070 新人類
無尽蔵に近いジェネレーターからのエネルギーと違い、有限となる推進剤……それを少しでも節約する為に脚部で地面を蹴って水の石切のように機体を進ませる。
<周囲の状況を再確認、進路を邪魔するものは無いわ>
「了解……随時、最後尾のホバーに送ってくれ。緊急の時は頼むぞ」
<ふふん、どっちも任されたわっ!>
何も見えない闇夜、吹き荒れる暴風雨、最悪の視界の中をただ突き進む――
「やはり、『エルザ』も優秀だな……」
一列縦隊となって進む小隊の二番目、自機の後ろを追随するように進む三島機を目で追っていた俺は心から感心し、思った事がそのまま口に出てしまう。
そう、試作型AIによる細やかな微調整された我々の機体の移動と全く変わらず、実に滑らかに軽やかにといった具合で追随してきているからである。
本来は雑な三島機、その初心者的な動きが各部ノズルからの噴射によってベテランの機体の動きように補正される様子を今一度だけ眺めてみる。
「推進剤の使用量を考えると経戦能力に不安は残るが……悪くない」
<突発的な環境変化への対応の方もまだまだだけどねっ!>
まだまだ私の方が圧倒的に上よと言わんばかりのアリスの言葉に微笑む。
だが、いずれは機械的な能力は無難な量産型が造られていくのだろうかと考えてしまう。何となく、無表情に立ち並ぶ機械化した恐ろしい『AA-PE』部隊といった絵面も一緒に想像してしまった俺だが、すぐに頭を振るって現実へと意識を戻す。
暗闇と暴風雨の先に隠されていた『入間大橋』が僅かに見えてきたのだ。
「全機、俺に構わず速度・進路を共に維持っ! アリス、堤防の上を移動する! 上から目視で対岸を確認したいんだっ! 五秒間、移動は任せるぞっ!」
<て、堤防の上? 崩れないかしら?>
「脚は付けるなっ!」
<じょ、ジョークよっ!>
ノズルから更に絞られて強い噴射炎が放出されていく。その次の瞬間、小さな堤防の斜面を俺の機体が浮いたまま滑るように上っていく――
さて、移動を完全に任せた俺は右側にメインカメラを向ける。横を流れるはずの入間川の流れは暗闇と暴風雨で見えないが、その対岸の様子を最大望遠で窺う。
補正能力を最大まで発揮したにも関わらず、ガタガタな映像へと目を向ける。
<榴弾が爆発してる……その周辺の小さく立体的に見えるのはアントかしら?>
荒川と一体化してしまったように見える入間川の対岸……何はともあれ、この水没した三角地帯にも、あちらと変わらず榴弾の雨が降り注いでいるようだ。
だが、その幾つもの爆発の閃光を確認していた俺の目に一際目立つ複数の小さな爆発が写り込む。上空で一度だけ光、すぐに広範囲の地面で中規模の爆発が幾つも起こったのだ。覚えのない……だが、何処かで見た事のある爆発に頭を悩ます。
「今のは……」
バランスを崩すことなく、今度は滑るように斜面を下っていく『AA-PE』――
ともあれ、この俺の疑問の言葉にすぐに答えが返る。だが、声の主は相棒であるアリスではなく、在日米軍の『マイケル・ヴィクトール・ダグラス』であった。
圧倒的に良好な無線から実に流暢な日本語が聞こえてくる。
「あー今のはクラスターボムという奴だ」
だが、そんな頼れる彼の声にも関わらず、俺は大きく溜息をついてしまう。
「やはり、使う事となってしまったか……」
インセクタムとの遭遇直後から再開発が始まったクラスター爆弾……多連装ロケットシステム用のクラスター弾頭型ロケット弾・M26の改良型であり、広範囲に威力の高い小型の爆弾をばら撒く、奴らの手足の破壊に持ってこいの武器である。
使えるのであれば……
「致命傷は与えられなくとも機動力を大幅に削げる……問題はあるがな……」
