081 合コンと再会
少なくとも初日の休暇は俺にとって休暇ではなくなったようだ――
アッという間に騒がしくなってしまった眼前の様子に俺は頭を抱える。だが、そんな大いに凹んだ俺の前で残念な事に騒ぎは更に大きくなっていったようだ。
<な、なんでアンタが居るのよっ!?>
「話を聞いてなかったの? お・仕・事っ! 今は休みですけど!」
瞬時に怒りの沸点へと達したアリスがスマホのスピーカーを感情的に震わし、そんなアリスを気にもせず、桃華の方は飄々した様子でフフンと答えを返していく。
そんな二人の間に今度は颯爽と飛び降りてきたマイキーが笑顔で歩み寄る。
「ハロー桃華っ! 元気そうで何よりだ!」
「マイキーさんも……ふふ、金田さんもお元気そうですね!」
俺とアリス、眼前のマイキー、姿が良く見える金属製のスケルトン階段を全力で駆け下りる金田を順にチラリと見た桃華が実に嬉しそうにな声を上げる。
「今……今、行くぞー!」
さて、この一連の大騒ぎは我々をよく知る人々に確かに届いてしまったようだ。
三階部分の幾つかのカラオケボックスから……そして二階部分のフードコートとなっているエリアからも見知った人々が顔を揃えてぞろぞろと現れたのだ。
バーに隣接した一階部分のトイレからも――
「あれ? 隊長、どうしたんですか? 部屋で休むんじゃなかったんですか?」
手を拭きながらトイレから現れたのは大崎……だが、俺と同様に余り楽しそうには見えない彼に疑問を覚えた俺は答えの代わりに思わず質問を投げ掛けてしまう。
「大崎? 珍しいな……皆と一緒じゃなかったのか……?」
社交的な大崎ならすぐに他の休みの連中を集めて宜しくやってるだろう……そう考えていただけに今のシュンとした感じの彼の様子に俺は少し驚いてしまったのだ。ともあれ、そんな俺の些細な質問に大崎が少し答え辛そうな様子を見せる。
「あの、そのですね……本当は皆と一緒に遊びたかったんですけどね……リサが……違った。リサさんが焼き餅を妬くので皆とは別に……」
「なるほど……君も大変だな……」
たどたどしい言葉であった。しかし、『彼の隅々までリサの教育が行き届いてしまっている事』と『今の彼の状況』を十分に理解した俺を何度か小さく頷く。
だが、そんな俺の前で今度は大崎が慌て始める。
「あっ!? 忘れてたっ! 急がなきゃ!」
急ぎ、弄り始めたのは武骨ないつものスマートフォン……どうやら、レディに対する作法としてトイレの最中は流石にと電源を切っていたようだ。
そのスマホのカメラが起動完了すると同時に俺を捉える。そして――
<あら? 隊長さん……ん? なんだか、大騒ぎですね……>
モニターに映ったリサが小さく微笑む。だが、そんな彼女も周囲の状況を把握するなり、げんなりとした表情へと変わっていったようだ。
「まあ……こういう事だ……」
<こういった時に人を惹きつけるのも一つの才能なんでしょうかね……はぁ>
「済まんな……」
だが、この我々二人の表情は更に悪化する事となる――
全力疾走で降りてきた金田、二階で軽食を摘まんでいた高梨と三島、飛び降りたマイキーの様子を見にきたアカンド、更に女子会をしていた田沼、川島、アビー、浪川、三波、相葉……皆が階下の騒乱に気付き、ワラワラと集まってきたのだ。
俺はといえば、まともに休んでいる連中が一人もいなかった事に少しガックリし、皆が激務の後にも関わらず、しっかり元気でいる事に少し喜ぶ事となる。
ともあれ、見知った顔が集まった所為でバーが途端に騒がしくなる――
さて、集まった人々が挙って上官である俺に声を掛けてくる。
だが、やはりアイドルである桃華には皆が注目しているようだ。金田にマイキーだけでなく、三島も……驚いた事に高梨まで少し興味をみせているのだ。
驚く事に女性陣もやや遠巻きながらに注目している様子が窺える。
興味を全く示さなかったのは無口なアカンドだけのようだ――
二階からとはいえ、それなりの高さから飛び降りたマイキーに何事もなかったのを確認し、安心して溜息を吐き出した……そんなアカンドへと俺は声を掛ける。
「アカンド……君はアイドルに興味がないのか?」
些細な疑問と冗談半分の言葉……だったのだが、これはあまり宜しくないモノであったようだ。少し見上げてみるアカンドの表情が少しだけ曇ってしまったのだ。
そして少し寂しそうな表情となったアカンドから片言の答えが返ってくる。
「言ってなかった。俺、ワイフいた」
「……いた? 居るではなく?」
よく考えれば答えを想定できたにも関わらず、俺は反射的に疑問を口にしてしまう。後悔する間もなく、気にもしてないといった表情のアカンドから答えが返る。
「隕石の後、身体弱く、すぐ病気死んだ」
続く周囲の喧騒の中、俺は短く謝罪の言葉を投げ掛ける。だが……
