068 田沼の追求
たった二日の別れであった事もあり、再会の挨拶はそこそこに済ます。代わりとばかり、今回の作戦概要を一気に伝えた俺は改めて小隊の皆を見回す。
そんな中、まずはとばかりに大崎が口火を切る――
「それで……我々は向こうで何処の指揮下に入るんでしょうか?」
「一時的に東京方面軍・第四旅団の管轄に入るが後から来る赤城中隊長の指揮命令下という事に変わりはない。我々は特に何か変わるという事は無いだろうな」
答えに満足した大崎が何度か頷く。だが、すぐに視線を落としブツブツと呟き始める。そして何かを思い出したかのように大きく声を上げる。
「ん? 第四旅団、第四旅団……ですか? 確か、埼玉の狭山市辺りに展開してた部隊ですよね? もう、川越まで押したんですか……凄いですね」
そう、そんな所まで一気にである。
朝霞駐屯地に繰り返された大襲撃、我々の所属する『北区、板橋区、練馬区』を守る第二旅団はその際に壊滅的な被害を負う事となった。だが、敵の圧が大いに減った周囲の旅団は僅かながらに戦線の押し上げに成功していたのだそうだ。
まず、荒川沿い『江東区、墨田区、荒川区』を守っていた第一旅団、金田が所属していた部隊は江戸川まで戦線を押し上げ、川向うに頑強な拠点を構築中と聞く。
次に第三旅団、『所沢市、清瀬市』を中心に展開していた彼らも現在、第四旅団と共に一気に荒川沿いまで戦線を押し上げる事に成功したのだそうだ。
そして……その第四旅団は現在、北へと更に戦線を押し上げている最中――
この北への行軍目的は一つ、分断されてしまった群馬方面軍との完全な合流である。上空のジェット気流とぶつかる山々を人類・インセクタム共にまともに越える事が不可能になった今、荒川沿い西側の平地を全て完全に抑え込みに掛ったのだ。
さて、この情報を手短に纏めた俺に田沼二等陸尉の心配そうな声が掛かる。
「どちらの旅団も機体の損耗が相当に激しかったと聞きますが……」
一気に押し上げた事による機体・人の損耗、広がった戦線の維持に掛かる負担の増大……無理をしたツケを不安に思った田沼の言葉に俺は一応の答えを返す。
「今のところ、インセクタムは川を超えるのが苦手……無理やりにでも……犠牲をもってしてでも荒川向こうへと押し込む価値があったという事だが……」
そう口にした俺だが、現状についてもう少し考え込む事となる――
当然、彼女の言った部隊の損耗の激しさも気になる。
だが、それよりも今回のインセクタムの襲撃が何の理由をもってして行われたか、何の理由をもって突然の進路変更に至ったのかと疑問を覚えてしまったのだ。
数年前から通信網でしか繋がりがなくなった群馬方面軍、その物資搬入路を寸断し続けたい、このまま更に弱らせて群馬方面軍を撃破した方が有利になると……インセクタムがまるで人のように考えたのだろうかと思い悩んでしまったのだ。
このパッと浮かんだ嫌な想像に俺は更に深く考え込んでしまう――
<ねえ、誠二? 大丈夫? 聞こえてる?>
「少しだけ考えさせてくれ……皆、済まない」
さて、各旅団が戦線を押し上げた瞬間に姿を現したインセクタムの大群……だが、今回も『何らかの本能で朝霞方面へと向かう』と思われていた奴らは突如として進路を変えた訳だ。この想定外の行動に上層部も我々も大いに混乱する。
これは当然、我々の探知範囲のギリギリを移動された為、実際にどの程度の数のインセクタムが川越方面に向かったのか認識できなかった所為もある。
(敵の数が正確に分からない以上、最小の部隊しか送れなくなった訳だ。戦線の維持には数がいる……よって少数でも戦える精鋭を出すしかなかった訳だが……)
何となく、引きずり出されたような……そんな嫌な予感を覚えてしまう――
<ねえっ! 本当に大丈夫……?>
だがまあ、今でも大して分からない奴らの習性を俺が考えても仕方が無い。頭の良い連中がいつか何かしらの法則・習性を見出してくれるだろうと思い直す。
そう、我々に出来る事は戦う事だけなのだ。
「急な作戦指示だったからな……穴が無いか考えていただけだ」
