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インセクタム  作者: 初来月
62/112

062 アリスの心

 さて、何やら機嫌を損ねてしまったのか、先ほどから無言を貫くアリス……声を掛けても反応を示さない彼女を心配するも俺は今日の予定を進めていく。そう、休暇を大いに含んだスケジュールではあるのだが、流石に今日一日は大忙しなのだ。



 ゆっくりと歩を進めながら、俺は改めて城山桃華へと声を掛ける――



「それで別の……いや、真の広報担当官は? 今、こちらの様子を窺っている者は居なそうだが、近くに来ているんだろ? 一度、話を通しておきたいんだが……」


 この当然の疑問の言葉に城山桃華が少しだけ悩んだような様子を見せる。だが次の瞬間、諦めたように大きく溜息を吐き、あっけらかんと答えを返してくる。


「隠しても無駄そうだし……ええとですね、自衛隊の広報担当官の方はカフェにいるかと……私のファンだったので無理矢理に迎えを交代して貰いました!」


「カフェ……」


 一般人であり、アイドルでもあるという彼女一人だけ、流石に近場の見える位置で待機しているだろうと考えていたが、全くそんな事は無かったようだ。


 この新たな情報に俺は早速とばかりに頭を抱えてしまう。


「気持ちは分からんでもないな……」

「ミートゥー!」


「気持ち……俺の気持ち……の方じゃないな……」


 後ろから揃って聞こえてきたファンだったら仕方がないよねと言わんばかりの二つの言葉にガッカリした俺だが、改めて彼女へと問い掛ける。


「まあ良い……では今、彼らの元へ向かっているという事で良いかな?」



 そんな我々の行き先を確かめる為の普通の言葉だったが返事は無いようだ――



 だが次の瞬間、少し目が泳いだ桃華が又もや諦めたように口を開く。


「あーまーそのですね……ええと……」


 明らかに都合の悪い時の言動をみせた彼女がようやくとばかりに言葉を紡ぐ。


「彼らは確かに地下二階層に居ます……なんですけど、その……私が街の案内役を仰せつかったというか……彼から無理矢理に奪い取ったというか……」


 こちらの様子を可愛らしい上目遣いで何度も窺いながら慎重に言葉を発した桃華……そんな彼女の言動に俺は少し呆れつつも答えを返す。


「まあ、君の立場を利用したやり口は宜しくないが、一番悪いのは本来の担当者だろうな。まあ、後で君の代わりにしっかりと罰を受けてもらう事になるだろう」


 その言葉を受け、じゃあ案内は……と口にした彼女に更に答える。


「元々の人物も護衛の役割を担っていた訳でもないだろうし……今更、わざわざ交代もないだろう。案内は君に任せるよ……その方が後ろの二人も喜びそうだ」


 諸手を挙げ、フォーと叫ぶマイキー、良しと口にして小さくガッツポーズした金田……そんな二人の浮かれた様子に俺は改めて小さく苦笑する。





 三年前、この少女に出会った場所……と言っても彼女のいた中学校以外の場所にほとんど覚えはない。そんな記憶に薄い街の様子を眺めながら進んでいく。


「うーむ、ここは通った記憶があるような……?」


 地下鉄や様々な公共施設が揃う下層階、そこへと向かう幾つものエスカレーター、その側に建ち並ぶ様々な食事・販売の為のスペース……その一つ、居抜きで入ったであろう新しいファストフード店の真新しい看板を俺は繁々と眺める。


 そんな覚えのない光景を少し訝しむ俺に可愛らしい声が掛けられる。


「そこ……入りたかったですか?」


 振り向きながら立ち止まった桃華が一歩横へとズレた俺の横へと納まる。アイドル相手、必死に話しかける下心満載な二人に挟まれたまま、スタスタと俺の一歩前を進んでいた彼女だったが……どうやら。それが嫌になってしまったようだ。


 そんな彼女に苦笑しつつも俺は答えを返す。


「いや、少し懐かしんだだけ……と言うか、覚えがないようだ」


 そう言って小さく頭を振った俺の目を桃華が可愛らしい上目遣いで覗き込む。


「ふーむ、景色よりは覚えてくれていたって事ですかね?」


 意味深に小さく微笑んだ彼女……その様子を少し訝しむもまた答えを返す。


「景色より? ああ……まあ、見覚えが薄い点は一緒かな?」


 だが、この答えは余り宜しくなかったようだ。明らかに不満を覚えたのか、大きく桃華の頬が膨らむ。そんな彼女から俺は素早く視線を逸らしていく。


「そ、それよりも君の足取りの速さと確かさを考えると、何処かに店を予約してるんじゃないのか? 時間は平気なのか?」


「そうなんですけど……良く分かりましたね? もうすぐそこですけど……」


 癇癪持ちのアリスと付き合うようになってから、この手の事は随分と上手くなったようだ。彼女の沸き上がった不満を上手く逸らした俺は先を急ぐ。





 ようやく、目的のカフェ……カフェというよりはレストランへと辿り着く。


 だが到着と同時、男二人から無言の圧力を受ける事となったようだ。それを大いに嫌がった俺は二人と予約の確認を行う桃華から離れてアリスのご機嫌を窺う。


「アリス、相棒の座を争っている……と感じたのだが、彼女が俺を応援したいと言っても限度がある。俺の相棒は変わらず君だ……これじゃ駄目なのか?」


 だが、この言葉に返事はない。


「アリス、正直に言うぞ……恥ずかしながら俺は君がなぜ怒っているのか、認識できていない。機嫌を直して教えてくれると幸いなんだが……」


 この正直な言葉の方は届いたのか……次の瞬間、スマホが作動したことを示すランプが点灯する。そして同時にモニターにアリスの姿が映し出されていく。



 だが――



<恥ずかしくて言えないっ! 言える訳ないでしょ! ばかっー!>


 顔を真っ赤にした彼女が叫ぶや否やスマホのモニターが消灯してしまう。


 だが、何はともあれ、この瞬間に新しく得た『恥ずかしくて言えない』という言葉から俺は再び隠れてしまったアリスの真意を探る事とする。


 そして……もしかしたらという程度の『何とも言えない考え』を思いつく。



 それは『愛情』――



 さて、固有の人格を持つ彼女たちの名誉に掛けて『馬鹿らしい考え』とは言わない。だがやはり、この考えは想像以上に突飛である事は間違いないだろう。

 ともあれ、俺は彼女の中に『何かしらの愛情』が生まれ、それが俺を独占したいという欲求に変わってしまったのではないかと考えたのである。



 友人、家族、恋人……どれでも気安く突っついて良い物ではないだろう――



 そんな事を考える俺の耳に予約の確認を終えた城山桃華の叫ぶような声が聞こえてくる。同時に俺の姿が見当たらないと行方を捜す気配が強まるのも感じる。



 いつもならば諦めて何もせずに合流を急ぐところなのだが――



「アリス……先の事は分からない。だが、既に君には友情以上のモノを感じている……それと本物の相棒は()()に君だけだ……今、俺が言えるのはそこまでだ」


 腕に取り付けられたスマホのランプが又もやパッと点灯する。モニターも付かないし、返事もない。だが、俺の言葉の方は確かに届いたという事だ。


 永遠……



 アリスが反応したという結果だけに大いに満足した俺は皆の元へと急ぐ――

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