表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
インセクタム  作者: 初来月
78/112

078 広がる疑惑、深まる謎

 必死に受け取ったデータ、その小さな圧縮されたデータを解凍していく――



 その中身は小ささに見合うたった一枚の文書ファイル……だが、そこに書き込まれていた僅か数行の文……その内容の方は非常に重要なモノであったようだ。


 事情を少し知らないと冗談のような文章の羅列を思わず読み上げてしまう。


「田沼の義肢を取り付けた医師が既に死んでいた? 出来ればアリスにも情報を漏らすな……田沼をそれとなく見張れ……確認次第、機体のAIは再起動しろ?」


 正直な所、端的に書かれている事もあり、この情報の整理が上手く出来ない。そのまま言葉も出せずに一分ほど経った所でようやく俺の頭が再起動する。


「見張れは兎も角……医師が死んでいた? 手術後に……何故、事故なのか、それとも病気なのか……ん? じょ、情報の確認次第、機体のAIを再起動……? 今ここでかっ!? 何故っ!? しかも、再起動の言い訳は自分で考えろだとっ!?」



 当たり前だが、出来の良くない俺の頭はすぐに混乱の極みに達する――



 田沼の義肢の件、確かに当初、俺もかなり怪しいとは思っていた。だが、これほどまでに謎すぎる事になるとは流石に思ってもいなかったのだ。

 更に安全とは言えない、この場で機体AIの再起動しろという情報が混乱に拍車を掛け、この僅かな時間で俺のストレス値を劇的に上げていく。


 ああ、ここにアリスが居てくれれば……


 そんな事を考えた俺だが、すぐに居ない者に頼っても仕方がないと諦める。代わりに何故、何の為に……と現実・現状を元に必死に考え始める。そして……


「よし、医師の件は今ここで考えても無駄だ。諦めよう……それよりアリスの排除の件……無線範囲外での行動……バックアップなしの再起動……やはり、全て情報漏洩防止の一環だよな……もしかしたら彼もマザーを警戒しているのか……?」


 まあ、現状を考えると単純に内部犯を疑っただけかもしれない。


 だが、何はともあれ、現状の危険な行為に見合う価値、それなりの理由を見つけた俺は覚悟を決める。信頼できる相手という事もあり、すぐに行動へと移る。


「エルザ、周囲に敵影はあるか?」


<最大望遠の目視界内には動き一つありません>


 再起動はおよそ十秒、平地であればシックルなら百メートル以上を進む事が出来る時間……それどころか、地下からワスプに寄られていれば、この機体では探知すら出来ない。だが、ここからは迷った時間の分だけ接近されると考える事にする。


「よし………エルザ、再起動のシークエンス……開始っ!」


 エルザの声が機械的な男性の声へと代わり、再起動を開始するかの許可を求めてくる。そして許可するという俺の返事を合図に『AA-PE』の機能が順に停止していく。モニターが落ち、バイオ・アクチュエーターとの接続が強制的に解除される。


 ピピッという音を合図に浮き上がる感覚が弱くなっていく。


 ゆっくりと身体が下りて足がつく。ここで側面・上方のバーを掴めば、それだけで機体が乗降モードになるところだ。だが、俺はそのまま動かず待ち続ける。



 心なしか外の風雨の音が激しく聞こえてきたようだ――



「実際……全部が止まって雑音ゼロだからな……」


 思わず不安が口を突いて出た俺……その耳に少し大きな石がぶつかった音が一度だけ響く。風で飛ばされた石がぶつかっただけ……なのだが、思った以上の音と衝撃に俺は大いに驚いてしまう。だが、今度はすぐにまた異様な静げさが広がる。


 本当に大丈夫なのか……?


 この静けさに本当に動くのか、本当に再起動するのか、そんな不安がフッと過ってしまう。よくある起動せず、慌てて何度もやり直す。はたまた、突如として敵が現れ、必死に再起動を繰り返す……なんてシチュエーションが起こるのではと想像してしまったのだ。だが、次の瞬間、眼前のモニターが僅かに明るい黒色となる。



