後編
またまた時間切れです。
イラストはヒロインの鈴木栞さん(30)( *´艸`)です
おおよそ週に一度、コウキくんと小夏ちゃんのバイトが重なる日があり、その日の小夏ちゃんは、いつもにも増してキラキラしている。
二人のやり取りを見ていると“姉さん女房”のラブラブ新婚家庭と言った感じで……とても微笑ましい。ただ、その影響か……若い女の子の来店がちょっと減る様で……
せっかくバイトが二人居るのに、コウキくん一人の時より来客数が減って“店長”としては少々残念なのだが……“素”の私としては見ているだけで幸せな気分になれた。
考えてみると……自分が味わった、あの“荒んだ”新婚生活とは全く違った二人のふんわりとした雰囲気は……自分も追体験している気がして、癒されるのだ。
そんなある日、
「今日もバイト二人シフト! また癒されるな!」と二人を見ていたのだが……どうも小夏ちゃんの様子がおかしい……そう言えば今日は私も熱っぽい……風邪が流行っているとお客様もおっしゃっていたなあ……
「小夏ちゃん! 今日は少し元気ないようだけど……ひょっとして風邪? 先に休憩入る?」と尋ねると、小夏ちゃんは小声で私に囁いた。
「違うんです……明日から3日間、カレと旅行なんですけど……」
「えっ?! まさか旅行前に喧嘩したとか??」
「いえ! 喧嘩はしてないんです!!ただ……最近は、カレも忙しいし、会うのもちょっと食事するくらいで、それもお互いスマホいじってって感じだから良かったんですけど……」
「うまくいってないの??」
「カレの方は変わってないんです、多分……変わったのは私の方で……」
「気持ちが離れた?」
そう尋ねると小夏ちゃんはコクリ!と頷いた。
「お泊り旅行、それも二泊だから……間違いなく、カレ、迫ってくるだろうし……」
「まあ……男の子だしね」
と自分の“過去”を振り返りながら私は言葉を継ぐ。
「するのがイヤ?」
「…………」と小夏ちゃんは言葉に詰まる。
「他の誰かを思い浮かべてしちゃうってコも居るみたいだけど」と水を向けると、小夏ちゃんは俯いてしまった。
私も自分の事みたいに胸がシクシクしてしまったのだけど……
「まだ、お付き合いしてるだけなんだから!もしそういう状況になってしまうのだったら、お別れした方が後悔が少ないと、私は思うよ」
と言ってあげるのが精一杯だった。
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お店を開けている間は気が張っていたせいかそれ程では無かったのだが、家路に向かう途中で歩くのもままならないくらいに頭痛が酷くなり、コンビニで買ったお弁当を無理無理飲み込んで、お風呂にも入らず寝込んでしまった。
その日見た夢はどれも最悪だったけど……一番最後の夢は……
私が『小夏ちゃん』で、どす黒い顔色で能面みたいな表情のカレシから迫られて逃げまどい、ベッドの上から転げ落ちても尚、カレシに部屋の隅まで追い詰められて
「コウキくん!助けて!!」
と叫んだところで目が覚めた。
途端に激しい頭痛がして、体は汗だくなのに寒さで震えが止まらず動く事が出来ない。
やっとの思いでベッドサイドのスマホを取り、『鈴木コウキ』へ“個チャ”する。
『今日、風邪で臨時休業 申し訳ないけど学校へ行く前に店に張り紙して バイト代はフルで出すから』
『そんな位の用事ではバイト代貰えない。住所と欲しい物、教えて』と返信が来て
コウキくんは学校帰りにウチに寄ってくれた。
でもその時の私の体調は最悪で……スマホから『今、出るから待ってて』とメッセし、ベッドからドアに辿り着くまでのほんの数歩の距離に恐ろしく時間を要した。
やっとの思いで鍵を開けるとコウキくんが飛び込んで来て、よろけた私を抱きかかえてくれたのに……
その胸に思いっ切り“戻して”しまった。
「とにかく!!」と
コウキくんは“買い物”を振り出して空にしたレジ袋を私に握らせた。
「店長! とにかく吐けるだけ吐いて」
私が涙目でオエオエやってる最中にコウキくんはネクタイを外し、ワイシャツとTシャツを脱いでしまって、脱いだTシャツで床を拭いている。
「雑巾とか適当に借りますね」
どうやら、トイレや洗面所を行ったり来たりしている様だ。
あぁ!!十九の時、駆け落ちの様に実家を飛び出してから今まで……こんな事は一度も無かったのに!!
