069 『荒川・入間川』防衛戦
無線から聞こえてきた外の風雨に負けぬような声は高梨のモノであった――
「右手・三百メートル先の公園跡地にインセクタムの反応を確認っ!」
反応は一つのみ、しかも、こちらへと進路を取っているようだとの情報も併せて伝えられる。だが、そこから更に続くべきはずの続報が一向に聞こえてこない。
だが、すぐにお待たせしましたと言わんばかりに声が聞こえてくる。
「隊長、第三旅団から迎撃部隊が出たそうです!」
「そうか……了解した」
どうやら、川越から無線による連絡を受けていたようだ。次の瞬間、俺の機体にホバーへと届けられた詳しいデータが次から次へと転送されてくる。
遂に第三、第四旅団の防衛エリアに入ったという事だ。だが……
<やっぱり、隙間だらけみたいね>
既に情報の解析を終えたアリスの納得の声を聞きながら俺もこれらの情報へと目を通していく。だがやはり、彼女の言う通り余り宜しいとは言えないようだ。
「ううむ、配置図を見る限り、防衛ラインは相当にギリギリのようだな……」
さいたま市と川越市の境界におおよそ北から南へと縦断する荒川、その周辺にあった数々のゴルフ場跡地は既に多くの場所が水没している。
広大な浅い沼地と化した荒川周辺域、そこの辛うじて高台となっている場所に幾つかの拠点が造られているのが見て取れる。だが……
<移動式のレーダーと一機の高射砲に三機の機動兵器と一機のホバーだけ……ま、まあ、場所が場所だけに攻撃の主軸は後ろの特科連隊みたいね>
この新たに送られてきた部隊情報にアリスが更に絶句する。
しかも、酷い情報はそれだけでなかったようだ。そう、飛び飛びに配置された部隊だけでなく、レーダーのカバー範囲も目に見えて隙間だらけだったのだ。
<ここに描かれた円は通常のレーダーの索敵範囲……よね?>
「ううむ、新型ソナーの索敵範囲もほぼ線だな……遠くまで見れるのは良いが……一回、ピンガーを打つたびに動かすとなると……やはり、何とも……」
通常の全方位へのレーダーも決して多くない。その精査範囲を示す円が被さる位置はほとんど無し、新型の指向性が高く遠くまで届くソナーは各地に等間隔で配備されているが、その数は圧倒的に少ない。やはり、穴だらけといった状況である。
現在のところ、その合間合間を無線と小型レーダーだけを積んだ『水場の移動もそこそこに可能な高機動なオフロードトラック部隊』が移動しながらカバーしているが、それでも全くもって数が足りていないといった状況であるようだ。
まあ、全ては無理矢理のゴリ押しの弊害である。
「機動力を維持できる重量の小型レーダーは出力が低いからな……」
<天候次第だけど下手したら機能しないかも……>
その為、今この瞬間のような取り零しが出てしまうのである――
まあ、それらは遊撃部隊がすぐに処理しに行くのだが……
<よく見たら小隊編成が……『AA-PE』二機に戦車一台なんて編成も……せ、戦車? って言うか、『AA-PE』が三機そろってるの遊撃部隊だけじゃない!>
「インセクタム相手の超近接・遭遇戦には弱いが、この遮蔽物の少ない河川敷なら戦車は中々に強い。足元はやや泥濘なので機動力はまあ落ちるが……だが、各種レーダーとリンクできる開けた場所での防衛戦なら中々の戦闘力だぞっ!」
<なんか……戦車に対しての熱量が凄くない? き、気のせいかしら?>
まあ、何はともあれ、防衛ライン上の戦力の拡充は急務であるという事だ――
まあ、これが我々が送り込まれる理由である。少数精鋭である我々を最前線に送り、余剰の機体を広がった戦線の維持にもっと使いたいという事なのだ。
さて、そんな状況なのに今の状況、それだけにアリスの怒りが爆発したようだ。
<急がなきゃいけないのにっ! このトレーラーがノロマなのよっ!>
だが、心と体、そして機体を休めるのも任務の内なのだ。俺は更にボルテージが上がっていきそうなアリスを制して皆にも改めて静かに休むよう指示を送る。
そして同時に先ほどの件を上手く誤魔化せた事に安堵する。
◇
川越市の中心部でトレーラーを降りた我々は広大な浅い沼と化した道を進む。そして荒川と入間川の合流地点、国道16号沿いの前線基地へと辿り着く。ここは川越グリンパークと呼ばれていた古い団地群を接収した今回の臨時の本部である。
現在の時間は深夜の十二時を回ったところだろうか……
だが、この敵との予測合流地点……既に相当な混乱となっているようだ――
その理由の方は実に簡単だ。
