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インセクタム  作者: 初来月
61/112

061 アイドル、一日広報官

「橘さんっ!」


 屈託のない……そんな笑顔を見せた少女に名前を呼ばれた事に俺は少し驚く。だが、すぐに事前に渡された資料に載っていたに違いないと考えて冷静さを戻す。


「自分が橘一等陸尉です。その……待ち合わせの場所に広報担当が居るという事しか連絡を受けていませんでした。失礼ながら名前を教えて頂けると幸いです」


 さて、この俺の言葉を聞いた少女が『ええっ!?』と可愛くない声を上げる。



 何か間違いをしでかしたのだろうか……そんな戸惑いを見せた俺を無視するようにフッと視線を逸らした少女がスマホを取り出し何処かへと連絡を始める――



 そして実に良く通る可愛らしい声で盛大に怒鳴りつけ始める。


「ちょっとっ! 覚えて無さそうよ!? あんな演出までしたのにっ! 綺麗になった私に驚く彼、劇的な再会にならなかったじゃない! どういうことよっ!?」


 演出、綺麗になった私、劇的な再会……聞いた事があるようで余り聞いた事のない言葉の羅列に驚いた俺は離れていった彼女へと慌てて視線を向ける。


「これじゃあ、この後の予定も……アドリブ得意だろって!? 誰もそんなの得意になりたくないわよっ! マネージャーの貴方がしっかりしないからでしょ?」


 瞬間湯沸し器の如く、怒りを爆発させた少女が更に誰かを怒鳴りつける。何はともあれ、勝手に話を聞くのは申し訳ないと俺は視線と耳を逸らす。



 だが、その逸らした視線の先で更なる異変が起こってしまったようだ――



 今度は突如として金田が口を開き、俺は別の意味で更に驚く事となったのだ。


「『城山(しろやま) 桃華(ももか)』ちゃんだ……信じられない」


 先ほどから続く茫然とした表情のまま唐突に呟かれた金田の言葉……オマケで似合わぬ『ちゃん付け』の方にも驚いた俺は思わず彼の顔をマジマジと見てしまう。



 腑抜けた顔……切れ長の目、人を射抜く様な瞳は何処へやら……である――



 ともあれ、そんな俺の胡散臭いモノを見るような視線には気付きもしない。


「い、一体、何なんだ……!?」


 ホワっとした奇妙な雰囲気の広がりを感じる。


 この余り好きではない空気を明確に感じ取った俺は本能的に助っ人を探す。だが、頼りのマイキーも目尻が垂れたまま、こちらの様子を見向きもしない。


 そして……


「アリス、彼女はいったい何者なんだ!?」


 残念ながら彼女からも真っ当な返事は無かったようだ。


<敵……間違いなく敵だわ……>


「アリス……?」


 スマホに歯軋りをしているかのような酷い表情のアリスが映る。


 ともあれ、アリスが何らかの反応を見せる前に謎の少女が要件を終えてしまったようだ。改めてと言わんばかり、明らかに色が変わった声が俺へと掛けられる。


「初めましてっ♪ 今回、一日広報官をする事となったアイドル『城山 桃華』ですっ! 橘さん、今日は()()、宜しくお願いしますっ♪」


「初めまして……? 先ほどは……ん? 君、やけに近くないか?」


「そんな事は無いです! 普通です!」


「そうか……」


 間近……にしては近づき過ぎるくらいに近寄ってきた少女に気圧される。



 そんな彼女に辛うじて小さく苦笑いを返した俺は混乱の極みに達する――





 さて、案内役も仰せつかったのだと言い張る少女……城山桃華と名乗った少女と共に本来の目的地、その一つ前となる『横浜地区市役所』へと向かう。


 そこで今日の一連の流れ、改めての説明や注意を受ける為である。



 だが、それは兎も角――



 我々は異常に目立ってしまっているようだ。


 ガッシリとした体格の三人、都市迷彩カラーのカーゴパンツに鈍い灰色の半袖……ただでさえ、一般人の中に紛れると目立つ我々に更に強い視線が注がれる。


「ははっ、私服で来た方が良かったかな?」


 だが、その言葉に求めていた答えは無い。


「その恰好で問題ないです! 逞しくて素敵ですっ!」

「帽子にサングラス姿から彼女を見抜くなんて! 俺の目に狂いなしだろ?」

<頭の方は随分と狂ってらっしゃるようですね……あらゆる部署へ報告します>

「ホントに……信じられん……桃華ちゃんに直接、会えるなんて……」

<なに、あの声……ぶりっ子って奴? 信じられないわ……>



 まあ……何はともあれ、今回の目立つ理由は別という事だ――



 そう、この俺の隣を軽やかに踊る様に歩く美少女の一挙手一投足が余りに目立つのだ。この少女、大きく身体を動かす事にやけに慣れているのである。


 まあ、それもそのはずだ。


「金田曰く、歌って踊れてトークもできるマルチアイドル……か……」


