第1話:アングル通りの婚約破棄
その令嬢はガクガクと震える身体を押し、前へ、前へと向かう。
デビュタントのダンスを過呼吸寸前の緊張マックス状態でやっと踊りきり、心配した父や兄に連れられて軽食エリアでようやくひと息ついた、その時に“それ”は起きた。
聞き慣れた、けども己にとっては決して忘れ得ぬ名を。
沢山の知らない貴族がいる場を急ぎ足で人波を掻き分け、倒れんばかりに震えながらも前へ向かう。
怖い。
帰りたい。
でも
あの方。
あの方をお救いしなければ!
ただ、その一心で前へ、前へ向かう。
ようやく騒ぎの中心へ到達し、目的の人をを背に庇い、令嬢は眼前の騒動の素を確認してから深く息を吸いこむと、肚の底から一喝した。
「何してくれてんだ、この、○○○○共がっっっ!!!」
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時は少しだけ戻り、場所はエクサルファ国 王宮広間にて。
この年にデビュタントを迎える、全ての貴族子女が一堂に会し、社交界への正式参加と成人を祝う目出度いお披露目パーティーが開かれていた。
子息達は成人貴族としての衣装に、揃いの刺繍の入った白いアスコットタイ、令嬢達はデビュタント指定の真っ白なドレスにロンググローブ、小振りなティアラと王妃から贈られるブーケという出で立ちで臨む。
一生に一度の、初めての晴れ舞台に胸をときめかせ、また、気を引き締めながら感動を分かち合うように会話を弾ませている。
オーケストラ・ピットから楽団が音楽を奏でるのを合図に、デビュタントの子女達が粛々と入場を始め、行儀よく整列し、最上段におわす国王と王妃に舞踏会デビュー初の最敬礼を捧げる。
最敬礼を受け、国王は玉座から立ち上がると
「今日、この佳き日に成人し、社交界へ入る若人達を歓迎する。己が立場と責務を自覚し国の為、民の為に其れを全うせよ。
と、まぁ固い事を言った。
若人達よ、目出度い祝いの日を存分に楽しむが良い!」
そう言い、王杖を床にカツン!と軽く打つと同時に魔法が発動し、ホールの天井からふわり、きらりと小さな光が無数に降り注ぎ、わあっと歓声が上がる。
それを合図に曲に合わせて、デビュタント達は一斉にワルツを踊る。
会場に、幾輪もの華麗な白い花を咲かせるように。
誰もが成人を祝い、喜びと貴族らしい詮索に溢れたこの場所で、雰囲気と目的には全くそぐわない、滑稽な茶番劇が行われようとしていた。
最初のダンスが終わり、国王と王妃が次の祝福の準備の為に一旦中座し、会場から退出する。
各々がダンスを踊ったり会話や食事を楽しむ中、
「ガブリエラ・カンバネリス!いるだろう、さっさと前へ出てこい!」
そう声を張り上げ、己の婚約者の名を呼ぶのはエクサルファ国の第一王子であるナサニエル。
丁寧に編み込まれたライトブロンドの髪に深い藍色の瞳を持ち、人目を引く容貌に理知的な雰囲気の王子ではある。
黙っていれば、の話だが。
その第一王子の隣を、腕に縋るように歩くのは巷の話題を攫っている聖女候補のロレッタ・マリラ男爵令嬢。左右には側近である宰相の子息アイザックと公爵子息ザカリー、騎士団総長子息であるジェイデン、商業ギルド長子息ハーレイをゾロゾロと引き連れている。
その異様な雰囲気に会場はざわめき、何事かと遠巻きに眺めつつ様子を伺う。
第一王子が憎々しげに視線を送る先にいたのはダンスを終え、談笑に興じるガブリエラ・カンバネリス公爵令嬢その人。
ガブリエラは「またか。」と言わんばかりに軽くため息を吐くと、心配する兄や友人達に心配ないと視線を送り、そのままホールの中心へと優雅に歩き出す。
