090 特務、再び
さて、追い出されるような形で隊長室を後にする事となった三人……誰がどう見ても明らかに重い足取りとなった我々の愚痴という名の雑談が続く――
「信じられん……俺たちだけで応答の無くなった基地の偵察だとっ!? 応答が無くなったんだぞ? 間違いなく、敵がわんさかといる場所だろ!?」
この怒りを隠す気もない金田の矢継ぎ早な言葉に俺もすぐに応える。
「本当に信じられんな……第三・第四旅団の人手が足りないとはいえ、また我々だけに出撃命令……しかも、在日米軍まで呼ばれるときたもんだ。はぁ……考えるまでもなく、上層部は何か起こると思っている……という事だろうな?」
この俺の少しばかり憤慨した疑問の声にすぐにマイキーが応える。
「残念だけど……起らない訳がない。そう聞いてきたヨ……」
「そうか……やはり、そうか……」
「というか、困ったら俺たちを送り込んでおけってなってないか?」
「なってるかもな……まあ、良い装備を優先的に貰ってるしな……」
「それだって実験台な気がするぞ?」
「まあ……そうかも……それはアメリカも一緒ネ」
休暇明け早々に受ける事となった重大な命令に三人の深い溜息が響く。だが、ここで幾らグチグチと嘆いても何も変わらないと思った俺がここで話を切り替える。
まあ、切り替えた話題の方も余り宜しくはない話題なのだが――
「仕方ないか……それより金田……君の小隊は……その……大丈夫なのか?」
宜しくない話題とは俺に背を向け、頭の後ろで手を組みながらノシノシと歩く金田、その彼の指揮下となるはずの小隊について……である。
そう、彼の小隊は以前の戦闘で致命的な壊滅をしており、十日ほど前になって、ようやく新たな人員が彼の下に集められたばかりだというのだ。
さて、各隊のそこそこ優秀な人材を引っ張ってきたとは噂に聞いたのだが……やはりと言うか、その件についてはもう既に諦めていると言わんばかりのようだ。
「実戦での訓練で何とか鍛え上げてくれ……だそうだ」
「Oh No!」
「まさか……全員、新兵なのか……?」
俺とマイキーの驚愕の叫びに金田が感情の乗らない声で答える。
「まさか、一応は全員が実戦経験ありだ……一応な……まあ、あれだけ馬鹿みたいに前線が伸び切っている現状を考えればベテランなど連れて来れる訳がないさ……仕方あるまい……ともあれ今回、我々は貴様らの後方支援だ。楽をさせて貰う!」
仕方ないと言ったものの喋り終えると同時に金田が大きな大きな溜息をつく。
聞くまでもなく、彼の下に集められた人員は限りなく新兵……精々のところ二、三度の出撃経験がある程度……戦闘経験が一度でもあれば御の字という事だろう。
そんな彼の大きな大きな溜息に呼応するように俺も思わず大きな溜息をついてしまう。だがやはり、俺も仕方がないんだと思い込む事で何とか心を落ち着ける。
「金田、決して無理はしないでくれよな……」
「分かっているさ……」
明らかにテンションがガタ落ちした三人の足音だけが狭い廊下に響き渡る――
そんな嫌な静寂の中、俺は気晴らしにと改めて今回の作戦について考える。
さて、何か起こるに違いない場所への強行偵察……間違いなく突発的な戦闘が起こると考えてエースである我々がある部隊の護衛として送られる事となった。
その護衛対象となる『ある部隊』とは……『特殊部隊』である。
今回、最も危険な基地内部への潜入・偵察は彼らの仕事となる訳だ――
さて、我々の方は彼らを迅速に送り届け、その現場を守り、安全に連れ帰るまでが仕事となる訳なのだが……だがやはり、一つばかり大きな見逃せない疑問が思い浮かんでしまったようだ。俺は前後を歩く二人へと聞こえるようにと声を出す。
「なあ、基地の内部にアントやワスプがいた場合……彼らはどう抵抗するんだ?」
