088 新装備
一週間という長いようで短かった休暇が終わりを告げる――
そんな中、慣れ親しんだ普通の生活と共に戻ってきた我々の『AA-PE』……小さなパーツの隅々までオーバーホールされた機体に乗り込んだ我々の声が響き渡る。
「よーし、アリス! ここからは新しい装備の最終チェックを始めるぞっ!」
<了解っ!>
そう、書類上のチェック、外部アクセスでのチェックを終えた我々は現在、本番同様に機体へと乗り込み、本番同様に最終チェックを進めている所なのだ。
「各部アンカー、俺の指示に合わせて稼働を開始!」
俺の口頭の指示を合図に腰部・前後に無骨に直付けされた縦長の小型ボックスから『アンカー』と呼ばれた物体がスルスルとほとんど音も立てずに伸びていく。
幾つもの金属と繊維強化ゲル、聞いた事もないモノを幾つも含んだ複合素材製の強靭なロープ、その先端に取り付けられた金属製の錘が地面スレスレで止まる。
そのまま何度か、ゆっくりと伸縮を繰り返したアンカーの先端が次の瞬間、腰部前後にある四つのボックスへと素早く滑らかに音もなく巻き戻されていく。
<ふんふん、ロープは最長で五メートルまで……射出可動範囲は……今のところ上下左右に三十度まで……? うーん、これは機体の方での微調整が必要かもね。いずれは改良版が出るのかしら? まあ良いわ! 今度は機能テストをするわ!>
このアリスの声に合わせるようにまた伸びたロープが今度はまるで生きた蛇のようにウネウネと動き出す。次の瞬間、今し方に蛇のように動いてみせたロープが今度は一本の金属製の棒のように中空にピンっと張り詰めたように浮かび上がる。同時に先端の金属製の錘からは元々のカエシとは別の頑強な爪が飛び出したようだ。
ともあれ、このアンカー……見た目の簡素さ以上に高機能であるようだ――
<うんうん、どの機能も思った以上に滑らかに動くわね!>
だが、大満足なアリスと違い、俺はやや妙なところに不安を覚えてしまう。
「先端は使い捨てなのか……少し勿体ないような気も……」
<大丈夫っ! 先端の方は安物って聞いたわ! 安物だけど値段……聞く?>
「ロープの方の値段はもっとという事か……まあ、聞くのは止めておこう」
さて、これは以前、俺が産総研で提案した『想定外な急停止への対策となるサブアーム』……その代わりというよりも発展型と言うべき素晴らしい装備である。
使い方は簡単、打ち込みたい場所に向けてアンカーを発射、該当の場所に鋭い金属製の錘が突き刺さり、同時に幾つものカエシ、飛び出す爪によって固定される。そして脚部への一定の負荷を肩代わりした所で先端が外れる……となるそうだ。
先端が外れる条件は基本的にはアリスの任意のコントロールによるモノ……つまり、機体の方へのダメージを考えなければ何処かの天井に四本全てのアンカーを突き刺して機体ごと暫くの間、釣り下がるなんて事も出来るらしい……という事だ。
「暫くの間とは……?」
<噴射を使って衝撃をきちんと消せれば、それなりに持つはずよ!>
「ふむ、君次第、状況次第という事か……」
あと一応、一定の負荷によって自動的に外す事も出来るのだそうだ。
ともあれ、これら全ては基本的にはアリスの制御下に置かれる事となる――
まあ、どの操作・制御も大雑把で構わないのならば俺にも使えるのだが、本当に最大限精密に生かすとなると、ただの旧人類でしかない俺には到底不可能……つまり、このアンカーは二機のドローンに次ぐ彼女の専用装備という事になるのだ。
それが嬉しいようで先ほどからアリスはウキウキとご満悦なのである。
<稼働は良好! 収納するね!>
「了解……そういえば、これにも名前を付けるのか?」
<ん? うーん、そうね! 次の出撃までに考えておくね!>
「いや、別に名前は無くとも良いのだが……」
そんな彼女の明るく元気な声を合図に小さく甲高い巻取り音と共にアンカーとロープが引き込まれていく。それを確認した俺は次の装備の確認へと移る。
「まあ良い。次は新武装を順に確認していくぞ」
次の瞬間、指示を受けたアリスによってHMDにそれらの武装が表示されていく。
一つ目は肩部のアタッチメントを廃して固定装備となった大型シールド……その上部・表層のアタッチメントに付属していたテイザー・ショックウェーブと交換可能な装備となる『散弾を搭載した短距離六連装ミサイルポッド』である。
これは極短距離、零から百メートルの距離で任意に爆発させる事が可能な小型ミサイルである。発射後、目標の距離へと到達すると同時に前方へ向けて爆発、広範囲に散弾をバラ撒くといった対スパイダー向けの兵装となっているのだそうだ。
極短距離を想定している為、ポッド自体は実に小さく、その小型化の所為もあって発射方向も比較的に素早く自在に動かせるのが大きな特徴なのだそうだ。
<通電確認、稼働確認、信号受信・問題なし!>
「よし、次に移るぞ」
さて、続いて二つ目は手持ち式の小型散弾バズーカ……これはネットランチャー同様、腰部アタッチメントの左右のどちらにでもマウント可能な新武装である。一応だが、ホバートラックの背部にも二挺までマウントが可能となっている。
弾倉の方は腰部・ミサイルランチャーと同規格のモノが使われるのだそうだ……まあ、手持ち式となって取り回しが良くなったミサイルランチャーという事だ。
何にせよ、こちらもまた対スパイダーの新装備……という訳だ――
「我々の部隊の一機がこれで出撃となるのかな……ふーむ」
<誰に付けるの?>
「予備的武装な訳だし、持たせるなら三島と言いたい所だが……極短距離となると中々に扱いが難しいか……手持ちの方は最悪、現地で交換が可能だろうな……うーむ、ネットランチャーが増えた時もそうだったが、武装が増えると編成に悩むな」
<なんか楽しそう……誠二もこうなると、ただの男の子なのね……>
少し呆れたような調子の可愛らしい声を上げたアリス……次の瞬間、そんなアリスのどう見ても呆れ返っている表情がHDMの端へと映し出される。
これもまた新装備の一つ……アリスが西島に頼んだ例の奴である。
<な、何よ……何でそんなマジマジと見るのよ>
「新しい装備を堪能……じゃなかった。確認してるだけさ」
<何よ! 他の見てよ!>
「これは君が所望したんだろ?」
<それでも恥ずかしいから嫌! こっそり見て!>
アッという間に顔を真っ赤にしたアリス……そんな彼女の様子を大いに堪能した俺は軽く微笑みかけ、そのまま既存の通常装備の確認へと移っていく――