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インセクタム  作者: 初来月
83/112

083 人という器

 先ほどに何やら戸惑いを見せていた浪川さつき――


 一体、誰からどうやって話し掛ければ良いのか、そんな風に気を使い過ぎて固まっていただろう彼女を産総研の川島梓が見つけてくれたようだ。ともあれ、そんな川島に付き添われ、無事に画面の中のノアとリサへと話し掛ける事が出来た様だ。


 さて、これで用が無くなった……という訳ではないのだが……


 まあ、正直なところ、余り共通点がなさそうな四人が何を話しているのかは気になる。だが、そんな彼女たちの盛り上がり始めたような会話を今更に横入して邪魔するのもなんだと思った俺は次の『盛り上がりに欠ける場』へと向かう事とする。


 まだまだ幹事たる俺のやる事は山積みなのである。


「意外に……楽しくなってきたかもしれん……」


 俺も又、自分の意外な一面を発見する事ができたようだ。





 さてさて、そんなこんな……そろそろと一時間が経過した頃だろうか――



 皆の仲介に疲れ、一休みしに戻った俺はソファへと深く座る。だが……


「楽しめているようで何より、何よりなんだが……やや盛り上がりに欠けるか?」


 そう、一時間も経過した割りには皆、随分とマトモに飲んでいるようなのだ。皆が決して無理をせずにチビチビと慎重に飲んでおり、度を越した酔っ払いが一人もいないのだ。良い事なのだが、自分がプレッシャーを掛けた為かと少し思い悩む。


「最初の挨拶で念を入れたのが、やり過ぎだったか……それとも仲介が駄目なのか……まさか、無理やりに話に加わってくる嫌な上司扱いになってるとか?」


 だがまあ、皆の表情を見る限り、楽しんでいないという事はないようだ。


 満面の笑顔でアイドル桃華と話す俺の隊の新人たち、ノアとリサと楽しそうに話すハミングバードの連中の様子に改めて目をやった俺は小さく頷く。


 だがしかし……


 浮かれ過ぎると一気飲みや裸踊りでもしそうなマイキー、金田、三島の三名までもが静かに飲んでいるのは流石に少しばかりの違和感を覚えてしまう。


「ううむ、マイキーと三島は変だ。これは間違いない。だが、金田は……どうだろう? (金田)の性格……本性はまだ何とも言えないが……変だよな?」



 しかし、ああだこうだと悩む俺の気配にアリスは反応してくれない――



 そう、彼女は最初のオレンジジュース……リサによって用意されたウォッカ入りのスクリュードライバーを飲んだ所為で完全に酔っ払ってしまったのだ。俺は二杯目……少しだけ薄いハイボールを飲みながら先ほどの彼女の様子を思い出す。


「たった一杯でアウト……酒を飲んで欲しくないと願われていたか……」


 宍戸の前で三十分近く自分の魅力を熱く語ったアリス、彼の元から戻ってから先ほどまで『くっつきたいくっつきたい』と大騒ぎしたアリス、今はリサの膝枕で眠ってしまったアリス……俺はそんな彼女に掛けられた一枚の毛布へと目をやる。


「しかし、暑さ寒さ、湿気まで感じ取り、その反応まで個々で異なるとはな……」


 そう、彼らはスマホと専用インカム、『AA-PE』に搭載されている様々な観測機器から温度湿度、風量雨量の変化などを正確に読み取っているのだそうだ。

 しかも、それに対する反応も個々で全く別、例えばアリスは晴れた夜空がとても好きで嬉しくなり、リサは雨が強まるとアンニュイな気分になるのだそうだ。


 彼らは酒への反応だけでなく、本当に様々な事に人らしい反応を示し事ができるという事だ。その事を思い返しながら改めて爆睡するアリスへと視線を向ける。


「リサに設定された体温、ノアに掛けて貰った毛布の暖かさ……今のアリスはそこから小さな幸せを感じ取っているのだろうか……覚えてないかもしれないが……」



 さて、それは兎も角、毛布を掛けるという行為に少し驚く。心優しいノアはただ内に在ったプログラムに沿った行動をしただけと言ったが――



「個体特有の人格プログラムに沿ったと言っていたが、その人格は学習と経験からの取得選択の賜物……ノア君はここまでの学びから、この行動を良しとしたという訳だな……そう考えると……やはり、彼らは我々と何も変わらない。むしろ……」