改めて考えてみると、内部にインセクタムがいないはずが無い状況……そんな中に特殊部隊とはいえ、歩兵を送り込むのは悪手であるとしか思えなかったのだ。だが、そんな状況の当事者になった事もある俺のこの言葉にすぐに答えがなされる。
その声の主は在日米軍マイケル・ヴィクトール・ダグラスことマイキーである。
「ノープロブレム! 何でも歩兵にも新装備が用意されているらしいヨ!」
「歩兵用の新装備……!?」
ほうっと言う俺の言葉を合図にマイキーが更に話を続ける。
「小型レールガン……まあ、小型というには大きすぎるらしいけど……人が何とか持てるサイズにしたレールガンが造られた……という事らしいヨ」
「で、そいつはどんなサイズなんだ?」
「I don’t know!」
「おいおい、適当かっ!? もっと、ちゃんとした情報をくれよ!」
横入してきた金田の言葉にマイキーが大袈裟に肩をすくめる。ともあれ、それなりの立場にいるマイキーですら、まだその新装備とやらを目にしていないようだ。
本当にあるのだろうか……そう訝しんだ俺の視線に気づいたマイキーが答える。
「貴重な人員をただ危険に晒すのは無意味……だろ?」
能天気にしか聞こえないが、何かしらの情報は持っている。だが、その内容はアメリカの機密だけに我々には簡単には詳しく話せないという事なのだろうか……まあ、そう考えるしかなかった俺は黙って軽く頷き、足早に歩を進める事とする。
◇
さて、いつもよりも広めのブリーフィングルーム、そこに集まった橘、マイキー、そして金田小隊……その面々の前にようやくとばかりに赤城が姿を見せる。
「遅くなって済まなかった」
俺は力強く口を開いた赤城中隊長の充血した目の方へと視線を送る。泣きじゃくった……という事はないが、そう見える程に真っ赤になってしまった彼の目……たぶん、余りに危険な任務に少しばかり興奮気味に文句でも付けてきたのだろう。
そんな彼と視線が合い、照れ隠しに思わず互いに小さく苦笑してしまう。
「さて、聞きたい事、言いたい事、色々とあるだろうが暫くは黙って聞いてくれ」
文句や怒りの言葉は俺が全て言ってきたからと口にした赤城が更に言葉を紡ぐ。
「今作戦は応答のなくなった群馬方面軍・活動エリアへの強行偵察である。第三・第四旅団は少し広がり過ぎた戦線の維持で手一杯だ。助力は期待できん」
この言葉を合図に彼の背後のモニターにマップが映し出される。今しがた、伝えてくれた彼の情報通りと言わんばかりに戦線上に小隊の配置図が示されていく。
だが、このスカスカ、穴だらけの配置図に早速とばかりに物言いがつく。
「よ、予備部隊まで出てるんですか!? これって足りないってレベルじゃ……」
真っ先に弱々しく唸るように声を上げたのは……やはり、大崎であったようだ。
そんな彼の本当に大丈夫なのか、実は駄目なんじゃと言わんばかりの口調から不安を受けたのか、この場のほぼ全ての隊員が明らかに表情と言葉を失くす。
だが、すぐに赤城中隊長が持ち前の明るさ能天気さを発揮していく。
「安心しろ! 既に全機のAIのアップデートは完了! 機体自体のアップデートも全て完了している! 慢心ではなく、今の我々は確信をもって強いという事だ!」
少しばかりの大袈裟はあるものの決して全てが嘘ではない……そんな言葉を力強く部屋中に響くほどの声で発した赤城がそのまま更に言葉を続ける。
「さあ、作戦の話に戻るぞ! 前線は前線、配置された奴らに任せるんだ!」
この言葉を合図にするように後ろのモニターの画像が又もや切り替わる。
さて、大型モニターに新たなに映し出されたのは現在の最前線、その北端となるエリア……群馬方面軍がここまで長らく死守してきた『荒川沿いの熊谷市』から『渡良瀬川沿い足利市』、『407号・防壁』で繋がる広大なエリアであった。
そして次の瞬間、そのエリアの近くに点滅が起こる。
「ここが今回の作戦の調査ポイントだ」
我々の視線がそのマップ上の幾つかの点滅へと集まっていく――