数え切れない程、いや、日増しに酷くなる第一王子の愚行の尻拭いをさせられてきた事を知るからこその身内達の心配なのだが、心配と共に内心には燃えるような怒りを溜め込んでいた。
手入れの行き届いた豊かなゴールデンミディアムブロンドを複雑に編み込み、緻密な刺繍とレースがふんだんに使用された、公爵家令嬢に相応しい拵えの白いドレスを身に纏い、華麗に裾を捌きながら歩く姿に何処からか「ほうっ」と感嘆の声が聞こえる。
「カンバネリス公爵家が一女、ガブリエラ・カンバネリス、只今御前に罷り越しましてございます。
が。このような祝いの場にそぐわぬ無粋な大声と団体ですわね。折角のデビュタントボールに婚約者をエスコートもせず放置し、私に何用でしょうか?第一王子殿下。」
言われた通り、第一王子一行の前へ歩み出たガブリエラ・カンバネリス公爵令嬢が言葉の棘を入れ込みながら問う。
ナサニエルは不愉快な表情のまま、フンと鼻を鳴らし、口を開く。
「口の減らない、相も変わらず可愛げも無くプライドの高い女だ。そこにしがみつくしか能が無いからこそ愚行に走ったか。」
「何の事を仰っているのかわかりかねますが?」
「ハッ、白々しい!お前は!このロレッタ・マリラ男爵令嬢を疎み、散々虐め倒し、孤立させ、あまつさえ命さえ奪おうと画策しただろう!」
そこにナサニエルの側近達が追従するように畳み掛ける。
「貴方が彼女を虐めていた、そして命を奪おうとして依頼した破落戸達から証言は取れていますよ?素直に認めて罪を償いなさい。」
「毎日ロレッタはお前の嫌がらせに心を痛め、味方がおらぬ中、一人で泣いていたのだそ!茶会にも呼ばず、一方的に和から弾くなど陰湿なやり方はお前そのもので、実に見苦しい。」
「取り巻きを使い、己が手を汚さずに可憐な令嬢を貶めるとは…恥を知れ!皆、コイツの見てくれに騙されてるだけだ!」
「公爵家令嬢と言えど、信用を損なうとお家に影響出ちゃうよねぇ。国を跨ぐ商人や商業ギルドにそっぽ向かれたら困るのは誰かなぁ?」
最初に宰相子息が、次に公爵子息が、続いて騎士団総長子息と商業ギルド長子息が言葉を畳み掛ける。
ガブリエラは扇子で口元を隠すと、内心“やれやれ。”と思い、雑音を聞き流しながら件の男爵令嬢をちらりと見やる。
デビュタントボールには相応しくない、フリル満載でチュールとボーンでボリュームを出したプリンセスラインのドレスにこれでもか!とカットを施された細石状の宝石を付けた、男爵家の財政状態では破産確実な金額の装いをした男爵令嬢は、ピンク色の髪をふんわりと結い上げたハーフアップと言う、これまた掟破りのヘアスタイル。
どれだけの金額をつぎ込んだのか。それ以上に彼等の正気を疑う。
ガブリエラが自分を見ているのがわかったのか、ロレッタがびくり、と反応しナサニエルに強くしがみつく。
ナサニエルはロレッタを労るように、差して括れも無い腰を抱き
「あぁ、ロレッタ。僕が君を守るからそんなに怯えないで?君を害する悪女はこれから罰されるのだから。君は唯一なんだよ。」
と、ロレッタの頬に手を添え蕩けるような笑みを浮かべる。
ロレッタも
「ナサニエル様ぁ…ロレッタは皆さんに守ってもらえて心強いですぅ。今までずっと、怖くて泣いてしまったですけどぉ。ガブリエラ様もきっと罪を認めて下さいますよぉ。」
マゼンダで縁取られたピンク色の垂れ目がちな瞳を潤ませ、今は懐かしいアヒル口をキープしつつナサニエルの手に頬を擦り寄せた。
側近達は二人を見つめ、少しだけ苦いものを含ませた微笑を浮かべている。
