057 金田とアリス
強行偵察、及び捕獲作戦と言う建前の任を終え、無事に基地へと帰還した我々だが……やはり、そのまま何もなし、お咎めなしとはいかなかったようだ。
報告の為に寄った一室で嫌な静けさに包まれる事となる――
「少し……不満の声が上がってるぞ」
入室し、敬礼の姿勢を取った俺にようやくとばかりに声が掛けられる。
声の主である『AA-PE』部隊の連隊長・前澤栄吉一等陸佐がこちらを睨む。横に立つ中隊長・赤城健介三等陸佐も又、眉をひそめて苦笑いを見せているようだ。
そして同じような苦笑いに変わった連隊長によって数枚の紙が提示される――
「それは……?」
この短く無駄を省いた俺の言葉に苦笑いしたままの赤城中隊長が答える。
「情報共有が早くなった事による弊害と言うべきだろうな……もう各所から文句が集まってきたって事だ。そんでもって文句の先はお前の命令無視……だそうだ」
そんな彼の言葉に今度は俺の方が片眉を上げてしまう。
「撤退を最優先せずに捕獲作業に移った事……でしょうか? あれなら……」
<なんでっ! あんなの時間にして一分も掛かってないじゃない! あんなの誤差の内っ! こんなに束になって文句を言われるような事ではないわっ!>
俺の少しばかりの不満を含めた疑問の言葉に怒りすら感じるアリスの大声が被さる。どうやら、この件に関して俺以上に大いに納得がいかなかったようだ。
作戦を終えたばかりの興奮もあるのだろうか……
<髭の小父様っ! 文句言った奴を教えてっ! 言い返してやるんだからっ!>
そいつを殺してやると言わんばかりの勢いでアリスが叫ぶ。
どうして、こうもAIの癖に気が短いのだろうか……俺がそう考え、慌てて彼女を窘めに移ろうと思った次の瞬間、髭の小父様こと前澤連隊長が口を開く。
「この報告を受けてしまった以上、組織の一員である彼らの返答は一つなんだ」
<で、でも……少しくらいっ!>
「アリスくん……理不尽と感じる君の気持ちは大いに分かるが……誠二たちは限りなく軍人だ。命令は絶対であり、例外は無い。それは君も……だっ!」
そう言い切った前澤連隊長の言葉にアリスが気圧されて口を噤む。だが……
「まあ、今回の事に関しては罰など無い。ただの厳重注意だ。だが、誠二……貴様の今回のやり口は駄目だっ! あんなもの黙って流れ弾扱いにしておけば良かったんだっ! それをワザワザ報告しやがって……次回からは気をつけろっ!」
言うが否や、前澤連隊長が立ち上がる。そして俺の肩を小突き、横を抜けていく。どうやら、彼はこれから更に重要な会議があるとの事である。
それを茫然と見送った我々に又もや声が掛かる。
「馬鹿正直なところは貴様の良い所だが……連隊長の言う通り、これからはもう少し上手くやってくれ……階級はまだだが、貴様の立場は大いに上がったんだ。それに伴って色々と周りへの影響力も上がるという事だ……良い方も悪い方もな!」
お前も俺と一緒に悩み苦しむが良い。
そう言った赤城中隊長に反転させられ、背中を押されてグイグイと廊下へと押し出されていく俺……珍しく、その場で更に茫然としてする事となる。
そんな俺の眼前でアリスが閃いたとばかりに声を上げる。
<今回は上手く処理してやるから次回からはバレないようにやれって事ねっ!>
「いくらなんでも明け透けに言い過ぎだ。誰が聞いてるか……まあ、それは兎も角……立場に影響力か……情けないが、全く考えていなかったな……」
何はともあれ、今回の件は極端な命令違反でないのだから同行してくれたマイキーと金田、そして隊員たちと口裏を合わせてしまえば良かったのである。
まあ、ぶっちゃけてしまえばアリスの言う通りである――
だが……全て仕方なし、もう自室へ戻って大人しくしていようと考えた俺に又もや声が掛かる。顔を引っ込めた赤城中隊長が今一度、顔を出してきたのだ。
そして……
「忘れていたっ! 罰の一つだ!」
そう言った彼によって隙間から一枚の紙が放られる。
その次の瞬間、ヒラヒラと舞い落ちる紙の長々とした文章をカメラからアッという間に読み切ったアリスが実に嬉しそうな声を上げる。
<一つは学校への慰問だって! 子供たちに新しい『AA-PE』を見せて上げるって企画みたいね……それから……もう一つはね! 私たちのお披露目よっ!!!>
明らかに嬉しそうになったアリスを置いて俺は命令書を拾い上げる。
