082 合コンの始まり
決して喜ぶ事のなど出来ない別れ……それは死――
そんな永遠の別れが多発するような劣悪な環境に延々と身を置いてきた俺……それだけに、この些細な再会は小さな喜びに変わってしまったようだ。
思わず声が一段高くなってしまう。
さて、互いに見知った顔が少しはあったのだろうか、この新たな出会いに周りも途端に騒がしくなる。そんな喧噪に負けじと俺と宍戸も互いの事を少しずつ伝え合う。その時、あの時はと丁寧に順を追って互いの記憶を重ね合わせていったのだ。
苦い記憶も過ぎ去れば思い出とばかりに話が大いに盛り上がる――
「ふーむ……なるほど、こうして聞いてみると君はHBのパイロットとして一流だったんだな……我々の部隊の出撃前の偵察はほぼ君の担当だったとはな……それは兎も角、朝霞の時は決して無理をして残っていた訳では無かったという事か……」
「ありがとうございますって朝霞……!? あ、あーあれですか……そ、それはまあ、その……多少は格好つけたいという下心が無かった訳ではないんですが……」
<私もそういう所があるから分からない訳じゃないわっ!>
我々の盛り上がりに水を差すという意思があった訳ではないだろうが、アリスが突如とばかりに我々の話へと割り込んでくる。どうやら、桃華との言い合いが一旦の水入りとなり、大いに暇を持て余してしまった結果……という事のようだ。
そんなアリスがニコニコと持論を続ける。
<まあ、ちゃんと実力があった上での格好つけは良いのよっ!>
そんな気ままなアリス、その声を認識した宍戸が少し慌てながら返事をする。
「……っ!? あ、アリスさん……初めま……いや、お久しぶりですかね?」
<久しぶりが良いわ! だって無線越しに少しだけ話したもんね!>
どうやら……人間関係に意外にマメなアリスは顔見せもしたかったようだ。
だが、ここで俺は勝手気ままに会話に入り込み、勝手気ままに改めて宜しくねと挨拶したアリスを押し退けるようにして少し恐縮した宍戸に一つの提案をする――
「そうだ……もし良かったら君たちも我々の懇談会に参加しないか……?」
「懇談会……に参加……ですか?」
懇談会という言葉にピンとこなかったのだろうか、明らかに疑問符を浮かべそうな表情となってしまった宍戸がどうしたものかと俺の言葉を復唱してくる。
そんな彼に渋々ながら分かりやすい単語を加えて改めて伝え直す。
「合コンだと言ってる者もいるが、気軽に話ができる場をと考えたんだが……」
「なるほど、合コンですか……」
「いや、懇談会だ」
「そ、そう……ですか……」
まあ、ハミングバードの搭乗員と思われる集団と共に来たのだから彼らは彼らで内々で飲みたかったかもしれない。だが、それでも我々が隊を超えた合同の懇談会を今からするとあれば彼らを誘うのは道理だと俺は単純に考えたのだ。そして……この俺の勝手な誘いは放っておいた皆も大いに喜ぶという結果に繋がったようだ。
更に騒がしくなった二つの集団を何とか宥め、三島の取った部屋へと急ぐ。
◇
思ったよりも広い室内であったが、人が増えただけに狭苦しくなる――
「席は足りてますね! 良かったっす!」
「でも、少し狭いみたいね……三島くん、テーブルはくっつけちゃお!」
「田沼二等陸尉、了解っす!」
「か、階級はいらないよ」
皆が皆と雑談がてらに何やら動き回る。そんな様子を眺めながら俺も考える。こうなった以上、軽くでも挨拶でもした方が良いだろうかと考え始めたのだ。
だが、そんな悩む俺の前に丁度とばかりのタイミングで酒が用意されていく。
「これは……?」
「ビールですね」
「大崎、君が頼んだのか?」
「いえ、自分ではありません。本当です」
「詰めるつもりはない……だが、そうか……」
さて、勝手をしたのは三島か、はたまたアリスかリサか……次々と手際よく並べられていく頼んでもいない金色の液体、それを一瞬だけ苦々しく睨みつけてしまった俺だが、もう全て諦めて開幕の挨拶だとばかりに大きく声を発する事とする。
「許可はされているが……決して飲み過ぎるなよっ!」
そう、ここまで来た以上、流石の俺もそこまで無粋にはなれないという事だ
「無礼講だが無礼をして良いわけじゃないからな! 揉め事は勘弁だ。ともあれ、折角の隊を超えての集まり……皆、大いに楽しんでくれ……以上だっ! 乾杯!」
