三味線お竜とドラゴンナイト
竜騎士のザンクロー・ネズウィッチ伯爵は窮地に陥っていた。深夜零時までに結婚しないと莫大な税金を支払わねばならないためである。
富国強兵政策の一環として人口の倍増を計画する祖国の政策に異を唱えるつもりはないけれど、独身税が平等でないのは納得いかない! とザンクローは不満たらたらだった。資産に応じて納税額が変わる累進課税は不公平だ! と彼は税務署に文句を言ったが、それで何がどうなったということはなく、ただただ時を無駄に使うだけに終わった。
そして遂に期限の日が来た。タイムリミットが迫る中、ザンクローは元カノたちに連絡をしまくったが、どれも彼の方から断った。元カノどもが皆、彼のピンチを知っていた。そして彼の足元を見て、条件を付けて来たのだ。例えば「財産の半分は私の名義に書き換える」とか「自由に浮気が出来る権利が欲しい」とか「愛人の男たちを養え」とか「お腹にいる赤ちゃん――他の男の子だ――を認知して」等、飲めない条件をどいつもこいつも突き出してくるのである。
イケメンで高貴な身分のザンクロー・ネズウィッチ伯爵は、女たちに対する己の影響力を過信していた。誰も彼を心の底から愛していなかったのである。
頭に来たザンクローは、とうとう禁断の技術に手を出した。
法律で禁じられた古の魔術を使い、自分の言いなりになる美女を創造しようとしたのである。
この魔法は、失敗すると異世界から邪悪な怪物を召喚する恐れがあるため、使った者には厳罰が与えられる。
だが、失敗しなければバレない! というわけで、美男子で賢いが倫理的には性根の部分が腐っているザンクローは禁忌の呪文をドンドン唱えた。何しろ、時間が無い。チンタラしていたら午前零時だ。その前に役所へ婚姻届けを提出するのだ!
「美人でスタイル抜群で最高にエロくて、そして気持ちが弱くて、こっちの言いなりになる都合のいい女、出てこいや! 出てこいや! 出てこいや!」
大体そう言った趣旨の要望を古代魔法の言語で詠唱すること数時間……とうとう、ザンクローの前に美女が姿を現した。長い髪を結い上げた女が、東洋風の奇麗な着物を着て、手に弦楽器を持ち、背筋をピンと伸ばして、彼をギロッと睨んだ。彼女は言った。
「ここはお座敷かい? それにしちゃ畳が見えないけど」
それから女はザンクローに尋ねた。
「あんた、誰?」
畳というものが何なのか、ザンクローは知らなかった。そして貴族の自分に対し、こんな無礼な口をきく女にも初めて会った。彼はブチ切れた。
「なななな、なんだ、お前は! 誉れある竜騎士のイケメン青年貴族、ザンクロー・ネズウィッチ伯爵を知らんのか!」
女はせせら笑った。
「名札を用意しときな。字が書けるのならね」
俺は頭がいいんだぞ! と言いかけて、ザンクローは黙った。それを自慢するのは愚かさの証明という気がしたからだ。彼は冷静な口調で言った。
「もう一度、自己紹介をする。私はザンクロー・ネズウィッチ伯爵、お前の夫だ。さあ、我が妻よ、次はお前が名乗る番だ」
「あたしはあんたの妻じゃないんだけど」
「嫌でも妻になってもらう」
「お断り」
そう言って美女はそっぽを向いた。ザンクローは自分の魔法が失敗したことを悟った。自分の言いなりになる美女を召喚しようとして、物凄く気の強い女を呼び出してしまったのだ。
魔法を最初から唱え、別の女を呼び出す時間は、もう無かった。この女から結婚の同意を得るしかない。
「婚姻届けにサインするだけでいい。いうなれば偽装結婚だ。妥当な額の報酬は支払ってやる」
女は鼻で笑った。
「辰巳芸者は芸は売っても体は売らないんだよ!」
何様だ! とザンクローは激怒した。こうなれば、力づくで言うことを聞かせてやる……と邪悪な考えを抱いて女へ足を一歩踏み出した、そのときである。
女は手にした弦楽器の弦を撥で鳴らした。すると、その楽器から黒い影が湧き上がった。その影の中に赤い光が二つ輝いたのを見て、ザンクローは足を止めた。
「お前……その影は、何だ?」
自分の前でゆらゆら揺れる影に身を隠し、女は言った。
「この影は、あたしの守護精霊、戊辰の龍。あたしに危害を加えようとする愚か者を八つ裂きにしてくれるのさ」
影の中に鋭い鉤爪が幾つも蠢いているのを目にして、ザンクローは後退りした。イケメン貴族の顎から脂汗が滴り落ちる。それを見て美女は笑った。
「良くないことを考えなきゃ、もっと近寄ったって平気よ」
そして彼女は自己紹介をした。
「あたしは江戸は深川の辰巳芸者、三味線お竜。よろしく」
ザンクローは深々と頭を下げた。
「三味線お竜さん、サインして下さい。お願いします」






