で出店数も多くなった為、何日間はひたすらテントを建てる事になるだろう。

開始時間になり作業を始める。熱中症対策のため休憩をこまめにとり順調に進めた。凪の「午前中はこれで終わりましょう。」という一言で作業を終えた。

俺はある人と話すために昼飯を食べる前に自転車置き場に向かった。自転車の鍵を外し跨る彼を見て、心を落ち着かせ話しかけた。

 「午前中だけでも参加してくれてありがとう。お陰で助かったよ。」こちらを向き自転車から降り「おう。」という返事が返ってきた。

 「午後から部活だよな。」ポケットから出したスマホで時間を確認する。「部活までまだ時間があるし、少し話さないか。頑翔。」

 「ああ、いいぞ。俺も話がしたかった。」そういうと頑翔は再び自転車に鍵を掛けた。

 自販機で買ったジュースを渡し近くのベンチに座る。部活を辞めてから頑翔とは喋った事は無かった。

 「最近部活はどうだ。頑翔がキャプテンになってから、より一層強くなったと噂だ。」

 「強くなったか分からないが、俺たちは進んでいる。」無駄を話さないのが頑翔だ。  

 「頑翔がキャプテンだもんな。そりゃ強くなるよ。」

 頑翔はジュースを口にして「それは関係あるのか分からないがな。」と言った。

 重苦しい空気の中遠くにいる女子騒いでいる声が聞こえた。

 「大智。俺はお前に言わなければならない事がある。」そういうと頑翔は俺の方を見た。

 「大智。す」

 「ちょっと待ってくれ!」焦り、声が大きくなった。即座に頭を下げ

 「俺から言わせてくれ。頑翔。部活辞めてごめん。約束果たせなくてごめん。」思っていた事を吐き出した。

頭を上げた時頑翔は俺の事を真っすぐ見ていた。

 「聞かせてくれ。なぜ辞めたんだ。」

 「練習についていけ無くなったから・・・いや、Aチ―ムなのに練習についていけない。そんな恥ずかしい自分に耐えられなくて辞めた。」

 「そうか。何故相談してくれなかった。」

 「惨めな自分を晒すのが怖かった。」

 頑翔は少し黙った後再び話だした。

 「そうか。なら俺も謝らしてくれ。」

 「頑翔は悪くないよ、俺が弱かっただけだったよ。何も謝る事ないよ。」

 「違う。友達としてお前と向き合わなかったことを謝らしてくれ。」

 言葉が出なかった。頑翔は裏切った俺を友達と呼んでくれた事に。言葉を振り絞り「うん」と答えた。

 「お前が苦しんでいる事に気付けなかった。辞めた後も悩んでいるお前に話しかけられなかった。すまない。」

 頭の中で暴れる頑翔の言葉。何も思いつかなかったが自然と言葉がでた。

 「お互い未熟者だったんだな。」

我に返り言葉を訂正しようとしたが、それよりも早く頑翔は笑った。

 笑いながら「そうだな。お互いまだまだ成長途中だな。」と言ってくれた。

 「頑翔。俺たち結構頑張ったよ。どうだろう。祭り成功すると思うか?」

 「知らん。」

 少し声に出して笑った。頑翔は昔から変わらないことを思い出した。

 「成功するかは知らんが。お前は変わったと思う。」 

 「いやー変わったか分からないよ。未だに失敗だらけだし。」

 「以前のお前は失敗すら恐れ動き出さなかったがな。これを通して変わったと思う」

 頑翔に褒められると無性に嬉しくなる。凪とは違う感情だ。照れながら「ありがとう。そう言ってくれたら勇気でるよ。」と言った。

 「ああ。それなら良かった。」

 頑翔は時間を確認し「そろそろ行く。昼からも頑張れ」と言って駐輪場に向かった。

 自転車に跨る頑翔に「今日はありがとう。お陰で助かった。」と言った。

 「構わない。明日も行くから宜しく。」そう言って自転車のペダルに足を掛けた。頑翔は前を向き足に力を入れる。それを見て思わず声を出した。

 「頑翔!夏の大会絶対見に行くよ!」

 頑翔は微笑み「ありがとう。」と言って自転車を漕ぎだした。

さっきまで忘れてた暑さを再び感じ歩き出した。


 忙しくても楽しい日々は長いようで短く感じた。学生である俺たちが主となり進めた為トラブルは多かった。その度に俺や優が数キロ離れた大型ショッピングセンターに買い出しに行った。いつかの買い出し途中で優と二人で食べた、たこ焼きは美味しかったな。

