074 深まる疑惑、高まる不安
田沼機に何か奴らを惹きつけるような魅力があるとでも言うのだろうか……眼前へと視線を戻した俺だが、迫りくる敵を前に大いに頭を悩ます事となる――
「どうやら敵はホバーを狙っているようだっ! 大崎機、三島機っ! 橋の後方へ降下っ! 橘機を援護しつつ、共に下から射撃を続けろっ!」
赤城の上手い誤魔化しを含んだ最善の命令を受け、降下してきた二人に助言をしたいのだが……どうしても、こちらの方へと脳の処理が回ってしまったようだ。
機体を打ち付ける雨音、耳をつんざく風切り音、鼓膜が破れそうな爆発音に甲高い射撃音、無線から聞こえる悲鳴のような叫び……その全てが消えていく――
さて、まず俺は奴らが電気信号に惹きつけられるのではという話があった事を思い出す。だが、これは習性と断言できるモノではなかったのだ。そう、生け捕りにする事ができた少数の内の数体が僅かながらに軽く反応を示しただけだったのだ。
無論、生け捕りにする事が出来た個体が特殊という可能性はあるが……
続いて奴らが光に寄っていくという習性があった事も思い出す。こちらは以前から良く見られた光景でもあり、何よりも先日に遭遇した大量のワスプのおかげで多少の個体差はあるが、そのような習性が確かに存在するとなったそうだ。
まあ、後々に覆る事があるかもしれないが、今のところは……という事である。
だが、どちらにせよ――
今、彼女の機体だけが特別に電気信号と光を出しているという事は無い。彼女の機体も新型であるが、俺と大崎のモノと全く変わらないはずなのである。
まあ、水を嫌う、濡れる事を好まないと言われていた奴らの習性も今、この瞬間に大いに否定さた訳で……どれもこれも全てが余り信用できないのだが……
ともあれ、他に何か彼女だけが惹きつける要因があるという事だろうか――
機体に何か樹液のような物でも付いたのか……まさか、田沼恵子の肉体から奴らを引き付ける魅惑のフェロモンが出て云々という事はないだろうか……
それとも……誰かがインセクタムを操ってなんて事は――
この僅か数秒の間に様々な馬鹿らしい考えが頭に浮かんでは消えていく。
だが、そんな結構な混乱状態に陥ってしまった俺……ブツブツと口から心の声が漏れ出した俺に我慢ならなくなったのか、アリスが必死に声を掛けてくる。
<ちょっとっ! 操ってとか、どうでも良いからっ! こっちの砲身が焼けちゃうからっ! そろそろ、誠二も撃って頂戴っ! 最高のチャンスなのよっ!>
さて……悩みに悩み、更に大いに悩みたいところではある――
だが、確かに現状は彼女の言う通りの大チャンスなのである。
仲間であった存在を有無を言わさず踏み潰し、蹴散らしながら突き進むシックルとアントの集団は橋の下にいる我々に大して全く意識を向けてこないのである。
そう今、我々は最高の射線から撃ち放題なのだ。その状況の素晴らしさを示す様にアリスの撃ったアクティブカノンが又もや十体以上の敵を一気に貫いていく。
<さあさあ、早く撃って頂戴っ! 入れ食い状態って奴よっ!>
『足止め』と『射線を維持する為の死骸除去』を合わせたミサイルの爆発が起こり、その衝撃と爆音に興奮が更に増したのか、更に鼻息荒く急かしてくるアリス、その昂った声を受けて俺もようやくとばかりにモニターへと目をやる。
どうやら三機のホバーとアリス、ノア、リサ、アスカの能力を全開に使った複合的な情報処理によって最も効果的な射撃コースがそれぞれの機体へと送り込まれているようだ。全機の射撃が行われる度に次のポイントが幾つか順に示されていく。
「死骸の処理はアビー機か……そして死骸の位置も計算の内か……」
最先端の技術とは少し恐ろしいなと思いながらも俺は引き金を絞る。一瞬だけ見えたマズルフラッシュ……その既に見えなくなった一筋の軌跡の先へと目をやる。
そこで先頭の一体と次の一体の巨体が崩れ落ちるように倒れて後続の進路を大きく塞ぎ、ついでのように紛れていたアントが潰されていく様子を確認する。
ともあれ、この会心の一撃にアリスは大喜びのようだ――
<やるじゃないっ! 今の一撃で十二体よっ! でも、さっきの私の一撃は十三体っ! まあ……どちらにせよ、もう撃墜記録更新ってレベルじゃないけどねっ!>
だが、この又もや響いた嬉しそうな彼女の声に御座なりな返事をしてしまう。
「そうか……」
<何よっ!>
「分かるだろ……?」
<分かるけど……もうっ!>
そう、やはり俺はどうしても今現在の状況に納得がいかないのだ――
史上初、史上最高の大量撃破どころではない。
経験上、個体差はあれども近くの存在へと優先的に襲い掛かるインセクタムたちが揃って何かに向けて盲目的に突き進む姿に俺は全く納得がいっていないのだ。
君の考えを聞きたいという気配を感じ取ったアリス……そんな彼女が眼前の敵へとアクティブカノンを撃ち続けながら諦めたように口を開く。
