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インセクタム  作者: 初来月
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009 産業技術総合研究所

 霞が関にある『産業技術総合研究所』……そこに到着した我々を満面の笑顔で待ち受けていたのは一人の年若い博士といった様相の男であった。


「失礼致します! 本日付で光が丘駐屯地から転属して……」


「ああ、橘一等陸尉に大崎三等陸尉ですね……ようこそ、産総研へっ!」


 整える事すら面倒と言わんばかりのボサボサの髪に不精髭、あからさまに度の強そうな厚い眼鏡に何年も着たままとと言わんばかりの薄汚れた白衣、そして貧弱な身体……そんな『ベタな博士姿』の男が元気よく俺の挨拶を遮ってくる。


「私は『西田 晴明(にしだはるあき)』と言います。これでも研究開発陣のトップです! あ、そちらの自己紹介は結構です。良く知ってますからね! さあさあ、中へどうぞ!」


 自己紹介は結構……


 その普通ではあり得ない言葉に戸惑いが起こり、付き従ってた大崎と反射的に視線を交わしてしまう。だが、自分には分からないという大崎の大袈裟な首振りによる返事を受けて俺は改めて視線を西田と名乗った博士の元へと戻す。


 だが、そんな話題の彼は……既に勝手気ままに動き出していたようだ。


「ほらほら、付いてきてっ! 置いていっちゃうよ?」


「どうしますか?」


「どうしたも何も付いていくしか……ないだろうな」


 訝しみながらも我々は後を追う事とする。





 扉を守る二人の歩哨、ガラス越しの監視員……


 三名掛かりで厳重なチェックが行われるエリアを三つも抜けた我々はようやく地下のフロアへと向かう『専用のエレベーター』へと辿り着く事となる。


「さあさあ、あと少しです! 二人とも乗ってください!」


 戸惑ったまま、誘われるがままに慌てて『専用のエレベーター』へと乗り込む我々……だが、そんな我々にまた新たな驚きが起こってしまったようだ。


「このエレベーター……金属製なのに足音が響きませんね」


「ああ、『AA-PE』の装甲と似た素材が使われている上にやけに分厚いようだ」


 思わず息を飲み、コッソリと慎重に周囲を探る我々に声が掛かる。だが……


「今回の新型AIのテストですが……まあ、見て貰ってからお伝えしますね」


 音も立てず、振動一つ立てずに既にエレベーターは動いていた……という事なのだろう。何時の間にか目的のフロアへと到達していたようだ。


 一足先に降りて脇へと立った西田がニヤケた顔でこちらを見ている。そこからは我々を更に驚かせたいという単純で強い気持ちだけが伝わってくるようである。



 そして……そんな彼の思惑通りに我々は大いに驚かされる事となる――



「こ、これは……スーパーコンピューターという奴ですか?」


「すげぇ……初めて見た……」


 ガラス張りの部屋の向こう……辛うじて奥を見る事が出来る様な広さのフロアに所狭しと近未来を感じさせるような箱状のモノが数え切れない程に並んでいたのである。モニター越しにしか見た事の無いような光景に思わず声を上げてしまう。


