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インセクタム  作者: 初来月
86/112

086 合コンの終わり

 幼馴染と誓った大きな夢、切磋琢磨して得た自身の小さな力――



 それらを改めて思い出し、何があろうと戦い続けると覚悟した俺であったが、皆の元へとようやく戻るや否や少し情けない追及にさらされる事となったようだ。


 いつの間にか始まったカラオケ大会の中、俺はソファで正座をさせられる。


「なんで怒られているか分かりましゅか!」


 さて、この理不尽と言うべき追及の急先鋒は『浪川 さつき』であったようだ。大いに酔って……ここまでの怒りも少しばかり含んで顔を真っ赤にした彼女は今、『自分と話す場をちっとも用意しなかった俺』へと怒りをぶちまけ始めたのだ。


「さっきだって……こっちへ来てくれるかと思ったら……!」


「いや、その……川島くんが君に話し掛けた時のことかな……? あれは……」


 だがやはり、俺の言い訳の言葉は聞こえていないようだ。


「毎回ですよ! 毎回っ! 何かある度に出撃……ん……出撃はしょうがないですけど! それよりも今日でしゅよ! 今日っ! あんなに話す時間があったのに! 全然、私の所に来てくれなくて……飲まないとやってられないですよ!」


 ガンと叩きつけられたジョッキの音に思わずビクッとして縮こまってしまう。ともあれ、そんな正座をさせられたまま黙るしかない俺に援軍は一切ないようだ。


 それどころか、更に別の人物からの追及が始まってしまう。


「私も少し気になってました。記憶が無くなる前の事は今も思い出せないんですけど……隊長って何だが、よく……有耶無耶と言うか、誤魔化しますよね?」


 何故か、今にも泣き出しそうな表情となったホロ酔い気味の田沼である。


「いや、それは……」


「なんですか?」


「いや、なんでもない……」


 正直、その俺の行動に関しては君こそ原因なんだ……と言いたい所だったが、当然に理由を言う訳にはいかず、俺はただ黙るしかなくなる。


「あ……また……誤魔化したんですね……?」


「そ、それは……そうじゃないというか、何と言うか……」



 だが、そんな理不尽な追及を受ける俺にようやく話題逸らしという名の助け船が出される。しかし、この話題逸らしの助け舟……泥船ですらなかったようだ――



<私、前から気になっていたんですけど……橘一等陸尉はどなたが好きなんですか? 周りの皆様は比較的に貴方に好意的な視線を向けられているようですが?>


 この言葉……顔を真っ赤にし、目を回し、こちらにマトモに視線すら合っていないアスカである。そんな明後日の方を向いたままの彼女が更に口を開く。


<リサさんとデータを共有している私から見て橘一等陸尉は贔屓目なしに良い男です。エースだし、口数は少ないですが、地頭が良いのか喋りのレベルは高いし、外見も悪くないですし……そんな貴方が誰を選ぶのか……私、少し気になりました>


<あーデータ共有は問題のない範囲ですよー本当ですよー>


 また君かと言わんばかりの視線をリサへと送ったが、何の解決にもならないだろう。それよりも注目を一身に集めた状況をどうするかが問題だと頭を悩ます。


 だが当然、大正解という答えを思い付く事は出来なかったようだ……つまり、こうなった以上は素直に好ましいと思う人物像を上げるのが一番なのだろうという事だ。まあ、この好ましい人物像を答える事ですら中々に地雷だらけなようだが……