『もう少し長くても良かったな』そんな事を思い朝食を摂っていると母親から「何かいいことあった?」と聞かれた。

 不意の質問に困惑しながら「別に、いつも通りだよ。」と答えた

 「そう。じゃあ楽しいことあったんだね。」

 「なんで、そうなるんだよ。」少し笑い答える。 

 「最近の大智は楽しそうだからよ。」

 「そうか。」

 自分だけ微妙に気まずくなりながら答える。母親はそんな事も気にせず話を続ける。

 「何があったか分からないけど、お母さん嬉しいわ。」

 母親は恥ずかしい事を何故素直に言えるのだろうか。かといって不快な気持ちにならない。この気持ちはなんだろうな。

 「大智。今日で祭りの準備は終わりなの?」

 「もうほぼ終わっているよ。今日は・・・何やるか俺も分からないや。」投げやりに笑いながら答える。

 「そう。」お母さんも笑いながら答えた。お母さんは機嫌よくコーヒーを作り出した。時間が迫っている為もう少し話したい気持ちを抑え出かける準備をする。

 靴を履きドアノブに手を掛けた時母親から「行ってらっしゃい。」と言われた。

 振り向き「行ってきます。」と返し、外に出て空を仰ぐ。『雲一つない空だ。』そう思った後、よく見ると雲を発見した。

 「今日もあっちーな。」

 そう言ってイヤホンをつける。自転車に跨り海岸へ向け進んだ。漕ぐ足は軽かった。


 学生中心の準備は午前中に終わった。凪はみんなに2週間手伝ってくれた事に感謝の言葉を述べた。みんなも凪に「ありがとう」や「明日楽しもうね」と声を掛けて解散した。

 いつぞやの喫茶店にて、3人で昼食を取りながら午後の打ち合わせをしていた。午後からは会長や地域の人。出店して下さる方々に挨拶をしに行かなければならない。

 それが終われば晴れてボランティア活動は終了する。ほぼ終わったに等しく午後の挨拶回りなど気楽に思う。

 「凪、挨拶回りは何を言うつもりだ?」優はコーラを飲みながら聞く。

 「まぁ、無難によろしくお願いします。・・・とかかな。」注文したパフェを大事そうに食べながら答える凪。

 「本番は明日だもんな。何も言うことないよな。」コーヒーに砂糖を入れるか迷いながら話した。

 「でも、頑張って支えてくれた人達だから。少し迷うわ。」

 「特に会長さんは。」と付け足し、再び掬ったプリンを口に運ぶ凪。少し思い詰めた表情の凪に「そんなに気にすることないよ。」と言った。

 休憩し終えた俺たちは集会場に向かった。

 そこには会長や優のお母さんや知らない人達がいた。

 