 彼女、かなり有名なアイドルなのだそうだ。再度、装着してもらった帽子とサングラスが無ければ更に目も当てられない酷い状況になってしまう程なのだそうだ。


 そんな振り向く度により近い位置へと寄ってくる美少女へと声を掛ける。


「城山さん、これ以上は腕が当たってしまうので離れて歩いた方が……」


 そこまで喋ったところで彼女の胡散臭い言葉が被される。


「ちょっとバランス感覚が悪くてっ♪ 真っ直ぐ歩けないんです! それよりも名前なんですけどぉ……桃華って呼んでくださって良いですよ?」


 明らかな大嘘を付きつつも、満面の笑みを浮かべたままの少女……そのガンガンと近寄ってくる肉食な姿に酷く頭が痛くなった俺は思わず目を瞑る。


 だが、その一瞬の隙を逃さず、少女が更に距離を詰めてきたようだ。


「きゃっ♪」


 明らかなベタな演技……何かに躓き、転んだ振りをしてきたのだ。



 だが、俺は反射とはいえ、転びそうになった彼女を思わず支えてしまう――



「ありがとうございます! 橘さんっ!」


「いや……別に……」


「転んだら大変な事になるところでした!」


 食い気味の彼女が更に食い気味になった次の瞬間……


 どのような理由かは分からないが、アリスの堪忍袋の緒が切れてしまったようだ。ムキーと甲高い声で叫びそうな声色となったアリスの怒号が響く。


<ちょっとアンタっ! 馴れ馴れしすぎだわっ! 何が初めましてよっ! 嘘つきっ! そんな可愛い子ぶりっ子した声を出して恥を知りなさいっ! 何なの!?>


 結局、最後の最後にムキーと叫んでしまったアリス……だが、そんなパニック気味の彼女の言葉を受けても少女は驚きも悪びれもせず、それどころか、むしろ何らかの隠しきれない程の怒りと憎しみが加わってしまったようだ。


「っち……貴女がアリス……橘さんの相棒ぶったAIねっ!」


 我々三人とアリス、全員にしっかりと聞こえるようなドスの利いた声が響く。


<なっ!? 言うに事を欠いて相棒ぶったですって!? 失礼すぎるわっ! 紛う事なき、相棒よっ! すぐに訂正しなさいよっ!>


「それよりも勝手に情報をバラさないでくれる? 私の演出が台無しだわっ!」


<そんな演出、下手糞な演技の時点で台無しよっ! それよりも嘘ついた事を謝りさないよっ! 綺麗になっただなんて……三年前の顔と変わってないじゃない!>


「嘘なんて……んっ!? 怒ってるのそっち!?」


 全く状況が読み取れない二人の会話の応酬……見下し、怒り、不快、勝ち誇り、困惑……コロコロと変わる二人の表情を俺はただ交互に眺める。そして……


「三年前……?」


 俺はようやく彼女の事を思い出す。


 あれは三年前……丁度、インセクタムが現れた頃、まだ『AA-PE』が戦闘用ではなく、前身となる復興用の瓦礫除去に使われていた頃の話である。


「城山桃華……名前に覚えがないが……」


 だが、見た目には何となくに覚えがある。


 そう、こちらをキラキラとした顔で見ていた一際に大人びた少女の存在……アリスが口にした通り、今と余り変わりのない顔がフッと思い出される。


「そうか……あの時の中学生か……」


「えっ!? 思い出してくれたんですかっ!?」


 眼前の少女の顔がパッと輝き、あの時の表情と確かに繋がる。確信を持った俺は小さく笑みを零す。そして小さく何度か繰り返し、頷いてみせる。


「あの時、我々を応援できるような人になりたいと言ってくれた子だったな。最後に俺に話し掛けてくれた子だ……そうか……気付くのが遅れて済まなかった」


 この言葉を受けた少女が満面の笑顔となり、年相応の表情へと変わる。


<ぐぬぬ……結局、こいつの企み通りになってしまったわ……悔しいぃ!>


 さて、ようやく合点がいった俺……未だに何かしらの怒りに囚われたまま、まるで地団駄を踏んでいるかのような有様のアリスへと声を掛ける。


「アリス、君が何を思ったのかは知らんが、彼女は敵なんかじゃない」


 三年前、地殻変動の影響で地震が続き、天候悪化の影響で水害が毎日のように続いていた頃……人手も道具も足りず、復興作業も間に合わず、常に何かしらの批判に晒されていた自衛隊を応援したいと宣言してくれた彼女の表情……その時の少しばかりの笑顔、打って変わって真剣に応援したいと言ってくれた表情を思い出す。


 その当時の俺の喜び、嬉しさがバイオ・アクチュエーターが無くても伝わり、批判を続けていたアリスも仕方なしと押し黙る……とはいかなかったようだ。


<そ、そうじゃないの……そうじゃない……けど……もう良いっ!>



 アリスの感情的な大声がスマホのスピーカを揺らす――

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