006 決断の時
決断の時というのは何時でも突然にやってくる――
その事に対して今、愚痴りたい事は大いにある。
だが、やはり選択肢も……当然、時間の方も全く無いようだ。今ある僅かな情報を素早く精査してサッサと次の行動を決めなければいけないという事だ。
混乱する頭を必死に回転させて何とか全体の状況を把握していく。
さて……まず、奇襲を受けたのは我々だけでは無かった件……先ほど受けた大崎の無線から本部が壊滅的な被害を負った事が伝えられたからほぼ確定である。
(それなりの被害が無ければ壊滅という単語は出て来ないからな……)
次に周囲の交戦中だった友軍……彼らも似たような状況のようだ。
運良く抜けてきた無線から未だに悲鳴が漏れ聞こえるものの、こちらの呼び掛けに応じる気配はない。その余裕が一切ないという事なのだろう。ともあれ、飛び交う弾丸の軌跡から未だに交戦が続いている事だけは朗報と言えるかもしれない。
射程の長いアクティブカノンの滅多矢鱈な乱射は怖いが……
何にせよ、状況は余り宜しくないようだ――
全体を俯瞰して見れないので断言はできないが、ほぼ間違いなく基地全体が大群による奇襲を受けた……という事になる。しかも、我々に関してだけ言えばオマケとばかりに謎の飛行ユニットによる強襲まで受けそうになっているのだ。
次の瞬間には包囲されている事も十分に有り得る。
我々の選択肢は本当に僅かしか残されていないという事だ――
一つは交戦中である大崎機との合流からの挟み撃ち覚悟の迎撃戦、二つ目は後方に現れた謎の敵を強行突破、三つめは左右どちらかへの友軍との合流である。
だが、この一瞬で数少ない選択肢の一つが消えていく。
「なんだ!? こいつら……き、機体が溶かされ……うわっ!」
突如、響く大崎の悲鳴……
「……っ!? たい、隊長……大崎機の信号ロスト!?」
悲鳴のような田沼の報告……これを受けた俺はすぐにレーダーへと目をやる。
向こうからの発信が無くなった『緑の高速点滅』ではない。完全なる消失……つまり、機体の位置を見失うレベルまで損壊してしまったという事だ。
「くそっ!」
だが、我々には追悼一つ、溜息一つを吐き出す暇すら無いようだ。
レーダー上に写り込んでいた幾つもの赤い点が我々の寸前まで近寄っていた事を確認してしまったのだ。距離にして五十メートル……その距離は更に近づく。
これは既に目視できる距離である――
「あの数は……何だ……? 蜂……なのか?」
前進を止め、機体を反転させた我々の前に黒い壁のようなモノが見えてくる。
「あれは……『アンノウン』から出現した飛行ユニッ……す!」
見た限りでは一匹一匹が『アント』ほどのサイズをしているようだ。それが信じられないような数で風雨を物ともせずにゆっくりと向かってきているのだ。
「これは……足は遅いようだが……不味いぞ……」
「数が多すぎます……残弾では……とても……」
アンノウンの巨体が全て奴らに変わったのだろうか……兎にも角にもベテランである二人が思わず絶句してしまうような異様な光景が眼前に広がる。
だが、お陰でやるべき事の方は一つとなったようだ――
「風が弱まっている……『エルザ』、田沼のドローンをこちらの指揮下に回せ」
急ぎの為、無線を切らずに喋ってしまった所為で田沼にまで筒抜けとなってしまったが、構わず『やるべき』作業を進めていく。
「隊長っ! ど……う事ですか!」
「東に進路を取る。友軍との合流、『光が丘』からの援軍との合流を目指す。そこまでは俺が囮になって突破口を開く……最悪、貴様だけ突破しろという事だ!」
既に我々に出来る事は全力撤退のみ……という事だ。
となると狙いは一つ――
既に交戦の輝きが見えなくなった隣のエリアの強硬突破……隣の小隊を壊滅させた奴らが『油断に近い状況』にいる事を信じての強硬突破である。
「今からドローンのライトも全て点灯させる。この意味は分かるな? もちろん、俺も全力を尽くす! 簡単に死ぬ気はないとだけは言っておくぞ!」
「い、インセクタムが光に寄る性質があるのは知っています……で、でも……」
「残弾の無い、君では囮は出来ない! 以上だ!」
後ろから飛行ユニットにも追われ続ける以上、誰かが囮になるしかないのだ。