集会場の中に入ると優のお母さんは「大智君!久しぶりやのーあんた。目もシャキッとして、偉い男前になったな。」大ぶりなジェスチャーと共に詰め寄ってきた。 

 「いえいえ。そんなことないですよ。・・・優君のお陰です。」余りの勢いに、つい変な事を口走ってしまう。 

 「あんた、謙遜もできて偉いなー。でも男はもっとガツガツいかなあかんで!」と言われ肩を叩かれた。

 優は「母ちゃん。また後にしてくれよ。」と言って引き剝がしてくれた。

 優のお母さんは優が霞む位元気な人だ。道で会えば必ず大きい声で一声かけてくれ、何かしら褒めてくれる。とても気持ちが良い人だ。

 優のお母さんは「そうやな。」と言い一度離れ凪の方に近づいた。

 「あんたが凪ちゃんか。毎日、毎日ゴミ拾い偉いなー。あたし感動してもうたわ。ほんまに会いたかったで!。」そう言って凪の肩を叩いた。 

 凪は照れながら「ありがとうございます。でもそんなにたいした事、していませんよ。」と言っていたが、その顔は嬉しそうだった。


 話し合いは問題なく進んだ。今更改善点を見つけたところで本番は明日だ。それに今まで全力で取り組んできた。誰に何を言われようと胸を張れるさ。

 しかしそれは俺だけの考えだった。会長は罰が悪そうに口を開けた。

 「明日の開会式では人が多く集まると予想されます。」

 「はい。街ではお祭りの話題で溢れ、SNSでも注目されています。」凪が答えた。

 「そうだね。花火を揚げ、規模が拡大し、久方ぶりに大規模なお祭りになったんだ。君たちのお陰で」会長はゆっくりだが、力強く感じる話し方だった。

 「ありがとうございます」凪は一礼した。

 「だから昨年までと違い正式に行事として行う事にしました。」

 「おおー」優は嬉しそうに言った。

 俺も嬉しかった。

「そこで開会の言葉を君たちに言って貰いたい。」

そんな事か。と思い安堵した。

 「どれくらい喋ればいいんですか?」優が少しワクワクした様子で聞く。

 「簡単なもので良いんです。2~3分程喋って欲しいだけです。」

 「そうですか。」優がそう返事した。

 喋らせる事に関しては優が一番だ。明日は優の言葉で始まるのかと考えていた。

 しかし会長は凪の方を向きながら「凪君に頼みたいと思っています。」と言った。

 「わ・・・私ですか。」凪は困惑・・・というより焦った表情で答えた。

 「君たちの代表の凪君にお願いしたい。どうかな?」

 「私は、ここで育った訳では無いですし、もっと縁とゆかりがある人の方がいいんじゃないでしょうか?」凪は聴牌し「優くんとか適任でしょうし。」と続けた。

 「これは私個人の願いだ。無理にとは言わないよ。」会長は申し訳なそうにそういった。

 「俺もその方が良い様な気がする。」凪は乗る気では無いが、一番頑張ってきた凪が良いと思いそう発言した。

 「まぁ、悔しいが適任だろうな。」優は発言とは裏腹に嬉しそうに言った。

 凪は少し考え、「そうですか。ならやってみます。私。」と言い、会長の方を真っすぐ見てそう答えた。

 優のお母さんは「うんうん。その方が良いわー。」と言った。会長は長くなることを察したのか「それではお願いします。」と区切りを入れた。

 「本当に簡単なもので構いません。思い出話でも頑張った事でも。よろしくお願いしますね。」そう言い頭を下げた。 

 「精一杯頑張ります!」凪も深く頭を下げた。 

 話し合いを終え、席を立った。集まった人達に「明日はお願いします。」と言い席を立った。

そこからは優のお母さんのマシンガントークだった。優の「そろそろ帰るから」と言う一言で終わった。集会場を出た後一気に疲れが押し寄せ、ため息を吐いた。

 「疲れたねー今日も。」凪が微笑みながら言う。

 「俺のお母さんは凄いだろ。とりあえずみんなお疲れ。」優も珍しく疲れていた。

 「お前も疲れることがあるんだな。何だか俺もすごく疲れたよ。」一日を振り返り特に何もしていないが、体だけが疲れている。

 「みんなお疲れだね。今日はゆっくり休みなよ。」凪はそう言った。

 凪と別れる場所に着くと「今日はゆっくり休みなよ。夜更かしは禁止だから。」と凪は言って別れた。

 その後優とはくだらない話をして早めに解散した。

 『今日はほんとに疲れたな。それに明日は本番だから早く寝よう』そう思い、帰路に着いた。

 明日の用意を済ませ。時計を確認した。現在23時。起きるのは8時。少し寝過ぎる気もするがどうでも良くなりベッドに入る。興奮しているが1時間もすれば眠れると思い目を閉じた。

 

目を閉じて寝ることに集中するが一向に寝れずにいた。いつもは気にしない事に気が回り寝る体勢を何度も変えた。暑い為布団からでるが寒くなり布団に入る。そんな事を繰り返していた。 

 「あぁ、くそ寝れねえ。」そう呟き時計を確認する。時刻は1時を回っていた。

 頭を掻きむしる。眠れない事に対する苛々が少し収まっていく気がした。今度は眠れない不安に襲われる。

 「はぁー」ため息を吐き、寝ることを諦めた。ベッドから出て、とりあえずリビングに向かった。冷蔵庫から水を取り出し一気に飲み干した。

 感情は落ち着いたが今度は変に目が冴えてしまい。本格的に眠れる気がしなくなった。

 『まだ、眠れる』という少しの希望を抱いてリビングに来たが却って眠れなくなった。

 自室に戻り、寝間着から私服に着替える。『少し散歩しよう』半分やけくそになり外に出た。


 外は涼しく快適に思えた。行先も無く歩き出した。昼夜この街は静かだが昼の場合はかくれんぼのようにそこに人が居ると分かり、安心感がある。夜の街は誰もおらず静寂だ。だが不思議と心は不安ではない。昼とは違う街を体感しながら歩いた。

