表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
インセクタム  作者: 初来月
93/132

093 アリス、歓喜する

 俺の決めた覚悟とは……当然、『アリスとの秘密の共有』である――



 本来であれば、この情報はアリスを含めた全ての者に秘密にしておきたい程の情報なのだが、本当に何者かによって目的地の何処かに罠が張られているとして、その対応を迫られるとなった時、俺一人の力ではどうしようもないと考えたのだ。


 そう、孤立無援となる現場でのアリスの絶大な処理能力は必須……彼女の情報セキュリティ能力をただ信じ、この重要な情報を共有するしかないと考えたのだ。


「何と言うか、中々に厳しいな……」


 だが、これが『見えない敵に抗う我々の陣営の現状』である。


 今の我々には時間、人材、余力は全く無いのだ。先ほどの柏木旅団長の不自然な来訪もその余力の無さの表れである。明らかな不自然さを様々な人に見られ、知られたとしても単独で来ざるをえなかった。もう、そうするしかなかったのである。



 これはどうにもならない現実――



「ようやく力が付いてきたと思ったら……ようやく敵の姿がぼんやりと見えてきたと思ったら……これだからな。既にこんな状況になっているとは……だが……」


<ちょっと! 変な独り言ばっかして何なの? 本当に大丈夫?>


 そう、どんなに状況が悪かろうが、俺はやるべき事をやるしかないのだ。心の中で頬を叩き、改めて覚悟を決め直した俺は心配そうなアリスへと声を掛ける。


「アリス……少しの間だけ()()に……してくれないか?」


 どうやら、この物言いだけで彼女は大半を理解してくれたようだ。


<む…………うん、私が今の言葉に愚痴って誠二が諫めるっていうシチュエーション音声を作って流し始めたわ。時間は五分、自然に聞こえるように調整して……これでもう、相当に注意しないと実際に何を話してるかは気付かれないはずよ?>