 しかし、降りる事も忘れて足を止めてしまった……そんな我々の元へと西田が戻ってくる。だが、慌てて降りようとした俺の進路はそんな彼に塞がれてしまう。


 今度は一体何が……そう息を飲む俺に声が掛かる。


「ごめん……階を間違えた……」


 照れながら操作盤を弄る西田を黙って見つめ、目的のフロアへの到着を待つ。



 そして我々の前に今度こそ本当の驚きの光景が広がる事となる――



 エレベーターを降りた我々の眼前に先ほどよりも巨大なフロアが現われたのだ。


「うおっ! 天井たけぇ!」


 全ての礼儀を忘れた大崎が叫ぶ……だが、それも仕方が無いだろう。


 このフロア、奥行と幅は先ほどのフロアと同程度だったのだが、天井高がやけに高いのだ。軽く見積もって十メートルはあるように見える程なのだ。


 まあ、それもそのはずといった所だろうか……


「奥の円形の台座の上……あれは『AA-PE』……ですか?」


 戸惑う俺の様子を受けて嬉しそうな西田が口を開く。


「カッコいいでしょ? ここが『新型AI』の研究所なんだ! そして……」


 両手を高く掲げ、芝居がかった仕草で反転した西田がそのまま言葉を紡ごうとする。だが、そんな彼の言葉は一人の研究員によって阻止される事となる。


 現れたのは白衣とヒールとタイトなスカートが良く似合う一人の女性であった。


「初めまして橘一等陸尉……大崎三等陸尉も今日から宜しくお願い致します。私は副所長の『川島(かわしま) (あずさ)』と申します。ここからは私が説明させて頂きます」


 有能さが簡単に見て取れるような眼鏡の女性……川島と名乗った彼女が有無を言わさぬ調子で割り込んでくる。そして何か言いたげな西田を端へと追い払う。


「ここまでの彼の対応から少し感じられたと思いますが……彼に主導権を持たすと無駄に話が長引き、無駄に混乱が生まれるという事です……『AA-PE』の方へ」


 美しく軽やかに反転した川島……その軽くウェーブの掛かった長い髪から……僅かに紫がかったような艶のある髪から薄っすらと甘い香りが流れてくる。


「田沼さんと……どっちが良いですか?」


 彼女の美しい立ち振る舞いに触発されたのか大崎がコッソリと声を掛けてくる。


「研究員にしてはバランス感覚が良い。だが……間違いなく田沼の方が上だな」


 違う、そうじゃないと騒ぐ大崎を置いて俺は彼女の後を追う事とする。そして俺はここに来てから一番の驚きを見せる事となる。


「これは……この『AA-PE』は……改良型かっ!」



 格好の良いポーズを取った展示用の三機の『AA-PE』――



 遠目には判らなかったが、微妙な変化が見られるのだ。


「レーダーが搭載された僅かに飛び出た後頭部に変化はない。メインカメラの一つが隠された人の目に位置する強化ガラス製のバイザーにも目立った変化は見えないし、口元に隠された吸排気用のエアインテークにも大きな変化はない。だが……」


 だが、片側のみであった通信用のアンテナが左右二本へと増やされている様なのだ。そして……これらの機体には他にも微妙な変化が見られるのだ。


「装甲がゴム状の何かに覆われている? 『対酸性爆発反応装甲(アレラ)』を無くしたのか? 肩部も盾と一体化しているのか? 固定装備に変更して強度を上げたという事か! それに指の数が増えている? これは一体……? AI用なのか?」


 興奮の為、気付いた事を勢いよく口に出してしまう。


「凄いな……盾の上部の前後に付いているのは可変式のノズルか……? 内側のノズルも増えてるな……こんなに在っても処理し切れないのでは?」


 だが、この俺の少し恥ずかしい反応に西田も川島も満更でもない……と言うよりも、むしろ嬉しそうな表情を見せてくる。


「それだけじゃないんだ……もがっ!?」


「流石です……! この短時間で良く気付かれましたね!」


 別の研究員に口を押えられ、早々に動きを封じられた西田……そんな彼を差し置いて満面の笑顔となった川島研究員の説明が始まる。短い時間で感じられた事だが、西田博士では無駄な説明が多くなってしまうという事のなのだろう。


「それぞれ、別の者が担当なのですが……説明は私からさせて頂きます」


 流石に素材についての理解は難しいだろうと詳しい説明は省かれたが……まず、この特殊な強化ゴム樹脂が改良型の全身を覆う事が伝えられる。


 それに感心しながら何度も頷く俺に更に言葉が続けられる。


「これによって『アシッド』の強酸を最低でも二度は受ける事が出来ます!」


 自信満々、鼻高々といった様子で喋り終えた川島の説明が更に続く。


「耐性が上がったのは強酸相手だけではありません! 衝撃に対しても強くなったのです! 表面装甲に柔軟性が加わる事で一度くらいならシックルの鋭い斬撃の直撃すら防ぎますよ! 当然、『対酸性爆発反応装甲(アレラ)』も追加できます」


 何よりも、このゴム樹脂は劣化した際に特殊な溶剤で簡単に剥ぐ事が可能なのだそうだ。そして逆に貼り付けは噴霧するだけで非常に簡単……どちらにせよ、金属装甲をまるっと修理するよりも圧倒的に掛かるコストが低くなるのだそうだ。


「数少なくなってしまった『AA-PE』の稼働率が上がりますよ!」


 誇らしげな川島……だが、この説明を受けた俺の表情はやや渋くなる。


「それはそれで……パイロットの負担が増えそうな気がするが……」


「ま、まあ、それは……」


 ややテンションが下がってしまったが川島の説明が続く。


「ほ、他にも見えない部分の改善も進んでいます!」


 見た目には大きな変化は無いが、腕部と脚部の大型ショックアブソーバーの機構が『非圧縮性液体の流体抵抗を利用したオイル式』から『各関節部に使われているようなリニア式』のモノへと替えられたのだそうだ。


 他にも俺の気付いた『盾と肩部の一体化』や『AI専用の指上のマニピュレーターの追加』、『各種アタッチメントの配置変更』などが施されたという事である。



 何はともあれ、悪くない変更が大いに施されたという事だ――

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