 行先がなく歩き出したが、歩いている途中行きたい場所を思いつき向かっていた。なんの変哲の無いベンチだけが置いている公園。  

公園に着きベンチの上に溜まっている砂埃を手で払い腰掛ける。

ベンチにもたれ掛かり背中を伸ばす。自然と上を向きぼんやりと夜空を眺めた。

ちょうど半年前を思い出す。冬の寒い日、部活帰りだった俺は少しの間一人になりたくてこの公園のベンチに座った。

あの時の俺は昔から好きだったサッカーが怖くなっていた。

3年生が引退し、繰り上げでスタメンになれた時は嬉しいのが半分『やっぱりな』という気持ちもあった。小学校の時から周りからは「サッカーが上手」と言われ、自分でもそれを確信していた。だから好きなようにプレーしても結果として勝つ事が多かった。高校生になった時、チームメイトは俺よりも上手く、今まで通りのプレーが出来なくなった。誰かに強制された訳でもなく失敗するのが怖く、思う様に出来なかった。

「何か違う」そんな事を思いながらも「これが普通だ」と決めつけ深く考えないようにしていた。

しかし心は正直なもので、サッカーに対して昔のように熱くなることが出来なかった。

走り込みも練習も妥協が当たり前になっていた。

だから練習時間長さでカバーした。

これが一番のミスとは最後まで気付かなかった。   

 熱が入ってなく、時間だけが多い練習。当時「なぜこんなに頑張っているのに上達しないのか。」と本気で考えた。

本当は気付いていた。しかし現実と向き合うのが怖かった。それに熱が入って無くても時間が長ければ「頑張っている」と錯覚して安心できたからだ。

 そんなある日他校との練習試合で決定打といえるシーンで失敗してしまった。悔しいというより向けられた期待や羨望を失ったと感じ喪失感の方が大きかった。

 顧問はそんな俺に励ましの言葉をくれたがうわの空だったのを覚えている。

 「走り込みを増やし地道になるが練習量を増やそう。大丈夫。お前には期待している。」         

自分が言って欲しい言葉を投げかけてくれたが、前から抱えていた大きな疑問が突如襲い掛かってきた。

 『なんでこれ以上頑張らなくてはいけないのか』

 自分の中で答えは出ていた。もうサッカーに対しての情熱は無い。走り込みも地道な練習もしたく無い。これ以上失敗して自分に失望するのは嫌だった。

 そこからは早かった。部活を辞め学校生活も適当に過ごした。

 気付いてしまったのだ、失うものの恐怖や傷を負う痛みを。

 適当に過ごせば何も失わない。情熱を入れなければ傷は負わない。そんな人生を過ごしていくうちに、気楽で居心地が良いことに気付いてしまった。

 上を向いていた首を戻し正面をぼんやりと見た。昔の事を思い出し、思考が鈍くなるのを感じた。

 あたりは暗く、長く座っていたせいか肌寒さをゆっくりと感じだした。

 膝を支点にして重い体を持ち上げる。ふらふらとしながら公園の出口に向かう。

 眠気が襲って来たのか、体がだるい。

 出口周辺にある河原町の掲示板にふと目が奪われた。何故見たのかは分から無い。

 「河原町祭り」と書かれたポスターが貼ってあった。背景の絵は違うものの、何年も見慣れたポスターだ。書かれているのは開催場所と日時。

 そして何年かぶりに見る花火が揚がる時間だった。

 食い入るようにポスターを眺めた。不思議と安心感と高揚感が湧き上がった。

 「ハハハハハ」自分でも分からないが嬉しくて笑いが止まらない。通行人に見られたら不審者として通報されてしまうかもしれない。でもどうでも良かった。

 凪との思い出を振り返る。あのバスの中で言う事を聞かない凪を腹立たしく思う反面、羨ましいと思った。

凪は「私についてきて。」と言ってくれた。

 ボランティア活動は、正直辛い事の方が多かった。放課後疲れた体で他人が捨てたゴミを拾う。土日も朝早くから暑い中何時間も作業する。何回、気が狂いそうになったか分からない。