 俺は……安堵のあまり、大きな大きな溜息を吐き出してしまう――



「確か、再起動は十秒と聞いていたが……三十秒も掛かったのか……」


 古くなったパソコンやスマホはドンドンと起動が遅くなり、いずれは立ち上がらなくなる時が来る。今回、実はギリギリだったのではと背筋がフッと寒くなる。


 そんな俺の前で『AA-PE』の起動シークエンスが進んでいく。





 さて、再起動の件も含め、その後は何事もなく上手くいったようだ。


 大いに身構えたのだが、あの後に本当に一切合切、何の問題もなく、敵もなく、道中に俺が口を開く事も一切なく、全くもっての無事の帰還となった訳だ。


 まあ、心配はあったが、腐っても味方の支配地域であったという事だ。だが……やはり、何は無くとも、報告義務は無くとも俺は呼び出される事となる。



 相手はもちろん『柏木 英輔』旅団長である――



 預けていたスマートフォンを起動する間もなく急いで隊長室へと向かった俺……今度は入室の挨拶をする間もなく、仏頂面の柏木に早々に問い質される事となる。


「AIの再起動がなされたそうだが……?」


 敬礼する筈の手が行き場をなくし、何とも居心地が悪くなる。


 さて、いきなりの最も聞かれたくない質問……どうせ答えないんだろうと言わんばかりではあるが、柏木がジロリとこちらへ恨めしそうな視線を送ってくる。


 だが当然、その通りであり、俺は真っ当に答える術を持たない。



 代わりに事前に考えておいた御為ごかしを口にする――



「その……突然のダウンでした……それよりも再起動までの時間を鑑みると他にも何か問題があるかもしれません。後は……一兵卒の自分には分かりかねます」


 防衛大臣からの直々の特務を受ける奴が普通の一兵卒である訳がない……そう言ってきそうな表情をした柏木が自身のツルツルとなった頭を掻きむしる。


 そして又、ジロリと視線を送るや否や、徐に口を開く。


「こちらに迷惑のかかる事……じゃなかったんだな……?」


 この言える所までで構わないから少しでも答えてくれという言葉に俺は少しばかり躊躇する。確かに今、迷惑をかける行動をした訳では無いのだが、いずれは迷惑となって降りかかる火の粉ではあるのではないだろうかと考えてしまったのだ。


 だが、マトモに答える訳にいかない事に変わりはないと考え直す。


()()()()()()……迷惑をかける事はありません」


「そうか……()()()()()()……か……」


 何かを察したとばかりに大きく溜息をついた柏木が小さく手を振って俺に退出を促す。これ以上の問い掛けは本当に時間の無駄だと判断したのだと思う。


 俺はそんな彼から視線を逸らさずに少しだけ長く敬礼をしてから踵を返す。急ぎ部屋を後にしたが、部屋を出るとすぐに姿見えぬ旅団長へと改めて敬礼する。



 申し訳ないとは思っているのだが、まだまだ俺は問題が山積みなのである――



 先ほどの柏木旅団長に負けぬ程の溜息を吐き出した俺は歩きながら既にバイオ・アクチュエーターに取り付けられていたスマートフォンを起動する。すぐに産総研のロゴマークが表示されて膨れっ面となったアリスが代わりとばかりに現れる。


 起動する度、こうなるのだろうな……そう思いつつもアリスへと声を掛ける。


「置いていった事を大いに謝りたい所だが後回しだ。田沼がおかしかった事に気付いたな? 人伝の情報で良い。あれから何か変わった所はあったか探ってくれ」


 真面目な内容と声の調子からすぐに重大さを理解したアリスが表情を戻す。そして慎重に言葉を選びながら周りに聞こえぬようにと静かに答えを返してくる。


<私、すぐに電源を落とされちゃったの……今から情報を集めるわ>


「済まない……それと秘密にするべき事が多いんだ……君にも言えない事だらけだ……そして出来れば全員にもバレたくない……当然、大崎とリサとノアにもだ」


<分かってる……ここまで徹底的に秘密にされるって事は……たぶん、上の一部にもマザーが怪しまれていて……それに田沼さんが関わってると思われてるのね>


 だから私たちも疑われている……そう言って顔を顰めたアリスだったが、すぐに仕方がない事だとも口にする。だが今、アリスの口にした仕方がないという言葉に小さな疑問を覚えた俺は凹む彼女を慰めもせずに改めて彼女へと問い掛ける。


「アリス……君は何か知っているのか……?」


 この俺の疑問の言葉に大して少しだけ間が置かれる。それから踏ん切りがついたと言わんばかりのアリスの大きなワザとらしい溜息が響く。


<いずれは話が行くと思うから私が知っている事を話すね……>


 そう言ったアリスが言葉を続ける。


<田沼さんが大怪我した時、お医者さんと義肢を手配したのマザーなの……もちろん、エースの一人である田沼さんにトップシークレットの技術を使うのはおかしくないわ……でも、やっぱりマザーは関りがあったんだなって私も思ったの……>


 思っていた事、溜まっていた事を一気に口にしたアリス……そんな彼女が一呼吸おいて、こちらの様子をスマホ越しに慎重に窺ってくる。そして……


<ま、まあ、ちょっと変な事に関わり過ぎている気もするんだけど、それでもずっと、私たちの作戦を後押ししてくれてるじゃない? 大袈裟じゃなく、マザーは人類の存続を正しく願ってくれてると思うの……だから、変だとは思うけど……>



 言い訳のように更に続いたアリスの言葉を背に俺はただ考え込む――

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