<無線は切ったわ……で、私の予測なんだけど田沼さんの義肢が怪しいと思ってるわ……あの機体の中で私たちと違うモノって言ったらアレだけだから……>
あの異質な存在、医師である『吉川 順平』二等陸佐が放電するような謎の機構を持っているのではと訝しんでいた彼女の義肢の存在を俺もフッと思い出す。
確かに幼馴染である西島政務官には件の事を伝えたのだが、あれ以来、全く音沙汰がないので、俺自身が全くもってスッカリと忘れていたのである。
「そういえば……余りに自然な見た目で忘れていた……」
そんな俺の様子を認識したアリスがやれやれとばかりに言葉を発する。
<まあ、あれがどんな悪い事をしているかって言われたら分かんないけどね……>
だが、あの件を完全に思い出した事で俺は大いに納得する事となる。
「あれか……在り得る、在り得るな……」
<ま、証拠なんて全然、無いけどね……あーあ、CPUを考える方に回さなければ、もっともーっと一杯、撃破できたのになぁ!>
そんなアリスの愚痴を背に俺は僅かに機体を左へとスライドさせる。
すぐに新しい射線を確保すると同時に俺は引き金を絞り、次のターゲットを撃ち抜いていく。アリスから貰った納得できる想定、それにより迷いの無くなった自分の射撃、その両方に大いに満足した俺は何度も何度も繰り返すように頷く。
<もうっ! 自分だけ満足しちゃって……>
「済まんなっ!」
だが、アリスの言う通り、原因と証明するモノは何も無いのも事実である。
しかし、あの時に田沼に突如として取り付けられた新型の義肢の存在、そこに勝手に備えられたという放電する謎の機構の存在、そこに惹きつけられたかのような様相を見せる眼前のインセクタムたちの存在……それら全てを鑑みると今の段階では全く証明する手立てはないが、まるで無関係とは到底思えないのである。
何よりと言って良いのかは分からんが、俺の勘も関係ありと訴えてくる――
<少なくとも……アレを取り付けた人間がいる訳だし……多分、今回の件が西島さんに伝われば何か先手を打って行動を起こしてくれるんじゃないかしら?>
「む……そうだな……」
このアリスの言葉通りになってくれれば良いのだが……思わず、そう考えてしまう。そう、この情報が伝わる人間は少なければ少ない程に良いのだ。
<……>
少しばかりの漠然とした不安が俺の心の内に残ってしまう。だが……
「まあ良い……今は眼前に集中だ」
そう、敵の大群の襲撃はまだまだ続いているのだ――
俺は気持ちを切り替え、すぐに全機に弾数の確認を行うよう伝える。
だが、この俺の指示に対して皆の答えが返ってくる前に機体に少し特殊なピー音が鳴り響く。これはそれなりに大きなサイズのデータが転送されてきた事を告げる合図……その次の瞬間、その内容を早速とばかりに確認したアリスの声が響く。
<一分後、特科連隊の支援砲撃が来るわっ! その一分後には援護部隊の先発が到着っ! それとまだ遠くだけどアシッドの存在を確認したそうよっ!>
そろそろ、引き時という事だ――
そんなにも何処にいたのかと思う程の数となった眼前のシックルとアントの群れ……それだけでなく、最果てには遂にアシッドらしき姿まで出てきたそうだ。
当たり前だが、もはや我々の部隊だけでどうにかなる状況ではないという事だ。
いや、むしろ、これほどの少数であれだけの大群を引き付け、その防衛ラインを最後まで支えたのだ。十分過ぎるほどに十分な仕事をこなしたという事だろう。
「ホバー全機、三島機と金田機と共に後方に下がるぞっ! 三十秒後にマイキー小隊、四十秒後に残りの橘小隊だっ! カウントダウンを開始するっ!」
良くそんなにも口が回ると思う程の速さで赤城が命令を下す。
その次の瞬間、射撃目標・残弾を考えずにホバー三機がアクティブカノンを速射していく。時間を稼ぐ為、我々の眼前に迫っていた敵を一気に掃討したのだ。
そして砲塔が真っ赤になった所で橋上から順に後方の背割堤へと抜けていく。
幸いな事にここら一帯のインセクタムのほぼ全てが最短で我々へと向かってきたようだ。回り込んでいた僅か数体のシックルは金田機が素早く釣瓶打ちしていく。
今の所、撤退に問題なしという事だ。
「二十七、二十八、二十九……マイキー小隊、移動開始して下さいっ!」
赤城機のホバーから聞こえてきた声を合図にマイキー小隊が続いていく。今度は最後っ屁とばかりに彼らの撃ち損なった残りのミサイルが我々の眼前へと降り注いでいく。この一撃のおかげで橋まで十メートルの所で奴らの足が止まってしまう。
結局のところ、奴らは一体も橋に辿り着けなかったという事になる――
「恐ろしい戦果だな……」
誰に聞こえるでもない俺の呟きが響く。
「三十七、三十八、三十九っ! 橘小隊、移動開始して下さい!」
「了解、全機・撤退開始っ! もう残弾は気にするなっ! 撃ち尽くせっ!」
この被さった声を合図に我々も撤退を開始する――