099 ジャミング
「通信……が更に悪化っ! 天候……しろ良くなっ……ですが、最悪……!」
稀に見る好天の中、信じられぬ事に無線が大きく激しく乱れる――
この突然の異常事態を受けて何かおかしいですと高梨が更に叫ぶ。
だが、俺はと言えば、その叫びと同時に響き渡った『いつもと比較にならない程の激しいノイズ』に大いに驚き、反射的に大きく顔を背けてしまう。
「……っ!?」
真横に雷が落ちた時ですら、こんな激しいノイズではなかった。アリスによって補正されなければ鼓膜が破れたのではと思うほどの激音に思わず心臓が高鳴る。
しかし、そんな俺に更に驚きの情報が伝えられる事となる――
<<<ジャミング!>>>
声を発したのはノア、リサ、アリスの三人……専用の回線を使い、今までに聞いた事のない声色で俺に対して一段上以上の厳重な警戒を同時に促してきたのだ。
<我々の使用する全ての周波数帯に同時にジャミングを確認……最小の範囲、一時的な攪乱の為の攻撃……自然発生のモノではありません。明確に我々が狙いです>
そう言ったノアの緊張した声に続き、やれやれといった調子でリサが口を開く。
<発信源は南東、距離は不明……例の消えたレーダー施設かしら……? ん、変更した周波数を追ってきているわね。人為的な現象という事だけは確定したみたい>
更に……ノアから嬉しくない情報も追加で届けられる。
<他機との通信はほぼ不能……それと各隊のホバーが重点的に狙われているようです……こちらの場所は完全に特定されていると考えるべきかと……>
さて、突然の異常事態にも関わらず、最速でとりあえずの情報を伝えてきた二人がそのまま詳しい情報を別途で次々と送ってくる。だが、そんな緊急事態の中でアリスは俺にしか聞こえぬような声で小さくブツブツと何か呟き続けているようだ。
<全部をピンポイントで狙ってきた? 敵は身内……? あっ!? でも、その敵は……この近距離用の回線の存在を知らなかった? これを知ってるのはノアとリサと私だけ……マザーだって知らない……って事はノアとリサは関係ない?>
「なんだ? 何と言ったっ!?」
だが、この彼女の途切れ途切れの言葉を気にする余裕は俺には全く無かったようだ。我々に必要のなくなった対インセクタムだけではなく、対人の情報を持つAIからの同時の最大限の警告だけに俺の危機感が爆発的に膨れ上がってしまったのだ。
「アリスっ!」
<……あっ! す、すぐに敵襲が来るわっ!>
「それは分かっている! それよりも発光信号だっ!」
<りょ、了解っ!>
だが、状況を把握できぬ隊の皆に急ぎ警戒を促そうとアリスが発光信号を打ち上げた次の瞬間……我々に更なる最悪の危機が訪れる事となる――
「南……ン……タ……応っ! 数……明っ!!!」
高梨を通さずに響いた悲鳴のような三波三等陸曹の声……この明らかに緊急のほぼ聞き取れぬ叫び声を聞き、背筋を冷たくした俺はすぐに新たな指示を出す。
「リサっ! ノアっ! 基地の外壁の上を陣取れっ! ノアは内部の状況確認を優先っ! リサは大崎と狙撃開始っ! 驚異度の高いモノから頼むっ!」
そう叫んだ俺もアリスによって緊急に着火されたブースターを一度だけ吹かす。
調整が効かず、燃焼室に噴射剤が多量に送り込まれたのか、大きめの炎が二度ほど噴出する。後方に目を向けずとも見えた炎の流れに少しだけ驚いてしまう。
だがやはり、そんな事を気にしている暇は全くないようだ。
ホバーが捕らえた音、その位置へと向けられたレーダーに次々とインセクタムの姿が映し出されたのか、その情報が切れ切れに我々へと送り込まれてきたのだ。
マップ上に次々と消えては表示されていく無数の赤い点滅に俺は唖然とする。
「一体、何処に……数は?」
<熱源探知距離まで入らないと正確には分かんない!>
「レーダーにも攻撃か……方位は?」
<南からが多いと思うっ!>
「目視は? 何か見えるかっ?」
<ん~何にもっ!>
俺の言葉を受けて実際に周りを確認する様に顔を左右に振ったアリスが答えてくる。だが、本当に不謹慎だと思うが、俺はある一つの事に気を取られてしまう。
「その動きもそうだが……その恰好はなんだっ!?」
<ど、どっちも戦闘用っ!>
眼前のモニターの端に映し出されていたアリスが我々のバイオ・アクチュエーターの色違いを着て、まるでコックピットに居るかのような姿勢となっていたのだ。
「なんで教えてくれなかった!?」
<サプライズだったの!>
「それはまあ……成功だなっ!」
<容量は全然、使っていないから良いでしょ!?>
「そういう問題じゃないんだが……」
<ピンクの差し色が可愛いでしょ?>
「まあ……な……」
まだまだ言いたい事はある。だが、今は眼前の問題へと目を向ける事とする――
さて、我々のほぼ全ての通信機器は絶賛ジャミング中、ほぼ全ての周波数帯域に対して何処からか、強力な妨害電波が当てられている状況となっている。
だが、幸いな事に三人のAIの専用回線には直接の妨害はないようだ。時折、僅かに影響を受けてノイズが入る事はあるが実用に問題はないレベルという事だ。
この見えざる敵は全ての周波数帯域に向けてではなく、我々の現場で使用するモノに対して本当にピンポイントでジャミングを仕掛けたという事である。
そう、敵はインセクタムだけではなく、高確率で身内……人間という事である。
この驚愕の事実を改めて心の内で反芻した俺は小さく溜息を吐き出す――
「今はそれどころじゃないな……」
人類共通の強大な敵が現れた時、人は人同士で争う事を止めるはずという話があった事を思い出したのだ。どちらにせよ、誰かとの争いは続いていくじゃないかという話は置いておいても、それが実現されなかった事に少しだけ寂しさを覚える。
「我々に対するピンポイントのジャミングがあり、同時に多数のインセクタムがタイミングを合わせて現れた。事前に罠があるという情報を合わせて鑑みると……身内と敵が何らかの形で通じ合っているのは、もはや間違いないか……残念だ」
だがやはり、本当に今はそれどころじゃないという事を改めて思い出す。
そう、結局のところ我々は罠にしっかりと嵌められてしまったのだ――
しかしまあ、そうは言っても現状はそれほど悪くない。
大崎からの助言もあり、我々の三つの小隊は互いに連携しやすい位置を保っている。そして何よりも全員が何かあるだろうという心積もりが出来ていたのである。
「相手が誰か分からんが……準備の余裕が無かったか……?」
そう、天候がもっと悪ければ、罠の情報が事前に漏れなければ、ここまでの光景の異質さが隠されていれば、あのレーダーの痕跡が正しく消されていれば、このジャミングが完全に達成されていれば……どれも後一歩だけ足りていないのだ。
つまり、我々には十分以上の勝機があるという事だ。
「我々の一点突破の能力は高い……撤退だけなら……」
だが、そんな中、一つだけ大いにネックとなる事が――
発光信号の点滅から緊急の集結を知った全機が我々の元へと集まる中、俺は既に内部へと侵入してしまった須藤の特殊部隊チームの事を考える。
「まあ、彼らが出てくるまでは撤退できないな……」
<待ってあげるんだ?>
「出来る限りな……そう考えると、これも罠の内か……」
そこまで口にした所で俺は口を噤む事となる。
壁上に就いた大崎機による狙撃が開始されたのだ――




