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インセクタム  作者: 初来月
85/112

085 密会

 何故に我々を置いていくのか、そんな大いに酔っぱらった皆の叫びと不満……それを一身に受けてきた俺は別室で少しばかり凹みながらも友と酒を酌み交わす。


 友とは当然、幼馴染であり、防衛大臣付きの政務官である西島である。


「アリスも置いてきた……今は寝ているから問題ないが……後が怖いな……」


「本当に済まんな……どうしても二人きりになる必要があってな……」


 もう、ここでは下手な演技は必要ないという事だろうか……先ほどから完全に素に戻った西島が本当に申し訳なさそうにして謝罪の言葉を投げ掛けてくる。


 だが、時間が無いとばかり、そのままの勢いで勝手に話が続けられていく。


「さて……まず、この施設は俺の指示で造らせたんだ。表向きの理由は君らの為の福利厚生だが、真の理由は盗聴防止だ。このカラオケボックスはな……通信機の類を持ち込まなければ『外と完全に隔離された防音施設』になるように造ったんだ」


 『何から防ぐか』は分かるかと言った彼の言葉に今度は俺が言葉を続ける。


「マザーだな」


「断言するところを見ると前から疑っていたか……」


「ただの勘だがな……」


「そうか……前も言ったが、そういうのは早めに言ってくれ」


「すまん……」


 ともあれ、さほど驚く事もなく西島が更に言葉を紡ぐ。


「まあ、これだけ色々と関わっていると怪しいといった所……なので今のところはマザーを利用して暗躍している誰かからだ……決めつけるなよ?」


 付け足す様に言葉を紡いだ西島……次の瞬間、そんな彼が高そうなスーツのポケットから折り畳まれた一枚の紙を取り出し、こちらへと無造作に投げ出してくる。


「まずは……これだ」


 それを受け取った俺は素早く広げ、中身をサッと見回していく。そして……


「これは……田沼を診たという医師? あの死んだ医師の直近の履歴……か?」


「そうだ……これを見てどう思う?」



 不信感を隠そうともしない彼の言葉を受け、俺は改めて順に精査していく――



 さて、この医師の名前は『武田 真也』……外科医で年齢は五十、他に特筆すべき点はなし。だが一つ、彼は我々と同様に朝霞駐屯地の生き残りであったようだ。


「人物に覚えはないな……」


「まあ、お前は中身も頑丈だからな……外科は兎も角、内科には健康診断くらいしか縁がないだろうな……何よりも当時の内勤者の数はかなり多かったし……」


 幸いな事、全くの無傷であった彼はすぐに光が丘病院での勤務となり、マザーに技術を見込まれたのか、田沼の手術の指名を受ける事となる。だが、そこで不幸な事にワスプの大発生に巻き込まれ、何らかの理由で死亡……となったようだ。


 ともあれ、ここまでの情報に特段の問題は無いように思える。


「うーむ……という事は彼も……その……ワスプに腹を喰い破られたのか?」


 だが、この俺の小さな疑問の言葉に西島が大きく首を振る。


「いや、彼の死因は正確には不明だ」


 実に簡潔な答えである。


 だが、その言葉に続きが無いという事は文書の続きを読んでみろという事なのだろう。そう考えた俺は彼の望み通り、先へ先へと読み進めていく。


 そこで……ようやく西島の不信感を共有する事となる。


「これか、死因は確かに不明……損壊が激しかった為……まさか、あのバラバラの遺体の山の一部だったとは……それで根本の死因が分からなかった。しかし、それよりも……死んでからの処理が異常な程に早いな……身内が居るのに通夜も葬式もなし、火葬が優先されている。何と言うか、何か隠し事があるという事か……」


「まあ、気付くよな……だが、それだけじゃない」


 そこまで俺が口にした所で更に西島によって更に情報が追加される。


「バラバラの遺体、やけに早い死体の処理の件も大きな疑問だが……彼の身内、奥さんと娘さんが翌日に揃って自殺したそうだ。自筆の遺書があったんだとさ……彼を知る生き残りは認知症を患った九十越えの母親だけって事になる訳だそうだ」


 さて、普通に考えると『経済的・精神的支柱であった外科医・武田真也の突然の死を受け、大いに絶望した家族は心中してしまった。だが、その際に認知症となった年老いた義母を巻き揉むのは流石に忍びないと考えた』という所だろうか……