 でも妥協はしなかった。凪が示した世界を見てみたかった。凪や優みたいになりたかった。なにより、もう一度あの時みたいな情熱を取り戻したかった。

 惰性で生活するのも悪くなかった。感情の浮き沈みが無い分、気楽だし居心地も良かった。

でも凪が思い出させてくれた世界は辛い事が大半だが生きている感じがして楽しかった。

 もう一度さっきまで座っていたベンチを振り返り一息した。

 「もう大丈夫だよ。馬鹿野郎。」誰もいない道路に吐き出した。

 誰もいない暗い道だが目的地である家に歩き出した。


 目覚まし時計が鳴るより少しだけ早く起きていた。ベッドの中で音が鳴ることに心の準備をしていた。

 目覚まし時計が鳴ると同時に止めた。昨日は眠れなかった為、頭がぼんやりとする。だが頭の中で祭りの事だけが強調され、ぐるぐると回転している。

 携帯に手を伸ばし日にちを確認する。

 「来たんだな。今日が。」

 高鳴る心臓と共に目が覚めていく。

 ベッドから降り母親に「おはよう。」と言い、風呂場に向かった。

 身支度を終え、母親の「いってらっしゃい」という言葉に「行ってきます。」と返し海岸に向かった。


海岸に着いた時人の多さに驚いた。想像以上に多い人に困惑したが口角は上がっていた。

 いつもより熱い太陽に人混みも相まってとても暑く感じる。いつもは聞こえる波の音も今日は聞こえない。

 呆然と眺めていると凪が声をかけてきた。 

 「大智君おはよう。昨日は良く眠れた?」

凪は白のワンピースに麦わら帽子を被っており海に似合う格好だった。 

 「緊張して寝れなかったよ。そういう凪は寝れたか?」

 「私も緊張して寝たのは1時過ぎだったよ。」

 「なんだそれ。」笑いながら答え。集合場所に向かう。

 「今日、凄い人だね。こんなに来るとは思わなかったよ。」

 「俺もこんなに人が多いのは久しぶりに見たよ。」

 「今日大丈夫なのかよ。開会の言葉をみんなの前で言うんだろ?」

 「まぁ、不安の方が大きいけど何とかなるでしょ。」若干不安そうな顔をしていたが最後には笑っていた。

 「大丈夫だよ。凪なら。」

 「ありがとう。」

 道中で連絡をとり、優と合流し3人で集合場所に向かった。

 集合場所の簡易テントの中には会長や司会の人が居た。ジメジメした空気の中差し出されたお茶を飲み干した。

 「いやぁーホントに暑いですね。でもお祭り日和ですが。」会長がうちわを仰ぎながら言った。

 「そうですね。海のお陰で少しはマシですが暑い事には変わりありませんね。」凪が苦笑いしながら答えた。 

 「みなさん。熱中症だけには気を付けてくださいね。」

 「「「はーい。」」」

 「さてと。凪君。開会の言葉の方は大丈夫ですか。」

 「はい。問題ありません。

 「まぁ、恒例行事だからあまり緊張しなくても良いですよ。」

 「そうですか。ありがとうございます。」

 「凪、開会の言葉は何を言うんだ。」優は貰ったお茶を額に当てて聞いた。

 「それは本番のお楽しみでしょ。」凪は上目で笑いながら答えた。

 「なんだよー。ケチくせぇなぁー。」優も暑さには勝てないのか気だるい感じでそう言った。

 「まぁ、凪もそう言っている訳だし諦めて外に行こうぜ。」開会式まで後10分程だった。

 「そうだな。その前にあれやっとくか。」優は自分の腕を前に出した。

 微笑しながら手を前にだす。凪も「またやるのー」と言いつつも嬉しそうに前に出した。