 明らかに増えた興味津々といった幾つもの視線を改めて回し見る――



 さて、カラオケ音源が止まり、代わりとばかりに複合娯楽施設の提供会社のCMが流れる。そんな中、俺は場を盛り下げない程度に自然に曖昧に答えを発する。


「あまり考えた事がないが……周りに居る女性は皆、魅力的だと……」



 だが、ここまで俺が口にした所で余りに突然の鋭い横槍が入る――



「おいおい、そんな曖昧な答えじゃ……皆、納得できないだろ? そうだな……例えで良いから……この中の誰かの名前を上げるのはどうだ? そう、例えでな!」


 一体、どこのどいつがこんな酷い事を……ムッとした俺が驚きの余り振り返った、その視線の先で一人の男がやや嬉しそうな笑顔を見せてくる。


「金……田……?」


 桃華の隣を譲るという先ほどの恩を仇で返すような金田の行為に驚愕する。


 だが、そんな少しニヤついた彼の後ろから興味深そうにこちらを覗き込んだ桃華の姿が彼と重なった事でようやく俺は『彼の動機の方』を理解する。


「桃華くん……か……そういう事か……」


 そう、彼はここで俺が桃華の名前だけは絶対に出さないと確信しているのだ。


 彼女の年齢、アイドルとしての立場、そしてアリスとの関係……これらの条件が存在している限り、ここで俺が絶対に彼女の名前を出さないと確信しているのだ。


 その上で流れに乗って『名前をハッキリと出せ』と煽ってきたのだ。



 これは金田がアイドルとより深い関係になる為の布石……別の名前を俺に出させる事で俺と桃華の『男女の関係』の分断を今ここで狙ってきたという事なのだ――



 流石はと言うべきだろうか……そう、エースになるような人間は中々に頭の回転が速いものなのだ。彼もまた本物、エースとしての力があったという事である。


(分断は別に良いが、こんな事で力を発揮している所は見たくなかったな)


 さて、兎にも角にも援軍は見込めないようだ。見渡す限り、皆が皆、より大いに興味がありますというような顔をしているのが見えてしまったのだ。


 最早と諦めた俺は大きく溜息を吐き出し、少しだけ真面目に答えを探す。


 まあ、彼の下世話な策略通りに名前を上げるつもりはない。精々のところ、好みの性格や見た目を真面目に上げれば問題はないだろうと考えたのだ。


 しかし……


<こういうの……やだっ!!!>



 この部屋中に響き渡るほどの叫び声はアリスのモノであった――



<聞きたくなるのは分かるけど……出た名前が私じゃなかったら嫌だから嫌っ!>


 まるで駄々をこねる子供の用に大きく声を上げたアリス……もう一度、嫌だと叫び、今度は泣きそうになってしまったアリスに対して金田が必死に声を掛ける。


 自分の言動・行動からのこの状況だけに少し責任を感じたのだろう。


「あ、アリス……た、ただの例え話……酒の場の余興みたいなモノ……」


 だが、この金田の安易な言葉は火に油を注ぐ結果となってしまったようだ。


<やだっ! 金田さん、嫌いっ! それ以上、何か言ったら私も言っちゃうからね! ルール違反だけで『何を買ってるか』言っちゃうからね!!>


 場の雰囲気などお構いなしとばかりのアリスの声が更に響き、今度は金田が大いに慌て出す。何やら後ろめたい事があるようで彼の目が大いに大いに泳いでいく。


「な、何を買ってるか? そ、それは……あれか!? 直近のあれか!」


<そうよ! あれよ! 私も怒られちゃうけど……言うからね!>


「わ、分かった! 橘っ! さっきのは無し! お願いだから無しだ!」


「ああ……そう……」


 このやり取りに俺は兎も角、皆はやや不満の声を上げたようだ。


 だが、それに対して『五月蠅い、黙れ』と金田が叫ぶ。まあ、何はともあれ、余計な軋轢を生みかねない俺の大切な個人情報の方は出さずに済んだようだ。



 場の雰囲気が明らかに盛り下がり、代わりに終わりの空気が広がっていく――



 問題は大いにあるが、締めには丁度良いタイミングとなったようだ。


「時間も時間だ! これでお開きといこう。金田への追及も……それまでだ」


 一体、何を買ったんだという揶揄い半分の追及が始まり、一人追い詰められていく金田が流石に不憫となった俺は閉会の言葉と同時にオマケ程度の口添えをする。


 その甲斐あってか、皆が不満の声を上げつつも周囲の片付けを始めたようだ。



 まあ、この件は後ほどに大いに追及される事となるだろうが――



 ともあれ、俺の幹事としての大きな仕事はここまでとなったようだ。

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