 まあ……これだけであれば、ストーリーにそれほど奇妙な所はない――



 だがやはり、その展開の速さは余りに急すぎると言えるだろう。


「死亡の連絡を受け、その遺体を確認する事もなく自殺……あり得ないだろ?」


 俺の疑問を言語化し、すぐに口にしてくれた西島に答える。


「そうだな……普通なら間違いではないかと自身の目で確認しに行くところだ。バラバラだという情報を先に受けてしまってパニックを起こしたという事は?」


「いや、母娘に伝えられた情報は死亡したという事のみ……こちらへ来るようにとだけ伝えられたそうだ……情報統制が入っていたから間違いないだろう」


「死亡報告を受け、即座に母娘が自殺、認知症の母親しか居ないのだから仕方がないとはいえ、確認も程々に即座に火葬処理か……一体、なんなんだ……」


 聞けば聞くほど、明らかに異常な急展開である。しかし、これに関しては俺の頭では答えは出せぬと口を噤む。代わりにもう一方の疑問について口にする。


「あの光が丘病院のバラバラにされた遺体の件なんだが……今、疑問と言っていたが……どういう事だ? とても疑問が生じるようには思えないんだが……」


 そこまで口にしたところで西島の大きな溜息が響く。


「お前が見た死体の山な……あれ、寄せ集めかもしれん……という事だ」


 この西島の言葉……言葉としては確かに俺の頭に入ったのだが、情報としては俺の頭に入らなかったようだ。頭の中に大量の疑問符だけが浮かび上がってくる。


 そんな俺の表情に気付いた西島が言葉を続ける。


「お前のインカム一体型カメラに残っていた映像を解析した結果なんだが……腕の種類が十パターンあったんだ。だが、あの場にあった死体の量は精々のところ五人分……それぞれの死体に幾つか欠損した部位があった……という事らしい」


「食べられてしまった……という事か?」


「いや、あの場にいた奴らにはまだ食べる器官がなかった。つまり、戦利品の如く持ち寄ったか、何処かに運ぶつもりだったか、意味なしの行動だったか……」


 その彼の続く言葉を受けても全く理解できなかった俺は何も言う事が出来ずにただ口を閉ざす。そんな俺の様子を改めて確認した西島が更に言葉を続けていく。


「俺も理解できない事だらけなんだから気にするな……だが、これから伝える事は情報として持っておいてくれ。それと秘密だけは厳守だ。当然、アリスちゃんにもだ! 約束ではなく、命令……俺がわざわざ、そう言った事を覚えておいてくれ」





 さて、全く時間が無い、最近は寝る暇すら無いと言っていた西島……最後のストレスの発散とばかりにウィスキーをロックで一気に飲み干していったようだ。


 そんな疲労の極みに達している彼を早々に見送る事となった俺は密会の場で一人空しく溜息を吐き出す。そして彼が一気に空けたグラスをただ茫然と眺める。


「完全に愚痴だったが……」


 そう、俺は……誰にも話せない秘密の情報、何一つ分からない秘密の情報を無理やりに共有される事によって彼のストレスを肩代わりさせられてしまったのだ。



 だが、彼の立場と責任を考えれば、そんな事は我慢するしかない――



 いや……むしろ、この程度の肩代わりしか出来ずに申し訳ないくらいである。もう一度だけ大きく溜息を吐き出した俺はソファへと深く座り込む。


「ふぅ、死体の山は寄せ集めのバラバラ、あの場の血液の量から別の場で殺されて持ってこられた。そのバラバラの死体の中に最上階にいたはずの医師『武田 真也』の頭と腕のパーツが混じっていた。そして医師の家族は謎の自殺……か……」


 落ち着いて改めて口にしても理解できない情報……いや、理解できないと言うよりも全く何もかもが足らない穴だらけの情報と言うべきだろう。何かが描かれた何十万ピースの規模のパズル、今はその内の百ピースしかないといった状況なのだ。


「偶然とは思えないが……一体、何が起こっているんだ? あの時、残りの部位を見つけられていれば……もう少しマシな情報となっていたのか?」


 あの時、病院内を隈なく捜索できていればと今更ながらに悔やんでしまう。


 だが、それを……当時、気付いていても出来なかった事を今更に悔やんでも致し方ない。これ程に無意味な事もない。そう、我々は今、持っている僅かな情報を少しでも増やし、それを基に今後の事を必死に予測して対策するしかないのである。



 まあ、言い換えると、大した事は何も出来ないとも言うが――



 更に深い溜息を吐き出しながらソファに寄りかかった俺……今度は『今はお前しか信じられない』という彼の別れ際の言葉について少し思いを馳せる。


「あんなに追い込まれたアイツの姿は初めて見たな……」


 ともあれ、今の彼の置かれた状況を考えると頼れるコンピューターまでも敵……そんな彼の眼からは周りの人間全てが敵のように見えてしまっているのだろう。


 ハッキリと言って俺に話しても何も解決できない……そうなる事が分かっていても幼馴染の俺の元に来たのは、そのストレスに負けてしまった結果……まあ、『何も分からないが、何かが暗躍している』中での孤軍奮闘なのだから仕方がない。


 だが……


「だが、それでも……アイツからは戦う意思を感じた」


 そう、疲労の極みに達していても尚、彼の眼は強く輝いていたのだ。


 子供の頃から持っていた子供らしい正義感……皆を守れる力を持ち、悪を倒すためにそれを行使したいという夢……大人になった今、全てを守れるとは思わないが、それでも手が届く人は守りたいという意思を今も忘れていないという事だ。


 その想いに応えるべく、俺も覚悟を決める。


「今は何と戦っているかすら分からない。だが、いつか……その何かと戦う時が来るに違いない……その時まで刃を磨く事、戦い続ける事が俺の仕事だ」



 その時が来たら……立ち上がった俺はその言葉を心の中で噛み締める――

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