思った以上の速さでインセクタムが現れてしまったのである。機体での待機を命じられたままの我々の無線に次々と叫ぶような声が聞こえてくる。
「敵集団、囮部隊に喰らいつきました! そのまま上江橋へと誘導中!」
「更に天候悪化、航空支援不能!」
「データリンク良好、観測情報確認……各特科連隊、間接照準射撃を開始っ!」
次の瞬間、強烈な砲撃音が響き、風雨に隠された見えぬ対岸で爆発が起こる。
面制圧を目的とした爆発力を高めた専用の榴弾が着弾したのだろう。荒川の向こう、河川敷と思われるエリアに幾つもの光が大きく瞬いては消えていく。
「インセクタムの尖兵はアント、数は不明っ! 一部が水中に侵入しました!」
「荒川を渡らせるな! 特科連隊・各位っ! 陸橋への誤射には注意しろっ!」
「データリンク良好……再度、観測情報確認っ! 間接照準射撃を開始っ!」
中継地点ともなるレーダー車両が各地にあるだけに無線は良好のようだ――
だが、この激しい轟音、切迫した情報のやり取りに緊張が高まったのか、小隊で使う無線チャンネルから少し上擦ったような声が二つ揃って聞こえてくる。
「敵の数を減らせたんでしょうか?」
「敵の数、多いんっすかね?」
兄弟のように仲良く声を揃えたのは大崎三等陸尉と三島准陸尉であった。心配性と能天気、この二つの真逆からの揃った内容と言葉に俺は少し苦笑してしまう。
「それが分かるのは今からだ」
次の瞬間、この俺の言葉を合図にするように又もや無線にピー音が響く。
だが、この少し違う音……やはり、全部隊へと現状を伝えるモノではなかったようだ。中隊用のチャンネルが使われた事がモニターへと表示される。
俺はすぐに聞こえてきた赤城中隊長の声へと耳を傾ける。
「我々の行き先が決まった。北にある『入間大橋』の防衛……コールネームは橘小隊はアルファ、金田小隊はブラボー、マイキー小隊をチャーリーとする」
連携に難のある我々三小隊が敵の少ない北方の入間大橋周辺を単独で守り、その周辺域に展開する五部隊をここに戻すという事、そして向こうに既に展開済みの五基のレーダー車両は中身ごとそのまま全て使用しろという事も併せて伝えられる。
状況の確認を終えた俺はすぐさま全機へと指令を送る。
「橘小隊、出撃だ! 目標は北三キロっ! 遅れるなよっ!」
皆のしっかりとした力強い返答を合図に全機の全方位を照らすLEDライトが点灯していく。位置を示す両肩と両腰の赤い回転警告灯も次々と動き出したようだ。
それを確認した俺はすぐさま次の指示を送る。
「無線のチャンネルを中隊用に固定っ! 俺が先頭だっ! ここからは一列縦隊、誘導車両が避けたら堤防下を一気に全速で移動するぞ! しっかり付いてこい!」
さて、手持ち式のレールガンが周囲へ干渉しないよう機体の小脇へと抱え込んだ俺は肩部と一体化した大型シールドを前方へと向けていく。進路となる左方へと機体を回転させるとジャブジャブと音を立てる水音が機体を通して伝わってくる。
「ブースター点火、その他の稼働・再確認はいらん……さっきので十分だ」
<ブースター点火開始、その他のスキップ了解っ!>
アリスの小気味良い返答を合図に後方のサブカメラで三島機とホバー・トラックの様子を確認した俺はゆっくりと慎重に機体を進めていく。
足元に更に波が起こり、あっという間に周囲へと広がっていく――
ものの数歩もせず、崩れかかった小学校のような建物の跡地の端でホバー型の誘導車両が水しぶきを吹き上げながら左へと曲がっていく。
そして急停止した誘導車両、その赤い回転灯が青い点滅信号へと変わる。この先に不明な友軍機は無く、進路は一応のクリアであるという事だ。
その青ランプを確認した俺は機体を止めると同時に膝を曲げていく。脳波による指示は既にアリスへと伝わり、ランドセルの後方に備えられた一番から四番のノズル、前方への推進力が最も高くなるノズルの噴射が強まり細く絞られていく。
この噴射エネルギーはすぐに振動となり、水面を激しく揺する。
「アリス、行くぞっ!」
<了解っ!>
次の瞬間、しゃがみ込んだ俺の機体が僅かに前気味に倒れ込む。すぐに蹴り出した脚部の圧で水が弾け飛ぶと同時に機体が一気に斜め前方へと加速する。
超低空を機体が大きな弧を描くようにして飛んでいく。
<天候は更に悪化っ! 前方に障害物なし! 後方、全機体の追随確認っ! 機体速度、ホバーに合わせっ! マイキー小隊は既に到着の模様っ!>
アリスの声と細かく調整されるノズルの音を聞きながら俺は持ち場へと急ぐ――




