表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
インセクタム  作者: 初来月
67/112

067 新たな指令

 専用の大型トレーラー、その背にある特殊な全方位開閉式のコンテナに跪いた状態でロックされた『AA-PE』が光が丘基地へと運ばれていく。


 そんな中、機体に搭乗したままとなった俺にとって実に耳の痛い雑談が続く。



 プリプリといった調子で怒るアリスの再開された小言へまた耳を傾ける――



<……って言うか、『君の為に』なんて言ったら誰だって勘違いするわっ!>


<まあ、あれは隊長さんが悪いわ>

<まあ、同感です>


 さて……ここまで何度となく続き、更にまだ続きそうなアリスの愚痴……これに辟易としたからという事もあるが、遂にノアとリサまで同意を示したようだ。


 狭い機内、当然ながら逃げ場のない俺は更に肩身を狭くする事となる。


<ね? 二人もそう思うでしょ? あの喜びっぷり見た? あの目っ! 絶対に勘違いしてたわっ! 自分の為だけに戦地から帰ってくるみたいに想ってたわ!>


<ま、あれはね……流石に隊長さんが悪いわね>

<まあ……あれは流石に……>


<ねぇ? そう思うでしょ? 目なんてハートマークになってたわ!>


 ぐうの音も出ない俺……何とか矛先を逸らそうと必死に隙をついてノアに問い掛ける。だがやはり、これは最低最悪の手となったようだ。


「あーノアくん、そういえば……き、君たちはあのパソコンじゃなく、この機体に載ったんだな……載れたんだから問題ないのだろうが……支障はないのかな?」


<支障はありません。それより今……あ……>

<なんで話を逸らすのよっ! 誤魔化すなんてズルいわっ!>


 彼が言い掛けた残りの言葉通り、アリスの怒りが爆発したようだ。そして……ここまで黙って聞いていたマイキーと金田の怒りもついでに爆発したようだ。


「そうだ! セイジ、ズルいし男らしくないぞっ!」

「そうだ! 覚えておけっ! 月夜の晩ばかりじゃないんだからな!」



 彼らの良く分からん怒りと言葉を一身に受けながらも俺は帰還を急ぐ――





 午後七時、暗くなりきる前に帰ることが出来たようだ。



 空の雲が僅かに明るめに見えるくらいの違いしかないのだが――



 さて、小隊の皆への挨拶もそぞろに中隊長の元へと急いだ俺と金田……だったが、そんな二人に休む間もなく新たな命令が下される事となったようだ。眼前、目の隈が一際目立つようになった赤城が頭を掻きむしりながら徐に口を開く。


「休む間もなくで済まんが……君たちは小隊を率いて前線へ向かってもらう」


 少し掠れた声でそう言った彼が振り向きざまに後ろの大型モニターを指し示す。


「きみ……地図を頼む」



 その声を合図にモニターに現在の歪になった日本地図が大きく映し出される――



「全く……随分と酷い形になっちまったもんだな……」


 嘆きを多分に含んだ金田の言葉……その言葉に俺も同意を示す。


「北海道と九州は天候次第で国土として機能するらしいが……それでもな……」


 モンゴル首都ウランバートル市へと落下した巨大隕石『オメガ』……その大気圏で分離した小さな破片の一つが落ちた北海道は平たくなり、土地の大半が海抜マイナス一メートル、場所によってはマイナス十メートルとなってしまったのだ。