突っ込みどころが多過ぎる、と心底呆れ返り、はぁ、とガブリエラはため息を吐くとナサニエルの方へ向き直り、
「命まで奪おうとするなど、穏やかではありませんわね。でも私、ひとつとして存じ上げませんわ。学園でのクラスも違いますし、第一、お互いに名乗ってもおりませんので、名前も存じません。その状態で何が出来ると?」
と反論するも
「嘘を言うな!お前は取り巻き連中に命じてロレッタの情報を集め、嫌がらせや虐めを行っていたのだろう!知らない事はあり得ん!」
尚もナサニエルは攻め立ててくる。
「取り巻き連中、とは口の悪い事ですわね。身分に沿うた言葉遣いをなさりませ。」
仲の良い令嬢達を「取り巻き連中」と揶揄され“ピキッ”とこめかみに薄っすら筋が浮かぶもガブリエラは冷静にやり返す。
女の友情は酷く脆いものが殆どだが、折れず曲がらない剣のように強い絆も存在するものだ。
ガブリエラは友人を大切にするタイプであるので、ナサニエルの発した馬鹿にしたも同義の言葉は煮え滾る怒りに燃料を投下する自爆行為である。
「貴方方がちやほやと祭り上げているその令嬢が色々と問題を起こしてくれるので、その解決に私が奔走しておりましたし、ただでさえ王子妃教育や自治会でそのような時間などある筈もございませんわ。そこにいらっしゃる皆さん、誰も仕事をなさいませんものねぇ?」
冷え冷えと、パライバトルマリン色の瞳を少しだけ眇めながらガブリエラが問う。
自分達の事を言われているのだが、ナサニエル第一王子を始め、誰もそれには気付いていない。
「聖女たるロレッタを守る事こそ至上の課題だ。それもわからぬお前に国を支える資格など無い!」
と吠える。
側近達も口々に
「聖女は国の宝ですよ?貴女より余程価値がある。貴女は地位と筆頭公爵家という肩書だけしか価値が無い。」
「それがわからん馬鹿女だから、王子が愛想尽かすのも当然だ。昔から此奴はこうだった。口煩くて適わん女で困る。」
「騎士道の風上にも置けねぇ!虐げる悪女より俺は聖女を守り、剣を捧げるぜ。」
「目幅も利かない、価値もわかってないって、貴族としても失格だよね~。もう止めちゃえば?クスクス」
其々が嘲笑混じりに言う。
ガブリエラはそれを聞いて、改めてこのチンチクリ…聖女と言われている男爵令嬢に目を向ける。
怯えた演技をしながらも、集めに集めた脂肪を更に底上げした胸をナサニエルの腕に押し付けつつ、顔はみっともなくニヤニヤと醜悪な笑みを浮かべる女に。
扇子を閉じ、掌にパシン!と打ちつけつつ
「どう思われようと、私と殿下の婚約は国の為の婚約であり、陛下がお認めにならねば破棄も解消も出来ない事は貴族ならば誰でも存じている事。子供の様にみっともなく喚き散らし、騒ぎを起こす前になさる事がありましたでしょうに。」
正論で正面からぶん殴ってくる、ガブリエラの真っ直ぐな視線と言葉に激昂し、もはや聞く耳を持たないナサニエルは禁断の言葉を躊躇いもなく放った。
「黙れっ!貴様とは婚約を破棄する!!このような悍ましい性根の女と生涯共に過ごすなど出来ん!ましてや国母など以ての外だ!!
そして!
慈悲深きロレッタ・マリラ男爵令嬢を我が新たなる婚約者とする!」
ものすごく!ものすごおぉぉく書きたかった悪役令嬢モノです!!
拙いながらも一生懸命書かせていただきます✧◝(⁰▿⁰)◜✧
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終わりまで構想は練ってありますので、よろしくお願い致しますm(_ _)m