091 二人の不満
さて、地図上に現れた点滅が何度が瞬いた所でようやく赤城が口を開く――
「今回の作戦の調査ポイントは三ヵ所……その内の一つはすぐそこ、群馬方面軍・第五旅団の最前線であり、最終ラインでもあった熊谷基地だ」
この彼の言葉に合わせ、ここから北西5kmほどの地点が一際、強く点滅する。
ここは旧航空自衛隊熊谷基地を対インセクタム用にと一から造り直した防衛基地、分厚いコンクリート造の防壁に監視塔、トーチカまで備えた昔ながらの無骨な基地である。そして今回、突如として連絡の途絶えたポイントの一つでもある。
「ここが今になって堕ちるとは考えられない……ですよね?」
「新しいエルザも全機に搭載されたと聞くし……そう簡単には堕ちないだろうな」
すぐ隣で落ち着かずにいた大崎、不安そうな彼からの疑問に素早く静かに答えた俺……だが、そんな我々の事は関係なしとばかりに更に赤城の言葉が続く。
「次のポイントはその更に後方に位置する『超巨大建造物群』だ。だがまあ、この二つは我々とは直接の関係はない。ここに向かうのは第三・第四旅団の連中だ。ここは調査のポイントというだけでなく、陽動の意味合いも兼ねている」
そんな彼の言葉の終わりに合わせて今度は旧深谷駅のかなり広い一帯がエリアごと点滅しだす。次の瞬間、一度だけ唾を飲んだ赤城が渋々ながらに口を開く。
「ここが貴様らの調査ポイント……群馬方面軍・第六旅団の前線基地だ」
味方の勢力圏を示すブルー、敵の勢力圏を示すレッド、そして安全の確認ができていないイエロー……その青と黄のエリアに重なるような場所に示された先の光点二つ、その更に遥か北方となる黄色のエリアのド真ん中に新たな光点が示される。
「はぁ……自動車工場の跡地に急造したっていう基地か……距離は軽く十キロ以上はあるな……索敵もできてないエリアと考えると随分と遠すぎないか?」
この金田の愚痴めいた言葉に赤城がすぐに応じる。
「索敵は進めている。まあ、利根川の手前までしか間に合わんが……」
「手前まで……ね……ふんっ」
明らかに不満そうな声を上げた金田……だが、その声にまた赤城が応じる。
「そう、手前までだ……」
この言葉に全てを諦めた金田がやれやれと答える。
「それを俺たちで調べろって事……だったな……」
「そう、それも作戦の目的の内だ……済まんな……まあ、余りに敵が多数の場合、作戦は中止……になるはず……何よりも撤退は貴様ら現場の判断に任せる!」
その熱い言葉に目を瞑り、軽く手を上げる事で応えた金田が更に椅子深くに座り込む。その姿を確認し、満足した赤城が残りの作戦内容を口早に伝えていく。
◇
さて、今作戦の内容を全て聞き終えた我々はそのまま出撃準備へと移る。
だが……そんな中、俺は珍しく田沼と大崎の不満を受ける事となる――
「救助を考えると時間が無いというのは分かります! ですが、索敵も終えてないエリアに我々だけで向かうというのは流石に無謀ではないでしょうか?」
「そうですよ! こんなの今まで無かったじゃないですか!? しかも、新兵だらけだっていう金田隊とは、まだ連携の訓練だってしてないんですよ?」
鼻息荒く、頬を膨らまして怒りを見せる田沼と大崎……そんな珍しい二人の強い愚痴を背に受けつつ、俺は自身の機体の外装チェックを急ぎ行っていく。
だが、同時に……そんな二人へと一応の答えを送る事とする。
「索敵も終えてない、連携も終えてない……そう、普通なら明らかに無謀だ。だが、その無謀を覆せる能力を我々が今、持っていると判断された……という事だ」
<そうよ! 私たちの能力の高さが上層部に評価されたのよ!>
<アリス、静かにしなさい>
<貴女は……まったく……>
さて、突然のアリスの叫びは兎も角、俺の話の中身の方は正しく事実である――
ここ最近の戦闘結果を踏まえると我々の戦力は今までを大いに圧倒してしまったと言うしかないのだ。そう……橘、金田、マイキー、この三つのエース部隊の力を持ってすれば、今回のような無謀な任務も簡単に可能と思われてしまったのだ。
良し悪しは兎も角、赤城中隊長も前澤連隊長もそう判断したという事だ。
「まあ言うほど無理な作戦じゃない……撤退も我々の判断に任されてるしな……」
だがまあ、実際に危険に身を投げ出す方の立場とすれば、そう簡単に納得できるものではないだろう。そう言わんばかり、早速とばかりに田沼と大崎が口を開く。
「撤退と言いますが、我々やマイキー小隊の機体は問題はなくとも他の機体ではイザという時に……向こうは既に連絡網がやられているんですよね?」
「そうですよ! ホバーがやられて各個で脱出とかになったら……三島だって!」
この仲間を想うからこその二人の言葉に俺もすぐに答えを返す。
「そうだな……散り散りにならざるを得ない状況を仮定するならば……間違いなく、機体性能に劣る機体では退路を探すにも一苦労するだろうな……」
さて、田沼は兎も角、大崎まで深く良く考えてくれた事に感動しつつ、改めて俺は言葉を続ける。当然、二人はこの答えに納得しないだろうと思いつつも……
「ギリギリまでは俺がフォローする。だが、その後は覚悟を決めて貰うしかない」
そう、様々な見方があるが、今の時代も自衛隊員は限りなく軍人……色々な面で緩い部分も増えたが、入隊前の戦死に対する覚悟の持たせ方は桁違いに重いのだ。
何よりも……
「戦力が高まった所為で忘れ掛かっていたが……今まで通り……という事だ」
「……っ!? そ、それは……」
「そ、そうですけど……」
その『今まで』を身をもって知っているだけに二人が同時に仲良く黙り込む。
「最大限の努力はする……それだけは約束する」
この俺の『これ以上は受け付けないぞ』という意味を込めた短い言葉……これを受けた二人が諦めたように小さく敬礼し、トボトボとこの場を後にする。
そして……そんな二人を最後まで見送ったアリスがここでようやく口を開く。
<ねえ、なんか何時もより口調が厳しくない? そ、そりゃあ、他に言える事は無いのは分かってるんだけど……怒ってる訳じゃないのよね?>
このアリスの言葉に俺は苦笑しつつも答えを返す。
「あの根が心優しい二人には……今、改めて覚悟してもらう必要があったという事だ。まあ、覚悟という意味では……俺自身にも言える事かもしれんがな……」
そう、他に何も言える事が無かったという事もあるが、これからの戦闘は間違いなく更に激化していくはずなのだ。ここ最近の新型インセクタムが産まれでる速度を考えると……むしろ、激化していく一方にしかならない……という事なのだ。
ポツリと小さく『まあね』と口にしたアリスを背に俺は作業を続ける――




