058 産総研、再び
<中隊長と言い合っている内にボルテージが上がり過ぎて通り掛かっただけの私たちに思わず悪態をついてしまった……私の一言でそんな自分の小ささに気が付けた……だから、私の謝罪の必要は無い。むしろ感謝してるって事ね! ねっ?>
穏便に事を済ませようとしてくれた金田に対し、身も蓋もない事を満面の笑顔でニコニコと喋ったアリス……嬉しそうな彼女の姿に俺は頭を抱える。
「ま、まあ……そういう事だ……」
<ふーん、悪い奴じゃなかったのね……良いわっ! 今日から仲良くしましょ!>
謝る必要がないなら対等とでも思ったのだろうか……途端に上から目線となったアリスの酷い台詞……それを受けた金田の目が動揺で僅かに揺れる。
「あ、ああ……そうだな……仲良くしようじゃないか……」
明らかに気分を害したが、自分の小ささに気付いたと高らかに語った後だけに少しばかり反論が難しい。そんな状況に陥った金田に思わず同情してしまう。
そんな我々の眼前でマイキーだけは楽しそうに笑い続ける。
少し妙な空気の中、我々のドライブは続く――
さて、懐かしい建物……産総研へと辿り着いた我々を早速、出迎えてくれたのは『川島 梓』副所長であった。早速、アリスが話し掛けられ、喜びを多分に含んだ満面の笑顔を互いに見せ合う。そんな彼女と俺も再会を祝う軽い挨拶を交わす。
「まともに挨拶するのは『病院』以来ですね……元気そうで何よりです」
「あの時は本当に……橘一等陸尉が身の危険を顧みずに向かって下さらなければ我々の命も……本当にありがとうございました!」
互いに忙しく面と向かって会う機会がなかった為、感謝が遅れてしまったと言葉を続けた川島女史……あの時の興奮を思い出したかのように少し顔を赤らめた彼女を手で制し、あれは自分の立場ならば当然の事だという事を手短に伝える。
そして明らかに挨拶の順を待つ前のめり気味のマイキーの紹介へと移る。
「彼は在日米軍所属の……」
「ハァイっ! ミス川島っ! 私は『マイケル・ヴィクトール・ダグラス』です」
俺を押しのけ、ベタに歯がキラリと光りそうな満面の笑みをして見せたマイキー……だったのだが、それを受けた川島女史の反応の方は今一であったようだ。
「お噂はかねがね……伺っております」
一体、何の噂を聞いたのだろうか……スンッと彼女の表情が変わる。
ハッキリと言って軽蔑しているかのような表情を見せた川島……その表情に気付き、困惑するマイキーを横目に金田も足を揃え、挨拶の言葉を投げ掛ける。
「か、『金田 有康』一等陸尉であります。以後、宜しくお願い致します」
この少し警戒したような金田の挨拶の方にはごく普通の対応がなされたようだ。川島の頭が丁寧に下げられ、分かりやすい誉め言葉を含んだ答えが返される。
「第一旅団のエースだった方ですね。こちらこそ宜しくお願い致します」
この言葉を受け、金田の伸びた背筋が少しだけ緩む。
さて、こちらへと案内を申し出た川島女史……だが、笑顔が戻った彼女の明らかな差分を見てしまった俺は彼女を追いかけつつ、慌ててマイキーへと耳打ちする。
「なあ、マイキー……一体、何処で何をしでかしたんだ……?」
「なんだよ……怒った顔もキュートじゃないか……」
どうやら、こちらの質問は聞こえていないようだ。今度は目にハートマークが浮かびそうな間の抜けた表情となった彼に少し呆れてしまった俺は言葉を失くす。
施設の凄さに驚く金田、浮ついたままのマイキーと共に川島女史を追う――
川島に案内されたのは以前、我々がアリスと出会った場所であった。
<わー何か、すっごい久しぶりー!>
このアリスの嬉しそうな声色にここの皆が一斉に反応を示す。
すぐに手の空く者から順にとワラワラと集まってきたのだ。そして皆がアリスに負けじと嬉しそうな表情を見せながら挙って再開の挨拶を交わしていく。
その皆が彼女を娘や孫のように扱う姿に思わず俺の目も細くなる。だが……
