055 巣<ネスト>
陽動という名の観察を行った我々の眼前に突如として現れたインセクタム……この小さな蜘蛛のような奴らは現れるや否や我々へと襲い掛かる。
この脅威から瞬時に距離を取った我々……その眼前で援護射撃が降り注ぐ。
さて、幸いな事に……こいつらに散開するような知性は無かったようだ――
穴だらけとなった小型アンノウンの群れ……そのぽっかりと広がった大きな穴が一瞬で塞がる。散開ではなく、群体のように纏まる事を選んだのだ。
そこに今度は少し遅れて北側から回り込んだ金田隊が掃射を始める。
二つの小隊、計六機の12.7mm重機関砲……耳をつんざくような銃撃音が左右から響く中、俺とアリスも合流した小隊の面々と共に再度の前進を開始する。
……はずだったが、こちらから前進する必要は全く無かったようだ――
<あいつら……こっちに無理くりに来てるわ>
アリスの言葉通り、奴らは我々へと真っ直ぐに向かってきたのだ。銃撃など意に介さず、最初に目にした我々から目を離さずとばかりに向かってくる。
これは鳥類によく見られる刷り込み、そんな本能のような何かなのだろうか……そんな事を考えた俺だが、すぐに頭を切り替え、新たな命令を伝えていく。
「田沼、大崎機は射撃開始……三島機も攻撃に参加っ! だが、貴様は上方と後方にも目を配れっ! 数が多いだけに何処から来るか分からんと思えよっ!」
ホバーを中心とする密集陣形を維持したまま、我が小隊の連続射撃が始まる。
「田沼機、射撃を開始します」
「大崎機、射撃開始」
「三島機……しゃ、射撃開始しますっ!」
遂に始まった新たな激しい斉射……その強烈な閃光がアリスによって適度に次々と補正・軽減されていく。それでも視界は更に更にと劣悪となっていく。
雨風と閃光に加え、硝煙にアスファルトの土埃まで加わった為だ。
だが、我々の機体のあらゆるセンサーには次々と正しい反応が送られてくる――
<小型インセクタムの反応、順調に消失中……残りは二十五、十二、七>
「マイキー隊、金田隊、射撃停止っ! 大沼機、大崎機、各個撃破に移るぞっ!」
この命令を合図にアリス、ノア、リサの精密射撃が始まる。そして……
<五、二……ゼロっ!>
このアリスの殲滅の報告に併せて俺は僚機へ攻撃停止の合図を送る。
耳をつんざくような激しい音が瞬時に止まり、周囲には環境音のみが残る――
<ふふーん、余裕だったわね!>
さて、気持ち良いほどの慢心を言葉にして見せたアリス……そんな漫画やアニメだったら間違いなくフラグ建築士となりそうな彼女をまずは諫める。
「アリス……そんなベタな言動は止めておけ……さて、ホバー、周囲の動きは?」
「ありません。アンノウンを含めて一切の動きがありません」
この俺のまずはとばかりの質問に対し、落ち着き払った高梨のハッキリとした答えが返る。これを受け、俺は奴が動かない、動けない理由を探し始める。
そして……すぐに正しい答えなど俺には見つけられなさそうだと確信する――
「本部に報告、敵は逃げる素振りも見せない。よってネットランチャーは使えない。出てこない相手を傷つけずに捕獲する術を考えてくれ……と伝えてくれ」
「了解です」
◇
さて……本部への詳しい現状の報告、アンノウンの包囲網の形成、周囲への更なる警戒、それらの作業全てを終えた俺はアリスに新しい指示を送る。
「ドローン一機を犠牲にするぞ」
一瞬、勿体ないとばかりに『えー』っと声を上げたアリス……だが、すぐに俺の考えを正しく受け入れたようだ。ブツクサ言いながらも次の行動へと移る。
<あーあ……折角、名前も付けたのに……はぁ、ソドムとゴモラ、どっち?>
少し心が痛む気もするが、改めてアリスへと追加の指示を送る。
「いつの間にって……滅亡した街の名など付けるから……う、うーむ、じゃあソドムの方を頼む。メインカメラのコントロールは俺に回してくれ……済まんな」
<はーい……それじゃあ、さよならね……ソドム……!>
当て付けの様に名前を口にしたアリスの言葉を合図にカチャリと小さな音が聞こえる。ランドセルの左側面に隠されていたドローンが飛び立ったのだ。
次の瞬間、球体を形作るフレームに守られたドローンの推進力となるプロペラと姿勢制御のジャイロが酷い暴風に負けじと唸りを上げる。
それを確認した俺は機体制御をアリスに任せ、カメラ映像へと目を移す。
「やはり……動きは無しか……」
<うーん、でも生きてはいるみたいね>
「まあ良い……一気に侵入するぞ」
俺は危険を顧みずドローンを加速させる。その加速した力による直進性を使い、暴風を抜け、扉を抜け、一気にアンノウンの横をも擦り抜けさせる。
そして急停止すると共にライトを全開にして周囲を照らす――
<な……!? う、うへぇ……き、気持ち悪っ!>
「こ、これは……こいつの巣なのか?」
モニター越し、我々の眼前に奇妙な光景が広がる。
そこには本来の体育館らしき姿は無い。代わりに床一面だけでなく、壁一面、それどころか天井までビッシリと卵らしきモノが張り付いていたのだ。
<いやぁぁ!! 夢に出ちゃう!>
さて、AIも夢を見るのかと突っ込みたかった俺も眼前の光景には言葉を失くす。
薄黄色い生々しい卵の表面には明らかに何かが飛び出した跡があり、その中には明らかな空洞が見え、体液らしきモノがそこら彼処に散乱しているのだ。
どちらかと言えば、何事にも動じない俺も流石に嫌悪感を覚える光景である。
「理由は分からんが……一斉に孵化したという事か……」
未だ言葉にならない悲痛な声色を発し続けるアリス……そんな彼女を放ってドローンのカメラを後方へとぐるりと反転させる。
すぐに目的のモノにしっかりとピントが合わされる。
「限りなく蜘蛛だな……」
モニターに表示された大きな生物の背面からの様子……それを上から下へと嘗め回すように窺った俺の小さな呟きが雨の音に紛れながらも狭い機内に響く。
<ホントだ……何か、生物的って言うか……今までのと違って刺々しくないわね>
そう、こいつは今までの機械的な刺々しいインセクタムと違い、やけに生物的なのだ。まあ、刺々しさが生々しさになっただけで気味の悪さは変わらないが……
ともあれ、これまでのインセクタムとは明らかに様相が違うという事だ――
そんな中、アリスが見たままを言葉にする。
<なんか宇宙生物って感じから地球生物に変わった感じ……>
さて……インセクタムという種は地球上の虫に限りなく似た姿をしている。
そして確定したわけではないが、地球上の虫と違い、見た目は様々であれど全員がインセクタムという一つの種の為に行動していると言われている。
大きな目的は自分たち以外の種の殲滅では……と言われている。
その為なのかは知らないが、奴らはそれぞれが戦術に特化したデザインとなっているらしい。アントは偵察、シックルは突撃、アシッドは陸上支援、新種のワスプは航空支援・特殊……という行動がしやすい生物的デザインとなっているのだ。
……となると新たに現れたコイツは一体――
そこまで考えたところですぐに現実へと引き戻される。無線を通じ、ホバーの高梨一等陸曹から本部の返答が届いた事が知らされたのだ。
<なんか……早くない?>
「早いな……」
ドローンのコントロールをアリスに預け、送られてきたメールへと目を通す――