<それなら良いけど……不安が伝わってきたから……>
「大丈夫だ……ありがとう、アリス……少し考え過ぎただけだよ」
周りの人々よりもよっぽど不安そうなってしまったアリス……そんな様相をまるで隠せない彼女を必死に気遣う俺に今度は少し怯えたような声が掛けられる。
「あ、あの……すみません……て、敵の規模はどんな感じなんでしょうか……」
この今にも消え入りそうな遠慮気味の声の主はソナー員である『三波 芹那』三等陸曹であったようだ。ドライバーであり、彼女の唯一無二の友人でもある『相葉 友香』三等陸曹、その影に隠れるようにした彼女の姿へと俺は目をやる。
「す、すみません……話を遮っちゃって……」
どうしても気になって仕方がなかったのだろう……そんな珍しく自主的に声を上げてしまった彼女に俺はハッキリとした声で少し曖昧な答えを返す。
「先日の我々の戦績を考えれば相当数の相手でも問題はない」
敵の数など分からないという意味を多分に含んだ答え……誤魔化しでしかない言葉なのだが、実に有難い事に単純な三島准陸尉が歓喜の声を上げてくれたようだ。
「ホント、瞬殺でしたからね! いやー今、思い出しても鳥肌が立ちますよ!」
さて、普段なら油断するな、軽口を叩くなと戒めるところである。だが、不安を覚えている隊員いる事もあり、今回だけは俺も話を合わせていく事とする。
「瞬殺は言い過ぎだが、我々の戦力が圧倒的に上がった事だけは間違いない」
そして俺はやや大袈裟ではあるが決して嘘ではない言葉を吐く――
「試作型AIが搭載された我々の機体は……冗談なしに現行機の十倍の戦力になる」
アリスとのシミュレーション結果、前回の戦績を考えれば決して嘘ではない……
まあ、何はともあれ、さも当たり前のように口にした事が予想以上に効果を発揮したようだ。ホバーの三人のやや引き攣っていた顔に落ち着きが戻ったようだ。
その様子に一定の満足を覚えた俺は気を取り直し、残りの情報共有を急ぐ――
◇
さて、闇夜と激しい風雨の中、二台の大型トレーラーが川越街道を突き進む。
突き進むのだが、それぞれに重量級の『AA-PE』を二機も積んでる上に何とか修繕されている道路も凸凹だらけ……それだけにちっとも速度は出ないようだ。
三時間かけて、ようやく川越市の寸前へと辿り着く。
そんな中、機体に搭乗したまま、ただ待つだけとなった我々の雑談が続く――
「アイドル・城山桃華っ!? 超の付く有名人じゃないですか?」
「もしかしてアイドルグッズって桃華ちゃんの奴か!? すげぇ!」
真面目な話を全て終えたところで聞かれた先日の話、産総研であった事、そして横浜であった事を話したのだが、予想以上な勢いで大崎と三島が喰い付く。
「ああ、中学生の時に彼女の学校に慰問に行ったんだが、それが縁となって今回の指名となったらしい。まあ、会っても暫く記憶が無くて申し訳なかったよ」
別動となったマイキーと金田、そして今ここにいる相棒のアリスの鬼門と言うべき話なだけにサッサと切り上げようとした俺……だが、薄く笑いながらも別の話へと誘導しようとした矢先に別の人物によって話を深堀りされる事となったようだ。
「あ、アイドルって……やっぱり綺麗な方だったんですか?」
ここまで黙って聞いていた田沼の少し上擦った声が無線を通してしっかりと聞こえてくる。それに合わせるように同時にピタリと全員の雑談が止まってしまう。
明らかに俺の答えを待つ……そんな空気が嫌でも無線越しから伝わってくる。
諦めた俺は一応の答えを返す――
「それはまあ、一般的にいって綺麗なんだろうと思ったよ」
だが、この答えに満足がいかなかった田沼の声が又もや響く。
「い、一般的にですか……それで……た、隊長はどう思われたんですか?」
やけに強気な演じるような軍人モードでもない、最近の落ち着きのない引っ込み思案っぽいモードでもない。まるで記憶を失くす以前のような、やけに話に喰い付く彼女の姿に真面目に大いに驚く。記憶の一部でも戻ったのだろうかと考える。
だが、異変を知らせる必死な声が響き、我々は現実へと戻される――