 さて、バイオ・アクチュエーター越しに既に不穏な気配が伝わっていたとはいえ、最高すぎる対応を素早く確実にしてくれたアリスにまず感謝の言葉を伝える。


「本当に……最高で素晴らしい対応だ。ありがとう」


<ふふん、部屋の音が煩いから読唇術でもない限り、これで平気だと思うわ! こちらに寄って来る人もちゃんとチェックしてるから安心して()()()頂戴っ!>


 相棒と言うべき彼女の行動に大いに満足した俺は既に流れ始めた架空のやり取りに紛れて外装チェックの作業を始める。併せてすぐに『先の件』へと話を移す。





<罠って……信じられない……誰がそんな事を……!?>


 『静かにって何なのよ』という叫び、そんな造られた自身の声に隠れるように小さく絶句したアリスに俺は現在の一応の答え……答えにもならない答えを返す。


「総理大臣の名義で作戦中止を弾かれたのだから……総理大臣だろうと言いたいが……唆した(そそのかした)連中が居るかもしれんし……ハッキリと言って全く分からん」


 何なのそれと更に絶句したアリス……そんな彼女に俺はそのまま言葉を続ける。


「まあ、今の問題は犯人が誰なのかじゃない……そもそも、そっちは我々ではどうにもならんし、旅団長たちに任せておくしかないからな……問題は罠の方だ」


 そう……場所も規模も方法も分からない罠……そんなモノを出来れば仕掛けた何者かにバレない様に出来る限り自然に回避しなければならなくなったのだ。


 インセクタムが何処にいるかも分からない超の付く危険エリアで……である。


<ただ回避するだけじゃ駄目なのよね? その罠を仕掛けた相手にバレない様に……こっちの情報源を出来る限りに秘匿したまま……って厳しくない?>


「旅団長は俺に任せると言ったが、今後を考えるとな……まあ、出来れば……だ」


<出来ればって、出来る訳ないと思うけど……そっか……うーん、成程ね>


 ここで何かに納得したようにアリスが何度も頷いてみせる……が……


<それで……()()()()バラしちゃったのね……ふーん>


「ま、まあな……」


<ふふーん、そうなんだ……()()()()……ね?>


 静かな声色とは裏腹にニマニマと嬉しそうな気配を出したアリス……何も言わずとも、俺が心から信頼できるのは彼女だけという状況に気付いてしまったのだ。


 だが、その伝わってきた嬉しそうな雰囲気に俺の緊張が少しだけ解れる。


「何やら嬉しそうだが……本当に大変な状況なんだぞ? そんな中で信頼できて能力もあるのはアリス……本当に君だけなんだからな……しっかりと頼むぞ?」


<ふふーん、頼まれたわっ!>


 確実に笑顔になったであろうアリス……その見えぬ姿を横目に俺は話を続ける。





 さて、大いに急かされる事となった出撃まで後三十分といった所だろうか……そんな大いに切迫した中、俺は大急ぎで機体内部の最終チェック作業へと移る。


「よし、内部のチェック作業に移る。()()()()()!」


<了解っ! 頭部HMD・装着開始!>


 次の瞬間、機体に乗り込んでいた俺の身体が僅かに浮き上がる。


 そして……本来であれば、ここから電気系統の確認、装備の確認へと移るのだが、ここからの作業は『偽のやり取りも含めて全て』を信頼するアリスに任せる。


 俺の方は残り僅かとなった時間の全てを思考作業へと回す。


「我々を嵌める罠……どうにかする為の罠……最も考えられるのは群馬方面軍を行動不能に追い込んだという何かだな……俺たちにも同じ攻撃を仕掛ければ全機が揃ってアウトになるからな……この場合は荒川を渡り切った瞬間に全滅だろうか」


<電磁パルスかもって奴? でも、そんな設備、何処にも無いんでしょ?>


「無いらしいな……」


 さて、現在のところ、別動隊によって利根川の手前までの索敵は済んでおり、そこまでに異常な攻撃を受けたという報告はない。併せてインセクタムの発見の報告もない。だが、我々の為の罠であれば当然、我々が侵入した瞬間に攻撃となる。



 兎に角、我々を邪魔したいのか、捕獲したいのか、それとも殺したいのか――



 だが……


「全く想像もつかん……だが何より、そんな手前で機体の故障で撤退という訳にはいかない。折角、積み上がってきた我々の信頼が全て消し飛んでしまうからな」


 この溜息交じりの言葉にやや誇らしげにアリスが反応する。


()()()()()で積み上がった信頼が私たちの人気と共に消し飛ぶのは哀しいわね>


 このどうでも良い反応に俺は苦笑しながら答えを返す。


「まあ、人気は大事だからな……自分がそこに関わりたくは無かったが……」


<誠二も人気が出てきたからね!>


「言わんでくれ……」


 兎に角、この作戦は得るモノの少ないチキンレース……最後まで完遂しても、それほど評価は上がらず……早々に撤退してしまえば評価は地の底となるのだ。

 しかも、賭ける物は評価だけではない……罠があると想定された以上、部隊全員の命も賭けなければならないのだ。分が悪いにも程があるという事だ。


 だが……


「正直、面子を考えると利根川は絶対に越えなければならないだろうな……」


 そう、これから偵察が進むであろうエリア、この一応の安全が確保されたと言うべきエリアは特段の危険が無ければ越えねばならない最低限のラインという事だ。


「ここまでなら即死させる罠でもなければ、早々の救援も見込めるしな……」



 そうなると……利根川を越えて何処まで進む事が出来るかだが――



「土地は平坦で背の高い建造物は少ない。見通しは天候次第だが悪くない。こちらを罠に嵌めやすい地形は精々の所、交差点……そこでの大群の待ち伏せか……」


 だが、そんな頭を悩まし続ける俺に作業中のアリスが又もやと声を掛けてくる。


<誠二……絶賛、悩んでるだろうけど……特殊部隊の人が来たみたい……今、外の整備士の人に挨拶をしたいって言ってるわ……これって誠二にって事よね?>


「それはまあ……そうだろうな……」


 機体の頭部メインカメラと連動した『ヘッド(H)マウント(M)ディスプレイ(D)』……俺は左下に小さく表示された困り顔のアリスとモニターの端に映り込んだ特殊部隊のリーダーらしき人物を交互に見比べる。諦めた俺は機体のハッチ開放を指示する。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