高位の指揮権によって強引に彼女のドローンの操作権限を取り、全てのライトを点灯させる。同時に自身の機体の全身のノズルを吹かしていく。そして……
「た、隊長っ!?」
もう、彼女への返事はしない……既に言い合いをしている暇も余裕も無い。目と鼻の先に謎の飛行ユニットが迫っているのだ。
「ギリギリまで付いて来いっ! 離脱の合図は俺がする! 聞き逃すな!」
叫ぶように指示を送った俺は正面を見据える。だが、残念な事に正面は横殴りの雨が降り、風は枝葉を舞い上げたまま……のようだ。
未だに視界は悪く、前方は全く見えないという事になる。
だが、躊躇なく後部のランドセルのノズルを全開にして一気に加速していく。もう味方との衝突を恐れている場合では無いという事だ。
「貰った最新の地形情報が役に立つな! よし、『エルザ』! ACの残弾八発は遠慮なく使えっ! 強行突破は速度が命だからな!」
<了解です>
こんな時までも冷静でいられる人工知能を羨みながら真っ直ぐに突き進む。そして形を残す国税庁の建物の裏手を抜けて次の崩れた建造物の横を抜けて行く。
(気象の問題があるからなのかは知らんが、全力なら速度は我々の方が上か……)
強烈な稲光が走る中、そこまで考えた所で前方に敵影を見つけてしまう。
「くそっ! レーダーに反応なし……やはり、電波障害か……!」
次の瞬間、又もや強い稲光が走る。一瞬だけ、真っ白となったモニターがすぐに補正され、正しくナイトヴィジョンを通した緑の黒の世界へと戻っていく。
そこには……小さな地獄があった――
俺の視線の先、左手に僅かに見えているのは『AA-PE』の脛に取り付ける装甲板……他にもズタズタになり、打ち捨てられた二体の機体の姿も見える。
そして次の瞬間、俺は顔を上げたシックルの口の肉片に気付いてしまう。
「絶賛、捕食中……か……」
振り絞って出したつもりの声だったが……想像以下の声量であった様だ。ほとんど聞こえなかったのか、田沼機から状況の確認の無線が飛んでくる。
「すみま……っ! 何かっ?」
「何でもない……進路を右に取る……付いて来い!」
見なかったのならば見ない方が良い。そう考えて進路を僅かに変えたのだが、この行動が少しばかり裏目に出てしまったようだ。本部の方へとゆっくりと歩みを進めるアシッドとシックルの二体にかち合ってしまったのである。
「不味っ……!?」
先ほどから続く稲光で更に磁場が不安定になってしまったのだろうか……ともあれ、既に交戦せざるを得ない至近距離となってしまったようだ。
だが……
<アクティブカノン発射>
俺の判断を待たず、事前の指示通りに『エルザ』が自己判断で発砲する。進路上のアシッドの尾とシックルの頭部を正確に最小の弾数で破壊してみせたのだ。
心の底から……本当に有難いシステムである――
「『エルザ』、助かった!」
心からの感謝を籠めて伝えた言葉だが、当然のように返答はない。最小限の対応パターンしか持たない『エルザ』に感謝に答えるという機能は無いのだ。
だが、このやり取りに苦笑する事で俺に少しの冷静さが戻ったようだ。すぐさま、肩部に横向きになっていたシールドを前向きへと変えていく。
「『エルザ』、アクティブカノンは出来る限り温存! テイザー・ショックウェーブを優先的に使えっ! 発射はオートでなく、君の判断だ! 良いなっ!」
<了解です>
これで少しは生還率が上がるのでは……
僅かな希望を見つけた俺は脳波による指示を出す。
すぐにHDMの内部モニターにマップ情報が拡大され、そこに我々の味方情報が追加されていく。だが同時に……前方に幾つもの赤い点滅が現れる。そして僅かに減速した我々の後方に『アンノウン』の存在を示す点滅も現れる。
そろそろ命の賭け時が来たという事だ――
「田沼機……進路を左に取れっ! 川越街道に出たら全力で撤退だ」
「……了解です」
彼女も生粋の軍人だったという事だろうか……やけにハッキリとした返答にほんの少し寂しさを覚えつつも別れの言葉を告げる。
「俺は攪乱に向かう。田沼……貴様の……健闘を祈る……」
「あの……無事に帰れたら今度こそ……!」
突然の別れに対する必死の叫び……だが、俺は答えを返す事は出来なかった。
攻撃を受けた彼女の悲痛な叫びだけが無線から虚しく響く――