こいつは在日米軍からの技術移転もあり、あらゆる性能が圧倒的に上がったという事だが、残念ながら相も変わらず、そこそこに不発弾が発生するのだそうだ。
やはり、実戦で……当然、国内で使うには……といった代物である――
「まあ……ジャパンの上層部も覚悟を決めたという事さ……」
「そうだな……その通りだ」
正にマイキーの言う通りである。これは人口密集地から離れた川沿いを捨て、敵の撃退・我々の進軍を優先したという事なのだ。そして同時に『AA-PE』で戦う事の覚悟の表れ、国土を捨ててでも国民を助けるという覚悟の表れでもあるのだ。
「分かってはいるのだがな……」
だがやはり、ほんの少しだけ複雑な気持ちを抱いてしまうのだ。
少し蒸し暑くなってきた機体の中で小さく溜息を吐き出す――
だが、そんなノスタルジックな感傷に浸っている暇は無いようだ。又もや、機体の無線が鳴り響く。『金田 有康』一等陸尉の率いる小隊が到着したのだ。
「遅れて済まなかった……金田小隊、配置に就く」
聞きなれてしまった喋り方ではなく、抑揚の抑えられた金田の低い良い声が響く。だが、先日の煩かった様子を同時に思い出し、少し吹き出しそうになる。
それでも何とか必死に笑いを抑えた俺……その気を知ってから知らずか、俺の楽しそうな気配に当てられてしまったアリスが嬉しそうに口を開いてしまう。
そして暴言というべき言葉を吐いてしまう。
<なーに、その喋り方っ! 今日は桃華ちゃーんって叫ばないの?>
『AA-PE』が水の下のアスファルトを蹴った音、風を押し退ける音、その機体を叩く雨の音、それら以外の音が一斉に無くなってしまったような錯覚を覚える――
誰も喋らない。いや、喋れない。そんな嫌な空気が続いた次の瞬間、やらかした事をようやく理解したアリスが必死とばかりに口を開く。
だが、その言葉の方もやはり余り宜しくない言葉……であったようだ。
<あ、アイドル狂が悪いわけじゃないわっ! うちの三島だってアイコラマニアで変態だもんっ! ふ、普通に居るわよっ! ホントよっ! 気にしないでっ!>
どうすれば、こんなにも言葉のチョイスを間違う事ができるのだろうか……AIとは思えない。そんなアリスの酷い言葉の羅列が無線を震わせていく。
そして……
「桃華……?」
「アイドル……?」
「金田隊長が……?」
遅れて聞こえてきた金田小隊の面々の楽し気な笑い声に俺は頭を抱える。
◇
さて、何とも言えない静まりの中、我々は予定された配置へと就く。そして我々と交代となり最前線へと向かう事となった不幸な者たちの背中を見送る。
「全員、無事で終われると良いのだがな……」
そんな俺に声が掛かる。
<あ、あのね! き、緊張感を解消しようと思っただけなの……そ、その後は最悪だったのは認めるわ……その……CPUの大半が戦闘モードになってたし……>
子供のように言い訳がましいアリスである。
「大笑いしてリラックスできたかもしれないが……まあ、笑いを取りたいと思ったのなら人を落とすのではなく、自分を落とすんだ……覚えておくんだぞ」
そう口にしながら射撃訓練も兼ねた三島機を横目にアリスの気配を窺う。
「後でまた、一緒に謝りに行こう」
姿は見えないが、明らかにシュンっと気落ちした雰囲気をみせるアリス……そんな彼女に呆れつつも、思考経路が人と余り変わらぬ事の方に俺は感動する。
AIが人よりも頭の回転が早く、人よりも覚えておく事が多くともやはり物理的に限界はあるという事だ。時折、人の中に現れる時代に合わぬ有能な人々……『新人類』と呼ばれるような人々と桁は違えど、さほどに変わりはないという事だ。
むしろ、彼女たちこそ新人類なのかもしれないと考えてしまったのだ――