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インセクタム  作者: 初来月
66/112

066 戦いの知らせ

 インセクタムとの戦い、続く異常気象……この余り宜しくない環境に精神的な疲れを見せ始めたという子供たちの心を癒すという企画は概ね成功となったようだ。


 ようやく落ち着きを取り戻したアリスも最後の最後に間に合ったという体でモニターに映り、今はノアとリサ、桃華と共に仲良く子供たちに手を振っている。



 そんな彼らの別れの挨拶を我々は臨時の待合室で見守る――



 さて、数日とはいえ、様々な媒体で何度も繰り返して宣伝されただけはあるという事だろうか……AIである彼らにも幾つもの別れを惜しむ声が掛けられる。


 人気アイドル・城山桃華と遜色ない程の声援を少し誇らしく思う。だが、俺の脳裏には『戦意高揚の方が急ぎ』とういう赤城中隊長の言葉が浮かぶ。


「慰問というよりプロパガンダ……か……」


 最も前線に近い場所だけに……今、笑顔で楽しそうに手を振っている子供たちもピリピリとした大人の雰囲気を受け、精神的に酷く追い込まれ始めているのだそうだ。言い換えると、大人たちの方も既に限界という事である。


 未来への希望を彼ら全員に無理矢理に作り出してでも見せないといけなくなったと言う訳だ。そう、『AA-PE』の最新技術、搭載された最高のAI、そしてエースパイロットたち……これらをお披露目したのは伊達や酔狂ではないという事だ。


「だがまあ、本当に上手くいって良かった」


 改めてモニターに映る人々の顔を繁々と眺める俺……ようやく肩の荷が下りたのか、ホッとした溜息が出てしまう。そんな俺に優しい声が掛けられる。


「みんなが元気になって本当に良かった……来た甲斐があったな!」


 俺の考えていた事が正しく伝わり、笑顔となったマイキーが肩を叩いてくる。


 そんなマイキーの横に同じく笑顔となった金田もゆっくりと歩み寄ってくる。そして桃華桃華と煩かったとは思えない程に格好の良い台詞を吐いてくる。


「後は……俺たちが結果を見せるだけだな」


 そんな彼らを軽く一瞥した俺も小さく笑顔を見せる。



 この臨時の待合室に少しだけ柔らかな空気が広がる――



<それは兎も角、私も出たかったです。あ、決して自己顕示欲が強いわけではありません。私も出た方がより子供たちを元気づけられると思っただけです>


「キミ、クールそうに見えて意外に目立ちたがり屋なんだね……まあ、どちらにしてもアスカはUSAのトップシークレットだから無理だよ。残念だね!」

<あ、ストレス値が上がりました。後で発散します>

「後って何!?」


「やはり、歌は無しか……だが、それでも桃華ちゃんは最高だったな……」


 空気が緩くなり過ぎたのか、はたまた仲が良くなり過ぎたのか……気軽な会話、独り言を背に今度は苦笑となった俺はそのままイベントの終わりを待つ。



 だが、イベントの前に『この平和な時間』が終わりを告げる事となる――



 今回のイベントを取り仕切っていた自衛隊・広報担当官の部下……様々な雑務をこなしていた彼が焦燥した表情で足早にここ臨時待合室へと飛び込んできたのだ。


 そして……


「緊急で幾つかの良い報告と幾つかの悪い報告があります」


 そう告げた彼、『どちらから伝えるか』というベタな会話もなしに話を進める。


「良い報告は三つ、一つは皆さんが仮捕獲した『アンノウン』が生きたまま捕獲された件、二つ目は『朝霞駐屯地』の再奪還、再拠点化が進められている件、最後に天候条件が恵まれた所為もあって遠距離に幾つもの中継地点が造れた件です」


 思った以上の嬉しい報告の数々に我々も思わず笑顔を見せてしまう。だが、ほんの少しだけ釣られて小さく笑顔を見せた男の表情はすぐに曇る。


「ですが、中継地点……その各種レーダーが機能すると同時に多数の敵が発見されました……足音の数、大きさ、範囲から軽く見積もって我々の総動員できる『AA-PE』よりは圧倒的に多い敵が迫っているのでは……との事です」


 その歩みは中々に早く、先陣は明日の朝には辿り着くのではとも付け足される。



 俺とマイキー、そして金田の溜息が響く――



 だが、俺たち三人の表情に悲壮感はない。一度、集団で襲われた以上、規模や時は分からずとも次も必ず来るだろうとそれぞれが覚悟は決めていたという事だ。


 ただ、その期間が思っていた以上に短かっただけなのだ。


「大群か……思った以上に早かったな」


「何から生み出されているか分からんが……敵の発生速度は思った以上に早いという事か……いずれは生み出す何かを倒さねばならないんだろうな」


「そんな事より、せめて温泉までは待って欲しかったよ」


 それぞれの小さな思い思いの呟きが響く。だが、やはり三人共に悲壮感は無いようだ。先日の『圧勝経験』のおかげで確かな勝ち目が見えているのだ。


 互いに目が合い、小さく微笑みあう。


 そんな我々の眼前、モニターにアリス、リサ、ノアの三人が姿を現す。情報が既に共有されているのか、彼らもまた自信に満ちた表情を見せている。


<誠二、もう聞いたわね? こっちの準備は出来てるわっ! あっ! 残念だけど誠二の言ってた例の補助アームは間に合わないわっ!>


 彼らの想いを代弁するかのようにアリスが軽口を叩く。


 だが、そんな彼女に俺が答えを返そうと考えた次の瞬間、我々のいるプレハブの待合室の扉が慌ただしく激しく大きな音を立てて開かれる。



 そこに現れたのは桃華であった――



 息を切らせて駆け込んできた彼女の呼吸が落ち着くのを待つ。だが、息を大きく一つ二つと急ぎで吸った彼女は落ち着き切る前に慌てて口を開く。


「この後の……予定……無しになったって聞いたんですけど……」


 何かを察したと言わんばかりの真剣な表情となった桃華が全員の顔を見回していく。そして察していた通りだった言わんばかりに表情を曇らせる。


「え、エースの皆さんが緊急で……って事は……」



 やはり、本来は頭もよく、気遣いもできる優しい子なのだろう――



 急な予定変更、それを受けた我々の真剣な表情、雰囲気から余り宜しくない状況なのだろうと瞬時に読み取った桃華が段々と困惑を隠しきれなくなる。


 だが、そんな彼女にアリスが仕方なしとばかりに声を掛ける。


<あ、アンタとの決着は……次の機会って事ね!>


 また戻ってくるという意味で合っているのだろうか……


 どういう心境の変化なのかは全く分からない。だが、明らかに犬猿の仲となってしまったはずの桃華に対してアリスが照れながらもそう宣言する。



 悪態はついても心根は優しいという事だ――



 そんなアリスの言葉の心情をあちらもまた正しく読み取ったようだ。同じように照れながら視線を大いに逸らした桃華がしどろもどろに言葉を綴る。


「あーそのぉ……まあ、そうね……次ね……あ、貴女が帰ってこないと橘さんが帰ってこれないから……まあ、貴女の無事も祈っておいてあげるわっ!」


 二人の間に見えた僅かな友情に満足した俺は桃華の肩を軽く叩く。


「君の為に……我々は必ず帰ってくる」



 何故か、それぞれ微妙な表情に変わった二人を背に俺は機体へと急ぐ――

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