 「じゃあ、いくか。」優の一声で一気に緊張が走る。

 「ボランティアは辛い事やしんどい事がたくさんあった。正直辞めたいと思った。大智もそう思っただろ。」 

 「あぁ、でも充実感はあった。今ここで立っている事を誇りに思うよ。」

 「そうだよな。凪、人が多いうえに知らない人が多いこの状況でお前は大丈夫か。」

 「当たり前よ。完璧に開会の言葉を言ってくるわ。」

 「そうか。ならいくぞ凪!」

 「「「おおおおぉぉぉぉおぉぉぉぉぉぉ!」」」

 蒸し暑いテントの中三人の叫び声。外の人は他に夢中の為見向きもしなかった。

俺たちの意識は今一つになった。


俺と優は花火を揚げる準備を手伝うためステージから少し離れた所にいた。

「河原町祭りにお越しの皆様、本日は足を運んで頂き大変感謝致します。」

会長の一言と共に開会式が始まった。モニター越しに見る会長は堂々としており、『慣れているんだなあ』と感じた。

人々は「何か始まった。」と軽い感じでステージに集まった。離れた場所からでも賑わっているのが分かる。優は「ゾンビ映画みたいだな。」と言っていた。

「凪も画面端だが映っているぞ。」と優が呑気に言った。

モニターを確認する。真ん中に会長が映り左には司会者、右端に凪が映っていた。

画面端に映る凪に不安感を抱いた。凪の顔は緊張や集中しているのでは無く、不安や恐怖を抱えており、まるで必死に何かから目を逸らしている様だった。

「なぁ優、凪少しおかしくないか。」

「さぁ、緊張しているんだろ。何たってこの人だかりだからな。」

「いや違う。緊張とかではない、もっと何かを思い詰めた顔していないか。」

「では続きまして番館高校2年生汐留 凪さんの開会の言葉です。」司会の人は流暢に喋る。台本に書かれているのであろう高校の説明とボランティア活動を始めた経緯などを簡単に説明していた。

「俺にはいつもの凪にしか見えない。大丈夫だ。あいつはいつでもやる奴だ。」

 「そうだよな。あいつはどんな時でもやる奴だもんな。」優に言ったというよりかは、自分にそう言い聞かせた。

俺が行っても何も変わらない。

 「それでは汐留 凪さん。開会の言葉をお願い致します。」司会者は凪にマイクを渡した。

 凪は一瞬遅れマイクを受け取った。口元まで運ぶ手は微かに震えている様に見えた。

 「み。みなさん本日は。集まりいただき。あ、ありがとうございます。」

 ぎこちない挨拶。下に視線が向いている。凪はモニター越しでも分かる程顔が真っ赤だった。

 「えーと今日は。みなさまに。」

 その時「キーン」という甲高い音が響いた。凪は驚きマイクを顔から離しマイクのスイッチを切った。

 凪は再びマイクのスイッチを入れた。それと同時に甲高い音は鳴り続けた。

 マイクの機械エラーだと瞬時に理解した。

 司会の人が裏からマイクを取るように指示を出していた。俺は一安心して凪の方を確認した。

 凪の顔は怯えており、「絶望」そのものを食らった様だった。

 その瞬間俺の体は動いていた。前しか見られないくらい全力で走り出した。

 自分が何をしているのか、何をしたいのかも分からない。でも体が勝手に動いた。全ての力を使い走っている。いつもより一段と濃い霧が立つ頭の中では滝の如く考えが浮かんでいた。「俺は何をしているんだ」「どうすれば良いんだ。」「なんて声を掛けたら良いんだ。」そんな考えが頭の中で暴れる。