だが同時に、このままでは切りが無さそうだとも思ってしまう――
しかし、声を掛けるべきかと考えた次の瞬間に川島女史が大きく声を上げる。
「さ、気持ちは分かるけど仕事に戻って! 挨拶は懇親会で出来るわっ!」
相も変わらず有能な彼女……こちらの気配を察する前に対応してくれたのだ。
だが、俺ごと巻き込まれ、俺ごと挨拶されるという苦行からの解放……ではあったのだが、今度は聞き慣れぬ懇親会という言葉の方に俺は首を傾げる事となる。
「こ、懇親会……? こちらはアドバイザーの話しか聞いてないのだが?」
人が集まり歓談を楽しむ……そんな場をあまり好まない俺は思わず声を上げてしまう。だが、そんな俺を気にも留めずとばかりに川島が言葉を続ける。
「ええ、これはサプライズですからねっ! それよりも橘一等陸尉と金田一等陸尉は早速、仕事の方を片付けてしまいましょう。夜まで余り時間がありませんからね! アリスちゃんたちはレクリエーションルームで遊んでてくださいね!」
『やった!』と喜ぶマイキーとアリスを俺と金田が呆然と見つめる。
◇
「彼女……意外と適当な人なのか……?」
「いや……そんな事は無いと思うんだが……いや、どうだろう……ここの所長を盛大に揶揄っていたし、そういう癖もあるのだろうか……」
何が何やらと話しかけてきた金田の言葉に大した返事もできなかった俺だが……気を取り直して本来の要件をこなすべく、そちらへと目を向ける。
そう、我々はアリスの里帰りの為だけに産総研に来た訳ではないのだ。ここに来た我々の搭乗機……二機の『AA-PE』が鎮座する円形の台座へと視線を向ける。
今日、我々は自身の機体のダメージの検証をしに来たのだ。
「さて……早速ですが、橘一等陸尉の機体評価に移ります」
書類の精査を終えた川島の言葉と同時に研究員たちが集まってくる。それに合わせるように俺の機体全体がライトアップされていく。そして今度は川島の持つペンライトによって上から順にとダメージ箇所が赤色に指し示されていく
「見ての通り、表面に関してはダメージはほぼ在りません。あるのは飛び石などの軽微な傷だけです……ですが、内部の方はそうはいかなかったようです」
川島の凛とした声が響くや否や、大型モニターが起動する。
そこには機体の外観と内部構造の簡略図が示される。そしてどうやら赤く色付けされている部位は何らかのダメージを受けた事を表しているようだ。
次の瞬間、最も鮮やかな赤色となっていた股関節部分がピックアップされる。
『脚部側の球形の接合部』と接する『股関節部分の一部が開いた球形リニア式フレーム』……そのリニア式のフレームの内部に凹みのようなモノが見える。
そこがダメージを受けた場所という事のようだ。
「橘機が脚部を設置し、急ブレーキを掛ける際に想定以上の力が加わり、反発力の限度を超え、今回はたまたま金属と金属がぶつかり合ってしまったようです」
これは結構な問題があり、超電導コイルが破損して場合によっては反発力が完全になくなり、脚部が稼働しなくなる可能性もあったという事だそうだ。
当然、大いに改善の余地があるという事である――
この情報に対して早速とばかりに意見が飛び交う。
「ここ最近になって彼が良く使うようになった方法だな……」
「まあ、それ良い。問題はどうすれば問題を無くせるかだ!」
「ともあれ、関節部分を大型化して空間を広げるのは?」
「それは駄目だ! それ以上、空間を広げると信号の遅延が起こる」
「じゃあ、単純に該当箇所の強度を上げるのはどうでしょう?」
「それなら当たりやすい部位に柔軟性を持たせた方が良いのでは?」
「どうだろう……それでは機体全体の強度が落ちてしまうんじゃないか?」
耳が痛くなるようだ。
急激な方向転換をする時は緊急時、頻度は戦闘中に一回あるかどうか……何にせよ、機体への負荷が高い事は分かっているので多用はしない。だが……
生きる為に必要な技であるのだが、申し訳ない気持ちで一杯となってしまう――