吐き尽くしたレジ袋を情けなく抱えた私は、前に跪いたコウキくんに「ごめんなさい」としか言えなかった。
「店長! 目を閉じて少し顔を上げて下さい」
しょんぼりとした気持ちで言われた通りにすると、コウキくんはすっぴんドロドロの顔を“ホットタオル”で、そっと拭いてくれた。
そんな事をされると、私の中の“小さな女の子”が泣いてしまう。
「着替えの……シャツやパジャマの場所さえ教えていただければ、清拭用のお湯やタオルと一緒にお持ちします。あと、漂白剤を見つけましたから消毒用でお借りしますね。今着てらっしゃるのも白だから、色落ちは大丈夫ですよね」
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廊下から“お姫様だっこ”でベッドに連れていってもらってからは、私は全くの“お子ちゃま”になってしまってコウキくんに一晩中付きっ切りの看病をしてもらっていた。
なのに、
いつしか寝入ってしまった私は……目が覚めたら傍に十朱さんがいらっしゃったので本当に驚いてしまった。
「コウキは学校へ行ったよ。出掛ける時、まるで『病気の恋人を残していく男の子』っていう切ない顔してて、可愛かった。あの子と何かあった?」
確かに……べったりと甘えてしまった私は……際どくも、カレに背中まで拭いてもらっていた。
「……ほんの少しありましたけど、ご心配なさる様な“間違い”は犯していません……」
そう申し上げると、十朱さんはクスクスと笑った。
「心配なんかしませんよ。歓迎はするかもだけど」
「えっ?! えっ?!」と聞き返す私の頭を十朱さんはそっと撫でた。
「それじゃ、私が介助するからお風呂入ろうか?」
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とうに縁が切れてしまった実家は大人数で、幼い私は病気になると隔離され、一日中ほったらかし状態で独りで寝かされていた。
昨日今日と十朱さん親子に看護されて、私は実はとても甘えん坊で……自分がしてもらいたかった事を幼い“ゆっくん”にしてあげていたのだという事に気が付いた。
実際、今、十朱さんにドライヤーを当ててもらっている私はゴロゴロと喉を鳴らす子猫のようだ。
「昨日、お食事はできた?」
「はい、コウキくんが『すりおろしリンゴの葛煮』を作ってくれて……」
「『すりおろしリンゴの葛煮』か……前に『コウキは最初、私に懐かなかった』って言ったでしょ?」
「はい」
「私も滅多に病気はしない方なんだけど、あなたと同じ様に風邪で寝込んでしまった時に……『せっかくコウキを引き取ったのに、こんな事で寝込んでしまって、情けないし悔しい』ってお布団の中で泣いていたら……コウキが私の為に初めて作ってくれたのが『すりおろしリンゴの葛煮』だったの!『とあちゃん!泣かないで』って。
私、それが嬉しくて嬉しくてたまらなかったのだけれども
私が引き取る前にあの子の面倒を見ていたのが、私より歳下の二十歳そこそこの女の子だったって聞いていたから……その子に対して、コウキをこんな優しい子に育ててくれた事に感謝すると同時に嫉妬もしてしまったの」
私はまるで自分の事を言われているみたいで、ゆっくんのお母様に対して、とても申し訳ない気持ちになり、あの時、ゆっくんを手放したことは間違いではなかったんだと自分に言い聞かせる事ができた。
「コウキくんはきっと、自分を守ってくれるはお母さん……十朱さんしかいないと思ったからこそ、幼い手で『すりおろしリンゴの葛煮』を作ってくれたのだと思います。図らずも私も昨日、いただけましたけれど、優しく体に染み入る味でしたから。
だからその方に嫉妬をお感じになる必要など、ございません」
そう申し上げると十朱さんはドライヤーを止めて、私を背中から抱きしめてくれた。
「とても素敵な言葉を下さってありがとう! でも今の私は嫉妬なんかしてないのよ。今の私の願いはね。そう遠くない未来に……コウキが連れて来るカレのお嫁さんを自分の娘にする事なの」
私は背中に、あの『すりおろしリンゴの葛煮』と同じ温かさを感じた。
この様に優しい親子の愛を受ける女性は……やはり、とても愛情深い素敵な人なのだろう。
何か……一瞬の間を置いて、私は夢想する。
もし、小夏ちゃんが、今のカレの事で……“人”の痛みを知る事になったら……本当に可愛らしく優しい女性になるに違いない。私の予感は大抵外れてしまうのだけど、今回は予感通りであって欲しい。
「十朱さんは……心当たりはあるのですか?」
「ええ、でも当人達には言わないわよ。お花は大事に育てないとね」
とウィンクなさった。
十朱さん、私にまで“お母さんの温かさ”をお分けいただきありがとうございます。
小夏ちゃん! 例え今カレと上手くいかなくなっても、きっとあなたは幸せになれるよ。
そして、コウキくん!
あなたはくじけてしまった私の体を、そして心を労わってくれました。
そして私に夢を見せてくれた。
私の愛するゆっくんが、あなたみたいな素敵な男の子になっているに違いないって!!
だから心から心から
あなたに
感謝いたします。
終わり
この物語は、ここでいったん閉じようと思います<m(__)m>
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