「ノープロブレム……日本の医者、自衛隊の人々、良くしてくれた。ワイフ死んだ。でも日本で死ぬ。とても良かった。むぅしろ? たくさんの感謝ある」
小さく微笑んだアカンド、これが今、彼が日本で戦うモチベーションとなっているという事だろうか……そう考えた俺は今度は感謝の言葉を投げ掛ける。
「アカンド、共に戦ってくれる事に感謝する……ありがとう」
「ノープロブレム……俺、戦士……」
さて、珍しく良く喋ったアカンド……まさか、こんな場のこんな状況でこんな彼の話を聞く事になるとは思ってもいなかっただけに俺は大いに驚いてしまう。
だが……
もしかしたら、他の皆もこういう場でしか話せない事などがあるのかしれないのでは……そう考えた次の瞬間、俺の耳に実に楽しそうな三島の声が聞こえてくる。
「折角、集まったんですし……皆で楽しみませんか? ここはカラオケ用の大部屋もあるみたいですし……あ、そうだ! 俺、予約してきますよ!」
皆の大半の思った以上に悪くない反応を確認してしまった三島が止める間もなく勝手に走り出す。俺は瞬間的に大いに迷い、そして止めるのを我慢する。そんな俺の様子を疑問に思ったのか、ずっと隣にいた大崎が不思議そうに問い掛けてくる。
「隊長、止めないんですか? 珍しいですね?」
「いや、皆が集まる場というのも……悪くないのではと……」
先ほどの通り、こういう場を設けるのは単純に悪くないのではと思ったのだ――
だが……
「確かに……まあ、合コンみたいなモノ……良いんじゃないんですかね!」
この嬉しそうな大崎の言葉……この騒乱の中、思ったよりも響いた彼の言葉で皆が一瞬で色めき立つ、何やら嫌な気配を感じた俺はすぐに彼の言葉を訂正する。
「ご、合コンというか、こういう時は懇談会と言うべきではないか?」
「まあ……確か、コンパはそんな感じの意味でしたね」
「そもそも議題というか、目的が違うというか……」
「隊を超えて親交を深める懇談会ですよね?」
「まあ、そうだが……」
「じゃあ、合同コンパですね。本来の意味での合コンですよ!」
そう言われれば、そうなのだが、少しばかり言葉の響きが悪いような――
何か自分の考えていたモノと大いに違う方向へと逸れていった気配を感じる。だが、今更に違ったというには申し訳ない程に楽しそうな皆の気配も感じてしまう。
そんな中、俺も一応の最後の抵抗をする。
「アリス……リサも合コンなんて嫌じゃないのか?」
<私は平気よ! 最後は私が勝つんだから!>
<私も同じ考えになったわ……魅力の差を見せつける機会と考える事にしたわ>
通りで黙って聞いていた訳だ。
「いや、勝つとか、どうかでなく……親交を深める為の……」
「なるほど……そういう考えね……受けて立つわっ!」
少し離れた位置で聞き耳を立てていた桃華の鼻息も既に荒いようだ。この既に親交を深めるつもりなど無いと言わんばかりとなった三人の様子にガックリする。
ともあれ、三人は合コンに賛成という事だ。
当然、金田とマイキーも……他の女性陣に至っては私服に着替えるべき等と話し合っている。大人しいのは自分には関係ないと確信した大崎と無口なアカンドだけである。だが、そんな大崎も賛成の意を示したリサの手前、積極的に反対するという事は無いだろう。心優しいアカンドも当然、反対する事は無いだろう。
つまり、この流れはもう俺に止める事は出来ないという事だ。
だが、そんな諦めきった俺に突如として声が掛けられる――
「橘一等陸尉っ!? お久しぶりですっ! いや、初めまして?」
扉を開き、新しくやってきた集団……見覚えのない人々だが、声を掛けた人物の声色には確かな覚えがある。そう考えた俺の脳裏にある一人の人物が思い浮かぶ。
「その声……あの時の……『JV-28』のパイロットかっ!?」
そう、姿を見る事もなく、二度も戦場で出会った彼である。
高梨と同じようなトゲトゲとした黒い短髪、人好きのするような活発そうな笑顔、目はパイロットらしく鋭いが、思った以上の好青年であったようだ。
「はい、『宍戸 明』三等陸尉です。ようやく、お会いする事が出来て光栄です」
これは縁があった……という事だろう――
三度目の再開、互いの命を残して改めて再会できた事を大いに喜び合う。
「ようやく、会う事ができたな……」
「はい、何と言うか、少し不思議な気分ですね……」
「そうだな……」
同じ激戦を潜り抜けた戦友……それだけに話した時間は短くとも見知った想いが強くある。だが、実際に顔を突き合わせるのは今日が初めてなのだ。
その気持ちを共有できるだけに俺も彼同様に少し照れくささを覚えてしまったのだ。だが、この真っ当な少し青臭い高揚感はすぐに消し去られてしまう。
突然、話題を攫われた連中が後ろで不満げに大いに騒ぎ出したのだ――