この観念した俺の短い挨拶の言葉……それに呼応するように皆が大きく嬉しそうに乾杯の言葉を叫び、同時にグラスやジョッキが掲げられていく。
その目の前の楽しげな光景に俺の心が少し安らぐ。だが……
「乾杯って……君たちは飲めるのか?」
聞き慣れた声の出処はスマホではなく、室内のカラオケ用の四隅のスピーカー、そんな彼らが映っていたのはカラオケ用の大型モニターであったようだ。
室内の前後のモニターの後ろ側に笑顔となった四人の姿を見つける。
さて、こちらと同じような室内で何かを飲む四人の姿に改めて驚いた俺……そんな俺の少し疑問を覚えた視線に気付いたのか、まずアリスが声を上げる。
<何よ、その目……飲めるわよ! 今までは機会がなかっただけ! あっ! これはお酒じゃなくてオレンジジュースよっ! ふふん、ちゃんと飲むと味も分かるのよ! 嬉しいとか楽しいとか……ちゃんとそういう感情も発生するんだよ!>
続いて俺の視線の移りに気付いたリサがもう一つの疑問のヒントをくれる。
<味覚データを口腔内に受けると対応する反射をするだけなんですけどね……まあ、意外に面白いモノですよ? あ、この件の発案は私ではありませんよ?>
<味覚はね! 好き嫌いもあるんだよ! 私、オレンジジュース大好き!>
<ジュースなんてアリスったら……お子ちゃまね>
<む、私だって一応、飲めるもん! 嫌いなだけ!>
いつもと変わらぬ二人のやりとり、それをいつも通りに無言で見届けた俺は今度はグラスの半分も飲んでいないのに顔を赤くしたアスカへと視線を送る。
<お酒なんですが、個体特有の限度があり、それを超えれば酔う事も出来るという事です。その反応もまた個体特有だそうです。私は大尉に対して絡み癖が強くなると聞いています。あ、私は在日米軍の説得に大半の能力を注いでいたので……そんな余力はありませんでした! つまり、発案者は残りの一人という事ですね!>
「ワッツ? それよりも絡み癖? そんなの聞いてないんだが……?」
<言ってませんから……独占欲も強くなります。まあ、楽しみにして下さい>
「邪魔する気だろ!?」
<当然です>
既に浮かれているのか、いつもより饒舌になった三人……それらを疑いの目をもって怪しい順に眺めていった俺の視線がここでようやくノアへと辿り着く――
すると……
<済みません……自分が発案者です。余り交流のなかった方々との気軽な交流という事なので我々と皆様との交流を深める場にもなるのでは……と考えたのです>
いつもの着飾った軍服ではなく、普段着と言うべきラフな格好となった四人……その中心で三人を見守るように座っていたノアが少し申し訳なさそうにする。そんな変わらぬ優しく真面目で気が利くノアの姿に安堵した俺はすぐに答えを返す。
「いや、謝る必要はない。君の考えは正しいし、何よりも素晴らしい。むしろ、皆での交流という点を鑑みれば俺から提案すべき事だった……こちらこそ済まない」
先ほどの申し訳なさそうな顔からホッとしような優しい笑顔に変わったノアに俺は改めて労いと感謝の言葉、そして存分に楽しんでくれという言葉を掛ける。
四人の楽しそうな表情を再確認した俺は改めて皆へと視線を移していく。
さて、その皆の騒がしい雰囲気は少しは和らいだようだ――
どうやら、最初の一杯を飲み切った連中が落ち着きを取り戻し、そこらかしこで会話へと移行したようなのだ。酒の場らしい明るく朗らかな声が聞こえてくる。
だが、残念なことに宍戸を含めたハミングバードのメンバーは少し所在なさげにしているようだ。人とAI、どちらにまず話し掛けるべきか、そのAIに対してどのように反応して良いのか、どんな話をするべきだろうか……と悩んでいるのだろう。
そして所在なさげにしているのは彼らだけではないようだ。衛生科の浪川さつき、彼女もまたAIとの関りが薄い為か、少しばかりの戸惑いを見せているようだ。
「ふむ、あの辺はテコ入れせんといかんか……」
<ん? 誠二、何か言った?>
「丁度よい、宍戸に話し掛けてやってくれないか?」
<ふーん、良いわ! 私の魅力を伝えてこいって事ね!>
「まあ、そうと言えばそうなのだが……程々にな……」
彼女の魅力云々は兎も角、そのアリスの誘いの所為でようやくとばかりに画面へと話し始めた宍戸たち……その姿に満足した俺は小さく何度も頷く――