 少しばかり感傷的になった……そんな俺の耳に桃華の歌声が聴こえてくる。その皆に煽られて歌い出した意外に力強い声に紛れるように俺は小さく呟く。


「彼らこそ、人のより進化した姿とも思えるか? 確か昔のSFに人間の未来予想図があって脳がデカくなるとか……見方を変えるとAIがそれかもしれんな……」


 この少し酔いが回った俺の小さな呟きを俺の眼前のスマホが拾ってしまったようだ。突如として画面が明るくなり、そこに小さく微笑んだノアが映し出される。


<そのように人の範疇として扱ってくださる貴方には感謝しかありません>


 モノラルスピーカーから聞こえてきた音質の宜しくない声……それを僅かに聞き取った俺はテーブルの最も近い位置へとスマートフォンを引き戻す。


 そして……そのスマートフォンにコッソリと話し掛ける。


「聞かれていたとはな……気恥ずかしいな……」


<す、すみません……悪気はありませんでした>


「もちろん、分かっているさ……俺の声が少しだけ大きかっただけだ」


 だが、そんな事よりも俺は彼の発した言葉の方に頭を悩ます。


 その言葉とは『人として扱う俺への感謝』……なのだが、そもそもノアたちの周りには元々にAIを『人』として扱う産総研の連中が山のように居るのだ。



 簡単に言うと今更に自分が感謝される謂れはないのではと考えたのだ――



 その咄嗟の思い付きは口に出さずともノアに伝わったようだ。


<初めてお会いした時、機械的なAIである『エルザ』しか知らなかった貴方が我々をアッという間に受け入れてくれたおかげで我々は希望を持てたのです>


「希望……受け入れて貰えるか、君たちも不安だったという事か……」


<人並みに……ですが……>


 自虐的な意味も含んだ言葉に少しだけ微笑んだが、俺はすぐに深く考える。


「君たちも不安だったか……」



 確かに……人は国を問わず、皆が知らぬモノに対して排他的である――



 世の中の全ての人は自分と異質なモノは受け入れられない。極端に言えば、インセクタムと人のように異質さが高まれば高まる程に受け入れ辛くなっていくのだ。


 その異質さの例えに大小あれど、これはまあ仕方がない面がある。


 そう、人は弱いからこそ知恵を得た。そこから他の種に類を見ない程の慎重さを得た。そして慎重になったからこそ異質なモノが何よりも怖いのだ。


 そんな訳で『受け入れ』は互いの許容できる器次第……そこからの対話による互いの妥協次第なのだ。そうして何処まで受け入れられるか、逆に何処まで受け入れて欲しいか……まあ、少なくとも話も聞かずに捕食してくるようであれば、インセクタムのように問答無用で排除せざるを得ないという事になるのだろう。


 まあ、兎にも角にも……その考えからすると我々を慕い、寄り添ってくれるノア、リサ、アリスを受け入れる事は俺にとって全く問題のない事でしかないのだ。



 だが、酔ってる事もあり、いつも通りに上手く言葉に出来ない――



 いつものように顔を顰めた俺にノアが優しく微笑む。


<ふふ、返事は結構ですよ……橘さん、大崎さん、恵子さんの事は誰よりも知っていますから……これからも一緒に過ごしていただければ、それだけで十分です>



 そういえば……そうだったと俺は微笑みを返す――





 ノアが悪酔いしたリサの愚痴を引き受ける為にと席を離れる――



 遂にゲッソリとした様子となった大崎を助ける為……であるそうだ。そんなモニターの中の彼の背中を俺はただボンヤリと呆けたように眺める。


 至らぬ俺に代わり、皆との交流の場を作ってくれたノア、この場にいる全員に律儀に挨拶をして回ったノア、悪戯で酔ってしまったアリスを優しく介抱するノア、大いに酔っ払ったリサの愚痴に文句一つ言わず付き合い続けるノア……()()()、異様な状況となった田沼に気付かなかったとは到底考えられない、実に甲斐甲斐しい今の彼の姿にむしろ、あの時の方が夢か何かだったのではと思わず考えてしまう。


(夢であれば良かったが、あれは紛う事なき現実……そうなると嫌な例えになるが、フリーズか、ハッキングか……どちらにせよ、余り考えたくない事だな)


 だが、そんな俺の小さな突然の思い付きは一瞬にして吹き飛ばされてしまう。一段とテンションの上がった大きな声援が周囲で突如として湧き起こったのだ。


「うおー桃華ちゃん、最高だっ!」

「な、なんだ!?」

「生歌でこれって結構すごくない?」

「ホントっ! アイドルってレベルじゃないみたい!」


「いぇーい! どうもありがとー!」


 どうやら、この場の全員から望まれて持ち歌を披露していた桃華が歌い終えたという事のようだ。その歌い終えた桃華が元気よく俺の元へとやってくる。


「橘さんっ! 聞いてくれてましたかっ!?」


 そんな桃華の……少し汗が滲んだ顔がグイッと寄ってくる。アリスが寝てしまい、もはや止める者がない所為か、より近くにとグイグイと迫ってくる。


 すぐに少し離れた俺に向け、すぐに近寄ってきた彼女が又もや口を開く。


「少女の淡い恋心を歌にして貰ったんです! 私も作詞に関わったんですよ!」

「いや、あの……済まん……ノアと話していてな……聞いていなかった」


 歌い始めは僅かに聞いており、そこまでの声量とダンスのキレは凄かったとも付け加えたがやはり、それでも彼女の不満は収まりきらなかったようだ。


「えええ、それって……ほとんど聞いてないじゃないですかぁ!」


 当然とばかりに頬を膨らませた桃華……だが、そんな彼女を宥める為の俺の言葉は突如として集まって騒ぎ出した連中によって阻止される事となる。



 その集まって騒ぎ出した連中とは金田と三島……であった――

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