064 アリスと桃華
我々を役所で待っていたのは三島准陸尉にそっくりな人々であった――
<母親の血は何処に行っちゃったのかしら?>
「表には出てそうに無いな……何となくだが、奥ゆかしい方……なんだろう」
さて、三島一族の父である公平と兄・公久、部下である公輝に余りによく似ている事もあり、強く警戒してしまったが全て杞憂であったようだ。二人の仕事ぶりの方は全くもって普通……いや、むしろ優秀と言って良いくらいだったのである。
会議室の一つへと案内された我々に今後の予定が次々と伝えられていく。
「まず、広報担当官は既に先に行っております。何でも高性能のパソコンを受領しに行かないといけないとか何とか……ともあれ、合流は現場でとなります」
そう言った三島公平がそのまま言葉を続ける。
「小学校は三か所、ここ三階層の公共施設エリアに点在しておりますが、今回は事前に伝えた通り、市民公園を貸し切って取り行います。司会進行は城山桃華さんと彼女のマネージャーでもある公久、御三方は子供たちの質問に答えて貰います」
今回、我々と触れ合う事となる子供たちから事前に聞き取った『こちらへの質問内容、その回答事例』……それらが丁寧に記載された書類が手渡される。
「公久さんが司会を?」
「彼女が売れない時代……と言っても一年程ですが、ライブのMCまでやっていたんです。まあ、身内の贔屓目なしに中々のモノですよ」
俺の些細な疑問に素早く答えながらも父君の説明が続く。
「時間内、どの子の質問を優先するかは決めてありますので、今の内に資料に目を通しておいてください。それと悪戯で突飛な質問が不意にあった場合は公久が止めるか、代わりに答えます。むしろ、迂闊に答えないように気を付けてください」
「はい、次は私から……」
三島の父である公平が軽やかに慣れた様子で喋り終えると同時に今度は三島の兄であり、城山桃華の担当マネージャーである公久が口を開いたようだ。
「まず……突然の桃華のサプライズの結果を謝罪いたします。問題のない範囲ではあったのですが、やはり随分と困惑させてしまったようですから……」
この申し訳なさを多分に含んだ言葉を聞いた桃華の頬があからさまに膨らむ。だが、そんな彼女の様子を気にもせず、そのまま公久が言葉を続ける。
「しかし……子供の頃、お世話になった兄代わりの男性に立派になったところを見せたい……という話だったのですが、だいぶ話が違ったようですね」
公久が少しだけ睨むように桃華へとチラリと視線を送る。
「大体、あってるじゃない!」
「まあ、確かに大体は……でも、兄代わりは流石に大嘘じゃないか……」
怒ったのか、困ったのか、三島公久の眉が八の字を描く。そして小さな溜息が聞こえてきた次の瞬間、ここまで黙って様子を窺っていた公平が口を開く。
「まあまあ、過ぎた事だ……叱るのはその辺にしておきなさい」
だが、この父君のフォローの言葉……桃華に対して甘すぎる言葉、怒る気など無いと言わんばかりの言葉を受け、遂にアリスの怒りが沸点に達する。
<アイツの見え見えの嘘に許可を出した人間がよく言うわ>
あからさまに不機嫌そうな声色が狭い室内にキンキンと響く。
<しかも、親子そろって……! なんて酷い甘やかしかしら……! コイツみたいな顔だけ良い、我儘で生意気な人間が育つ訳だわっ! ふんっ!>
この親子そろってという言葉を受けた三島親子が互いに目を合わせる。だが……
「ほははっ! アイドル好きは根っからですからな!」
「ふははっ! 公輝もそうですし、三島家の特性って奴ですかね?」
「そうさな……あっ!? 今度、仕送りでグッズを送ってやるか?」
「それは良いですね! 桃華の最新グッズを送ってやりましょう!」
全くビクともしない親子……この様子にアリスの方が言葉を失くしたようだ――
◇
ひたすらに準備が進む市民公園……元々、存在していたコンクリート造りの扇形のステージに様々な機器が次々と配置されていく。お役所関連に似合わぬ派手な飾り付けも同時に行われ、質素だった空間がドンドンと煌びやかになっていく。
そんな光景を眺めているとアリスが大きく溜息をつく。
暖簾に腕押し、何を言ってもプラスに受け取る前向き過ぎるほどに前向きな二人……先ほど、それぞれの持ち場へと帰っていった三島親子に完敗したのである。
悔しいのか、楽しいのか、小さく笑みを見せたアリスが鼻を鳴らす。
<全く……とんでもない親子ね! 三島准陸尉の家族だけあるわっ!>
「ふふ、家族としての愛情、絆の強さは感じたな……隕石、天変地異……それらを命懸けで共に潜り抜けただけに繋がりがより強いんだろうな」
両親に弟、遠い親戚まで全て亡くした俺にとっては実に羨ましい光景だ――
そんな事をフッと考えた俺の表情と言葉……その少し暗くなった雰囲気を察したのだろうか、アリスが今度は恐る恐ると言った感じで俺へと声を掛けてくる。
<あ、あのね……さっき、誠二は友情以上のモノを感じているって言ってくれたでしょ? わ、私もそう感じて……ううん、それよりも強く感じているわ>
周りに聞こえないよう配慮したのか、それとも照れくささが現れてしまったのか……何にせよ、より小さく絞られたボリュームに載せてアリスの声が響く。
<あ、愛情の一種ね! か、家族愛に近いと思うのっ! あ、他の皆にも……リサやノアにも感じているわっ! まあ、誠二への方が少しだけ強いけどねっ!>
畳み掛けるように必死に言葉を続けるアリス……何はともあれ、家族と呼べるモノを全て亡くし、天涯孤独となっていた俺の心を気遣ってくれたようだ。
「アリス……」
だが、彼女の優しさに感謝の言葉を続けようとした俺に突如として声が掛けられる。声の主は今日のイベントの主役でもあるアイドル・城山桃華であった。
「はいはいっ! 橘さんっ! 簡単に通しでリハするので来てください! あ、広報担当官の方もあちらに居るので挨拶にも行きましょう! 急ぎましょう!」
まあ、間違いないだろう……明らかに今の二人の会話を邪魔をしたいという事だ。その意思がハッキリと伝わるような早口で桃華が更に捲し立てる。
「あ、アリスちゃんはあっちの端のモニターで待機してて下さいねぇ!」
<いやよっ! っていうか、私はスマホだしっ! 誠二と一緒にいるわっ!>
「ふーん、そうですか……あっ!? 橘さん、スマホは意外に重いです。肩も凝るし、ここに置いてっちゃいましょうか? むしろ、肩を揉みますよ!」
強気で少し生意気で少し我儘……意外に似た性格をした二人のやり取りに俺は思わず苦笑してしまう。その笑いを受けたものの、何だが良く意味が分からなかったと言わんばかりの二人が仲良く顔を見合わせる姿に又もや少し苦笑してしまう。
「ふふ、皆を待たせる訳にいかん……二人とも行くぞ」
不満そうな声を上げた二人の声を振り払い、俺は演台へと向かう――