 後ろで優の「待ってくれ大智。」と声が聞こえた。我に返り後ろを振り向く。

 「はぁはぁ。時間が。はぁ。無いから。はぁ。一言だけ。言わせてくれ。」優は荒い息を抑え、膝に手をつきながら言う。

 「何も考えるな!お前が言いたいことを言え!」

 その言葉によって頭の中で立ち込めた深く濃い霧が晴れた。

 「了解した相棒!」

 凪を見る。替えのマイクを貰い再び口に近づける。まるで嫌いな食べ物を食べる子供みたいだ。

 走りながら。一つの事を思い浮かべた。今まで考えない様に逃げ続け、自分の中で勝手に答えを出し、それに正解と決めつけた問題を再び引きずり出した。

 「どんな奴でも怖い事はある。」

 優は話すのが好きだから話すとき何も怖がってない。頑翔はサッカーが好きだから走り込みも苦じゃ無い。凪は凄いやつだから何でもできる。

 違うんだ。全員何かしら怖い事や嫌な事はある。それに向き合っているから強くて凄い人になる。みんな、怖がりで弱い人なんだ。


 ステージの最後尾に着いた。謝りながら人混みをかき分ける。ステージ上で凪は「すみません。えーと」ともう一度挨拶をしようしている。

 最前列に出た時凪の顔を見た。凪は下を向いていて焦点が定まってない。いつもの覇気はすっかり無くなっていた。

 前列に着き大きく息を吸う。何を言うか決まってない。この後どうなるのかも知らない。

 「凪!!」

精一杯声を出した。凪に届いてほしくて。

 一瞬周りがシーンとなった。周りの人は驚きこちらを見ているのが痛いほど分かる。

 凪と目が合う。凪は口を少し開け、驚いた顔をしていた。『当たり前か』と思うと同時に『少し声を落としても良い』と瞬時に判断した。

 余計な事は何も考えず、凪から目を逸らさず口を開けた。

 「お前なら大丈夫だ。頑張れ!」腕を凪に向け親指だけを上げた。

全速力で走り、力を使い果たしたつもりだったがまだ全身に力が入る。

 周りの人が「何があったの」や「急にどうした」と言っているのが分かる。

 凪は口角を上げ微笑んだ。マイクを口に近づける。

凪に自信のオーラが纏っている様に見えた。

 「あっ、あっ、あっ。うん。OKマイクが完全に戻ったね。」そう言うと凪は上を向き会場を見渡した。

 「みなさんお待たせ致しました。本日、河原町祭りの開会の言葉を担当させて頂く汐止  凪です!」

 凪の表情に恐怖は消えていた。会場を巻き込んだ凪の声はとても頼もしかった。

 徐々に自分の鼓動を感じるようになり口の中で血の味を感じた。よろよろと列から外れ後ろの方に向かう。歩きながら感覚が戻るのが分かる。足は震え、腕に力は入らない。凪より赤いであろう顔を隠しながら集団の最後尾まで着いた。

 凪は楽しそうに話している。声には芯がありよく聞こえる。姿は見えないがとびきり笑っているだろう。

 最後列には優がいた。腕を組み歯をむき出しで笑いながら「かっこよかったぜ、大智」と言った。

 優は手をパーにしてこちらに向けてきた。

 二人とも全力で腕を振りかぶり「パンっ」と気持ちが良い音が鳴った。

 ジーンとする腕を気にしながら「今日の大声選手権は俺の勝ちだな。」と返した。

 

 祭りは大成功だった。SNSで拡散され、コメント欄では「ここどこでやっているの?行ってみたい」や「こんな祭りやっていたの。行きたかった。」など様々な反響があった。テレビでも取り上げられ「祭りを復興させた高校生」として注目された。祭り後の撤収作業では常に胴上げ状態で大変だった。

 祭りから3日が経ち全てが完全に終わった。清々しい気持ちが半分虚しい気持ちもあった。

 すっかり習慣となった早起きのせいでアラームが鳴るより早く起きてしまった。目覚まし時計のスイッチを切り、体を起こす。身支度を済ませ外に出た。

 行く宛も無いまま自転車に跨った。吸い込まれるように海岸に向けて漕ぎ出していた。 

 一面に広がる海を一望した。何度見ても綺麗と感じさせる海は深いなと思った。

 防波堤沿いに一人の女性が座っていた。後ろ姿だけで誰か分かる。凪だ。

 「よう。凪もここに吸い込まれたのか?」

 「あら、大智君。」凪は少し驚いていた。

 「その表現があっているかもね。吸い込まれたわ。」笑いながら答えた。

 「ボランティア活動大変だったな。」

 「でも楽しかったでしょ。」

 「そうだな。」

 凪の方を見て「凪、ありがとう。」と伝えた。

 凪は困惑しつつ「いきなりどうしたの?」と聞いてきた。

 「凪のお陰でキツかったが楽しかったよ。それを言葉にしとこうと思って。」言いたいことはもっとあったがこれでいい気がした。

 「なんだ。いきなりだからびっくりした。」と凪は上目遣いで笑った。

 「凪はこれからどうするんだ?」

 「そうだね。まずは勉強かな。」凪は足をパタパタと動かし「最近忙しくて出来てなかったし」と付け加えた。

 「大智君は何かする事決まった?」

 「そうだな。やりたい事は一杯できたが。」

 空を見上げた。雲は無く快晴だった。

 少し考えた。

 あの時から俺は変われたのだろうか。その答えは分からない。不安や課題は沢山ある。

 でも、もう俺なら大丈夫だ。

 「まずは学生生活を全力で楽しもうかな。」




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