確かにそこには最も近い幾つかの小学校への慰問、そして次の日にはマスコミに向けてのプレスリリースを我々の機体をもって行うと書かれている。
余り喜ばしくない命令に流石の俺も両の眉と肩を下げてしまう。
「俺が……これを……?」
「前も中学校でやっただろ? 問題ないはずだ! 頑張れよっ!」
「あれは三年も前で……そもそも別件で……そもそも機密は!?」
「煩いっ! 機密なんかよりも今は戦意高揚の方が急ぎなんだ! それよりもこっちは貴様の後始末も含めて手一杯なんだっ! 良いからサッサと行けっ!」
そう答えた赤城中隊長が俺の答えを待たずに扉を閉じる。その既に閉まり切った扉を茫然と見つめる俺にアリスがやけに嬉しそうに声を掛けてくる。
<平気よっ! 喋るのは私がやってあげるから安心してっ! わー楽しみっ! 当日はどんな服を着ようかしら? ねえねえ、後で一緒に考えてね!>
アリスに任せるという事は言語道断だが……
さて……何にせよ、広報担当が付くので問題は少ないと思う。だがやはり、俺にとっては明らかに不慣れな仕事であり、早速とばかりに大きな溜息が出てしまう。
「罰……か……まあ、罰だな……」
<なによ! なんで私を見て溜息ついたのよっ!>
「それは誤解だ……はぁ」
まあ、予定の時間配分を見る限り、連日のように出撃と訓練、そして会議を繰り返していた俺への休暇の意味もあるのだろうと前向きに考え、この場を後にする。
◇
いつもと変わらぬ雨が天井を叩き、いつもと変わらぬ風が車体を揺する。軽装甲機動車LAVの旧型のEV機関がそれらへの小さな抵抗とばかりに僅かに唸る。
俺は思わず大崎と共に初めて産総研へと向かった日を思い出す――
だが、残念なことに今、その大崎は居ない。
居るのは俺とアリス、そして先日の捕獲作戦を共にした二人の小隊長、『マイケル・ヴィクトール・ダグラス』大尉と『金田 有康』一等陸尉であった。
まあ、簡単に言うと……二人も揃って罰を喰らったという事だ。俺の命令無視を黙認したという事が少しばかり問題視されたという事だそうだ。
当然、彼らも休暇の意味を含めてである。
「一泊目は産総研の宿舎で二泊目は横浜……最後は小田原で温泉だヨ!」
ドライバー役を買って出てくれたマイキーがワクワクとした雰囲気を隠しもせず雨風に負けじと叫ぶ。そんなマイキーに向かい、助手席の金田が煩いと呟く。
マイキーはいつも通りだが、金田の方は自分の経歴に傷がついたと大いに不満があるらしい。あんな程度の事でと小さく呟く声が聞こえてくる。
まあ、幸いな事に今回の彼の怒りは上層部に向いているようだ。
天井を叩く雨音、タイヤから伝わるロードノイズ、前から聞こえるようで聞こえない金田の愚痴……これらをバックミュージックにして流れる景色へと目をやる。
そんな中、ここまで黙っていたアリスが徐に口を開いたようだ――
顎を支えていた左手にバックルで留められたスマホのモニターに光が点る。
<あのね……金田……さん……? 私、前にね……金田さんに凄い文句を言ったでしょ? それをね……今、謝ろうと思うんだけど……聞いてくれるかしら?>
この突然な、余りに唐突な彼女の言葉に不満の言葉を呟き続けていた金田の……車のフロントガラス越しに僅かに見えていた彼の目も思わず丸くなったようだ。
そして何かを思い出すかのように僅かに細められる。
「あの時の事だな……」
金田の小さな小さな溜息が響く。
さて、俺やアリスは兎も角、事情を知らないマイキーまで押し黙るほどに緊張感が高まる中、少し表情が柔らかくなった金田が何の事はないとばかりに答える。
「俺が言った台詞は……『盗み聞きか』だったはずだ……そして『俺の人としての小ささ』を嬢ちゃんに指摘されて喧嘩別れ……だったな?」
この自分の小ささという発言から彼の意図を察した俺はホッとする。そんな中、言葉の意味を全く理解できなかったアリスが吃りつつも必死に口を開く。
<な、な、何? どういう意味? あ、あの時の状況の再確認をしてるの? そ、それはそれで合ってるけど……わ、私の謝罪は聞いてくれるの?>
このアリスの困惑した言葉に金田がほんの少しだけ笑みを見せる。
「いや、嬢ちゃんは謝罪の必要など無い……という事だ」
やはり、意味が分からなかったようだ……アリスがスマホの中からこちらへと戸惑いの視線を送ってくる。そんなアリスに目を向けながら俺も口を開く。
「まあ、そういうことだ」
更に怪訝な表情となった彼女を他所に車は進む――