094 命を預ける相手
整備途中の自機から飛び降り、俺は待ち人へとゆっくり近付く――
わざわざ律義に顔を合わせての挨拶を望んだ男……その割には俺の姿を見ても未だに笑み一つ見せない男がどのような人物なのかを軽く見定めようとしたのだ。
だが、そんな俺の視線を前に男は身じろぎ一つ、瞬き一つ見せない。身内である俺に対してすら、隙一つ見せるつもりは無いという事なのだろう。ともあれ、我々とは比較にならない程に心身ともに鍛えられている事だけが確かに伝わってくる。
流石は精鋭である特殊部隊、そんな彼に対しての興味がむくむくと膨れ上がる。
だが、残念ながらそんな時間は一切ない――
そう、緊急の出撃となった今回、幾つもの確認事項をスキップしてもまだ時間が足りない。例の件への余計な思考の時間も含めると尚更に時間が足りないのだ。
そういう訳で出来り限り、サッサと終わらそう……そんな風に思い直す。だが、少し足早になった俺の耳に突如として場に似合わぬ素っ頓狂な声が聴こえてくる。
「誠二……『橘 誠二』か!?」
声の主は……もちろん、眼前のこれまで隙一つ見せなかった男からであった。
更なる興味を覚えてしまった俺は思わず立ち止まって二度見してしまう――
さて、フルネームで呼ばれた以上、相手は俺の事を確かに知っている……のだが、残念な事に俺の方は驚きを見せている男の顔に全く覚えがなかったようだ。
「君は……確か……?」
そう慌てて口にしつつ、片っ端から記憶の引き出しを開けていく――
そして改めて上から下へと眺めてみた所でフッと僅かながらに記憶が蘇る。
「確か君は……ううむ……確か、す、『須藤 隆宏』……だった……かな?」
どうやら名前の方は正解であったようだ。確か確かと言い続けた明らかに自信なさげな俺の声を受けて小さく苦笑いしていた男の表情が笑顔になったのだ。
「顔を合わせたのは三年も前……話したのは一瞬……何より、その時も俺の方は知っているという一方通行……にも関わらず、覚えていてくれたとは嬉しいな」
そんな事を長々と口にした男の言葉から俺は完全に記憶を取り戻す。だが……
「そうだ! 君は確か……新しく創設された特殊部隊に……」
そこまで口にした所で思わず、言葉が尻すぼみとなってしまう。
そう……当時、彼は確かに特殊部隊へと行った。三年前の時点で身体能力、精神力、判断能力が非常に高く、挺進行動を主とする特殊部隊の適性が大いにあったからである。だが、彼の第一志望は我々と同じ『AA-PE』乗り……であったのだ。
そして残念な事に彼の『AA-PE』乗りとしての適性は非常に低かったのだ。
乗り物に弱い訳ではない。通常の車両であれば、どれも問題なく操れる技量はあるし、自他の運転で酔うような体質の問題もない。問題は神経接続……彼は体質の問題なのか、バイオ・アクチュエーターとのリンク適性が最悪だったらしいのだ。
その為、第一志望であった『AA-PE』連隊は諦めざるを得なかったのだそうだ。
「その……」
本人にとっても嬉しくない話までハッキリと思い出し、遂に沈黙してしまった俺……そんな俺に須藤と呼ばれた男から逆に申し訳なさそうな声が掛けられる――
「黙ってしまったという事は本当に色々と思い出してくれたという事か……まあ、『AA-PE』連隊の件は仕方ないさ……先天的な部分の問題だからな……」
そう言った須藤が力強く言葉を続ける。
「まあ、その件は仕方のない事、どうにもならない事さ……何より、今は精鋭と言われる特殊部隊に『所属できた事は』誇りに思っているからな!」
そんな些末な事はどうでも良いと言わんばかりの彼の力強い言葉……だが、この少し誇らしげな彼の含みのある言葉に俺の方は又もや上手く答えを返せなくなる。
今度は彼の事情ではなく、俺の事情……
そう、彼の所属する新しく再編された『特殊部隊』の主たる任務は『破壊工作、要人暗殺、作戦中枢への強襲、奇襲、後方攪乱』等……なのだが、徹底的に攻め込まれていた所為で現在まで活躍の場が全くと言って良いほどに無かったのである。
ここまで彼が活躍できなかった要因……役に立つ機会を得る事ができなかった要因の一つは我々『AA-PE』連隊が押し込まれていた所為でもあるという訳なのだ。
そんな俺の申し訳なさそうな様子に気付いたのか、須藤が小さく苦笑いする。
「自分たちの所為だと思っているようだな……まあ、心優しい奴の考え方ではあるのだが、そんな考えはただの驕りだ……と思われるかもしれんぞ?」
だが、この彼の優しい忠告の言葉に俺は更に余計に恐縮してしまう。そんな俺の少し情けない姿を見た須藤が諦めたように又もや小さく苦笑する。
「噂では寡黙で真面目で心優しい男と聞いていた。だが、同時に何事にも動じないとも聞いていたのだが……やはり、いつでも噂は話半分って所かな?」
そう楽しそうに呟いた彼がこちらの答えを待たずにそのまま言葉を続ける。
「兎に角、我々にとって重大な作戦の相棒がどんな連中かと探りにきた訳だが……目的は無事に達成できたようだ。もちろん、問題はなかったという意味でだ!」
「そう言って貰えて嬉しいよ……今日の護衛は任せてくれ」
俺の返事に今度はしっかりと笑顔を見せた須藤が踵を返して去っていく――
さて、そんな嵐のように現れて嵐のように去っていた彼の姿が完全に見えなくなったのを確認した所でここまで無言だったアリスが徐に口を開いたようだ。
<何だったのかしら……? 赤城中隊長みたいな性格? でも、ちょっと変?>
準備の邪魔をされただけ……とでも感じたのか、アリスの不満そうな声が響く。
「まあ、たった三年で特殊部隊の隊長を務める事になるような人物だ。普通ではないさ……兎も角、用件は命を預ける相手、その品定めという事だろうな」
<品定めっ!? こんな時に!? もう出撃まで三十分しか無いのよ!?>
「忙しくて慌ただしい……こんな時だからこそさ」
こんな酷い状況での出撃だけに彼も何らかの担保が欲しかったという事だ。
<そうなの? ふーん、この忙しい時に……変なの……>
この忙しい時に何が何やらと明らかに不満そうなアリス……そんな彼女と違い、能力的に優秀と知っている人間と組む事が分かった俺の機嫌は少しだけ良くなる。
だが、そんな俺の機嫌とは別、勘の方は何やら不穏な気配を察知したようだ。
何故だが、彼の去っていた方向から目を離せなくなってしまったのだ――
「命を預ける相手……か……」
二人の旅団長に赤城中隊長、幼馴染の西島、同僚であるマイキーに金田、田沼に大崎、そしてノアとリサ、アリスの姿を思い描いた俺は小さく溜息を吐き出す。
俺も命を預ける相手を見定めなければならないという事か……そう考えた次の瞬間、オペレーターの一人から『出撃まで三十分を切った事』が知らされる。