 当然、住民の被害は――



 一部が大きく沈んだ青森、完全に水没した沖縄とその周辺の島々、そして斜めに切り取られてしまった九州地方……その全ての在りし日の姿に俺は思いを馳せる。


「最後の衛星からの送信から未だに見に行く事すら出来ないとはな……」


 だが次の瞬間、その歪な地図がナビゲーターによってピンチアウトされる。


 次にフォーカスされたのは北は新潟、南は神奈川とした一帯、そこに緑の点滅が幾つも現れた事で我々の意識は瞬時に現実の世界へと戻される。


「これは……今の前線の位置ですか?」

「……となると、点滅の位置は戦闘中の地点か?」

「だが、点滅のサイズが異なるようだ」


 点滅中の地点は五か所、遠くから新潟県村上市、栃木県足利市、埼玉県熊谷市に川越市……そして我々の現在地に最も近い埼玉県朝霞市となっているようだ。


 俺と金田が理由の確認の為に赤城中隊長へと視線を向ける。だが、その赤城が突き出した顎先を軽く振り、視線をモニターへ戻せと暗に言ってくる。


「これは新しいマップシステムだが……まあ、貴様らなら理解できるだろう」


 訝しみながらも視線を戻した我々の視界に今度は幾つもの赤い点滅が写り込む。


 この新たに現れた大小様々な点滅……先ほどの緑の点滅に寄り添うように幾つもの地点に散らばる赤い点滅を順に眺めていた俺もここでようやく合点がいく。


「赤い点滅は……インセクタムか……となると緑の点滅が大きい地点は……」

「戦闘規模が大きい地点という事か……」


 この我々の言葉に小さく頷いた赤城が改めてナビゲーターに声を掛ける。それと同時に最も点滅が大きい地点であった埼玉県川越市が拡大されていく。


「貴様らが戻るまでに大きく状況が変わった。現在、我々のいる朝霞駐屯地周辺に向かってくると思われていた大群の一部が川越市へと方向転換したらしい」


 さて、本部のマップだけでなく……各種レーダーも随分と変わったようだ。


「かなり遠くまで認識してますね……新型の……ソナーですか?」


「その通り、『AA-PE』のジェネレーターに接続して出力を上げて指向性を高めてうんちゃらと言っていたな……詳しく聞きたけりゃ、連隊長の所へ行ってくれ」


 何はともあれ……


 このソナーによると、朝霞(こちら)から聞こえる音は小さく減り、川越(あちら)では音が大きく増えたという事である。更にハミングバードによる目視も行われたのだが、視界は悪く、現状ではどの程度の規模なのかまでは分からなかったという事だそうだ。


 つまり、敵が遠くにいるにはいる。その一部が移動はしている。だが、どの規模の部隊を向こうに割けば良いのか、詳細には分からないという事である。



 それで我々に声が掛かったという事のようだ――



 理解した俺と金田の顔が引き締まると同時に赤城から改めて指令が下る。


「戦線が広く、あちらへは最少の小隊しか送れないって事だ。小隊は三つ、橘、金田、及び米軍所属のマイケル小隊は俺と共に川越へ向かうぞ!」


 たった一度、あの時に一度だけ組んだ事が幸いとなったようだ。そんな顔を見合わせ、小さく頷きあった俺と金田に改めて細かい指示がされていく。





 さて、小さなブリーフィングルームに入るや否や嬉しそうな声が掛けられる。


「隊長っ! 休みなしになっちゃったって本当ですか?」


 声の主は『大崎 雄二』三等陸尉……二日ぶりでしかないのだがら寂しかったという事はないだろうが、再会を喜ぶような少し嬉しそうな表情を見せてくる。


 そんな彼に小さく笑顔を見せながら答えを返す。


「ああ、残念ながら温泉を堪能する前に出撃となってしまったよ……君の方はどうだったんだ? 出撃も無かった訳だし少しは休めたのか?」


 だが、この他愛もない俺の質問は残念な事に彼にとって余り良いモノとはならなかったようだ。結果として大崎は全力で地雷を踏み抜く事となってしまう。


「いやー自分も作業はあったんですけど、今朝からは休めましたよ!」


<ふーん、私に会わなかった事が休みになるって事かしら……?>

「いや、違うんです……そうじゃないんです……言葉の綾です」


 そんな変わらぬ大崎の様子に苦笑しながら俺は既に集合を終えた小隊の全員を順に見回していく。そして少し緊張気味の三島准陸尉を見つけて声を掛ける。


「父上と兄上にお会いしたよ……本当にそっくりなんだな」


「え? 会ったんすか!? な、何か変な事を言ってませんでしたか?」


 急な家族情報に照れを含めた複雑な感情を見せた三島に笑いながら答えを返す。


「ふふ、君の名誉が下がるような事は聞いてな……」

<あっ!? アイドルグッズ、箱詰めで送ってくれるって言ってたわ! まあ、エッチな何かじゃないと思うけど少しは自嘲しなさいよねっ!>


 俺の言葉にホッとした様子を見せた三島だが、続くアリスの言葉に一気に青ざめたようだ。決して悪い趣味ではないのだが、周りに発表したい趣味でもないという事だ。そして何よりも……アリスの言い様が余りに悪すぎたという事だ。


 女性陣のやや冷たい視線を一身に集めてしまった可哀そうな三島……そんな事は一切言ってないのにという悲痛な声が表情から聞こえてくる。


 だが、そんな彼から目を逸らして俺は気合を入れなおす様に軽く手を叩く。



 そして皆の集中が戻ったことを確認した俺は改めて口を開いていく――

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